ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道 | れぽれろのブログ

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9月14日の土曜日、国立国際美術館に行ってきました。
目的は「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」と題された展覧会の鑑賞。日本・オーストリア外交樹立150周年記念とのことで、ウィーンという都市の歴史と美術についての興味深い展示になっていました。
クリムトを前面に出していたので、自分は世紀末美術の展覧会かと思って足を運びましたが、そうではなく、18世紀後半から20世紀前半まで、幅広い年代の作品が展示されていました。大文字の西洋美術史の中で登場する著名な作家はクリムト、シーレ、ココシュカと、あとは建築家のオットー・ヴァーグナーくらいで、その他はウィーンのローカルな作家の作品が多数展示されており、面白い展示になっていました。
あと、ウィーンと言えばやはり音楽の都、各時代に活躍した音楽家に関わる展示も興味深かったです。

以下、絵画と音楽を中心とした展示の覚書や感想などをまとめます。


ウィーンは長らくハプスブルク家の支配する神聖ローマ帝国の中心地でしたが、三十年戦争以降、ウイーンをはじめとする中欧はイギリス・フランスなどの西欧地域に後れを取るようになります。
18世紀後半は啓蒙専制君主の時代、先進地域としての英仏の知見を考慮しトップダウンで改革を実行しようとしたのがマリア・テレジアやヨーゼフ2世で、会場ではまず彼女らの巨大な肖像画がどんと展示されていました。この時代は王侯貴族社会を描いた古典的な絵画作品の他、フランスロココ風の可愛らしい陶磁器人形などの展示もあり。
そして、18世紀後半のウィーンと言えばなんといってもモーツァルトです。フリーメーソンの会合を描いた作品には隅っこにモーツァルトらしき人物も描かれており、オペラ「魔笛」第1幕を描いた版画作品なども展示されていました。やっつけられた大蛇とタミーノ、パパゲーノ、三人の侍女。ちょん切られた大蛇の様子が妙に可愛らしい 笑。

ナポレオン戦争の混乱のあと、19世紀前半のヨーロッパは復古主義の時代に入ります。メッテルニヒが登場し、ウィーン会議が開催される。会場ではウィーン会議の様子を描いた絵画や、メッテルニヒのかばんなども展示されていました。
この時代は後にビーダーマイヤーと呼ばれる時代、メッテルニヒによる復古的反動体制の下での厳しい検閲と自由の抑圧、人々は小市民的な生活の中に楽しみを求めるようになります。こういった時代背景を反映してなのか、この時代は都市生活を描いた風俗画が多く、どことなく18世紀後半のフランス風俗画を思わせる作品が多いです。
フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラーという画家が有名とのことで、自然風景の中での生活を描いた作品は非常に細密に描かれており、どことなくドイツルネサンスの延長上にあるような風景画・風俗画と言った感じで面白いです。
この時代を代表する音楽家がシューベルトで、ビーダーマイヤーの内向性と牧歌的な生活の幸福を描くという傾向は、シューベルトの作風とも近似的です。シューベルトの超有名な肖像画や、シューベルト本人が使用していたとされる眼鏡も展示されていました。

1848年に欧州革命が勃発、フランスに始まった革命はウィーンにも及び、メッテルニヒは失脚しますが、混乱の末最終的に反革命派が勝利、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が即位し、以降第1次大戦までウィーンは長らくフランス・ヨーゼフ1世による治世が続きます。この時代は資本主義が繁栄する時代で、ウィーンの街はトップダウンで大改造がなされ、城壁は取り払われ、著名な建物が次々と建設され、リンク通りと呼ばれる大通りが敷設され、今日のウィーンという都市の在り様の基礎が築かれます。
会場では建築物を飾る絵画作品や壁画の習作などが展示されており、どことなくロマン主義的でありながら装飾的にもみえる作品が多く、後にクリムトが多用する金箔を使用した作品がこの時代に早くも製作されているのも興味深いです。
音楽は華麗なワルツとオペレッタの黄金時代、この時代のウィーンを代表する音楽家がヨハン・シュトラウス2世で、彼の彫像も展示されていました。

19世紀末はウィーン分離派とグスタフ・クリムトの時代、大文字の「西欧美術史」の中にウィーンが登場する時代です。
オットー・ヴァーグナーの建築に関する展示も多数ありましたが、絵画ファンとしてはやはりクリムトの展示が見どころ。初期の寓意的作品に始まり、超有名な「パラス・アテナ」や本展のポスターにも使用されている「エミーリエ・フレーゲの肖像」などが展示されていました。如何にも世紀末美術と言った感じの夢幻的な雰囲気を持ちながらも、服飾などの細部の装飾性が重要である作風は、本展の流れで鑑賞すると前時代からのウィーンの歴史の中にあることが見て取れます。
同時代の分離派の画家たちの作品も面白く、正方形の画面に幻想的な題材を描くのが特徴的。
1910年前後になるとエゴン・シーレやオスカー・ココシュカが登場し、ドイツ表現主義の影響下にあるような作家も登場します。シーレの有名な「自画像」や「ヒマワリ」などがみどころ。

この時代の音楽はなんといってもマーラー、そしてシェーンベルクです。
ロダンによる有名なマーラーの彫像の展示もあり。
興味深いのがシェーンベルクの絵画作品です。シェーンベルクがドイツ表現主義の「青騎士」に関わっていており、美術史の隅っこにちょこっと登場してくるのは知ってましたが、実物の絵画作品を見たのは自分は多分初めて。マーラーの葬儀の様子やアルバン・ベルクの肖像画など、同時代の作家との関わりが伺えるような作品が興味深いです。
その後1914年に第1次大戦が勃発、オーストリア帝国は敗北し混乱の中でフランツ・ヨーゼフ1世は退位、長きに渡り中欧を支配したハプスブルク帝国は解体され、ウィーンは新たな時代を迎えることになります。本展の展示はこの時代まで。

全体と通して、ウィーンという都市のローカルな美術史・絵画史の在り様がよく分かる、面白い展示になっているように思います。とくに音楽家との関わりがウィーンならではで非常に面白かったです。
全般にウィーンの絵画は、フランスからの数十年から数年遅れの影響がみられ、啓蒙君主時代は古典主義とロココ、ビーダーマイヤー時代は18世紀の風俗画、フランツ・ヨーゼフ時代はロマン主義絵画の影響が感じられるように思いました。分離派時代はややウィーンの独自色あるように感じますが、10年代になると今度はフォービスムを経由したドイツ表現主義の影響があるようにも思います。
本展から改めて感じたのが、18世紀以降の大文字の「西洋美術史」の中心たるフランス絵画の先進性と特異性。ウィーンのビーダーマイヤー時代の細部へのこだわりや、19世紀後半から世紀末にかけての装飾の重視などは、むしろ非西欧絵画一般の特徴とも重なるもの。本展から逆に、フランス絵画史が実は非常に特異ものなのではないかと考えたりもしました。
自分はウィーンの歴史と絵画と音楽に関わる展示物を中心に鑑賞しましたが、建築に関わる展示や家具などの調度品も多数展示されているので、絵画以外の美術品について関心のある方にも本展はお勧めです。


同時開催のコレクション展は、とくに映像作品が充実していました。
会場の一番最初に、日本語が分からない韓国人と韓国語が分からない日本人が、困難な共同作業を協力的に行う様子を撮影した加藤翼の映像作品「言葉が通じない」がまず展示されており、これは昨今の外交・報道に対する美術館なりの意思表示ともとれ、非常に良かったように思います。自分は2015年以来の鑑賞。
加藤翼の映像作品の他にも、ジャオ・チアエン、アラヤー・ラートチャムルーンスック、ハバード&ビルヒラーなどの、過去10年間の特集展示に合わせて国際美術館が収蔵したと思われる映像作品たちが多数展示されており、どれも非常に興味深い作品ですので、ゆっくり映像を鑑賞してみても面白いと思います。