山村コレクション展 (兵庫県立美術館) | れぽれろのブログ

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8月31日の土曜日、「集めた!日本の前衛-山村徳太郎の眼 山村コレクション展」と題された展示を鑑賞しに、兵庫県立美術館に行ってきました。

山村徳太郎は兵庫県生まれの実業家。1926年に西宮市で生まれ、戦後に製壜会社を経営し、事業の傍らに美術作品を蒐集し続けた方。集められた作品は抽象画・抽象彫刻が多く、いわゆる当時の前衛と言われていた作品たちです。山村徳太郎は1986年に亡くなりますが、没後その作品は兵庫県立美術館に所蔵され、同美術館のコレクション展などで鑑賞することができます。
今回の展覧会はその作品の中から一挙に138点を展示する大規模なもの。いつもの3階の特集展示スペースだけではなく、別館のギャラリー棟にもまたがる大掛かりな展示になっていました。

全体を通して、戦後昭和期の日本の前衛・抽象表現の在り様がよく分かる、興味深い展示になっていました。
今回改めて様々な日本の抽象作品を鑑賞して感じた点。
全般に日本の抽象作品は、細部の装飾性が面白く、色と形の重なりが楽しいものが多いように思います。戦後の欧米の作家はどちらかといえばコンセプト重視で、絵画史を参照しつつ新しいアイデアで作品を制作、「何をやりたかったか」が重視される傾向にある。これに対し日本の作家の場合は、色彩と形態を自由に楽しめるもの、考えるよりも見てまず楽しいものが多いように感じました。


以下、いくつかの作家や作品に対する覚書です。

展示スペースに入ると、まず津高和一の作品が並んでいました。
津高和一はジュンク堂書店のブックカバーのデザインで有名な方、太い線がうねうねと描かれている感じ、あれが津田作品のイメージです。本展で展示されていた作品も線へのこだわりが面白く、線のにじみ、かすれ、濃淡の差など、線の細部を観察するのが楽しい抽象画にっていました。
とくに面白いのが「雷神」(1958)で、一見白い画面にベージュや黒や青の線が描かれているように見えますが、よく観察すると図と地が逆で、線に見える部分以外が白く塗りつぶされていることが分かります。雷のイメージ(?)のスクラッチも効果的。

次に登場するのが斎藤義重の作品たち。
様々な色彩がモヤモヤと重なっていくタイプの作品で、線もありますがそれよりも色の重なりの方が印象的。
60年代後半になると急に「ペンチ」(1967)のような木材を利用したポップなレリーフ作品に移行するのが楽しい。「ペンチ」は本展のポスターにも使われている作品で、動物のようにも見えるデフォルメされたペンチの形態が可愛らしい作品です。

本展で個人的に一番気に入ったのが元永定正の作品たちです。
元永定正の作品の面白さは、何より色彩の混ざり方です。色と色との重なり、マーブリングやグラデーションの形が非常に心地よいです。
60年代と70年代で作品の傾向が変わり、60年代の作品は塗料ぶちまけ系のアクションペティング作品ですが、様々な色彩の塗料は計算されて垂らされており、色と色が細部に渡り非常に細かく重なり合い、所々でやたらと綺麗なマーブリングを形作っています。絵の具の色の在り様が非常に楽しい。
70年代の作品はやや具象的になり、キノコのようなイメージの形態が描かれますが、面白いのはやはり色彩で、エアブラシを使った色の濃淡のグラデーションが非常に綺麗。とくに青→黄、黄→ピンクなど、色合いが徐々に変わっていくグラデーションが楽しく、観察するのが心地よいです。

吉原治良、白髪一雄、高松次郎など、有名作家の作品もいくつか登場。
吉原治良は戦後のやや具象的な時代から、大きな○を描く60年代の抽象までのプロセスが分かる展示。
白髪一雄は足で描くアクションペインティング作品が有名ですが、今回の展示の並びで改めて作品を観察すると、「黄帝」(1963)など意外と色彩が綺麗に見えてきます。
高松次郎はコンセプトの人で、有名な「影(#394)」(1974-75)などが展示。今回の並びで見ると、後年の「無題(#1090)」(1984)のような、コンセプトを離れてやや具象的な画面構成に移行していく時期(あまり評判がよくない時期)の作品の形態と色彩も意外と面白く、楽しく鑑賞できることが分かります。

もう1人面白かった作家さんとして、四宮金一をあげておきます。
具象画の作家さんで、変形のキャンパスに室内画を描く作家さんですが、構図がかなり湾曲されており、酔うような画面になっています。
さらに描かれた壁か紙のように剥がれる不思議な感じはシュルレアリスム的ですが、欧米のシュルレアリスム作家に比べてこの方はもっと丁寧に描いており、とくに色彩のグラデーションが非常に綺麗です。


個別の作品について。

オノサト・トシノブ 「分割-1260」(1962)
グリッド状に細かく区切られた明るい色彩の四角形の集まりが、画面上に大きく描かれる円によって切断され、グリッドの形態に微妙なずれが生じる作品。
全体と細部のいずれも楽しめる作品になっています。

宇佐美圭司 「作品No.5」(1963)
東京大学の食堂に飾られていた作品が勝手に廃棄されたことで最近有名になった(?)作家さん。この「作品No.5」を見ても「確かに知らん人間が見たら捨てそうやな」という感じを受ける(笑)作品ですが、この作品自体は非常に面白い。
全体的に細かくグリッド状に区切られた白地の画面に、青や赤や黒の線が踊る感じで描かれ、さらにその上から白い線が上書きされており、これによって青赤黒の線が消失していくような、独特の質感が感じられる作品になっています。
画面にレイヤー(層)があり、3段階のレイヤーの在り様が楽しい作品です。

田中敦子 「作品」(1958)
この作品も画面のレイヤーが気になります。
赤、オレンジ、紺などの円が並び、その周りにうねうねと線が踊る作品ですが、細部を観察するとどういう順序で制作されたのかが気になってきます。
円の上に線が重なっている部分もあれば、線の上に円がある部分もある。レイヤー的にどっちが手前でどっちが奥?
細部をよくみると、あえて上から円を描き直したり、線の雫を上から落としたり、意図的にレイヤーを混乱させているような感じを受けます。遊び心が楽しい作品。
後の「作品」(1961)の方も趣向は同じですがモノクロで、なんとなくブラックポーリングに移行していくポロックとダブりますが、ポロック同様カラフルな時期の作品の方が楽しいように思います。

関根美夫 「作品 そろばん(NO.342)」「作品 そろばん(NO.355)」(1974)
そろばんを描いた具象画、のはずですが、そろばんの形態を模式的に抜粋して並べかえたような画面構成で、全体として抽象度の高い作品、具象的抽象とでもいえるような作品に仕上がっています。


彫刻で面白かったものをいくつか。

内田晴之 「静止82-1」(1982) 「異・空間84-5」(1984)
金属の直方体や三角柱が互いに面ではなく線で接して固定されている作品。
なぜ倒れないのか不思議です。磁石を使用しているらしいですが、どうやって固定してんねやろ?

松本薫 「From90°to90°」(1982)
二等辺三角形の鉄板が重なり、モーター制御によりゆっくり回転する作品。
この作品は背後にできる影の方が面白いと思います。影の形がくるくる変わり、とくに影と影の間の光が透過する部分が三角・四角と形が変わっていくのが楽しいです。

堀内正和 「箱は空に帰っていく」(1966)
手の上にある箱、の中にある手の上にさらに箱、の中にある手の上にさらに箱…、という感じの入れ子構造の作品。内部に至るほど徐々に手から箱が離れていき、まさに箱が空に帰っていく感じ。

関根伸夫 「メビウスの輪」(1979)
金色のメビウスの輪の彫像、のはずですが、下の方に荒い凸凹が形作られており、メビウスの輪が下から何かに浸食され崩壊していくような、不気味な印象を与える作品になっています。

吉村益信 「豚・pig lib;」(1971)
本物の豚の剥製の下半身を切断、全体を彩色し直した上で、切断面にロースハムを描いた変な作品。剥製を使用していますが不気味な感じはなく、ブタがハムに直接変化するような、シュルレアリスティックで楽しい作品。常設展で何度も見たことのある作品ですが、いつ見てもハムが食べたくなってきます。


以上、一部の作家と作品についての覚書でした。
戦後の前衛というと小難しいイメージがあるかもしれませんが、全体的に色彩と形態が楽しく、見ていて楽しい抽象画が多いので、美術史に関心がない方でも十分に楽しめる展示だと思います。とくに彫刻はパッと見るだけでも面白いものが多いので、ご興味のある方はぜひ兵庫県立美術館に足を運んでみると面白いと思います。