抽象世界 (国立国際美術館) | れぽれろのブログ

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6月15日の土曜日、国立国際美術館に行ってきました。
この日の特集展示はシンプルに「抽象世界」と題された展覧会。
主として90年代以降の欧米の抽象芸術を取り上げる展覧会で、計13人の作家さんによる様々な抽象作品が展示されていました。
立体作品も少し展示されていましたが、展示の多くは絵画作品でした。
この展覧会、非常に面白かったです。
個人的には、国立国際美術館の久しぶりのヒット、と思うような展示でした。


国立国際美術館は主として戦後以降の現代美術を展示する美術館で、自分は過去15年間それなりに網羅的に展示を鑑賞し続けてきています。
近年はインスタレーションやビデオアートなどの展示が多く、また取り上げられる作家さんも欧米や日本だけではなく、アジアやその他のアート新興国といえるような地域の作家さんを取り上げるような展示が非常に増えてきているように思います。
そんな中、絵画作品がメインで、欧米の作家のみを取り上げ、その近年の動向を俯瞰してみるという趣旨の展示は実に久しぶり、これに近い趣旨の展示は(自分の記憶に間違いがなければ)おそらく2006年の特集「エッセンシャル・ペインティング」以来なのではないかと思います。
実に13年ぶりの欧米作家メインの絵画企画、といえるような展示でした。

解説によると、近年の欧米では抽象作品が見直されているのだそうです。
歴史を振り返ってみると、20世紀初頭に登場した、当時の前衛(アヴァンギャルド)たる抽象画は、20世紀中盤のアメリカを中心とした抽象表現主義絵画でその頂点を迎えます。
70年代以降は具象画が復権し、特に80年代になると明確に抽象画は前衛ではなくなる、そもそも歴史自体の進歩史観が終焉し前衛という概念自体が怪しくなる、具象画も抽象画もその他のメディアアートも同列に扱われる、いわゆるポストモダン≒マルチカルチュアリズム(文化多元主義)の時代になります。
あらゆる作品は同列で、存在するのは文化的差異や技術的差異などの個々の作品の違いのみ。
そんな中で開催された2006年の特集「エッセンシャル・ペインティング」は、具象画と抽象画が入り混じる展示でありつつ、全体として具象画がメインといえる展示でした。
そこから13年の時代を経て開催される絵画展において、国立美術館の問題意識が抽象に傾いているということは、欧米世界の主流が久しぶりに抽象の方へスイングバックしているということなのかもしれません。


本展示では、主として90年代以降の様々なタイプの抽象作品が展示されており、作家さんごとの傾向を比較してみるもよし、1作品に耽溺してみるのもよし、ここ数十年の絵画の傾向について考えてみるもよし、様々に楽しめる展示になっていました。

個人的に感じたことは2つ。

1つは時代や地域の違いがそれほど感じられないこと。
ヨーロッパとアメリカの違いとか、90年代と10年代の違いとか、そういった差は小さいように感じました。
個別にみると、トマ・アブツとクリストファー・ウールを並べて見ると後者はアメリカっぽいなとか、ギュンター・フォルグとハイモ・ツォーベルニクを並べて見ると何かが新しくなっているようにみえるとか、こういう違いも感じられないこともないですが、そういった違いは(例えば20世紀に比べると)小さいように思います。
自分は作品の時代背景や地域・社会ごとの違いを考慮することの重要性を考えるタイプの鑑賞者ですが、本展に関しては時代や地域の差異はおそらくあまり重要ではない。
多文化主義・多様性などと言われて久しいですが、本展はそれとは対極にある展示だと感じました。(これは世界のフラット化の進行を反映しているとも言えるのかもしれず、「先進国」たる欧米では既にフラット化が完了している、という見方もできるのかもしれません。)

2つめは、1口に抽象といってもかなり振れ幅があるということ。
抽象と具象の振れ幅、純粋に画面構成と色彩のみを追求するタイプの抽象画から、明らかに何かを描いたとみられる具象画の要素を含む絵画(例えば「双子」とか「お化け」とか明らかに具象的に見える作品や、煉瓦の壁面をそのまま描いて具象物たる壁の抽象性を意識させる作品などがありました)まで、タイプは様々。
抽象と具象の間は、実はスペクトラム的。
あるいは、視覚(ビジュアル)と概念(コンセプチュアル)の振れ幅、単に視覚的な面白さを追求した作品から、明らかに歴史上の特定の作品を参照したことが分かる歴史的意味を帯びる作品、文字や記号が配置された意味性の強い作品まで、タイプは様々。
視覚の面白さを考慮しつつ、その中に意味らしき要素もみられる作品も多いです。
視覚と概念の間も、実はスペクトラム的。
前衛/古典、グローバル/ローカル、といった軸は一端かっこに入れ、抽象/具象、視覚/概念、という4軸で作品をマッピングしてみる、というような見方を考えてみても、本展は面白く鑑賞できる展示になっていると思います。


以下、とくに面白かった作家さん5名についてコメントしてみます。
前の2名は、どちらかといえばいかにも抽象画らしい、がっちり視覚(ビジュアル)の面白さを探究されている作家さん。
後の2名はやや概念(コンセプチュアル)の要素が強い作家さん。
真ん中の方はその中間、くらいのイメージの作家さんです。


・トマ・アブツ (ドイツ、1967-)

本展で自分が一番気に入った作家さんです。
小さい画面の絵画作品が3点展示されていました。
いずれも斜めに引かれた平行線や放射状の線が並んでいる作品で、その線に沿って色が塗り分けられています。
色彩は原色ではなく地味目の中間色。
平行線や放射状の線は別の直線や曲線によって途中で遮られますが、その線の途切れ方が面白く、これにより平面的な作品の中に妙な立体感が生まれます。
さらに線の一部に謎の影が描写されており、この影による効果で不思議なだまし絵みたいな感じになります。
色彩感の心地よさと、不思議な平面感と立体感が非常に楽しく、絵を見るということ面白さを存分に感じさせる、お気に入りの作家さんになりました。
ちなみに、地味な中間色が選ばれがちというのは、本展のいくつかの作家さんに共通する傾向です。(過去の抽象画、例えばポロックやニューマンやステラなどの作品に比べると、色彩が淡い気がします。たまたまかもしれませんが、これは現在の作家さんに共通する一つの傾向なのかもしれません。)


・ハイモ・ツォーベルニク (オースリア、1958-)

主として正方形をテーマにした作品を制作されている方です。
正方形の画面の中を、上下左右にグリッド状に規則正しく区切り(4分割、9分割、16分割、25分割・・・みたいな感じを想像されると良いと思います)、それぞれの正方形の色彩と形態を、様々なパターンで描くことを試みています。
単に正方形を色分けした作品から、縦の列のみを同色で塗り分けた作品、各正方形に複数の文字を埋め込んだ作品、手で無造作に切ったと思われる色紙を各グリッドに貼り付けて正方形と色のゆがみを認識させる作品など、いろんなパターンが登場します。
いすれも色の並べ方のパターンが心地よく、見ていて楽しい作家さんです。
この作家さんも色のチョイスは中間色が多く、このあたりは上のアブツとの類似性もあるように思います。


・クリストファー・ウール (アメリカ、1955-)

本展で最も印象に残った作品を1つあげよと言われたなら、自分はウールの「無題」(2014年)をあげたいと思います。
白地の大きめの画面に、黒色の大小さまざまな文字(アルファベットを中心とした記号)が所狭しと並んでいる作品。
その並べられ方は不規則で、画面全体を覆う感じ。
さらに、それぞれの文字が重層的に重なり合い、画面が何重にも重なる多層性を帯びているように見えます。
過去の抽象作品で例えるなら、ジャクソン・ポロックのドリッピング作品を文字で再現し、さらにゲルハルト・リヒター風の階層構造も見られる、といった感じでしょうか。
加えてこの作品の面白いところは、色の塗りが非常に丁寧で、点描を中心とした細かい描き込みはおそらく何らかの器具なりを利用して描かれているのだと思います。
遠目で見るとドンと迫力のある画面で、細部を見ると黒い文字の重なりと描き方が面白い。
近づいたり離れたりしつつ鑑賞すると非常に楽しい作品です。
インターネットでクリストファー・ウールで画像検索すると、単に文字を規則的に並べた作品ばかりが出てきます(会場にも90年代のこの傾向の作品も展示されていました)が、この傾向の作品に比べると、2014年の作品は非常に面白いものになっているように思います。


・ジョン・アムレーダー (スイス、1948-)

過去の、とりわけ20世紀中期の抽象表現主義の作風を意図的に引用しつつ、
それを違った形で表現しなおしているのが面白い、視覚的にも面白いですが、どちらかといえば絵画史的に面白いと言える作家さんではないかと思います。
分かりやすいのが「挑戦者」で、画面左手が規則的なストライプでミニマルアート風、画面右手は生々しい塗料によるアクションペインティング風、これがやや比率が偏った形で左右に分割(この分割方法がバーネット・ニューマンの作品のようにも見える)され、左手には銀が、右手には金があしらわれ(この辺はちょっと世紀末美術っぽい)て対比させられています。
「滝」はシュヴィッタース以来の物をコラージュする手法と、なんとなく白髪一雄を思わせる荒々しい手法(例によって白髪よりは色彩は淡い)が組み合わさった感じ。
「大さじ」はモーリス・ルイス風のたらしこみの表面に、キラキラした素材が貼り付けられており、非常に綺麗で楽しい作品になっています。


・ダーン・ファン・ゴールデン (1936-)

本展示の中では年長の作家さんで、唯一60年代の作品が展示されており、10年代の近作まで幅広く作品がチョイスされている作家さん。
この方も過去作品に言及するタイプ、絵画史的に面白い作家さんですが、上のアムレーダーが過去の手法をそのまま利用しているのに対し、ゴールデンは過去の作家を引用しつつ、全く違った形で再現しているところが面白いです。
分かりやすいのが「スタディー・ポロック」で、ポロックのドリッピング作品のある部分だけを大きく拡大して描いているということがすぐに見て取れる作品ですが、描き方はポロックの荒々しさとは対極で、非常に丁寧に描かれています。
ポロック的でありつつ脱ポロック的であるという面白さ。
「ヘーレンルックスⅠ」も、植物のデザインを規則的に並べた既製服の布地のようなものを描く(なんとなくウォーホルを少し思い出す)作品ですが、これも細部を拡大しているのが特徴で、赤と白の画面が楽しい。
ゴールデンも色彩と描き込みが心地よく、ぜひ全体と細部をじっくり見てほしい作家さん。
抽象-具象の振れ幅を楽しみつつ、歴史を異化しつつ、絵を見る喜びをも感じさせる、楽しい作家さんです。



ということで、非常に面白い展覧会でした。
欧米の絵画作品の近年の動向を確認できるのはなかなか得難い機会、近年の日本やアジアの作家さんの作品を散々鑑賞した後、振り返って欧米の作家さんの作品を見てみるのもまた面白い。
現代美術に関心のある方は鑑賞必須の展示だと思います。

抽象画の色彩感や絵の具の物質性は、生で鑑賞してこそのもの。
アムレーダーやゴールデンのように絵画史を考えさせる要素のある作品もありますが、アブツやツォーベルニクのように見るだけで楽しい作品もあります。
全体の画面構成を楽しみつつ、細部の色と形の在り様を楽しむ、抽象は分からんという人も、こういう視点で見るときっと楽しい作品が見つかると思いますので、ご興味のある方はぜひ国際美術館へ!