プラド美術館展 -ベラスケスと絵画の栄光- | れぽれろのブログ

れぽれろのブログ

美術、音楽、本、日常のことなどを思いつくままに・・・。

先週は地震のあった一週間でした。
自分の住んでいるところ(大阪府中部)は震度4で、幸いにして大きな被害はなし。
本棚その他もほとんど被害はなく、マンションのエレベータが2日間止まったくらいで、生活への影響もありませんでした。
大阪府北部は震度6、とくに淀川以北は大変だったようで、知り合いの中には家の中が散乱したり建物に亀裂が入ったりと、被害が大きかった方もおられました。
阪神大震災の記憶が頭をよぎったという人も多く、改めて災害の恐ろしさを感じた一週間、やはり日ごろから地震への備えは行っておかないといけませんね。


さて、その前の6月16日の土曜日、兵庫県立美術館に行ってきました。
目的は「プラド美術館展 -ベラスケスと絵画の栄光-」と題された展覧会。
スペインはプラド美術館の協力のもと、主として17世紀の絵画がずらりと並ぶ、面白い展覧会でした。
芸術、知識、神話、宮廷、風景、静物、宗教という7つのテーマが設定され、それぞれのテーマごとに多数の作品が展示されるという趣向の展覧会で、見どころはたくさん。

本展覧会の主人公は、サブタイトルにある通り、ベラスケスです。
ベラスケスが計7作品出展されており、静物画以外はすべてのテーマに対しベラスケスの作品が展示されていました。
テーマごとに、ベラスケスとその周辺の作家の作品を合わせて比較鑑賞できるという趣向の展示になっています。
ベラスケスの最大の特徴はその筆致です。
素早い筆致で大胆に描かれた絵画、絵に近づいて見ると曖昧模糊とした絵の具のかたまりですが、少し離れてみるとしっかりとした物の形に見えるという、魔術的な写実の面白さ。
ベラスケス以外の作家は丁寧・端正に描いている作家が多く、中には驚くほど精密な描き方をしている作家もおり、これらの画家と比較することにより、ベラスケスの描き方がたいへん革新的であることがよく分かります。

ベラスケスが活躍した17世紀はいわゆるバロックの時代、それ以前の均整の取れた構図と比較してより動的・ダイナミックな構図の作品が多く、このあたりも本展示を楽しむ1つのポイントです。
ベラスケスも例外ではありませんが、ベラスケスはそんなに変わった絵を描いているわけではありません。
主題はあくまで一般的、しかしよくよく観察するとベラスケスらしい特徴が見えてきます。

ということで今回は、出展されているベラスケスの作品の中からいくつかピックアップして並べ、コメントなどを残しておこうと思います。


・マルス(1638年ごろ)



ベラスケスの筆致の面白さは、この「マルス」が分かりやすいです。
とくに兜や画面下の武具の描き方。
こうやって図版で見るとちゃんと武具に見えますが、実物の絵に近づいてみると非常に大胆で曖昧な筆致であることが分かります。
兜は高い位置に描かれているので細部は見にくいですが、足元の武具は目の前で観察することができます。
この「マルス」は神話のコーナーに展示されており、他の作家たちが勇壮なヘラクレス像などを描いたりしている中、ベラスケスは武具を脱ぎ捨て休息している軍神マルスを描いているのも面白いです。
神様を描いていても、その姿はなんとなく人間的。


・バリェーカスの少年(1635~45年ごろ)



ベラスケスは王族の肖像画をたくさん描いた画家ですが、宮廷の王家に仕える矮人など、障害を持つ人の肖像も残しています。
このバリェーカスの少年も脳に障害のあるモデルとのこと。
19世紀ロマン主義の画家ジェリコーの精神障害者を描いた作品から遡ること200年、このような写実主義的な作風はかなり先駆的であると言えます。
モデルの少年は脳を患っているため頭部が非常に大きく、足が短いという特徴がありますが、その点はことさら強調せず、敬意を持ってモデルと向き合っているように見えるのもベラスケスの特徴です。
このあたりが今日的なベラスケスの価値であるともいえるかもしれません。
このような写実主義的モデル選定は、同時代スペインの画家リベーラの「えび足の少年」にもみられます。


・狩猟服姿のフェリペ4世(1632年~34年ごろ)



こちらはスペイン・ハプスブルク家の王、フェリペ4世を描いた作品です。
ハプスブルクの特徴である面長の顔、唇や顎の特徴をそのまま写実的に描写しています。
本作では左足と銃の先端部分の描き直しの後が肉眼でも分かり、最適な画面配置・構図を決定するための模索の後がみられます。
左下の犬は有名な「ラス・メニーナス」に登場する犬と同じ種類なのかな。


・王太子バルタサール・カルロス騎馬像(1635年ごろ)



本展示の目玉がこの作品。
個人的に、西洋絵画で一番好きな乗馬の絵がこのバルタサール・カルロス騎馬像です。
少年の服装と馬の毛並みの描き方の筆致。
幼い子供が平然と(真顔で)馬を乗りこなしているという現実的にはありえない状況、馬の前脚と後脚の長さのバランスも違和感ありますが、しかし画面全体のバランスが良い感じで、非常に素敵な作品だと思います。
細部の大胆さと全体のバランスの魔術、ベラスケスを鑑賞する楽しさに溢れます。
本展示では、本作は風景のコーナーに展示されていました。
子供と馬に目が行きがちですが、よく見ると背景も色彩豊かで、青い山と緑の野原(これらも非常に大胆に描かれている)の描き方も面白い。
画面右下の台地は、実物はもっと赤色の印象が強く、色彩も豊かです。



さて、ベラスケス以外では、同じスペインの画家リベーラが4枚も展示されていました。
如何にもバロック的な光と影のコントラストによって描かれる人物画、とくに老人を描いた絵が素敵で、老人の表情にも要注目。
その他では、花のブリューゲルことヤン・ブリューゲルの作品が素敵でした。
綺麗に丁寧に描かれたお花、その上にとまる蝶やテントウムシの可愛らしさ。
この時代の静物画はヴァニタスなどと言われ、死や無常観に繋がる寓意的に意味合いを込める作家が多い中、ヤン・ブリューゲルはあくまで植物を美しく描くことに主眼があるように見えます。
数少ない16世紀の作品、ティツィアーノの「音楽にくつろぐヴィーナス」も本展の見どころで、この作品は2006年のプラド美術館展でも来日していた記憶あり。

その他もみどころがたくさんある展覧会ですが、何より7点のベラスケスを鑑賞するのが楽しい展覧会。
7つのテーマや、ハプスブルク、スペインと言ったキーワードから比較展示を楽しめる非常に面白い展覧会だと思います。