大エルミタージュ美術館展 | れぽれろのブログ

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11月3日の祝日の日、兵庫県立美術館の「大エルミタージュ美術館展」に行ってきました。
この日は予定では京都国立博物館で開催されている国宝展に行こうと考えていましたが、ホームページによると入場まで90分待ちだとかで大混雑している様子。
自分は期日前投票で30分並ぶだけでも文句を言う(笑)人間ですので(前々回の記事参照)、90分も並ぶとなると行く気が失せてきます。
大エルミタージュ美術館展は世界レベルの巨匠の作品が集まる素敵な展覧会ですが、待ち時間はなく、混雑もさほどではなく、「バベル展」のように無理やり列を作らせるような会場運営もしておらず、じっくりゆったりと鑑賞することができました。

エルミタージュ美術館はロシアのサンクトペテルブルグにある巨大な美術館で、18世紀の啓蒙専制君主エカテリーナ2世により築かれました。
本展は地域別に6部構成となっており、順にイタリア、フランドル、オランダ、スペイン、フランス、その他地域と構成が分かれており、それぞれの地域を代表する作家の作品がずらりと並んでいました。
作家数や様式の点でかなり網羅的な展示であり、16~18世紀の西洋絵画史が十分に俯瞰することができる展覧会になっていました。

以下、地域ごとの覚書・感想など。


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・イタリア

いきなりヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノの「羽飾りのある帽子をかぶった若い女性の肖像」がどどんと展示、以降王道的な作品がずらりと並んでいます。
ルネサンス期を過ぎると絵画史の舞台はイタリアからオランダやフランスに移り、
イタリア美術は影が薄くなりがちですが、17~18世紀にも意外と素敵な作品もあり、本展ではとくに風景画が充実していました。
有名なカナレットの作品も展示、「ヴェネツィアのフォンダメンタ・ヌオーヴェから見た、サン・クリストーフォロ島、サン・ミケーレ島、ムラーノ島の眺め」のパノラマ的画面が堪能できます。
ベロットドレスデンのツヴィンガー宮殿」なども建築物の細部を描きつつ、全体としてな壮大な画面になっている素敵な作品でした。



・フランドル

17世紀はフランドルとオランダの時代です。
まずはブリューゲル一族の作品が登場。
最初に登場するのはブリューゲル2世「スケートをする人たちと鳥罠のある冬景色」、父ピーテル・ブリューゲルの超有名作品「雪中の狩人」の右手中央部を拡大したような作品で、凍った川をスケートで遊ぶ人たちの様子と雪をかぶった建築物が素敵な風景画です。
ヤン・ブリューゲルの「魚の市場」も、お魚の取引をする細部の様子が楽しい。

このパートのメインはルーベンスヴァン・ダイクの作品ですが、個人的なお気に入りはヨルダーンスの「クレオパトラの饗宴」です。
ヨルダーンスの作品は登場人物たちの表情が面白く、本作でも人物たちの服装の描写と共に、饗宴の際の楽しげな表情も味わうことができます。

本展ではダーフィット・テニールス2世の作品が充実しています。
ダーフィット・テニールス2世は奇怪な作品が多いイメージがありますが、本展では「牧童」「牧童の女性」のような爽やかな(?)作品も展示。
面白いのは「厨房」で、これは変な絵(笑)、厨房を描いていますが天井が高く扉も異常に大きくどことなく遠近感や大小関係がおかしい、やたら高い場所に肉やら食器やらが置かれており(どうやって取るのか)、上部には空中に脱出するような謎のドアがあります。
事物が距離感を無視してあちこちに描かれる、スーパーフラット西欧版という感じの作品。

フランス・スネイデルスという画家の「鳥のコンサート」。
たくさんの鳥類が画面いっぱいに描かれており、1匹1匹を観察するのが楽しい作品です。
鳥と題しつつコウモリも描かれているのが微笑ましい。
鳥の描写は正確ですが、多数の生き物が群がる不思議な画面の様子はまるで伊藤若冲の「動植綵絵」のよう。
テニールスやスネイデルスの作品を見ていると、我々が日本的だと考えるスーパーフラットのようなものは単にプレモダン全般の特徴なのではないかと言う気がしてきます。


・オランダ

17世紀オランダと言えばレンブラントですが、自分の関心は、当ブログではお馴染みの(?)いつもの三人衆にあります。

フランス・ハルスの「手袋を持つ男の肖像」。
大胆な筆致が魅力的な肖像画家ハルス、本作ではとくに髪と白い襟の楽しい描写(絵に近づくと曖昧模糊とした筆致だが、絵から離れると細密描写に見える)が堪能できます。
ヤン・ステーンの「怠け者」。
意味のかたまりのような風俗画を描くステーン、本作では怠惰に耽る男女のだらしない姿が楽しく、細部に描かれた小物には様々な象徴的意味がありそうです。
ピーテル・デ・ホーホの「女主人とバケツを持つ女中」。
画面の幾何学的形状と色合いが楽しいのがデ・ホーホの作品、本作でも床の市松模様と建築物・扉・柵が形作る形状のリズムが楽しめます。
人物の服装や建築物の色彩も楽しい。
その反面、人物のポージングや顔の描写には違和感がありますが、これもデ・ホーホの味です。

その他、恋の病を描いたハブリエル・メツーの「医師の訪問」もヤン・ステーン的な風俗画鑑賞の楽しみを味わえる作品。
ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・ヘームの「果物と花」は、一見タイトル通りのよくある静物画に見えますが、よく見ると細部に蛇・トカゲ・ミミズ等の不穏な小動物や、謎の人面が描かれていたりするのが面白いです。
解説によると、ガイコツこそ描かれていませんがこの絵はいわゆるヴァニタスで、この世の儚さを表しているのだとか。
濃いオランダ画家の間に混じって展示されるヘラルト・デル・ボルフの「カトリーナ・レーニンクの肖像」が一服の清凉剤のようで、服装とくにスカートの描写が素敵です。


・スペイン

17世紀絵画史で、フランドル・オランダと並んで重要なのが、スペイン・バロック。
本展ではスペインの展示は少なく、5枚しか展示されていませんでしたが、全点が傑作です。

ムリーリョが3枚展示されており、どれも素敵ですが、1枚選ぶなら「受胎告知」でしょうか。
マリア様とガブリエルの表情が可愛らしく、画面構成も素敵です。
スルバランの「聖母マリアの少女時代」も、マリア様の可愛らしい表情が特徴的。
その中で、リベーラの「聖ヒエロニムスと天使」は、黒主体の画面に劇的な光が差し込み、聖人を照らし出す画面がかっこいい作品です。



・フランス

本展後半のメインはフランス、17世紀の古典派から、18世紀のロココ絵画まで、多数の幅広い作品が展示されていました。

17世紀古典派を代表するのがプーサンル・ナン兄弟
本展ではル・ナンの「祖母訪問」が良い感じ。

同じ背丈の人物がずらりと並ぶ端正な作品です。
顔が横一列に並ぶ様子は、この美術館の2階に常設展示されている小磯良平の「斉唱」をふと思い出したりも。

より充実していて見どころたっぷりなのが、18世紀ロココ期の美術作品です。
ロココと言えばヴァトー、ブーシェ、フラゴナールの三巨匠。
ロココの中では何といってもヴァトー困った申し出」が素敵です。
小ぶりに描かれた後ろ向きの男女の様子、振り返りつつお互いに会話する人物のポージングと服装の描写が素晴らしく、優雅さと可愛らしさが入り混じる素敵な作品、やはりヴァトーは良いです。
ブーシェの「エジプト逃避途上の休憩」も、優雅でありながら細部の描きこみも楽しい作品。
フラゴナールは「盗まれた接吻」が展示されていましたが、細部の筆触の様子がいつものフラゴナール作品とはずいぶん違って丁寧な感じ、それもそのはず、この作品はマルグリット・ジェラールとの共作なのだとか。

その他、グルーズのいつもの少女漫画チックな作品も面白く、どの作品の女の子も子供も、みんな瞳ウルウルほっぺた真っ赤。
そして同時期の重要画家シャルダンの超有名作品「食前の祈り」は、有名なルーヴル美術館所蔵の作品とは別バージョンが展示。
ルーブルの物とは人物の顔の表情がずいぶん違う印象がありますが、左下の子供の服装の雰囲気など、エルミタージュ版も良いものです。
これ以外にもユベール・ロベールの廃墟を描いた作品など、フランス作品は見どころいっぱいです。
19世紀になると西洋美術史の主要舞台は完全にフランス移りますが、その萌芽がここに見て取れるような気がします。


・その他

最後はドイツとイギリスの作家の作品が展示されていました。

ドイツ代表は何といってもクラーナハ
林檎の木の下の聖母子」はクラーナハらしい肖像で、特に髪の毛や背後の風景の描きこみが魅力的です。
イギリスではゲインズバラの「青い服を着た夫人の肖像」が印象的。
ゲインズバラの作品は個人的には風景とセットになった人物画が好きなのですが、大きく描かれた人物もこれはこれでいい感じ、やや面長の顔に特徴のあるゲインズバラ作品の雰囲気を楽しめます。
18世紀後半のアンシャン・レジーム期フランスを思い出すような(?)、巨大に盛られた髪型にも注目(笑)。

展覧会のラストはイギリス画家トマス・ジョーンズ嵐、ディドとアイネイアスの物語」で〆。
イギリス美術は耽美・風刺・怪奇といった要素の印象が強いですが、本作もどことなく不吉な怪奇性を感じる作品で、展覧会は不穏な終わり方になっています。


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ということで、非常に楽しく鑑賞しました。
16~18世紀ヨーロッパを代表する画家の作品が結集する本展、西洋美術史に興味のある方にはぜひお勧めしたい展覧会です。