歌劇「ミカド」 (びわ湖ホール オペラへの招待) | れぽれろのブログ

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8月5日の土曜日、びわ湖ホールに行ってきました。
目的は19世紀イギリスの作曲家サリヴァンの歌劇「ミカド」の鑑賞。
この日は滅茶苦茶暑い日、JR大津駅からびわ湖ホールまで歩くだけで汗びっしょりになりました。

歌劇「ミカド」は1885年の初演、イギリスのコミックオペラ(オペレッタ)で、古典喜劇というよりも大衆演劇に近いものです。
ミカドとは日本の天皇のこと、日本を舞台にした作品であり、19世紀後半のジャポニズムの中で制作された作品です。
当時のヨーロッパでは万国博覧会が開催され、世界各国の文物が陳列、開国したての日本も万博に出展します。
万博の影響もあり西洋人の間で異国ブームが起こり、そような中でサリアヴァンの「ミカド」、マスカーニの「イリス」、プッチーニの「蝶々夫人」など、日本を舞台にした作品が制作されます。
自分は2008年に兵庫県立芸術文化センターで「蝶々夫人」を、2011年に京都コンサートホールで「イリス」を鑑賞しています。
当時の欧州人が考える日本というのはなかなか興味深いものがあり、あれこれ考えながら鑑賞するのも楽しいです。

サリヴァンの「ミカド」は日本を舞台にしていますが、日本に対する理解は外面的でいい加減なもの、当時の他のジャポニズム作品と同じく、日本を正確に描写したものではありません。
日本を正確に描くことが目的ではなく、日本という舞台を用いて当時の政治権力を批判する意図があったのだとも言われています。
物語は日本のティティプーという町(秩父のことだとも言われます)を舞台に、ミカド(=天皇)が制定した死刑制度を巡るドタバタ劇です。
放浪詩人に身をやつしたミカドの長男ナンキプーと、権力者の後見人である美女ヤムヤムとの恋がお話の中心。
そこにティティプーの権力者ココと、ナンキプーを追う醜女カティーシャが絡み、四角関係と死刑を巡ってお話が進みます。
2幕中盤からはミカド自身が登場。
死刑を巡るいざこざというと何やら陰惨な感じがしますが、喜劇(オペレッタ)ですので、結末はハッピーなもの。
権力者の気まぐれにより人命が軽んじられる様子が、笑いと共に風刺的に描かれている作品です。

自分はプッチーニの「蝶々夫人」は好きですが、マスカーニの「イリス」やサリヴァンの「ミカド」は、そんなに有名なオペラではないということもあり、録音は所有していません。
今回の「ミカド」も初めての鑑賞、どんな音楽なのか楽しみにしながら会場に向かいました。
この日の指揮は園田隆一郎、演奏は日本センチュリー交響楽団でした。


以下、感想など。
※演出上のネタバレを含みます。
(今月末に東京公演もあるようですので、念のため。)

音楽について。
1885年の作品にしては、意外と古典的な音楽だなという感じがしました。
長めの序曲から始まり、構成はセリフと歌が交互に繰り返されるナンバーオペラの形式。
大陸では既にワーグナーがヒットしている時代ですが、「ミカド」はイギリス(ドイツ圏を当時の音楽の中心とみるならば周辺国)のオペレッタということもあってか、比較的古典的な感じがします。
同時代のドイツ圏の有名作曲家の音楽のような陶酔感は少なく、アリアも短めでサラッとしていますが、それなりに可愛げがある楽しい音楽でした。
どちらかというと重唱部分が心地よい感じがし、のんびりと楽しめる音楽でした。
歌詞に関しては、この日は原語上演ではなく日本語上演でした。
歌詞は現代の視点で翻訳されており、かなり意訳が多く、オリジナルのセリフからはかなり改変されている様子。
これが原語上演だと、音楽はまた違った印象を受けたかもしれません。

演出。
舞台は簡素なもので、前方に浮世絵をあしらった舞台セットがあり、その背後にあるスクリーンに映像が映し出されていました。
外国人視点での現代日本ということなのか、海外旅行者向けの観光パンフレットの写真のようなものが背後に映し出されるという趣向。
オープニングは浮世絵や和風の小道具などが並ぶ映像、やがて北斎の「赤富士」がアップになり、高速道路と新幹線のアニメーションがその上に重なります。
1幕前半は都心と思われる都会の映像、ヤムヤム登場シーンでなぜか映像はJR吉祥寺駅の表示に切り替わり、それ以降は日本庭園、竹林、お寺など、外国人観光者向けに紹介されるような日本らしい映像が続きます。
日本各地の有名観光地の映像も使用され、カティーシャが怒るシーンでは浅草の雷門が映し出されたりします。
2幕中盤からは映像は京都の清水寺が舞台となり、物語の進展に合わせて映像の中の季節が変化していくのも面白いです。
ラストの大団円はなぜか大阪の新世界とミナミの映像になりますが、これは関西のホール故のサービスなのかもしれません。

設定は現代日本ということのようですが、現在の外国人視点での日本のイメージということなのか、登場人物の服装は奇妙なものになっています。
明治期日本の服装をアレンジし、さらに現代的な服装の要素を加味したような舞台衣装。
ミカドやカティーシャは似非日本的でやや中華風の感じもします。
ナンキプーはストリートミュージシャンという扱いで、Gパンにエレキギター片手に登場。
ヤムヤム、ピッティシング、ピープボーの女子3人組は、カラフルな明治女学生風の衣装をベースに、コスプレ風セーラー服とアニメキャラ風のメイクという奇怪な(笑)組み合わせです。
ピンクの服に青い髪というヤムヤムはなかなかインパクトあり。
日本を訪れたことのない外国人が、日本の観光案内を見て想像を膨らませたような舞台、19世紀後半のオペラ演出家が現代に生きていて、当時と同じ感覚で日本を描いたらこんな感じになった、といような舞台になっていました。

このような、外国人が見た妄想日本21世紀版の衣装+観光カタログ映像という組み合わせが、欧州から見た間違った日本というこのオペラが持っている部分への批評性に加え、日本のクールジャパン政策と観光立国政策を小バカにしている雰囲気も感じられ、風刺喜劇オペラの現代解釈として捉えるとなかなか面白いものがあります。
昨今の政治的話題も登場し、忖度、天下り、共謀罪、辞任した防衛大臣、真ん中が真っ白な100万円の札束、「このハゲー!」、等々も登場しますが、このあたりは風刺というよりは時事ネタを散りばめて笑いを取るというレベルで、ブラックな要素は少なく、笑って鑑賞できる舞台になっています。
せっかく日本の天皇や権力者が登場する風刺オペラですので、もっと突っ込んだネタがあってもいいのにとも思いますが、オペラは興行規模が大きいので、下手をして怒られると大赤字になるため、現代美術作品のような風刺はなかなか難しいのかもしれません。

ラストの大団円では全員の衣装が突然変わり、大阪の新世界&ミナミの映像をバックに、女子高生たちはキャバレーの女の子に変身、他メンバーも阪神ファン、たこ焼き屋のおばちゃん、西成にいそうなおっさん等に変化します。
ミカドがグリコの看板風ランナーに変化するのは笑いました(笑)。


ということで、楽しいコミックオペラでした。
オペラは原語上演が基本だと思いますが、たまには面白おかしく解釈された日本語上演も良いものですね。