~親和力~ つながる、変化する、融合する  シプリアン・カツァリス ピアノリサイタル | れぽれろのブログ

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10月1日の土曜日、カツァリスのリサイタルを鑑賞しに、西宮の兵庫県立芸術文化センターに行ってきました。


前週は仕事が忙しく、木曜日は出張で新潟におり夜遅くまで仕事、翌日金曜日はそのまま東京に移動して夕方まで仕事、夜に大阪に帰ってくるという弾丸スケジュール。
その疲労もあってか土曜の朝は遅くまで寝ており、起きると頭痛が酷い・・・。
頭痛薬をドーピングし、よたよたと西宮へ(笑)。
お薬のせいで頭と耳はボケっとしてますが、熟睡したためか目は冴えています。
もう10月ですが、阪神地区はこの時期にしては暑いです。
新潟は夜になると寒いくらいで、東京もそれなりに涼しかったですが、大阪は暑い・・・。
短期間にあちこち移動すると、地域による気候の差を身にしみて感じます。

 


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カツァリスは大好きなピアニスト。
初めて演奏会を鑑賞したのが2006年ですので、今年で10年目です。
鑑賞した演奏会の回数を数えると今回がちょうど10回目とうことで、個人的メモリアル演奏会でもあったりします。
カツァも10歳年を取り、腱鞘炎やら脳梗塞やら心筋梗塞を経験されました。
今回は小規模な知られざる曲をたくさん紹介すると言った趣向のプログラム。
いわゆる大曲や、大規模な協奏曲の編曲版などは今回はありません。


以前にカツァリスというピアニストの特徴を、自分は「超絶技巧」「抒情性」「編曲」「発掘」の4つの視点でまとめたことがあります。
今回のプログラムはとくに曲の「発掘」に力を入れているような、そんな選曲になっていました。
カツァのセリフ「19世紀に書かれた作品のうち、我々はたった2%ほどしか演奏していない。あまり知られていないレパートリーほど素晴らしい。」
今回はこのような考え方を示したようなプログラムになっていました。


さらに今回は「親和力」「つながる、変化する、融合する」がテーマとなっており、同じテーマの曲を2曲(乃至3曲)連続して演奏、このパターンが計9回続くというプログラムでした。
ゲーテ、ノヴェレッテ、ハプスブルク、極東、マズルカ、ショパン、ラフマニノフ、etc、それぞれのキーワードをベースに異なった時代・地域・ジャンル・作曲家の楽曲を並べて演奏し、その違いを楽しむことができるという趣向です。
このため取り上げられる作品は多岐に渡り、選曲も18世紀初頭のバロックから20世紀のジャズまで幅広く、これだけのバリエーションをワンステージで演奏するのは大変そうです。
オリジナル曲あり、オケ曲の編曲あり、自作曲もあり、さらにこれらの楽曲にときに自身のアレンジを加え、原曲を尊重しながらも、全体としてカツァリス色に染めていく、そんな演奏会でした。


それぞれの楽曲については、大阪はいずみホールのステマネをされていた小味渕彦之さんの解説がパンフレットに記載されていました。
カツァリスといずみシンフォニエッタ大阪をずっと継続的にフォローしてる自分にとって、この意外な繋がり(=親和力!)も何やらニヤリとしてしまいます。

 


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プログラム開始前は恒例の即興演奏。
「さくらさくら」の断片から始まり、様々な主題が登場しますが今回は元ネタをよく知らない曲が多いです。
最後は昨年と同様、ラフマニノフの協奏曲3番3楽章~「赤とんぼ」で終わりましたが、昨年より展開はややあっさりしている感じ。
しかしラフマニノフの装飾の付け方はこってり(笑)で、楽しいです。


メインプログラムはテーマごとに2曲1組で演奏されます。
カツァはそれぞれのテーマごとの組み合わせを連続して演奏したそうでしたが、途中拍手が入るとちゃんと立ち上がって拍手を受けてくれていました。


ノヴェレッテの組み合わせは19世紀のシューマンと20世紀のプーランクとの比較。
強→弱が繰り返される楽曲構成はシューマンらしく、シューマンはいいなーと思いながら鑑賞。
プーランクの気だるい感じに比べると、シューマンはややメリハリがあるように聴こえます。
これらの曲は初めて演奏するのだとかで、カツァはスコア確認して演奏していました。


クーラントの組み合わせは、ジャン=バティスト・ルイエの原曲と、ゴドフスキーによるその編曲。
カツァは繰り返し時にやや変化を付けて演奏しますので、ルイエの原曲も同じフレーズでも繰り返し時は少し違って聴こえ、さらにルイエとゴドフスキーを連続して演奏したため、どこからがゴドフスキーの編曲でどこからがカツァのアレンジなのか分かりにくく、どことなくけむに巻かれてる感じが面白い。


ハプスブルク帝国の組み合わせでは、お馴染みのレパートリー:リストのハンガリー狂詩曲13番が登場。
この曲はスコアも見ず、慣れた曲のためかなりリラックスして演奏しているのか、いい感じで音が心地よいです。
(会場でお会いした方のお話によると、初めの方のスコアを見て弾く曲の音に比べて、リラックスして弾いている曲はやはり音が全然違うのだそうです。)
こんなに音が多かったっけ?というくらい装飾が付いている感じ。
有名なツィゴイネルワイゼンにも登場する旋律部分は大加速、かなり自由に弾いている感じが楽しい。
よく考えると、リストのハンガリー狂詩曲シリーズはハンガリー土着のメロディを採取してアレンジを加えて採譜するという趣向の曲ですので、様々なメロディを引用するカツァの即興演奏に近いものがあり、このためカツァのスタイルに親和性があるのかもしれません。
シュトラウス2世の「ウィーン気質」を美しく響かせて前半終了。


後半、極東の組み合わせでは、ラヴェルの「マ・メール・ロア」の第3曲であるシノワズリ風の楽曲と、日本の「小さい秋見つけた」が比較されます。
東アジア人にとってはこの比較は同質性より違いが気になります。
極東のイメージで西洋人が作曲した楽曲と、西洋音楽を習得した極東人が西洋音楽ベースで自文化風に作曲した楽曲を並べて聞くのも面白い。
「小さい秋見つけた」は旋律も歌詞もすごく好きな童謡なので、カツァの情感あふれる演奏に思わず感激。

まさに今の季節にぴったり。


マズルカの組み合わせ。
フォンタナとショパンが比較されますが、フォンタナはショパンの引き立て役に聴こえます(笑)。
ショパンの曲はやはり素敵です。


ショパンをイメージした2曲では、シューマンの楽曲とカツァのオリジナル曲が続けて演奏されます。
カツァの「ありがとう、ショパン」は3部構成の曲。
前半はショパンのワルツ風。
中間部がゆったりと美しく、アンダンテ・スピアナートや子守歌の断片が聞こえてくる気がします。
後半はまたワルツ風に戻りますが、前半とは印象が異なります。
カツァオリジナルの曲も素敵で、今回新たに聴いた楽曲の中ではこの曲が一番気に入ったかもしれません。


アンコールは先ごろ亡くなられた中村紘子さんの追悼ということで、ショパンの葬送ソナタ3楽章を演奏。
この曲をカツァの生演奏で聴くのは3度目です。
中間部がやたらと美しく、まさに天上の音楽・・・。
旋律の繰り返しごと変化を付けるのもカツァのいつものパターン。
(自分あまりは気づきませんでしたが、会場でお会いした方によると途中で音色もずいぶん変化していたのだとか。)
中間部→後半で急激にフォルテになるのもいつものお約束(スコアではここはppなのですが 笑)。
ウトウトしている人がここでビクッと起き上がるのも毎度のお約束です(笑)。
最後は拍手を遮り、カツァ退場。
やはりカツァとショパンは合います。
この葬送ソナタが今回の演奏で最も気に入りました。

 


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「カツァリスとは、19世紀的なヴィルトゥオーソの正統な伝承者である」という勝手な定義づけをした記事を以前に書いたことがありますが、今回はまさにそのようなカツァの姿勢がよく分かる演奏会だったように思います。


一般に20世紀(とくに後半)の多くの偉大な演奏家は、過去の作曲家の「名作」に真摯に取り組み、楽譜に忠実に音を再現していくというスタンスで、そのような録音(「名盤」)がたくさん残されています。
一方で19世紀のヴィルトゥオーソは、サロンで即興演奏をしたり、当時の人気オペラの楽曲をピアノで編曲したりして、自由に演奏していたようです。
カツァリスはこのような自由な19世紀的(?)選曲・編曲スタイルを、21世紀現在の舞台上に蘇らせようとしているようにも見えます。


さらに今回のプログラムでは、美術展でいうキュレーション的な要素が追加されていたように思います。
美術館のキュレーターは、所蔵の美術品をどのように選択し、並べ、展示するかを考え、興味深い展覧会を企画しようとします。
カツァも18~20世紀の幅広い楽曲の中から何をどうチョイスすると面白いか、それぞれをどう組み合わせてどのような演奏スタイルを取ると面白いかについて、あれこれ試行錯誤しているように見えます。
演奏の素晴らしさ・音の美しさもさることながら、今回はこのあたりも楽しめるプログラムだったように思います。
今後のカツァにも要注目、引き続き期待していきたいと思います。

 


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さて、今回は諸々の流れから、初めてサインを頂きました。

 

10年間カツァを追いかけていますが、サインを頂いたのは初めてです。
自分は割といろんな音楽家の演奏を聴きに行ったり、いろんな美術家のアーティストトークなどに出かけたりするタイプなのですが、「もの」にあまり興味がないので、サインをもらったことはないのです。

 

たまにはサインもいいものですね。
カツァに「ありがとうございます」と話しかけると、ちゃんと日本語で「ありがとうございます」とお返事してくれました。

このCDは大事にしようと思います。

 


ということで、カツァは面白い。
今年は12月にも、カツァを追いかけて名古屋まで行く予定です。