手袋/マックス・クリンガー | れぽれろのブログ

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マックス・クリンガーは19世紀後半のドイツの画家で、
主に版画作品を制作された方です。
いわゆる世紀末美術のカテゴリで語られる作家さんであり、
幻想的・象徴主義的な作風が特徴的です。
19世紀後半における創作版画の中心人物であるとされ、
生涯に400枚にのぼる版画作品を制作された方。
18世紀末~19世紀初頭の最も重要な版画作家といえばゴヤですが、
クリンガーは(ルドンを別格とすれば)ゴヤ以来の重要な
美術史上の版画作家であるとされています。

 

以下にクリンガーの最も有名な連作「手袋」を並べてみます。
「手袋」は10枚の版画作品の連作で、たまたま手袋を拾った男性の
夢とも妄想ともつかない、不思議な画面が連続する作品。
何やら意味深な作品ですが、特定の物語や読み方があるわけではなく、
自由に想像力を駆使して鑑賞できるような、

幻想的でなかなか面白い作品になっています。

以下、タイトルと作品を並べます。
( )内は英題、元々はドイツ語のタイトルがあるはずですが、
ちょっと見つからないので英題のみ記載します。

 


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1.場所(place)

 


ここはスケート場。
19世紀当時のブルジョワジーと思われる紳士淑女たちが
ローラースケートを履いて佇んでいます。
ローラースケートは18世紀から存在していたようですが、
19世紀当時はこんな社交ダンスみたいなスタイルで
ローラースケートに興じていたのでしょうか・・・?笑

 


2.行為(action)

 


スケートでゆらゆらと走る紳士淑女たち。
1人の男性が、目の前を走る女性が落としたと思われる手袋を拾います。
これ以降、男性は手袋とともに幻想の世界へ入ってきます。
画面構成的にはこの第2作が個人的に最も好きな作品で、
斜め方向に傾く身体の配置のバランスが妙に心地よいです。
次の場面以降と比較するとこ場面は現実のシーンだと思いますが、
既に幻想的な雰囲気が漂ってくるのが面白いです。

 


3.願望(yearnings)

 


男性は手袋を持ち帰ったのでしょうか。
自宅のベッドの中と思われますが、背景は大自然。
山や木々が描かれているのが不思議です。
男性の目の前にある手袋、少し見にくいですが
その遥か奥には手袋の持ち主らしき女性が佇んでいます。
邦題は「願望」となっていますが、yearningsは思慕と訳されるようですので、
男性のうつむきは女性への恋心ゆえなのかもしれません。

 


4.救助(rescue)

 


男性はなぜか船に乗り、海に乗り出します。
如何にもロマン主義絵画といった雰囲気の荒波の中、
彼が向かう先には手袋が。
手袋(=女性)を救助するというのが彼の夢・願望なのでしょうか?
船の上側が真っ白でのっぺりした平面なのも何やら妙な感じです。
白い船と黒い荒波の対比も面白いです。

 


5.凱旋(triumph)

 


手袋は救助されたのか、馬に乗って戻ってきています。
先ほどまでの男性は登場せず、救助されたはずの手袋自身が
英雄的に2匹の馬と共に凱旋してきています。
主客が逆転し、ものが擬人化される面白さ。
前の画面とうって変わって画面は真っ白で、
装飾的なカーブを描く植物がまた絵の雰囲気をガラッと変えています。

 


6.敬意(homage)

 


海辺の岩の上に捧げられた手袋。
岩の横には2つの燭台、海からは波に乗って無数の薔薇の花が。
この場面の邦題は「求愛」となっている場合もあるようです。
英題のhomageは忠誠の意味合いがある単語。
敬意と求愛と忠誠ではずいぶん意味合いが変わってきますが、
手袋への思いが無数の薔薇となって表現されているのが面白いです。

 


7.不安(anxieties)

 


悪夢にうなされ眠る男性のもとに押し寄せる怪人物たち。
その中には馬やその他の獣と思われるものも混じっています。
男性の頭の後ろには巨大な手袋。
左端からも手袋なのか、あるいは別の手なのか
何かが不気味に訪れてきます。
画面中心には場面3でも登場した蝋燭。
巨大な手袋の後ろから降り注ぐのは月光でしょうか。
背面の壁は暗く、右側の壁は明るく、光の加減も不思議です。
果たして男性はどうなってしまうのか。

 


8.休息(repose)

 


またまた画面はうって変わって、今度は平穏な室内です。
装飾的なテーブルの上で手袋は休憩中。
一件調和のとれた画面ですが、背後に埋め尽くされているのが
吊り下げられたたくさんの手袋だと気づいた瞬間、
何やら不気味な感じがしてきます。
よく見ると画面左の手袋の奥にからはワニのような怪物が。
(この怪物は1つ前のシーンの画面下の方にも登場しています。)
狙われる手袋の運命や如何に。

 


9.誘拐(abduction)

 


先ほどのワニの怪物には羽が生えていたようです。
手袋をくわえて怪物は夜空に飛び立っていきます。
怪物を捕まえようとするのは男性の両腕でしょうか。
男性の手はもう少しでしっぽに手が届きそう。
窓ガラスが割れていますが、怪物が割ったとしては不自然な割れ方ですし、
男性が割ったとしたらなぜ窓が閉まったのか不自然な感じがします。
なんとも不思議な感じ。
この怪物の手袋強奪シーンと、場面2のゆらゆらスケートシーンが
連作「手袋」の中で比較的有名な作品だと思います。

 


10.キューピッド(cupid)

 


手袋は最終的に愛の天使キューピッドの下へ。
画面左には愛の矢があります。
男性の恋心が象徴的に表されているのでしょうか?
天使の羽は鳥のような羽ではなく昆虫のような羽が付いています。
右側の花も手袋に何かを語りかけているよう。
怪物はどこに行ったのかわかりませんが、
いずれにせよ、手袋にとってはハッピーエンドなのかもしれません。

 

 

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以上、クリンガーの「手袋」でした。
男性と手袋の主客が混濁する物語的展開や幻想的な画面が面白いですね。
この「手袋」は20世紀のシュルレアリストに大きな影響を与えた
作品であるとも言われています。


日本国内でも国立西洋美術館他、いくつかの美術館が所蔵しています。
自分は兵庫県立美術館の所蔵品を鑑賞したことがある他、
町田市立国際版画美術館の作品が姫路市立美術館に巡回したときも
鑑賞したように記憶しています。
版画作品ですので複数の美術館で所蔵しており、ご興味のある方は、

ひょっとしたらお近くの美術館でも所蔵されているかもしれませんので、
実物を鑑賞してみても面白いかもしれません。