岩佐又兵衛展 (福井県立美術館) | れぽれろのブログ

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8月12日,13日の2日間、福井に遊びに行ってきました。
昨年(2015年)はお盆に旅行に行きませんでしたので、2年ぶりの夏休み旅行ということになります。

 

ここ数年の夏休みの旅行を並べてみると
 2012年:山陰
 2013年:北陸
 2014年:山陰
 2016年:北陸 ←今ここ
と、日本海側ばかりになっています。
一説によると、人は逃走するときに北へ逃げるタイプと南へ逃げるタイプに分かれるらしいですが、ひょっとしたら自分には夏季になると北への逃避願望が出てくるタイプなのかも知れません(笑)。


今回福井県に出かけようと思った理由の一つは、福井県立美術館にて「福井移住400年記念 岩佐又兵衛展」と題された展覧会が開催されているからです。
岩佐又兵衛は17世紀前半に活躍した江戸初期の絵師。
初期は京都で活躍していたようですが、大坂の陣の後に福井藩に移住、福井で活躍したのち、晩年は江戸に引っ越し、江戸で死を迎えています。
大坂の陣が1614年~1615年ですので、又兵衛が福井にやってきてほぼ400年ということのようです。

 

岩佐又兵衛は、日本美術研究者の辻惟雄さんの有名な著書「奇想の系譜」に登場する絵師です。
「奇想の系譜」は1970年の本で、江戸時代の主流の絵師たちではなく、70年代当時はやや傍流と思われていた絵師:岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳の6名にスポットを当て、その面白さを紹介した著書。
この本の初版から40年あまりが経過し、現在伊藤若冲は押しも押されぬ人気絵師になりましたし、蕭白・芦雪・国芳も多くの展覧会に取り上げられ、狩野山雪も3年前に京都国立博物館で大々的な特集が組まれました。
そんな中、岩佐又兵衛だけはあまりしっかりした特集展示が組まれることなく、現在に至っているようです。
今回はその又兵衛の有名作品たちが福井に集合するということで、これは福井に行かないわけにはいきません。

 


自分は8月13日の土曜日に福井県立美術館を訪れました。
最寄り駅は田原町という駅。
福井の中心部(JR福井駅近辺)から田原町駅へは、福井鉄道福武線、もしくはえちぜん鉄道三国芦原線のいずれかで行くことができ、走行区間の関係上福井鉄道の方がやや早く着くようですが、時刻表の都合から自分はえちぜん鉄道を利用しました。
その他バスでも訪れることができるようです。

田原町駅から北へ少し歩くと美術館が見えてきました。

 

外観はこんな感じ。


入り口から入ると、まず菱田春草の超有名作品「落葉」がロビーの壁面にどーんと展示されています。これはびっくり。
岡倉天心が福井藩士であったということもあり、福井県立美術館は近代初期の日本画も多く所蔵しているようです。

 


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ということで、岩佐又兵衛展です。
会場は大きく、屏風絵、絵巻、人物画、風俗画の4パートに別れていると言っていいと思います。

 


・金谷屏風

 

まずは屏風絵、有名な金谷屏風です。
金谷屏風は日本や中国の古典を題材にした12種類の絵が描かれ、12枚1セットとなった屏風絵。
元々は12枚ともセットで所蔵されていたようですが、明治期に散逸し、現在2枚は行方不明、10枚は現存し現在は日本各地の美術館にバラバラに保管されているのだとか。
今回はこの10枚が一堂に会するとのことですが、10枚すべてがそろうのは残念ながら8/26~28の3日間のみ。
自分が訪れた13日は10枚中最も有名な(たぶん)「官女観菊図」の展示がありませんでした、残念。
残り9枚、「虎図」「源氏物語 野々宮図」「龐居士図」「老子出関図」「伊勢物語 鳥の子図」「伊勢物語 梓弓図」「弄玉仙図」「羅浮仙図」「雲龍図」はすべて展示されていました。

 

この金谷屏風、龍虎図から平安期の古典から中国の伝説上の人物から、素材はバラバラ、なんでもありの感じ。
さらに面白いのは、作品によって描き方がずいぶん異なることです。
「雲竜図」の龍は非常に大胆に描かれていますが、「虎図」の方は体毛の書き込みがとにかく細かく、毛のモフモフ感が心地よい作品(この細部の細かさは後の曾我蕭白の例えばガマの皮膚のポチポチの細かさにも通じます。さらに虎が猫のように見えるものその後の近世日本画の伝統?-例えば長沢芦雪の虎図などの先行例のようにも見えます。)
「龐居士図」の服の描線は非常に太くて硬く力強く描かれ、一方で「弄玉仙図」の人物の服は丸みを帯びて柔らかく描かれており、このあたりの対比も楽しい。
全体を通して、「老子出関図」の牛の黒い肌の質感をはじめ、とにかく細部のこだわりが見られるものが多いです。
「伊勢物語 梓弓図」の在原業平の怪しげな目線と足首を180度開いた意味不明なポージングにも注目(笑)。
有名な「官女観菊図」(官女の髪の毛の描写をぜひ見たかった)がないのが残念ですが、残り9枚が9枚とも非常に密度の濃い作品で、この9枚を見ただけでも福井に来た甲斐があったというものです。

 

金谷屏風は現在はバラバラに散逸してしまい屏風の姿ではなくなっていますが、元々は12枚セットの屏風絵、今回の展示では元来どのように並べられていたかのかが、レプリカによる屏風で再現されていました。
これによると、一番左側の龍と一番右側の虎が全作品を挟み、在原業平がこっそり覗く目線の先には弄玉仙の流麗な姿があり、老子と伊勢物語の女房が向かい合っているように見えるなど、面白い並べ方になっています。
この並べ方は明治期の写真が根拠になっているようです。

 


・絵巻

 

絵巻物といえば躍動的な線で描かれた中世の作品(信貴山縁起絵巻に代表される作品たち)が有名、近世の絵巻は色合いが綺麗で保存状態が良いものが多いですが、人物の描線などは中世の有名作品には劣る(自分は近世の絵巻物も好きですが)というのが一般的な見方です。
そんな中、岩佐又兵衛(厳密にいうと工房作)の絵巻は、近世的な輝かしい色合いを残しながらも、人物たちは非常に生き生きと描かれています。
今回は「堀江物語絵巻」「小栗判官絵巻」「山中常盤物語絵巻」「浄瑠璃物語絵巻」の4作品の一部が展示されていました。

 

岩佐又兵衛の絵巻は人体の破壊描写が甚だしく、このあたりの大胆な描写も見どころの一つ。
その破壊描写ゆえ、自分が過去に人物の殺害シーンを描いた作品を並べた記事を書いたとき(→こちら)に、「山中常盤物語絵巻」の常盤御前が殺される場面は、アメーバさんに見事に画像を消されたという経緯もあったりします(笑)。
今回は有名な常盤御前のシーンはもちろん、「堀江物語絵巻」の体が縦に真っ二つになるシーンなど、いくつかの破壊描写を見ることができます(会場に来られていたお子様が真剣に見入っていました)。

 

そんな中、面白かったのが「浄瑠璃物語絵巻」です。
「山中常盤」がとくに有名なので「浄瑠璃」の方は自分は忘れがちだったのですが、全面極彩色で描かれた絵巻としての濃密さは現物を見ると「浄瑠璃」の方が印象に残ります。
「浄瑠璃」も「山中常盤」と同様に源義経が主人公ですが、母の敵討ちというヒロイックな物語とは違い「浄瑠璃」の方は恋物語ですので、このような絢爛豪華かつやや幻想性のある描き方になっているのかもしれません。
絵巻の躍動性であれば「山中常盤」「堀江」がより面白いですが、「浄瑠璃」のこのディープさはちょっとなかなか見られない(狩野山雪の「長恨歌図巻」とどちらが濃密か?)ような作品になっていました。

 


・人物画

 

岩佐又兵衛は風景画はほとんどなく、その作品の多くは人物画です。
奈良・平安期の歌仙たちやその他中国の仙人たちを数多く描いています。
この中で最も有名なのは酒席で即興で描いたとされる「人麻呂・貫之図」で、この大胆な描線も面白いですが、自分が最も気に入ったのは「和漢故事説話図」、中でも布袋さんと寿老人の酒席の図が素敵で、とくに踊る寿老人のポージングが素晴らしいです。
「和漢故事説話図」も源氏物語や平家物語があったと思えば中国の仙人が登場するなど、金谷屏風と同じく順序は脈絡のないものになっています。

 

その他、又兵衛の人物画は、「豊頬長頤(ほうきょうちょうい)」と言われる、頬から下あごにかけてやたらとふっくらとしている顔の描き方も大きな特徴。
この極端なデフォルメは違和感を感じる人もおられるかもしれず、人によっては好き嫌いが分かれる(ちょうど世紀末のイギリス画家ロセッティのがっちりしたアゴの描き方に好みが分かれるのと同様)ポイントかもしれません。

 


・風俗画

 

最後は風俗画です。
この展示スペースのメインは何といっても「洛中洛外図屏風(舟木本)」です。
この作品は長らく作者不明とされてきましたが、現在では岩佐又兵衛作ということで結論が出ているようです。
巨大な画面にびっしりと細部まで細かく描かれた人物たち、細かく観察すると、とくに庶民が楽しく踊っている部分、祇園祭のにぎやかな部分、遊郭と思われる部分(たまらず遊女に背後から抱き着く男もいます 笑)など、見どころたくさん。
過去に鑑賞した狩野永徳の洛中洛外図などに比べると、又兵衛の作品はより人物が生き生きとしているように感じます。

 

その他、風俗画では「豊国祭礼図屏風」も有名ですが、こちらは前期のみの展示となっており、見られませんでした。

 


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ということで、非常に内容の濃い展示で、福井まで来てよかったと思う次第。
個人的には今年のナンバー1になりそうな内容、京都国立博物館の2005年の曽我蕭白展、2013年の狩野山楽・山雪展に匹敵する(展示作品数こそやや少ないですが)ような密度の展示で、非常に楽しめました。
さらに京都と異なるのはお客さんが少ないのでじっくり見れること。
巡回もないようですので、近世日本画ファンは今こそ福井へいくときである、というレベルの展示だと思います。
伊藤若冲などの細密な描写部分がお好きな方なら、きっと岩佐又兵衛も楽しめることだと思います。
展示は8/28まで、とくに「官女観菊図」が展示される8/26~8/28がお勧めかもしれません。


「奇想の系譜」6名の絵師の特集展示も、10年以上かけて無事コンプリートしました。

2006年京都国立近代美術館の伊藤若冲&プライスコレクション展は図録は買いませんでしたので、別の書籍で代用(笑)。

 


せっかく福井に行きましたので、他の観光名所なども訪れてきました。
これについてはまた次回に。