マグリット展 | れぽれろのブログ

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遅くなりましたが、前回の続きです。
14日の金曜日に京都市美術館を訪れ、ルーヴル美術館展を鑑賞したあと、
マグリット展も合わせて鑑賞してきましたので、その覚書を残しておきます。

マグリットは個人的にかなり好きな作家さんなのですが、
自分はマグリットのみを対象にした企画展を鑑賞するのは初めてです。
また、マグリットの作品を年代順に網羅的に俯瞰したこともありませんでした。
マグリットといえばざっくりと、いわゆるシュルレアリスムの画家、
デペイズマン(意外な組み合わせ)の画家、のように理解されていると思います。
もちろんこの見方は正しいですが、幅広い年代の作品を俯瞰してみると、
もっと「絵画」という存在についての思索が深い画家で、
かつ同時代の芸術の潮流や社会状況の影響もあり、
考えていたより幅の広い画家であることが理解できました。

以下、展示の覚書と感想などを纏めておきます。


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展示はほぼ年代順に並べられており、
まずは20年代前半の作品が展示されていました。
この時期の初期作品はまだシュルレアリスムの潮流はなく、イタリア未来派、
キュビスム、ピュリスムなどの影響のある作風になっています。
マグリットはこの時期に商業ポスターも手掛けているそうです。
「水浴の女」などは、ポスター的な女性+ジャンヌレ風ピュリスムといった
感じがします。

20年代後半になると、シュルレアリスム画家としてのマグリットの作品が登場。
有名な「恋人たち」(布をかぶった状態で男女がキスをする)は
この時期の作品です。
この時期は他のシュルレアリストたちの影響がみられるところも面白いです。
山高帽の男性とビルボケ(西洋のけん玉)が描かれた作品「無題」では
楽譜がコラージュされており、
インディアンが描かれた「火の時代」や女体が描かれた「発見」については
フロッタージュの技法が使われているとのことで、
このあたりは同時代のマックス・エルンストの作品に近いものがあります。
「一夜の博物館」は4つの棚が描かれていますが、この棚が本物の棚のように
だまし絵的に描かれており、このあたりも後のマグリットのスタイルには
あまり見られない印象の作品です。
オリジナルスタイルに至るまでに様々な試みがなされている感じ。
同一物を繰り返し描く手法はこのころから見られ、この時期はビルボケを描いた
作品が多く、その他、切り絵のような形で一部を切り取られた紙についても、
この時期の画中にたくさん登場します。
目や、樹木もたくさん登場。
後の時代の作品に登場する、山高帽、カーテン、青空、
銀色の球体(これは馬の鈴らしいです)なども、
この時期から既に登場しています。

30年代になると、シュルレアリスム的な無意識・夢・偶然というような作風から、
実験性を重視したような作品にシフトしていく印象があります。
何やら戦後アートのような、かなりコンセプチュアルで実験的な作品もみられます。
画集などでマグリットの作品をぼんやりと見ているとなかなか気づきませんが、
意味性の強い作品はこの時期に集中している気がします。
この傾向は20年代末ごろに始まり、例えば「新聞を読む男」は画面を4分割して
同じ室内を4つ描き、そのうち1つの部屋みに人物を挿入することで、
他3つ部屋の不在性が強調される作品。
「美しい虜」「人間の条件」は、絵画の中に「絵画の中の風景を描いた絵画」を
描くという、入れ子構造の作品。
これとは逆に「永遠の明証」は、人体の部分を描いた個別の絵画作品を縦に
5点並べることにより、絵画の外部において人体を完成させるという作品。
「弁証法礼賛」は、家の窓の中の室内にさらにミニチュアの家があるという、
これまた入れ子構造的な作品。
このあたりの作品は、タイトルと描かれたものの乖離が大きく、
タイトルに意味があるのかないのか、釈然としない感じ。
「透視」は卵を観察しながら鳥を描いている自画像、
同じ画中に異なる時間軸が挿入されています。
一方、女体画が増えるのもこの時期です。
有名な「凌辱」(乳房とへそと陰毛を女性の顔に見立てる)はこの時期の作品。
肖像画も多く、「イレーヌ・アモワールの肖像」「ジョルジェット」など
いずれも肖像以外に別の物体も描かれているのがマグリットらしく、
不思議な感じが漂ってきます。(この傾向は後の
「ジロン家の肖像」
「ヨーゼフ・ファン・デル・エルスト男爵と娘の肖像」なども同じ。)
また、作画の点では、マグリット独特の静止的で安定的なスタイルの画風が、
この時期に確立している感じがします。

1939年に第2次世界大戦が勃発、
これ以降の40年代は、それまでの作風を継続しながらもやや時代の影響のある
作品がみられるようになります。
「空気の平原」「絶対の探求」「占い」「星座」では、
葉っぱように描かれた木のモティーフが登場。
「応用弁証法」には軍隊が登場し、石のカーテンを描いた「人間嫌いたち」なども
タイトルも含め同時代の重い雰囲気が漂ってきます。
一方、一部に作風が全く異なる作品も登場、写実的で安定的なスタイルではなく、
表現主義的・色彩重視的・後期印象派的な作品も登場してきます。
野鳥を貪り食う女の子を描いた「快楽」がその代表。
「禁じられた世界」「エルノシア」「稲妻」「不思議の国のアリス」にも
その傾向がみられます。
40年代中盤以降になると、「精神の自由」「夢」「精神界」「完全な調和」のような
古典的な女性の女体が頻出し、その一方で「飢餓」「絵画の中身」のような
カリカチュア的・戯画的な作品も登場します。
様々な模索をしていた時期なのか、マグリットの変わった一面が見られる
面白い時期です。

40年代末からは再び20年代風のシュルレアリスム的な作風に戻り、
50年代から60年代まで、その後はこのスタイルが継続します。
画風も写実的で安定的な描き方が定着、
マグリットと聞いてすぐに思い出すお馴染みの作品の多くはこの時期のものです。
「オルメイヤーの阿房宮」「光の帝国Ⅱ」「赤いモデル」「ピレネーの城」
「ヘーゲルの休日」「ゴルコンダ」「大家族」「白紙委任状」などなど、
超有名作品がたくさん並んでいます。
このころの見るものに不思議な感覚を与えるマグリットならではの作品は
なぜか安心して(?)鑑賞できる気がします。
空のイメージ、石のイメージ、鳥のイメージ、山高帽のイメージ、
お馴染みのイメージたちが、デペイズマン的手法と組み合わせの想像力を
駆使して描かれ、静止的で安定的な画風とともに、心地よいイメージ、
そしてときに不気味なイメージを以て、
我々の目と心を楽しませてくれます。

個人的にはお馴染みの、大阪市立近代美術館準備室が所蔵している
「レディメイドの花束」も展示されていました。
山高帽の後ろ向きに男性の背中に、ボッティチェリの「春」の女神が
重ねられている作品。
後期マグリットには珍しい、他の作家さんの作品からのコラージュ的な
要素がある作品です。
この作品、たぶん様々な展覧会で7,8回は見ているのではないかという
気がしますが、改めてこれを大阪市が所蔵しているということが
すごいことである気がしてきます。
かなり大きめの作品ですし(今回の展示では「ピレネーの城」に次ぐくらいの
大きさか?)、大阪市は良い買い物をしたなと(笑)改めて感じたりしました。

最後の50年代以降の作品を鑑賞することの面白さがこの展覧会の最も
標準的な楽しみ方だと思いますが、それに至る40年代以前の作品を通して、
時代の影響とマグリットの模索の足跡をも知ることもできる展覧会です。
マグリットがお馴染みのスタイルを確立するまでの、様々な模索と絵画形式の
振れ幅を確認できる、なかなか得難い展覧会だと思います。


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ということで、現在京都市美術館では、ルーヴル美術館の風俗画と
マグリットという、驚異的な組み合わせの展示が行われています。
近畿圏の西洋美術ファンなら、今京都に行かずしていつ行くかというレベルの
展示が開催されていると個人的には思いますので、お時間のある方はぜひとも
京都市美術館へ足を運んで頂きたいと思います。