京都を歩く① 清水寺・六波羅蜜寺 | れぽれろのブログ

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14日の土曜日、京都に遊びに行ってきました。
冬の京都の町の中、4か所のお寺を回ってきたので、覚え書きを残しておきます。

京都市と言えば、当ブログで何度も登場するお馴染みのスポット、北山の
京都コンサートホール、岡崎公園内の京都市美術館と京都国立近代美術館、
そして七条の京都国立博物館、これらはよく出かけますが、
他の観光名所は実はそんなに詳しくないです。
京都市内の観光名所はいつも混んでいるイメージがあります。
春のお花の季節や秋の紅葉の季節は元より、
夏でもお盆休みで人が多かったりとか、祇園祭などのお祭りがあったりだとか、
冬でも年末年始のお休みがあったりとか、いつでも混雑しがちな印象です。

しかし、京都の冬は寒いです。
ひょっとして2月の寒い時期なら人は少ないのではないか、
もしかしたら今が一年間で最も京都は空いている季節なのではないか・・・
と、ふと思い立ち、ふらりと京都に出かけることにしました。

せっかくなので、現在あちこちを訪ね歩いている西国三十三所のお寺を
巡ってみることにします。
さすが古都京都、西国三十三所のお寺が京都市内の中心地に
5つもそろっています。
このうち、街中にある3つのお寺と、東のはずれにある超有名観光地、
音羽山の清水寺に行ってみることにします。
ちなみに自分が過去に京都のお寺で訪れたことがあるのは、
鹿苑寺(金閣)、慈照寺(銀閣)、東寺、龍安寺、仁和寺、三十三間堂、
とこんなところです。
どれもずいぶん前に訪れましたので、京都のお寺は久しぶりです。

ここ数年の2月14日は実は関西では大雪になる日が多かったですが、
この日はそうでもなく、お昼に京都に着くと意外とそんなに寒くはなく、
快適に観光することができました。

ということでまずは前半戦、2つのお寺の覚書です。


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■清水寺

大阪の淀屋橋から京阪電車の特急に乗り、京都へ向かいます。
お昼すぎに京都に到着、七条で降り、まずは歩いて清水寺に向かうことにします。
駅を降りて京都国立博物館の手前の通りを左折、豊国神社の前を通り抜け、
五条方面へ。
五条の大通りを東に向かって進むと音羽山です。
道中、五条坂のあたりに差し掛かると、途端に人が増えてきました。
皆さん清水寺に向かうのでしょうか・・・さすが世界遺産の観光名所です。

五条坂を上り、観光バス停留所のあたりに来ると、かなり混雑してきました。
しかも海外の方が多いです。
聴こえてくる言葉は英語もありますが、ほとんどは中国語と思われる言葉。
円安で日本に来やすくなっているのか、アジア系の観光客がかなり多いです。
おそらく日本人よりずっと多い・・・。
今の季節なら空いているという思惑は外れ、やはり京都は混んでいました。
お土産物屋さんの前でごった返す人たちの合間を縫って、
西国三十三所の第十六番札所、清水寺へ。

山門(仁王門)はこんな感じ。

京都_01

人が多いですねー。

本堂への入場料、300円を払って入場します。
この清水寺、実は本堂への入口はありますが、
明確に出口という概念がない構造になっています。
つまり、あとで気付きましたが、順路を逆にたどれば本堂に無料で入れます(笑)。
まあそんなことはせずに、ちゃんと300円払って本堂にお参りしましょう。

ということでこちらが清水の舞台です。

京都_02

飛び降りたら・・・死にます(笑)。

正面から。

京都_03


舞台上から下界を見下ろすの図。

京都_05

左の方に見えるのが、音羽の滝と言われる鑑賞ポイントです。

舞台上から遠方を見渡すの図。

京都_04

大混雑という訳ではないですが、それでも人が多いです。
パンフレットやら立札やらがあったのかも分からず、
お寺の来歴やら何やらを調べている間もありませんでした。
(こういうのを読むのが好きなのですが・・・。)
とりあえず写真を撮っただけという感じ。
自分はもう少し静かなスポットの方が向いています。

着物を着た女の人がたくさんいましたが、
会話をよく聞くとやはり中国系の言葉です。
外国人観光客向けに着物の貸し出しをしているのでしょうか?
着物メーカーもいろんな戦略を考えているのかもしれません。

ふと人のいない方向にフラフラと歩くとこんな石碑が・・・。

京都_06


アテルイとモレの碑のようです。
平安初期、蝦夷の地で朝廷の征夷代将軍坂上田村麻呂に討伐され
都に連れてこられたお二人です。
田村麻呂による存命の懇願にも関わらず処刑された二人のために
建てられた石碑のようです。
解説によると処刑されたのは河内国のようですが、
坂上田村麻呂にゆかりのある清水寺に碑が建てられたようです。


ということで、混雑がしんどいので、とっとと次のスポットに向かうことにします。
元来た道、五条坂を下り、西に向かいます。



■六波羅蜜寺

五条の大通りをから少し北側の街中の普通の建物に交じって、
西国三十三所の第十七番札所、六波羅蜜寺がありました。

建物はこんな感じ。

京都_07

独特な字体で「六波羅蜜寺」と書かれています。
正面の門は鉄柵で閉ざされています。
しかもお寺の周辺は工事中です。

正面からは入れませんので、横口からお寺の中へ。
都市内にあるため敷地も狭く、建物も少ないですが、
個人的には清水寺よりこちらの方が人も少なく、
そして何より所蔵品が素晴らしく、面白かったです。

解説によると、六波羅蜜寺は951年に空也上人により開設された
お寺とのことです。
ご本尊は十一面観音像、空也上人自らが製作されたのだとか。
その後、平安末期には六波羅蜜寺の敷地は現在よりずっと広く、
さらにお寺の周辺には平家一門の館がたくさん並んでいたらしいです。
しかし、源平の争いにより平家の館は全焼、六波羅蜜寺の本堂だけが
残ったのだとか。
その後六波羅の地は源氏の手に渡り、さらにその後は鎌倉幕府の
執権北条氏による朝廷の監視の場となりました。
現在の六波羅蜜寺は1363年の南北朝期に建てられたもので、
さらに昭和の1969年に修繕されたものなのだそうです。
現在の宗派は真言宗とのことです。

このお寺は何といっても有名な鎌倉彫刻が保管されていることが素晴らしいです。
宝物館も鑑賞してきました。
空也上人立像、平清盛坐像、運慶坐像など、有名な鎌倉彫刻がたくさん。

空也上人立像は、「南無阿弥陀仏」と唱える口から、
六体の仏様が出てきている像です。
いささか漫画的な表現が面白い。
空也上人が手にする鹿の角が施された杖もなかなかにお洒落。
巻物を手にする平清盛坐像は、清盛の冷静な眼差しが印象的。
鎌倉彫刻のリアリズムと装飾性は楽しいですね。

お寺の敷地内には平清盛の塚がありました。

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きっと平家にとって大切なお寺だったのでしょうね。

曹洞宗の高祖、道元禅師の石碑もありました。

京都_09

道元さんはこの六波羅蜜寺において有名な「正法眼蔵」を衆目に示したのだとか。
空也、清盛、道元と、時代を越えていろんな人物が関わっているお寺のようです。

こんな牛もいます。

京都_10

「なで牛」とのことです。
「ご自身の痛いところ、辛いところを撫でてください」とのことですが、
牛の身体の構造上、腹部や胸部は撫でることができません。
なので、効果がない疾病も多数あるものとお見受けします(笑)。


ということで、敷地は狭いですが、鑑賞密度が高い六波羅蜜寺でした。
個人的には清水寺より六波羅蜜寺の方が面白かったです。

→次回、後半に続きます。