チューリヒ美術館展 | れぽれろのブログ

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2月1日の日曜日、神戸市立博物館に行ってきました。
目的は現在開催されているチューリヒ美術館展です。
印象派以降の近代西洋美術作品を幅広く展示している展覧会とのことで、
たいへん面白そうな企画。
こういう展示は会期末には混み合うことが予想されますので、早めに行くべし・・・
ということで、会期2日めの日曜日に見に行くことにしました。
1月の中ごろは比較的寒さは和らいでいましたが、この日は寒い1日。
三宮駅を降りると雪がパラパラ降っています。寒い・・・。
寒さの中、震えながら神戸市立博物館へ向かいます。

展示の内容。
すごく贅沢なラインナップでした。
19世紀後半から20世紀前半の近代美術史上の主要画家の作品が
一通りそろっているといった感じです。
ドガ、モネ、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、セガンティーニ、ホドラー、ボナール、
ルソー、ムンク、キルヒナー、ベックマン、ココシュカ、マティス、ヴラマンク、
ピカソ、ブラック、
レジェ、カンディンスキー、モンドリアン、シャガール、クレー、
デ・キリコ、エルンスト、マグリット、ダリ、ミロ、タンギー・・・。
近代絵画史を幅広く俯瞰できる、ものすごいメンバーです。
彫刻作品も、ロダン、バルラハ、ジャコメッティが展示されていました。
とくに、ホドラー、モネ、ムンク、ココシュカ、シャガール、クレー、ジャコメッティは、
多数の作品が展示されており、たいへん充実した内容になっています。

せっかくなので、今回は美術史の流れに沿って、各く作品の傾向性ごとに
この展覧会の内容を纏めてみたいと思います。


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19世紀後半、画材の発達により屋外での製作が容易になるとともに、
視覚的に捉えた外光をそのままキャンバスに表現しようとする試み、
いわゆる印象派が登場します。
外光を捉えるという印象派の試みを最も忠実に探求したのがモネです。
本展覧会での「陽のあたる積藁」「国会議事堂、日没」などは、
このような趣旨から製作された作品。
とくに「国会議事堂、日没」の水面に反射する光の表現がとりわけ素敵です。
晩年の作品「睡蓮の池、夕暮れ」の巨大な画面の光の乱舞は、
後の世代の抽象表現主義絵画のようにも見えます。

その後、印象派はより細かく原色を併置する新印象派の手法に移って行きます。
セガンティーニの「虚栄」「淫蕩な女たちへの懲罰」は、このような原色を
細かく細かく併置していく手法で描かれています。
ポスト印象派の画家ゴッホの「サント=マリーの白い小屋」も筆触分割的な
表現がありますが、こちらは外光を的確に捉えようとすることよりも、
色彩をより自由に表現しようとしているようにみえます。
これはゴーギャンの「花と偶像のある静物画」も同様です。
自由な色彩表現はその後のナビ派にも受け継がれ、ボナール
庭に憩う家族」もこの作家独特の色彩感覚が素敵な作品となっています。

このような自由な色彩表現という考え方が、
20世紀初頭の表現主義の考え方に繋がっています。
表現主義(Expressionism)は印象派(Impressionism)とは真逆。
印象派が外光を忠実に表現しようとしたのに対し、
表現主義は作家の内面の思考や感情の表出を重視する手法です。
北欧の画家ムンクは、独特の感情表現と装飾表現が魅力的な画家で、
今回の展示の中では具象的な肖像画なども展示されていましたが、
最も魅力的なのは木々雪の装飾的表現が心地よい「冬の夜」だと思います。
ドイツ表現主義にもこのような色彩感覚は受け継がれ、キルヒナー
小川の流れる森の風景」なども、青・緑・紫の線が縦に伸びる構成が魅力的。
オーストリアの表現主義作家ココシュカの展示の中では、複数の色からなる
うねうねした線で描かれたプットーとウサギのいる静物画」が
最も筆触的にも色彩的にも面白い作品。
フランスではその後、マティスヴラマンクによりさらに過剰な色彩表現が
追及され、これらはフォーヴィスムと言われるようになりますが、今回
展示されているマティスの「バルビゾン」やヴラマンクの「シャトゥーの船遊び」は
色彩の過剰さはやや抑制的、とくにヴラマンク作品などは筆触と色彩の
組み合わせの楽しさが感じられます。


一方で、印象派から出発した画家の中には、色彩面より画面構成や
描写対象の物質面を強調する方向に進んだ作家もおり、
その代表がセザンヌで、
彼の「サント=ヴィクトワール山」は、
山の存在感と画面構成に力が入れられている作品。
世紀末美術のカテゴリで語られるホドラーも構築的な画面が印象的で、
今回の展示では初期作品から後期作品にかけての変遷が楽しめる構成に
なっており、具象的でありながらも、シンメトリーな事物の描写や、
同一物を併置してリズムを作るなどの楽しい試みが、
日没のレマン湖
ケ・デュ・モンブランから見たサレーヴ山」等の作品に見て取ることができます。

その後フランスではキュビスムが登場し、物の外面を解体して再構築し、
画面構築をとことんまで探求する作品群が登場。
ブラックの「暖炉」なども、キュビスムの手法から派生した作品。
ピカソもキュビスムを経由した画家ですが、
キュビスム期以降は作風を変えながらより自由な作品を制作するようになり、
ギター、グラス、果物鉢」などは構築的な方向性を感じさせながらも
どこか可愛らしさが感じられる作品になっています。
ドイツの新即物主義の画家ベックマンの「女優たち」なども
2人の人物が織りなす画面構成が面白い作品です。

画家たちの構築的な試みは、やがて抽象へと移って行きます。
レジェの「機械的要素」は、表題のとおり機械を描写したように見える作品ですが、
各具象的要素は解体されて抽象的な画面になっています。
カンディンスキーの「黒い色斑」となると完全に具象性は消え去り、
リズムとバランスが心地よく即興的な要素も感じられる抽象画になっています。
そして色彩と画面構成を究極にまで突き詰めたのがモンドリアンの作品で、
赤、青、黄のあるコンポジション」はその代表作、シンプルな色と線が
たいへん魅力的な作品になっています。


「色彩」と「構築」という近代美術の2要素の追求は、究極的にモンドリアンの
ような作品として結実しますが、ある種作品が堅苦しい方向に向かい、
作家の自由さは失われがちであるともいえます。
19世紀末から20世紀前半には、より自由な作品を制作しようとする作家も登場し、
その先駆ともいえる作家が、いわゆる素朴派のルソーです。
X氏の肖像」は素朴な雰囲気の肖像画ですが、人物の背後に描かれている木や
街並みの描写など、作家の個性が表れており非常に魅力的です。
エコール・ド・パリの代表的な画家シャガールも、大小さまざまな人や物を
画面上にバラバラに併置し、幻想的な画面に仕上げる作風が楽しく、
ヴィテブスクの上で」「婚礼の光」「戦争」など、どの作品も魅力的なものに
なっています。

さらに偶然性・無意識などを重視した超現実主義(シュルレアリスム)の考え方は、
20世紀前半の西洋美術のある種の行き詰まりから脱し、
より自由で新しい方向性を提示することになりました。
デ・キリコ(彼の作品はカテゴリ上はいわゆる形而上絵画)の「」、
エルンストの「都市の全景」、マグリットの「9月16日」、ダリの「バラの頭の女」、
ミロの「体操する少女」、タンギーの「明日」などは、どれも偶然性と即興性を
駆使した自由な作品で、いずれも幻想的な画面に
なっており、非常に楽しいです。

そして、具象・色彩・構成・抽象・幻想性を自由自在に組み合わせ、
多数の様々な形態の作品を残したのがクレーで、
彼の作品は近代美術の総決算ともいえるものだと思います。
今回展示のクレーの作品の中で個人的なお気に入りは、太い線が楽しく踊る
狩人の木のもとで」、そして、モンドリアン的な方向性に具象性を加えた
スーパーチェス」も魅力的な作品で気に入っています。


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ということで無理やり(笑)美術史に位置付けてまとめてみました。

今回自分は図録は買いませんでしたが、
図録は全部で3種類の表紙があるのだそうです。
モネ版、ゴッホ+セザンヌ版、モンドリアン+クレー版の3種類。
とくにモンドリアン+クレー版の図録が素敵すぎて、よっぽど買おうかと
思いましたが、何とか思いとどまりました。
(お部屋に図録が溢れているので、必要最小限の図録しか
買わないようにしているのです・・・。)

このチューリヒ美術館展、なかなか得難いラインアップになっていると
思いますので、近代美術好きの方はぜひご覧になってみて頂きたいです。