小説の書き出し | れぽれろのブログ

れぽれろのブログ

美術、音楽、本、日常のことなどを思いつくままに・・・。

「本好きのための100の質問」に答えるために、先日よりあれこれと本を
引っ張り出してパラパラめくったりしていましたが、そのときに
「いろんな小説の書き出しをズラっと並べてみるのも面白いな」
と思い立ったので、実行してみることにしました。
我が家にある小説の中から、印象的なもの、個人的に懐かしいと思うもの、
何だか書き記したくなったものなどをいくつか並べてみます。

作品のタイトルは後半に書きます。
超有名なものからそうでないものまでありますが、
本好きの方は作品タイトルを当ててみてください。
タイトルがすべてわかった方は、自分と趣味が合うかもしれません(笑)。


---

(1)
去んぬる頃、日本長崎の「さんた・るちや」と申す「えけれしや」(寺院)に、「ろおれんぞ」と申すこの国の少年がござった。

(2)
「実にたいした機械でしてね」

(3)
雪がすっかり凍って大理石よりも堅くなり、空も冷たい滑らかな青い石の板で出来ているらしいのです。

(4)
月から出た人
夜景画の黄いろい窓からもれるギターを聞いていると 時計のネジがとける音がして 向こうからキネオラマの大きなお月様が昇り出した

(5)
初めの間は私は私の家の主人が狂人ではないのかとときどき思った。

(6)
私は二、三日前からそんな事になるのではないかと思っていたが、到頭富士山が噴火して、風の向きでは、微かではあるけれども、大地を下から持ち上げる様な、轟轟と云う地響きが聞こえ出した。

(7)
省線のその小さい駅に、私は毎日、人をお迎えにまいります。

(8)
文字の霊などというものが、一体、あるものか、どうか。

(9)
きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない。

(10)
「こいさん、頼むわ。-」

(11)
昭和十一年二月二十八日、(すなわち二・二六事件突発第三日目)、近衛歩兵一聯隊勤務武山信二中尉は、事件発生以来親友が叛乱軍に加入せることに対し懊悩を重ね、皇軍狙撃の事態必至となりたる情勢に痛憤して、四谷区青葉町六の自宅八畳の間に於て、軍刀を以て割腹自殺を遂げ、麗子夫人も亦夫君に殉じて自刃を遂げたり。

(12)
八月のある日、男が一人、行方不明になった。

(13)
まず水。

(14)
ある日のことである。わたしはとつぜん一羽の鳥を思い出した。しかし、鳥とはいっても早起き鳥のことだ。

(15)
自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、司教が船で着くのを待つために、朝、五時半に起きた。

(16)
今のところまだ何でもない彼は何もしていない。何もしていないことをしているという言いまわしを除いて何もしていない。

(17)
エレベーターはきわめて緩慢な速度で上昇をつづけていた。おそらくエレベーターは上昇していたのだろうと私は思う。しかし正確なところはわからない。

(18)
昼下がりの光が縦横に並ぶ洗濯物にまっしろく張りついて、公団住宅の風のない七月の息苦しい湿気の中をたったひとり歩いていた年寄りも、道の真ん中でふいに立ち止まり、斜め後ろを振り返ったその姿勢のまま動かなくなり、それに続いて団地の敷地を走り抜けようとしていた煉瓦色の車も力果てたように郵便ポストの隣に止まり、中から人が降りてくるわけでもなく、死にかけた蝉の声か、給食センターの機械の音か、遠くから低いうなりが聞こえてくる他は静まりかえった午後二時。


---

◎解答

(1)奉教人の死/芥川龍之介
この作品は近世の偽書を創作してそれらしく描写した小説です。
書き出しからして「それっぽい」文章の凝り方が何とも言えず面白いですね。

(2)流刑地にて/カフカ
恐ろしい処刑機械を描写したカフカの短篇。
カフカの作品は現代の硬直的な社会システム(行政、司法、医療、教育など)を
予見しているようで、最近ちゃんと読み返してみたいなと考えています。

(3)雪渡り/宮沢賢治
最近読んだ作品。
どことなく可愛らしい感じがする書き出しが良いですね。

(4)一千一秒物語/稲垣足穂
書き出しも含め、この作品は意味を考えるとよくわかりません(笑)が
大正期の作品とは思えないような詩的で洒落た感じが心地よい作品です。

(5)機械/横光利一
独特の心理描写が延々続く機械的な文体が魅力的な作品。
書き出しからして後半の暴力性を予見しているようで、怖いですね。

(6)東京日記/内田百閒
幻想的で悪夢的な連作作品から、「その十」の書き出しです。
いきなり富士山の爆発から始まる(しかもそれに数日前から気付いている)
というのはすごいインパクト。

(7)待つ/太宰治
来ぬ人を待ち続ける心理を描写した短い作品。
なんてことない書き出しですが、良い感じです。

(8)文字禍/中島敦
これもいきなり「文字の霊」というのが印象深いです。
無文字文化から文字文化への移行により、実は失ったものも
大きいのかもしれない、などと考えてしまう小説。

(9)異邦人/カミュ
これは有名な書き出しだと思います。
自分は15歳のときに父を亡くしましたが、意外とこの作品の主人公と同じように
極めてクールに受容していた記憶がります。

(10)細雪/谷崎潤一郎
戦前昭和の上方文化、その最晩期の描写。
いきなり関西弁から始まるのが好きです。

(11)憂国/三島由紀夫
作者自身の美学・美意識が溢れる作品。
自分はこの美学にはついて行けませんが、
文体の強度は書き出しからしてすごいです。

(12)砂の女/安部公房
「罰がなければ、逃げる楽しみもない。」を書こうと思ったのですが、
これは序文で、書き出しではなかったことに気づきました。
しかし、書き出しの方も印象的です。

(13)至福千年/石川淳
三文字の一文から始まるというのは、あまりない気がします。

(14)挟み撃ち/後藤明生
主人公がなくした外套を捜し歩く一日を描写したという、
それだけなのに面白い作品。
書き出しの「早起き鳥」は英文の諺の訳、何だか妙な始まり方が好きです。

(15)予告された殺人の記録/ガルシア=マルケス
書き出しから死が予定されているという始まり方が良いです。
一人の男の死を巡る時系列入り乱れる描写が素晴らしい小説。

(16)虚人たち/筒井康隆
1分=1ページ、リアルタイムで主人公の行動と心理を記述する虚構文学。
この書き出しのインパクトはなかなかすごいです。
筒井康隆には上記のガルシア=マルケスへのオマージュ
「二度死んだ少年の記録」という作品もあります。

(17)世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド/村上春樹
村上春樹は、泥棒かささぎ/ロッシーニ、シンフォニエッタ/ヤナーチェクが
いきなり登場する書き出しも印象的かつ有名だと思いますが、
このエレベーターの速度に関する描写がなんとなく好きです。

(18)犬婿入り/多和田葉子
日本の古文の長々とした文体を現代語に置き換えたような作品で、
この書き出しからして一文が異常に長く、面白い文章になっています。


---

ということで、いろいろな書き出しを並べてみました。
次はラストの一文を書いてみる、というのも面白いかもしれませんね。
大々的なネタバレになるかもしれませんが・・・笑。