おどろきの中国/橋爪大三郎・大澤真幸・宮台真司 | れぽれろのブログ

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橋爪大三郎さん、大澤真幸さん、宮台真司さんの対談本
「おどろきの中国」(講談社現代新書)を読みました。


この本は、近くてよく分らない国:中国について、
3人の社会学者が鼎談した本です。
現在、どういうわけか本屋さんに大量に積まれています。
対談者の3人は、3人とも社会学者小室直樹さんの弟子筋の方で、
西洋ベースの社会学をやられている方々。
こういう方々が非西欧文明である中国を語るとどうなるか。
非常にボリュームが多く(380ページもある分厚さ)、議題も多岐に渡り、
たいへん面白く読みましたので、感想など書き留めておきます。

橋爪大三郎さんは他のお二人よりやや年長、
中国語(北京語)も堪能、夫人が中国人ということもあり、中国にお詳しいようです。
なので、他のお二人が橋爪さんに質問し、橋爪さんがそれに答えるという形で
鼎談が進んで行きます。

個人的に、橋爪大三郎さんは「世界がわかる宗教社会学入門」など、
ちくま文庫でいくつかの入門書を出されており、これらの理論を
読んだことがあるので、比較的馴染みがあります。
大澤真幸さんも「不可能性の時代」など新書をちょこっとを読んだことがあります。
そして、このお二人の対談本「ふしぎなキリスト教」
(「おどろきの中国」と同じく講談社現代新書)も面白い本でした。

宮台真司さんは有名な方で著作も多く、実は自分はずいぶん昔から
著作をよく読んでいます。
単独の著作は、学術的な専門書・論文を除き8割くらいは(たぶん)読んでおり、
対談本や共著なども結構フォローしています。
自分も含め、1980年前後の生まれで比較的本をよく読むのが好きな
学生だった人は、結構宮台さんにハマった人は多いのではないでしょうか?
なので、個人的には橋爪さんと大澤さんの対談に宮台さんが加わることにより、
より理解が深まった気がしますが、自分のような「ミヤダイファン」ではない
読者の方にとっては、逆に宮台さんの言説が分かりにくく
散漫に思えるかもしれません。


ということで、内容。
大きく4つの章立てになっています。
以下大雑把な内容の覚え書き。

第1章、中国とはどんな国なのか。
中国人がどのような国家感・心の習慣を持っているのか。
儒教や科挙や宦官や漢字と言った中国文化に触れながら説明され、中国は
理念よりも政治的安定・政治的統一を重要視する国であると
説明されます。

第2章は近代中国史について説明されます。
清朝が崩壊し、孫文が辛亥革命を起こし、国民党・共産党・日本軍が
入り乱れる時期を経て中華人民共和国が成立、
その後の大躍進、文化大革命の時代までについて説明がなされます。
中国は歴史的に混乱期と安定期が繰り返される国。
中国の近代化とは、毛沢東とは、文革とは何だったのかについて説明され、
このおよそ100年の間、中国は混乱期であり、安定期に向けた移行期間だったと
いうように説明されます。

第3章は近代の日中の関係史です。
語られる内容も日本が中心。
日清・日露戦争は、ロシアの脅威に対向するための国防戦争というそれなりの
正当性があり、満州事変についても正当性はともかくそれなりの戦略性があった。
しかし、日中戦争については、政策的・理念的な合意もなく戦略性もないまま
ズルズルと中国進出を進めてしまい、このことが戦後日本の謝罪を
困難にしていると説明されます。
(実際日本は大陸で無茶苦茶なことをしたのだが、理由が不明確なので、
どう謝ったららいいのかよく分らない)
この本では、世界的に一般に通用する東京裁判史観を重視し、
(事実はどうあれ)A級戦犯の政治的責任といいう形で謝罪するのが妥当で、
現実的にその選択史しかないと述べられています。

第4章は現代のお話。
鄧小平以降の社会主義市場経済路線を取った中国について説明されます。
経済的に大発展し、18世紀以前のように世界の強国となった中国ですが、
今後とも世界的ヘゲモニー国家(世界をリードする国家)にはならないと
結論付けられます。
合わせて日本の問題点、ゼロ年代前半の日本の対北朝鮮外交の失策、
昨今の尖閣諸島問題での外交上の失策についても述べられています。


合わせて以下感想などをいくつか。

文化大革命の評価。
文革は国家内部で人間同士が批判し合い、場合によっては殺し合う、
ナチスのジェノサイドやスターリンの大粛清の如き大混乱だったのですが、
毛沢東の意図はともかく
(この本では毛沢東はたぶん滅茶苦茶やってただけだと説明されています)、
意図せざる結果として儒教的な因習が排除され、
鄧小平時代の社会主義市場経済の土台ができたという側面があるとの
指摘がなされています。
この指摘が面白いです。思い出すのがフランス革命です。
フランス革命も「理性」を掲げてギロチンで殺し合い、ナポレオンなんかが登場して
ヨーロッパ中を滅茶苦茶にしますが、嵐が過ぎてみると、共和制国家だとか
ナポレオン法典だとか保守思想等々が成立し、
その後の欧州近代国家の核が
いつの間にかできている・・・という側面があります。
日本で言うと、織田信長みたいな人が出てきてメチャクチャに壊した後、
数十年後にいつの間にか江戸幕府の安定政権ができている、
というような歴史に近いのかもしれません。

日本の戦争責任について。
日中戦争は目的も理念も正当性も曖昧な、よく分らない戦争です。
よく分らないが、その後の帰結を見ると、国内外を含め何万人もの人間を
死に追いやった失策であることは間違いないと思います。
上にも書きましたが、この本の結論のとおり東京裁判史観は重視で、
日本の政治家・行政は、米国が作りだした東京裁判の枠組み
(A級戦犯に責任がある)で、
意志統一し、戦争責任を引き受け、
歴史化していく他ないように思います。
このことは日本人の中でも結構受け入れにくい人は多いかもしれません。
自分なりに補足すると、「善悪」と「責任」は分けて考える必要があると思います。
A級戦犯が悪人かどうかは、分からないしどうでもいい。
広田弘毅など、文芸作品の影響もあり、好意的に思われている方も
多いと思います。
しかしそのことと結果責任は別。
過程や善意・悪意とは別に、結果的に失策であれば容赦なく断罪されるのが
政治家の運命です。
一般国民がA級戦犯の悲劇を叙情的に語るのは、仕方ないと思います。
しかし日本国の政治に携わる人間がこんなことではいけない。
失策は失策。日本のインテリたちは、ポピュリズムに堕さず、
A級戦犯の失策と責任を歴史化していく必要があると考えます。

今後の中国との関わり方。
過去の国際的なヘゲモニー国家は、16世紀のスペインに始まり、
以降オランダ→イギリス→アメリカとすべてキリスト教国です。
中国がヘゲモニー国家になることはないというこの本の結論は
最近読んだ本:細谷雄一「国際秩序」(中公新書)においても同じ結論でした。
パワーバランスの点から言っても、米・欧・露のキリスト教国全員が
中国を囲い込みます。
そしてアメリカを始めキリスト教国は概ね透明性があり、行動が予測しやすい。
中国は透明性に欠けるため、国際社会からの信頼性を獲得しにくいというのは、
納得的です。
日本は基本的に対米関係を良い関係で維持していく必要がありますが、
我々にとって重要な視点は、アメリカも中国も今となっては
日本をさほど重要視していないということ。
日本はやはり小国としての意識を持つことが重要だと感じました。
中国は日本の倍くらいの長さの歴史を持つ大国で、盛衰を幾度となく繰り返した
スケールの大きい歴史的大国です。
アメリカは新しい国ですが、プロテスタンティズムの強固な理念から派生した
民主主義国家で、やはり大国です。
無駄な奢りや見栄は捨て、歴史の国と理念の国の間で
損をしないように立ちまわることが重要、そんな風に感じました。