東京日記/内田百閒 | れぽれろのブログ

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先日、岩波文庫の「日本近代短篇小説選」の大正篇が面白かったという
記事を書きました。
その後、この短篇集にも収録されていた内田百閒の本を買ってみました。
岩波文庫の「東京日記 他六篇」という本です。
表題作の「東京日記」とその他六篇が収録されており、
とくに表題作の東京日記がすごく面白かったので、感想など書き留めておきます。

「東京日記」は非常に幻想的な作品。
全23話から成り、1話あたりの長さは約2~3ページ程度。
サクサク読むことができますが、1話1話に結構インパクトがあって面白いです。
雑誌掲載は1938年、百閒の比較的後期の作品のようです。

前に読んだ上記の「日本近代短篇小説選」には、
「花火」という短篇が収録されていました。
この「花火」は比較的初期の作品らしく、夢をそのまま描写したような
印象でしたが、今回の「東京日記」もなんとなく夢っぽいお話です。
作者のちょっとした想像力から生まれた、
不思議な味わいの小品といった感じです。
お話によっては、やはり夢をそのまま描写したように思われる作品もあります。
主人公が体験する不可思議な出来事が羅列すされる形ですが、
この主人公、すごく淡々としていて、不可解な出来事に遭遇しても、
あまり感情を出さずに、冷静に受け止めていきます。
この辺りのまったり感というか、幻想的でありながら呑気な雰囲気が良いです。

夏目漱石の「夢十夜」にも近い気もしますが、「夢十夜」がどことなく
象徴主義的で、登場する事物にシンボリックな意味合いがありそうな雰囲気が
あるのと比較すると、
「東京日記」の方は、あまり象徴的な意味合いは感じません。
ひょっとしたら丹念に読み説くと何やら意味らしき要素が
あるのかもしれませんが、ぱっと読んだ感じ、意味的な要素より
不可解な味わいが強く、
すごく良い雰囲気の作品です。
(ちなみに自分は漱石の「夢十夜」もすごく好きです。)

ということで、全23話、それぞれのお話の一言メモです。
「何だか面白そう!」とピンと来た方は、ぜひご一読を。

1.皇居のお堀から陸に上がってくる大ウナギ
2.お屋敷の門に吸い込まれる人の群れ
3.運転手なしで浮き上がって走るオープンカー
4.突然消えた丸ビルがまた何事もなかったように現れる
5.死んだはずの男が死んだように横たわっている
6,.とんかつ屋さんに入ってくる動物の顔をした人の群れ
7.筋のように見えるほど高速で走りぬけるお神輿の行列
8.体にまとわりつく鼠のような謎の獣を飼う女
9.輪になって踊る盲目の子供たちと山羊の群れ
10.噴火した富士山が夜の風景を赤色に染めてゆく
11.食堂にいる学生2人とその他の人たちがだんだんと怒り出す
12.二人で箏を引き続けいつの間にか箏が泥まみれに
13.夜の部屋の中に侵入してくる大量のミミズク
14.家屋に浸入し走り抜ける馬が人を殺す
15.男の目玉を舐めたり男の体を弄くり回す女たち
16.音楽に合わせて身体が伸縮するヴァイオリニスト
17.突風に紛れて深夜の東京の町を疾走する狼
18.大使の家で大使を待つ
19.同窓会に現れる泥棒になった男と死んだはずの男
20.光る金魚や光る茶碗や光る枝葉に囲まれて私の体も光り出す
21.七面鳥のような西洋人が去った後で鳥肉料理が振舞われる
22.公衆電話で電話相手の女が舌をひくつかせてボックスに入ってくる
23.昼食時に聴こえてくる声が死んだ父親のような咳をする

16話でヴァイオリニストの演奏する音楽は「バハのシャコンヌ」と
書いていますので、バッハの無伴奏パルティータ2番の第5曲と思われます。
こんな難曲を演奏しながら、体が伸縮したらさぞ面白いでしょうね(笑)。


さて、この「東京日記」の他にも、六篇が収録されています。
このうち印象に残った2作品についてのコメントです。


「柳検校の小閑」
盲目の琴奏者の静かな恋心を描いた作品。
この本に納められた作品は幻想的な作品が多いですが、
この作品は現実的です。
弟子に恋心を描く師匠の気持ちは直接的には描かれませんが、
それとない描写が魅力的で素敵です。
インターネットの感想などを見てると、谷崎潤一郎の「春琴抄」との
関連性について触れられている方もおられます。
どちらも盲人の琴師のお話ですし、愛情が一つのテーマになっています。
「春琴抄」がある種尋常でない愛の形を描くのに対し、
「柳検校の小閑」の方は非常に淡々とした愛情です。
「春琴抄」の方は文章が非常に技巧的で、文芸作品としての魅力は
非常に大きいですが、この「柳検校の小閑」の描写も、
静かで良い感じで気に入りました。
そして、震災(関東大震災)が影を落としている文学でもあります。
震災はこの短篇集の別の話「長春香」のテーマでもあります。
日本の芸術作品と震災とは、やはり昔も今後も切っても切れないもの。


「サラサーテの盤」
インターネットの他の方の感想などを読んでると、
この作品が好きな方が多いようです。
ある映画のモデルにもなっているらしく、人気作品なんでしょうか。
夫を亡くした妻を客観的に描写した作品ですが、
彼女の挙動や言動の変説に結構インパクトがあり、
かつその描写になんとなく不思議な味わいがある作品です。
自分もこの作品は好きです。
そして、この作品の描写、ちょっと生々しいリアルさがあると思います。
あるいは怪奇的(霊的?)にこの作品を読み説かれる方も
おられるかもしれませんが、この作品は作者が経験した現実をヒントに
描写したものだと推測します。

少し自分の経験を書きます。
自分が子供の頃、自分の母も夫(つまり自分の父)を亡くしました。
で、夫を亡くした後の母の言動が、この作品の女性に驚くほど似てます。
この作品のラストシーン、ちょっとショッキングなシーンなのですが、
この部分など、うちの母のかつての言動に酷似しています。何やら生々しい・・・。
で、このショッキングな状態ですが、単に心の病気です。
現在では、こういう状態は向精神薬によって劇的に改善します。
うちの母も一時はどうなることかと思いましたが、向精神薬を処方され、
回復しました。
「心を取り戻した」という表現がぴったりかもしれません。
昔ならこの状態、ひょっとしたら「夫を亡くしておかしくなった」とか
「狐に憑かれた」とか、そんな風に解釈されていたのかもしれません。
しかし、現在では、オクスリひとつでケロッと治ります(笑)。
医学の進歩はすごいものですね。

あと、全く関係ないことですが、サラサーテのツィゴイネルワイゼンを聴くと、
リストのハンガリー狂詩曲の13番を思い出します。
後半の加速する部分が同じメロディですね。
これ、ハンガリーの伝統的なメロディなんでしょうか?


ということで、魅力的な作品集でした。
大正~昭和初期の文芸作品は良いですね。
他の作品もあれこれ読んでみたいです。