「天使と悪魔」を観にいったのですが、前日が父の日で、どうやら父親参観日のところも多かったようで、小学生が目立ちました。
よく行くショッピングモール一体型の映画館では、チケットを買う人の長蛇の列。
まさかこんな状態だとは……。
結果的に上演時間開始から10分も遅れて入場。
予告編があったとはいえ、最初の5分間くらいを見落とすはめになってしまいました

でも、映画自体は非常に面白かった。
前作の「ダヴィンチ・コード」は原作も読んでいるし、映画も観ていますが、やはり同じような作りで、息もつかせぬ展開で「24」みたいな?(スミマセン、本当は「24」を観たことはないのですが)ずーっと時間の流れを追っていくようなストーリーになっていました。
帰りに、ちょっといいことがあったのですが、それはまた明日にでも。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「トンデモ話」の続きです。
以下のことは、私の放恣な妄想の産物に過ぎないかも知れません。
くれぐれも理性的な判断をお願い申し上げます。
腹がパンクして死んでいた蛇。
それは何かの象徴だろうとは思っていたのですが、最近になってようやく得心することがあったのです。
じつは、この一年くらいの間に、どうも霊的な領域の事柄をよく見るようになってきたのです。いや、もちろん私はとても鈍感にできていて、霊感もなく、何も特別なものは見えません。
が、世の中にはそういったものでしか説明できない事例がある。
そして、そういった領域の何かから現実に被害を受けている、影響を受けているというケースがありそうだ、というのをなんとなく体験させられて来つつあるのです。
私は飯田史彦先生のいくつかの著書の中で、死後、人間の魂は速やかにあの世に引き上げられ、自殺者以外でこの世に留まることは滅多にないという説に、どちらかというと傾いていました。
一般的に「見える人」が見ている幽霊は、その場に残された残留思念だと。
本体はもうとっくに成仏(といっていいのかどうか)している。
しかし、どうもやはりそれだけでは片づかない問題もあるような気がするのです。
注・飯田先生の「生きがいの創造」にある生まれ変わりの研究報告については、真実、欧米で行われているものであり、科学的なアプローチで人間の生命を解き明かすものだと信じています。
<シンクロニシティのダークサイド>の記事を書いたのも、そうした事例を見てきたためです。
その中で私は、星の力にもライトサイドのものとダークサイドのものがある、と述べています。
これは用心深く、そのように逃げていたわけなのですが、どうも人間の心をおかしな方向へねじ曲げ、誘導する何かがあるような気がします。
それがチャート上は、トランスサタニアンのハードアスペクトだったりするのかも知れません。
しかし、その力自体は存在するようです。
たとえばJさん。
あの予知夢で予言を行っている方は、現実的な解釈をすれば、もうリアルに詐欺師なのかも知れません。
しかし、TVなどで拝見したJさんは助けられなかった人のために涙を流したり、そう悪い人間には見えません(もちろん芝居かも知れないのですが)。
もしJさんが本当に何かを受信しているのであれば、その発信元があるはずです(そういうことになりますよね?)。
それは時に光なのかもしれません。
が、地震に関しては外し続けているし、「予言していました」というのも、四川省や宮城・岩手内陸地震も、すべて地震発生後です。後出しジャンケンです。
Jさんの地震に関する予言は、世間を騒がせ、人を不安にさせることが目的で行われている、と考えられます。Jさん自身に悪意はないとしても。
では、なぜそのようなことをしなければならないのでしょうか?
Jさんが人々の危機感を煽って、自分の本を売りたいがため、TVに出演してお金儲けをしたいがため、という現実的な解釈も可能です。
でも、もしJさんがそこまで悪い人でなく、ただ自分が夢で見たことを書きつづっているだけだとしたら、Jさんの能力を歪めて悪用している背後の存在があることになります。
私は過去、霊的な能力を持ちながら、なにかおかしな方向へ曲がってしまう人を何人も見てきました。
「丑の刻になると、吸い寄せられるようにパソコンの前に座り、ネットでスピリチュアルな事柄をいろいろと調べてしまう。それがやめられない。日常生活に支障が出てもやめられない」
そういった告白も聞きました。
なにがその人を、そんなふうにさせてしまうのでしょうか?
現実的には日常の中に埋められないものがあって、その寂しさとかいうのも、おありになるのだと思います。
しかし、ではなぜ魔の跳梁する丑の刻なのか。他の時間でも良さそうに思えます。
こうしたものを認めたとき、私の中で昨年の数々の出来事が、ストンと胸に落ちてしまったのです。
なぜ私は占いを辞めてしまおうと思ったのだろう?(今からすれば信じられない心の迷いです)
なぜ、あの異様な首こり肩こりは、J予言が解決するまで続いたのだろう。
もしかしたら、私は揺さぶられていた? それで弱い部分を突かれ、占星術から手を引くように誘導されて
いた? その迷いを吹っ切って、占星術による地震予測を確立させようとしたら、猛烈なこりが妨害となって襲いかかってきた。娘の事故や家族関係のことなども。
ああ、だからあの夢に腹がパンクして死んだ蛇が象徴として出ていたんだ!
人の不安や憎悪、怒りなどネガティヴな感情を喜ぶ、何かがこの世にはあるのかも知れない。
その何かにとって、私が占星術から手を引いた方が好都合だったのかも知れません。
J予言(地震に関する)を最終的に否定されてしまうのは、不都合だった。
といったところが、私の壮大な妄想です(=⌒▽⌒=)
あくまでも妄想ということにしておきます。私自身、そんな大それた人間じゃないし。
あまり真剣に考えたくないような内容です。ホントだったら、ちょっと怖いかも。
でも、大丈夫。
守られてるし、悪い心を抱かなければ。
…………「というわけで、それに気づいたというか、それをまた記事に書こうと思っていたら、またこうやっていじめられてるんです」
と、私はMさんに語りました。(シーン的に予告編に戻ります)
「なるほどねえ」とうなずくMさん。
昨年、私が迷い始めたときにMさんは「デビルマン」の話をふってきました。
きわめて唐突に。<ちょっと不思議なMさん>
あのときMさんは私に警告というのか、気づきをもたらしてくれようとしていたのかも知れません。
ヤバイぞ、と。
しかし、愚かな私はその後迷い抜いて、一度占星術から撤退しようとしました。
ばかだねー、そのとき気づけば良かったものを。
「ははは、でも、そういうこともあるよ」
みたいなMさんの対応。
やはり感じる見える人は違うな。
私はよかった。鈍感で。( ̄▽ ̄)=3
