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2015年12月17日(木)

新聞よ、どうしてしまった

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残念ながら新聞の軽減税率を盛り込んだ税制改正大綱が決まってしまいました。いろいろ思うところがありますが、一番不可解なのは今日までの一連の新聞報道です。軽減税率の食品の線引きを巡っては、各紙とも政府・与党内の駆け引きや政策決定過程を詳しく報じ、検証していました。しかし、200億円規模の新聞への軽減措置については、どのような力学でいつ決まったのか書いた新聞は一紙もありません。


 誰が新聞の軽減税率を主張し、なぜ駅売りや電子版は対象から外れたのか。書籍や雑誌が「引き続き検討」と仕分けられた経緯は何だったのか。明らかになっていないことはたくさんあります。こうした時こそ新聞報道の出番だと思います。


取材対象のハードルが高く、事実関係が掴めなかった可能性もゼロではないでしょう。例えそうであれば、自民党税制調査会の「ヒラバ」の議論を掲載することもできたはずです。15日に軽減税率の大枠を審議した際、私が新聞を対象にすべきでないと主張し、ベテラン議員の方が「新聞は知識の象徴で、知に課税しないのは国際的な共通理解で、欧州では非課税にしている国も少なくない。民度が問われている」と反論されました。この議論は多くの記者が聞いていました。こういった与党内の議論を報じることで、国民は政策の成否を判断できるのではないでしょうか。


特定秘密保護法案の審議の時、メディアは「政治権力が情報を隠し、知らないうちに物事が決まるような社会にしてはいけない」と盛んに反対の記事を掲げていました。情報は公開されているのに新聞が沈黙を続けてしまっては特定秘密の時の議論は何だったのかと思わざるを得ません。


ただ、私は希望を捨ててはいません。検証記事というのは時間を置いてから掲載することもままあるからです。「新聞の軽減税率は必要だ」という識者のコメントを並べるだけでなく、なぜ新聞が軽減税率の対象に入ったかの経緯を詳報していただきたいと思います。それでこそ生活必需品たる新聞です。

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2015年12月15日(火)

なぜ新聞だけなのか

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きょう(12月15日)の自民党税制調査会で怒りを込めて、こう発言しました。


 元新聞記者だからこそ言いたいことがあります。消費税を10%に引き上げる際の軽減税率の対象について、食品とともに新聞が入っていますが、理屈が分かりません。新聞は「低所得者の日々の生活における必需品」であり、その購読料の負担は逆進的(低所得者に相対的に重い負担)だとの説明がありました。

 では軽減税率の対象となっていない電気やガス、水道は生活必需品ではないのでしょうか。衣類も布団も生きていくのに必要です。「新聞を通じて活字文化の保護をしなければならない」という意見もありますが、ではなぜ有料の新聞電子版は対象ではないのでしょうか。活字文化を持ち出すのであればノートや鉛筆、筆だって対象にした方がいいかもしれません。

 このように言い出したらキリがないから、いろんな意見があるかもしれないけれど食品だけを対象にすると政治決着したのだと認識しています。食品以外はすべて認められず、新聞の消費税だけが軽減されることに多くの国民の理解が得られるのでしょうか。

 これは新聞業界にとってもいいことではないはずです。「新聞は政治力を使って軽減税率をごり押しした」と批判されれば、新聞への信頼に傷がつきます。

 私は約9年記者をしました。多くの記者は日夜、体力をすり減らして必死で取材し、記事を書いています。政治家にとって都合のいい記事ばかりではありません。「偏っているんじゃないか」「見方が間違っている」と感じる時もあります。しかし、新聞が政治権力と距離をおき、信ずるところを自由に報道しているからこそ、国民・読者から一定の信頼を得ているのだと思います。「新聞は国から税金をまけてもらっている」と後ろ指を指されて一番辛い思いをするのは現場の記者です。

 これはあくまで元新聞記者たる私の意見です。国民の多くの方が「ぜひ新聞の軽減税率をやるべきだ」と言うのなら、対象に含めていいと思います。しかし、国民の関心が食品の軽減税率の線引きに集中している時にドタバタと決めるべきでありません。「書籍・雑誌」の扱いが「引き続き検討」となっているのであれば、新聞についても引き続き検討すべきはないでしょうか。

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2015年09月19日(土)

平和安全求め、さらに議論を

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 平和安全法制が今日(9月19日)の未明、参議院の本会議で与党と、日本を元気にする会、次世代の党、新党改革の野党3党などの賛成で可決、成立しました。参議院の特別委員会で100時間審議しましたが、安倍晋三総理や中谷元・防衛大臣の問責決議などが出され、荒れた国会となってしまいました。

 日本の平和と安全、国民の生活を守るために不可欠な法制ですが、国民のみなさんの疑念を払拭できていないことに与党の一員として責任を感じています。自衛隊員を家族に持つ方の中には不安を抱かれている方もいらっしゃると思います。今後も懸念の払拭に努力していきます。

 また、法案審議と民主主義の関係については、立命館大学の上久保誠人准教授の論考はうなずかされました。(彼はこの法制に反対の立場ですが)

 安全保障という普段は言の葉に乗らない分野を理解してもらうため、政府は具体的な事例を上げて説明していましたが、「そんな事態がありえるのか」「危機をあおっているだけではないか」などと批判を浴びました。しかし、政策研究大学院大学の白石隆学長は参議院の特別委員会で「安全保障では想定できることだけを考えていては駄目だ。知らない脅威にどう対応していくかだ」と指摘されました。

 防災対策はどんなに積み上げても災害をゼロにすることはできません。しかし、戦争は国家の意思によるものです。外交と抑止力により、力による現状変更はコストが高いという状況をつくることで、国民を戦火から人為的に守ることができます。想定外を減らしていくことが政府の役割です。

 法律が成立したら終わりではありません。今後、自衛隊の訓練、日米同盟の連携の強化など「備え」を十分にしなければなりません。

 今回の法案審議では、各党の立場が明確でなかったことも議論を分かりにくくさせていたと感じました。集団的自衛権の限定的な行使だけをみても、野党の考えは様々でした。

 民主党の岡田克也代表は幹事長時代、「日本を防衛するために活動している米軍が攻撃された場合、日本に対する行為とみなし、日本が反撃する余地を残すのは十分合理性がある。今の憲法は、すべての集団的自衛権の行使を認めていないとは言い切っておらず、集団的自衛権の中身を具体的に考える事で十分整合性を持って説明できる」(2003年5月中央公論)と述べられています。

 野田佳彦元首相も民主党が与党になる直前、「いざというときは、集団的自衛権の行使に相当することもやらざるを得ないことは現実に起きうるわけです。ですから、原則としては、やはり認めるべきだと思います。認めた上で、乱用されないように、歯止めをかける手段をどのように用意しておくべきかという議論が大切になっていく」(2009年新潮新書)と書いておられます。

 民主党の方々は「安倍政権が進める集団的自衛権の行使は容認できない」と仰っていましたが、党としての明確な対案は示されませんでした。

 ①今の安全保障体制のままでも日本の平和と安全は守られると考えるのか②集団的自衛権が必要だと考えるが集団的自衛権はどんなに限定的なものでも憲法違反であり、早急に憲法改正すべきだと考えるのか③集団的自衛権の一部は現行憲法下でも行使可能だが、新三要件など政府・与党の縛りよりももっと限定する必要があると考えているのか。こうした点を各党、各議員が考えを明らかにして議論していくことが、日本の将来に資すると考えています。

 日本の平和と安全のために何をなすべきか。さらに議論が深まるよう、私も汗をかいていきたいと思います。
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2015年09月09日(水)

安倍総裁の推薦人となって

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 昨日(9月8日)、自由民主党の総裁選挙が告示され、安倍晋三総裁(内閣総理大臣)が無投票で再選されました。私が参議院議員になって初めての総裁選でしたが、安倍総理・総裁に引き続き政権を担って頂きたいと考え、20人の推薦人に名前を連ねました。今回の総裁選をめぐり感じたことを書き留めておこうと思います。

■安倍総裁の姿勢、政権運営

 安倍総裁が8日の出陣式で述べられたように「間違いなく雇用も収入も向上しています」。円高やデフレに苦しんでいた日本経済が、2012年末の第二次安倍政権の誕生で劇的に変わりました。株価をはじめとした経済指標の多くが反転しました。

  「実質賃金は上がっていない」「地方まで景気が行き渡っていない」「物価上昇の目標に達していない」など、課題はあります。しかし、前政権の経済政策の方が良かったと思っている方は少ないはずです。実際の経済運営で安倍政権以上に成果を出せる選択肢が見当たりません。

 アベノミクスを継続しつつ、表面化している課題にどう対応していくかが重要なのだと考えています。安倍総裁自身も「経済の好循環を回しながら、地方の隅々に景気の実感を届け、完全にデフレから脱却し、未来に向けて力強く経済を成長させていく、それが私たちの使命だ」と指摘されています。

 私は国会議員になる前は政治記者でした。ですが、「安倍番」の記者になったことはなく、政治部に配属になったのは福田康夫内閣からなので「政治家・安倍晋三」に接する機会はほとんどありませんでした。そのため、以前は「安倍さんは自身の信条と合う人の意見ばかり聞く」という論説を読んでも、「そんなもんなのかな」というくらいにしか思っていませんでした。しかし、国会議員になって総理の姿を垣間見るようになり、世の中でつくられた「安倍晋三」像はかなり歪められていると感じています。

 戦後70年談話では多くの識者が予想していたものと異なり、幅広い方々の意見を取り入れたバランスの取れたものになりました。国内外からも評価の声が上がっています。さらに、安倍総理は談話を読み上げた後、こう付け加えられました。

 「私たちは歴史に対して謙虚でなければなりません。謙虚な姿勢とは、『果たして聞き漏らした声が他にもあるのではないか』と常に歴史を見つめ続ける態度であると考えます。私はこれからも、謙虚に、歴史の声に耳を傾けながら、未来への知恵に学んでいく、そうした姿勢を持ち続けていきたいと考えます」

 私のこのブログのタイトルは「以管窺天」。細い管の穴を通して空を見上げるように、自分が見えているものは非常に限られている、という戒めの言葉です。「葦(よし)の髄から天井を覗く」という言い方もあります。政治家が常に自覚しなければいけない姿勢だと思います。

 私は今国会では予算委員会と平和安全法案に関する特別委員会に属しているので、安倍総理の答弁・対応を間近で何十時間と見てきました。極端な例を出してレッテル張りをする質問や揚げ足取りを狙った問い掛けにも丁寧に対応されています。

  マスコミで「総理がヤジった」などと書かれたこともありますが、質疑者の後ろから罵詈雑言が総理に浴びせられる場面が多々あることは報じられません。(テレビ中継のマイクは質疑者と答弁者の声以外はほとんど拾わないようになっています)。政府は立法府に法案の審議をお願いしている立場ということで、耐え忍ぶ姿には本当に頭が下がります。

 自民党の中で安倍総裁に代わってほしいと思う人が少なかったという事実はうなずけます。

■自民党は単色か

 総裁選が無投票になったことでリーダーが政策を戦わせる場が失われたという批判があります。今朝(9月9日)の朝日新聞では「折しも、米国では来年の大統領選に向け、民主、共和両党で何人もの候補者が論争を始めている。そんな光景こそ、本来のリーダー選びのはずだが、自民党はその機会を自ら放棄してしまった」(西山公隆政治部次長)と論評しています。しかし、8年ぶりに現職が引退する米国の大統領選と、政権選択の衆院選から1年も経たない時点の自民党総裁選を比較すること自体ナンセンスです。

 また、現職の総理が候補なのに党首選が盛り上がる方が異常だと言えます。日本では菅直人首相と小沢一郎氏が争った与党党首選がありましたが、あの選挙が日本のためになったとはとても思えません。

 政党は考えの近い人たちの集団のはずです。その中で選挙をやれば小さな違いを大きく見せなくてはならなくなります(メディアは小さな差異を大きく報道します)。9か月前に衆院選で国民の審判を受けたばかりなのに、路線闘争をする必要があるでしょうか。ちなみに日本ほど国政選挙が頻繁にある国は多くありません。政策論争のチャンスはこれからいくらでもあります。

 「自民党が単色になった」「安倍官邸に自民党は物を言えない」。そう断じる向きもあります。果たしてそうでしょうか。新国立競技場の建設問題では与党から批判が噴出し、安倍総理に方針転換を促しました。現在の1550億円以内の建て替え案に対しても、「新たな競技場は造らず、既存の施設を利用すべきだ」と求める声まで自民党内にはあります。

 また、9月3日に中国が開催した抗日戦争勝利70年記念式典に国連の潘基文事務総長が出席すると発表した際、政府の要人が事務総長に直接中止を要請しなかったことなど政府の一連の対応について、自民党の外交部会などで批判が相次ぎ、党自ら国連に抗議文を送ることとなりました。

 予算や税制などを巡っても、自民党内にはさまざま意見があります。これからも侃々諤々の議論をしながら、最後はまとまるという自民党の文化を大切にしていきたいと思います。
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2015年08月26日(水)

平和安全法案をどう考えるか

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 平和安全法案の審議が参議院で連日、行われています。集団的自衛権などについては以前、このブログで書きましたが(2014年5月6日付)、参議院の特別委員会のメンバーに選ばれて以来、「賛成」「反対」双方の立場の方々から多くの意見をいただいているので、改めて私の考えを記したいと思います。

■抑止力をどう考えるか

 私の両親は戦後の生まれです。祖父は今年90歳で、時折戦争の話を聞くことがありますが、私は戦争を知らない世代だと自覚しています。地元を回っていると年配の方々から「山下君、戦争は悲惨だ。戦争の惨禍を繰り返さないことが君達政治家の最大の仕事だ」と言われます。

 戦争のない平和な世の中を次の世代に繋いでいくことが我々の責務です。戦争のリスクを減らし、日本国民の平和な暮らしを守っていくためには何が求められるのでしょうか。
    
 「自衛隊や日米同盟があるから、他国が日本を警戒して軍備を増強せざるを得なくなる」と言われる方もいます。外国の動向に関わらず、日本が自ら防衛費を減らし、自衛隊も日米安全保障条約も廃止に向けて動いていけばいいと。日本国憲法の前文でも「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持しようと決意した」と宣言しています。では、外国を信頼し、日本が国の守りを一方的になくしていくことが平和に繋がるのでしょうか。

 最近では、ロシアがウクライナに軍事侵攻し、クリミア半島を奪い取りました。日本を含め各国はロシアに経済制裁を科しました。しかし、ウクライナはNATOに加盟しておらず、自らの軍隊を出してウクライナを守ろうとした国はありませんでした。G7などはクリミアをロシアの領土とは認めていません。外交や経済制裁などでロシアに再考を促していますが、力による現状変更に対抗できていません。東南アジアでも軍事力の格差を背景に係争地で既成事実を積み上げている国があります。

 翻って、日本の状況はどうでしょうか。冷戦が終わった時点では、日本の防衛費は東アジアで最大でした(米国・ソ連を除く)。現在は、中国の軍事費は公表されているものだけでも、日本の約5倍となっています(一方、米国はピーク時より減っています)。北朝鮮は日本列島が射程に入るミサイル実験をたびたび実施しています。

 外国軍用機が日本領空に接近し、日本の自衛隊機が緊急発進した回数はこの10年で7倍になりました。2014年度は943回。1日に3回もスクランブルした計算です。

 日本の安全保障環境は悪化しています。「外国が日本を狙うはずがない」と思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、「こんなことがあるなんて・・・」となっては取り返しがつきません。地球上から武器がなくなることを念願しています。ただ現状では、防衛力による抑止で平和が維持されている現実に眼を背ける訳にはいきません。最善を祈り、最悪に備えるのが政治の役割です。

■法的安定性、合憲性

 平和を守るためには抑止力を高め、隙のない守りをすることが必要です。しかし、そのために何をやってもいい訳ではありません。先の大戦で多くの尊い命を失った反省を踏まえ、日本は憲法により大きな縛りを自らにかけています。

 日本国憲法には改正すべき点もありますが、現行憲法下ではその枠内で何ができるかを考えなければなりません。日本政府は、憲法9条の下で認められるのは我が国の自衛のための必要最小限度の実力だけと解しています。これまでは集団的自衛権は必要最小限を超えるとして、憲法上は認められないと説明してきました。

 国際環境は大幅に変化しています。そこを考慮しても集団的自衛権は憲法上、一切ダメなのでしょうか。集団的自衛権すべてでなく、自国を守るために限定したものは許容されるのではないかと議論してきました。その結果、日本と密接な関係の国が攻撃され、①わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があり、②これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない時、③必要最小限度の実力を行使することは認められると憲法の解釈を変更しました<新三要件>。

 「憲法解釈の変更は認められない」「解釈を変えると法的安定性が失われる」という批判もあります。確かに、2004年6月18日の政府答弁書は、「政府が自由に憲法の解釈を変更することができるという性質のものではない」「政府において、憲法解釈を便宜的、意図的に変更するようなことをすれば、政府の憲法解釈ひいては憲法規範そのものに対する国民の信頼が損なわれかねない」と述べています。ただ、答弁書は「諸情勢の変化とそれから生ずる新たな要請を考慮すべきことは当然」と強調した上で、「当否は個別的、具体的に検討されるべき」との見解を示しています。

 そもそも日本国憲法ができた当初は個別自衛権も政府として認めていませんでした。吉田茂首相は1946年6月26日の衆議院本会議で「戦争放棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定してはおりませんが、(憲法)第9条第二項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したものであります」と答弁しています。時の首相が、憲法9条は自衛権を認めていないと説明していました。

 その後、1950年に朝鮮戦争が勃発。冷戦の激化は日本にも影響を及ぼしかねない事態となりました。吉田茂首相は51年の衆議院平和安保条約特別委員会で「私の当時言ったと記憶しているのでは、しばしば自衛権の名前でもって戦争が行われたということは申したと思いますが、自衛権を否認したというような非常識なことはないと思います」と述べ、解釈を大幅に修正、変更しました。それから3年後、自衛隊が創設されました。

 時々の政権は国際環境の変化と日本国憲法の間で、国民を守るため難しい判断をしてきたのです。

 「集団的自衛権を一部であっても容認することは憲法の枠を超える、憲法違反だ」と仰る方は少なくありません。朝日新聞が行った憲法学者への調査では、回答のあった122人のうち119人が今回の法案を「憲法違反」もしくは「憲法違反の可能性がある」と答えています。しかし、この調査では自衛隊についても77人(63%)の憲法学者が「憲法違反」または「憲法違反の可能性がある」と回答しています。

 最高裁は砂川判決で自衛権を認めています。自衛隊の創設から60年以上たちましたが、最高裁が自衛隊を憲法違反と判断したことは一度もありません。研究者の中では様々な説、いろんな解釈はあるでしょうが、違憲か合憲かの最終判断をするのは最高裁です。

 今回の集団的自衛権の一部容認に関しては、1972 年の政府見解の基本的論理を維持しています。他国が行使しているような全ての集団的自衛権ではなく、密接な関係がある国への攻撃により、日本自体の存立が脅かされ、国民の命や自由、幸福を求める権利が根底から覆されるような事態になった時に限り、必要最小限度の実力を行使できるとした点で、9条の論理的整合性も法的安定性も保たれています。我が国、国民の存立のためというタガをはめており、専守防衛の原則も変わっていません。私は最高裁が違憲と判断することはないと考えています。

■徴兵制への懸念

 憲法の解釈変更を認めると、憲法の縛りが破られ、今後も解釈の幅がどんどん広がっていくという懸念もあります。そうした不安の最たるものが徴兵制でしょう。徴兵制は憲法18条「意に反する苦役に服させられない」に反し、明確に禁じられていると政府は明言しています。何度、否定しても「今回の法案で憲法解釈の変更を認めてしまえばいつの日か徴兵制にも踏み出すのではないか」と言う人がいます。果たして、そんなことが可能でしょうか。

 将来、時の政権が徴兵制を導入する法案を国会に提出し、万が一その法案が成立したとします。法律に基づき徴兵制が始まっても、召集令状を拒否する人が必ず出て来ると思います。その人達は司法に訴えるはずです。最高裁も徴兵制は違憲だと判断するのは確実でしょう。

 政府が法案を提出する時、そして憲法・法律を解釈する時、司法がどのように判断するかは考慮せざるを得ません。政府は自由に解釈を変えられる訳ではないのです。最後は最高裁が違憲、合憲を判断します。もしも政府が憲法に反するむちゃくちゃな法律をつくったら司法がストップをかけるのです。憲法が国家権力を縛るという立憲主義が貫かれています。

 穿った見方をする人は「最高裁は政権に都合の良い判断ばかりする」「政治問題は司法判断から逃げるのではないか」などと言われます。しかし、婚外子に対する遺産相続の民法の格差規定についても、衆参両院選挙における一票の格差についても、最高裁は政府や自民党の見解を否定し、違憲判決を出しました。党内では司法の判断に疑問の声もあがりましたが、政府・与党は違憲とされた法律を改正しました。たとえ政治的な問題であったとしても、憲法の枠を逸脱していると判断すれば、司法は歯止め役を果たすのです。

 今回の法案を成立させたら、いずれ徴兵制まで行ってしまうとの主張は論理の飛躍で、ミスリードだと思います。

 ただ、私は今回の法案への反対運動がおかしいとは思っていません。「戦争反対!」「政府は暴走するんじゃないのか」。そうした訴えが権力者に常に自戒を求め、権力を抑制的に使うように促すことになると考えています。国論は二分されていますが、日本と世界の恒久平和を願う気持ちは同じです。高い理想を持ち、様々な声に耳をすまし、冷静に現実を見つめていきたいと思います。
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