新聞小説 「麗しき果実」(1) 乙川優三郎 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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はじめに

原羊遊斎の下で蒔絵師として働く理野。

この理野の目を通して、実在の人物である原や、絵師の酒井抱一を軸に江戸後期の市井が描かれる。

 

2月16日から朝日新聞の朝刊で連載されている。

http://book.asahi.com/clip/TKY200902120090.html

 

挿絵はこの業界では最長老と言われる「中 一弥」氏(98歳)

連載前後ではこの人が描く女性像はZARDの坂井泉水さんをイメージしているとの話がネット上でもごく当たり前に検索出来たのだが、今ではその記事もかなり意識しないと見つからない。

 

抱一が下絵を描き、羊遊斎が蒔絵にするという共同作業の逸品が現代でも美術界で取引されている。

蒔絵博物館(個人HP)
 

理野が働いているこの時期には、この協業は確立しており、理野は抱一の門人である鈴木其一と絵についての話を交わす中で、彼に惹かれる気持ちも持っている。

 

実はこの小説、読み始めはしたが、最初の頃は切り抜きを残しておらず、話の前後が混乱して来て、切り抜きを始めたのは「63」以降。
ただ、記憶では理野の過去は最初の方でも殆ど語られておらず、ここまで読み重ねて来た割りには進展が遅いなーという印象。
同僚の祐吉、抱一の弟子の其一、いずれも妻子ある男だが、多少暗い期待を持って相手と対している、理野の過去とは一体何か。
そろそろこの辺りが明らかになるべきだよな…・・

 

しかし、実在の人を題材にしていると、いろんな見方が出てくる。酒井抱一にトリビュートしている人が、この小説での抱一の扱い(代作)について反論している。
http://www.est.hi-ho.ne.jp/tisachito/old27/Diary%2025%20June.html

 

 

以下、7月12日までのあらすじ。

理野は、羊遊斎の内縁関係にある胡蝶が仕切る、蒔絵の仕事場で下宿をさせてもらっていた。
そういう中で、羊遊斎が理野に抱一の下絵帖を渡して抱一風の下絵で櫛を作る様に指示を出し、理野の苦悩が始まる。


同僚の祐吉と金次郎。それまで話すこともなかったのが、その代作を通じて相談するうちに、彼らの性質を知り、次第に心を開いていく。
理野は蒔絵師であった父の影響でこの世界に入り、兄と共に江戸に出て蒔絵師として働いていたが、何か男との事情があり、併せて兄も亡くなったため一人で働いている。


代作を続ける事に反対する祐吉。馴染みの店に理野を誘い、そこで小川破笠の食籠を見せる。圧倒される理野。

その後、理野は自分なりの構想で蒔絵を完成させ、羊遊斎に手渡す。
蒔絵の出来を褒める羊遊斎。

箱書きをし、それを雨華庵(酒井抱一の居所)へ届けよとの指示。


雨華庵に抱一はおらず、妻の妙華尼に櫛を見せ、語らう二人。

抱一は吉原に行っている。そこで語られる抱一の過去。
名家の次男坊として生まれたが、長男が万一死んだ時の予備として扱われる中で、四十近くになって出家する事で自由を得た。
吉原に通いながらも、抱一は様々な画風を広く学んでおり、絵に俳味を持ち込む手法を模索し、一方で光琳の研究にも打ち込んだ。
光琳の没後百年にあたる時に、その法要を営み、それをきっかけに画壇に打って出、その後名声を得て行く。
その後妙華尼は剃髪して吉原から抜ける事が出来た。

 

蒔絵の仕事をする一方で理野は、胡蝶のところで働く「さち」に下絵描きを教えるための手本作りもしていた。
雨華庵に入門したという少年。模写の腕は達者だが、弟子に模写ばかりさせる抱一のやり方に疑問を抱く理野。
蒔絵を施す漆器は基本的には道具。弟子の其一は抱一の代わりに下絵を描き、小品の代筆、古絵の鑑定等、多忙を極めており、それは他の弟子も同じ。
絵の世界で抱一がやろうとしている事は結局羊遊斎と同じ。

 

羊遊斎の使いで大澤邸を訪れた理野。そこには丁度其一も来ていた。
病弱のため、早くに隠居した大澤は金に不自由なく書画を手に入れており、理野が持参した硯箱には落款も銘もなく「百年後には光琳で通るだろう」と愛でる大澤。

 

その部屋にあった金屏風に気付く理野。抱一にしては鮮明すぎる色彩。光琳でなければ其一の作に違いない。

だがその絵には抱一の署名と朱印が。

 

大澤家を辞してから、理野を食事に誘う其一。
意を決してあの絵の代作を問い質した理野に、其一はあっさりと肯定する。弟子ではあるが、酒井家の家臣であるという其一の立場。
其一の口から語られる代筆の現実。
本当は激しいものを持ちながらも代筆と模倣に明け暮れる男を見て挑発する理野。
「そうして鈴木其一という画家をご自分で消してゆくのですか」
追加の酒を注文する其一。


二人が帰る時には、外は強い雨になっていた。

どんどん荒れる中で其一は傘を捨て、理野の手を取った。

その強引な力に、或る懐かしさを覚える理野。

 

以前羊遊斎に頼まれて代作した櫛の数物が評判となっている事を知る理野。

ただその意匠は自分の意図とは違う見直しがされていた。

こだわりから抜けられない理野。

 

ある晩、胡蝶に誘われて酒を酌み交わした理野。
櫛の話をする理野に、仰ぐ人を間違えたかも知れないと慰める胡蝶。


羊遊斎(旧名は粂次郎)は若い頃、地元で知らぬ者のなかったごろつきだった。まともな仕事もなく、岡場所で用心棒の様な事をやって暮らしを立てていた。
ある時、鶴下遊斎という漆工に出会って蒔絵を習うと、人が変わった様に小屋にこもって修行に打ち込み、蒔絵の虜になっていった。
その小屋を貸したのが胡蝶の父親だった。
粂次郎はめきめきと腕を上げ、遊斎が一流を目指す様に薦めるが、自流に固執するうちに、その土地を去って行った。

 

胡蝶は芸事一般を学んだが、結局三味線が性に合っていた。

中でも河東節に惹かれた。
三味線で身を立てるために芸者になりたいと父親に言うが相手にされない。

だが、ある機会があり、その腕を披露した時に祝儀をもらうのを見て、父親が芸者入りを許す。
ある人の座敷に呼ばれた時に蒔絵の話になり、そこで話した事がきっかけで粂次郎に再会する。

 

粂次郎は原羊遊斎と名乗っていたが、細々と食べている様子。
胡蝶はあらゆるつてを頼って羊遊斎を売り込み、それがあたって次第に名を知られる様になる。

中でも酒井抱一を知ったのが羊遊斎をどんどん大きくさせた。


羊遊斎に家庭がある事を後に知った胡蝶は落ち込むが、その後の抱一らとの親交の仲で時が過ぎて行った。
その後、羊遊斎から妾奉公の話があり、三日考えてそれを受ける。

そしてその関係が今でも続いている。 

 

以上 7月12日まで