短編集「愛逢い月」 篠田節子 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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女流作家の本はほとんど読まないが、この人は新聞小説をきっかけにけっこう好んで読んでいる。

 

「秋草」
京都で開催された展覧会の日程に合わせて北原に呼び出された悦子。北原は大手新聞社の企画部員。

悦子は9年前に絵本のイラスト部門で大賞を取り、その後プロになったが、元々力があったわけではなく、すぐに飽きられて挿絵作家として細々と続けている。
一学芸部員だった北原は頭角を現し、名を知られる様になったが、恋愛関係が終わった後も、半年単位の間隔で悦子を誘う。それが7年も続いている。

狩野永徳の名を刻んだ「秋草の間」。完成当時は華やかであったろうに一度も修復されぬまま無残な姿を晒している。
無意識のうちにライターの火を絵に向ける悦子。

 

「38階の黄泉の国」
ベッドで目覚める菜穂子。自分の息子の事も判らない。彼女は脳動脈瘤が破裂して死の寸前にいた。
彼女の記憶にあるのは「菅原明也」のことだけ。
菅原は大学の同窓生だったが、特許の勉強のために菜穂子が思いを伝える前に別の大学へ行ってしまっていた。
夫の転勤に伴ってニューヨークに行っている時に菅原と再会。夫の会社の特許紛争の弁理士としてニューヨークに来ていた。

場面は変わって副都心のホテル最上階のラウンジ。母の法事のために帰国していた菜穂子。菅原はニューヨークに戻る前にと、このホテルの38階に部屋を取っていた。
実際の菜穂子は危篤状態で、息子に看取られながらそのまま息を引き取った。
そこで菜穂子は、菅原がとうの昔に死んでいる事を思い出す。

死んだ者同士の新たな再会。もうだれも邪魔する者はなく、永遠に好きな人と愛し合える。
だが、話はそんなにうまくは行かなかった。

 

「コンセプション」
ちいさな劇団からデビューし、苦労してタレント活動を続けている北岡梨沙。その心情をつづったノートを元に小説を出版。単なるキワもので終わるところを、出版元の正木に見出されて2作目を出し、それがまともな小説として認められた。

だが正木は悪性腫瘍であと1年もたない妻と過ごすために退職した。
単に編集者ではなく、正木に誉められたい一心で小説を書いていた事に気付く梨沙。
正木の妻を、ややたるんだ中年女性と想像していた梨沙は、パーティ会場で正木と同席していた妻の敦子の美しさに圧倒される。
だがその片方の目には眼帯。目が肉腫に侵されていた。

その半年後、無残にやつれた正木に会った梨沙はそのまま彼を帰せず、一夜を共にした。正木の妻は限られた時間の中で、モルヒネを打ちながら精力的に活動していた。腫瘍が顔中に広がっても正木を求めてSEXをした。生きているのに死臭がする妻との行為。
年が明けて正木の妻が死んだ。自殺だったとの話に梨沙は疑いを持つ。

 

「柔らかい手」
冒険家として様々な危険と隣り合わせの生活をしていた啓介。ある時、鮫の写真を撮る時に襲われ、急な浮上を行ったために重度の潜水病となって寝たきりの状態となる。
目覚めると妻がそこに居て、かいがいしく世話をしてくれる。だがどうも病院の中ではなく、体調の回復と共に啓介の不安が高まって来る。

 

「ピジョン・ブラッド」
男と恋愛して公団住宅に入居した「私」。男とはその後別れたが、ずさんな管理のおかげでそのまま公団に住み続け、今は別の男が訪れる様になっている。
最初の男は鳩が嫌いで「私」も次第に嫌いになり、ベランダの掃除を一切しなくなったため、排水が詰まり、階下の夫婦から怒鳴り込まれたのをきっかけに男は去って行った。
今の男は鳩好きで「私」も次第に鳩に対して好ましい意識を持つ様になった。

だが、結局男は「私」と結婚するまでの気持ちはなく「大変、ご迷惑をかけました。申し訳ありません」という手紙で別れを告げて来た。
気力の落ちているところへ、開いていた窓から鳩が侵入。ベランダに追い出すも、平然としている。逆上して振り下ろしたパイプにいやな手応え。
体調が悪い中、去っていった男に電話で「妊娠した」と嘘をついて呼び戻したが、そこに意外な報復が…・

 

「内助」
高校時代から憧れだった花岡俊一。文武両道で一流大学の法学部にストレートで合格し、司法試験を目指していた。
佳菜子は後を追って東京の英語専門学校に入り、その学校を卒業する時に多くのライバルを蹴落として彼との結婚を約束させた。

佳菜子は都内の商社に勤め、俊一は司法試験を目指したが、卒業する時期になっても合格出来なかった。二人の生活が親に知られ、俊一は「責任を取る」と籍を入れた。それからは佳菜子の収入と俊一の親からのわずかな援助での結婚生活。

たかが2、3年の事と思っていたのが、30を目前にしてもそれが叶わない。
学生の頃の精悍さは微塵もなく、精気のない俊一に幻滅する佳菜子。
ある時から俊一は帰りの遅い佳菜子に代わって夕食を作る様になる。そんなヒマがあったら試験の勉強をすればいいと思いながらも、何事も本格的に学んで取組んで作った俊一の料理は美味しかった。

ある日「うまいものを食べに行こう」と誘われて中華街に出かけるが、そこは「満漢全席」というとてつもなく贅沢な食事の会だった。
結局、そこの代金は2人で18万。
「もう、あなたなんかいらない」と俊一を残して家に帰る佳菜子。
それきり俊一は戻って来なかった。
1年ほどしてまたその中華街に立ち寄った佳菜子。そして再会。

 


最後の「内助」を除いては、いずれも怪奇・恐怖小説とでもいうノリで「神鳥(アビス)」をちょっと思い出させた。
そこで描かれる男たち。けっこう辛口だが概ね肯定的に扱われており、違和感はない。

一番印象が深かったのは「38階の黄泉の国」。死んだ後、好きだった男と永遠に一緒に暮らせると思ったのも束の間、男はそんな理想通りではなく、どんどんいがみ合う関係になっていく。ただ、最後に用意された救い。そういう事ネ。