「山川健一デジタル全集 Jacks」、幻冬舎のプレスリリース幻冬舎の最新情報 はこちら。AppleのiTunesの特設サイト です。Appleの「山川健一デジタル全集 Jacks 」はこちら。無料配信「山川健一自身によるデジタル全集解説 」。

東北芸術工科大学

ロゴ2

1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2016-08-22 16:12:38

Apple Storeにいらして下さった皆さん、ありがとう!

テーマ:イージー・ゴーイング

 

Apple Store 銀座でのイベントにいらして下さった皆さん、ありがとうございました。文芸学科1年の女子学生や、2年生の保護者の方もいらして下さった。石川忠司とぼくが2人でやる文芸学科の講義は普段は80分なんだけど、今回は講義部分は30分ということで、ちょっと駆け足になってしまった気もします。しかし、まあ、エッセンスは伝わったのではないかと思います。

 

 

 

参加してくれた友人の奥様、松利江子さんがfacebookにこんな記事を投稿してくれました。松さん、勝手に引用しちゃうからね。

 

Apple Store イベント「夏休みに読むiBooks:山川健一」に参加してきました。作家生活40年間の作品群がアプリひとつで読めるなんて感慨深いです。

山川健一さんと東北芸術工科大学教授の石川忠司さんの小説の構造に関する講義は大変興味深いものでした。

山川さんのお薦めの本は『カラマーゾフの兄弟』、石川さんは『悪童日記』。カラマーゾフには、今日お聞きした要素がすべて入っているそうです。

健さんとは久しぶりにお会いできて嬉しかったです☆

#山川健一 #石川忠司 #山川小説 #幻冬舎


石川忠司とぼくとは、もう長い友人なのですが、最近は文学の伝道師と化しているような気がします。石川は「黒いイナズマ」、ぼくは「騒乱から生まれたロケンボーイ」と呼ばれてます(笑)。

 

その相棒の石川が参加者の1人から小説の未来について問われ、「小説はなくてもいいものだよね。難解になりすぎたもの、長大になりすぎたものに二分化していて、うん、滅びるかもしれないなと思います」と回答したのが、個人的にはショックだった。ステージ上で、じつはぼくは動揺した。あの瞬間の彼は「ロックは死んだ」と発言した、セックス・ピストルズのジョン・ライドンみたいだったね。

 

いやいや石川、ゲームやアニメに吸収され小説はいつか滅びるかもしれないけど、まだ死んじゃいない。もっと先へ行こうぜ! それが俺達の仕事だよ。しかし、この台風の中、あいつは仙台に無事に帰れたのかな? 電話しても繋がらないのだが…。

 

 

首都圏の高校生の皆さん、是非とも東北芸術工科大学文芸学科に入学して、ぼくらの文学の戦線に参加して下さい。小説の未来は、若い皆さんの双肩にかかっています。AO入試の出願シメキリは9月1日だからね。

 

東北芸術工科大学2017年度 入学試験日程・概要一覧
http://www.tuad.ac.jp/adm/inf/admdate/

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-08-20 22:41:11

明日の日曜日、Apple Store 銀座でお待ちします。

テーマ:イージー・ゴーイング

Apple Storeイベント
夏休みに読むiBooks:山川健一
2016 年 8 月 21 日(日)午後 1:00
Apple Store 銀座

 

小説家の山川健一氏が、学生に向けた推薦書をはじめ、執筆活動のこだわりをトークショー形式で語ります。また、東北芸術工科大学教授の石川忠司氏とともに、小説を書くことにチャレンジしたい方に向けた創作のヒントについてもたっぷりとご紹介します。ぜひお気軽にご参加ください。

 

無料です。
予約すると確実ですが、予約なしでも大丈夫だと思います。

https://concierge.apple.com/events/R079/ginza_kenichiyamakawa_21Aug2016/6164358373455593731/ja_JP

 

夏休みに読むiBooks:山川健一

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-08-19 00:00:00

ハイパーテキストという考え方

テーマ:イージー・ゴーイング

デジタル感覚のファーストステップは、コンピュータがハイパーテキスト、あるいはハイパーリンクという考え方の上に成立していることを知ることだと思う。
大切なのはコンピュータそのものではなく、デジタルな思考のほうだ。
たとえば、ぼくらはごく簡単に「小説」と言う。これをデジタル風に言い換えれば、「シーケンシャルなテキストデータによるフィクション」ということになる。
つまり、時間軸に沿ってずーっと続いているテキスト、それが小説というものだ。
だがインターネットでもローカルなコンピュータ上でも、デジタルはそうではない。
たとえばインターネットのウェブサイトでリンクボタンをクリックすれば、たちどころに別のデータに飛ぶことができる。これがハイパーリンクというもので、なぜそんなことが可能かと言えば、あたり前の話だが、コンピュータで使用されている言語がハイパーテキストだからである。
“ じつは、ハイパーテキストのほうが、シーケンシャルなテキストよりも遙かに人間の思考そのものに近いのではないかという説がある。あるいはそれは、人間の脳の構造によく似ている。デジタルが脳に快感をもたらすのは、きっとそのせいだ。
美しい女性と、あるいはハンサムな男性と、つまり恋人と甘いキスを交わそうかとするその瞬間、「あれ、ちゃんと歯を磨いてきたっけ?」と思い、「そう言えば歯磨きがもう残り少なかったな」「帰りに角のコンビニで買っていこう」「小銭持ってたっけ?」「それにしても消費税って不便だよなあ」という具合に発想が繋がっていくことだってあるだろう。恋人と抱き合い、キスするまでのほんの数秒のうちにである。
長い小説を一気に読んでしまう人はいない。途中でぼんやりしたり、ある単語にひっかかり、小説の本筋とは無関係な思い出に耽ったり、ピーナッツをつまんだりするだろう。それこそが、ハイパーリンクと“いうものだよ。
個人が所有できるコンピュータというものが生まれたのはそれほど昔のことではないが、それを使うことで知った自由の感覚は、ぼくらの脳を変容させてしまったのだ。
インターネットやゲームやマッキントッシュの世界は、おそろしいほどの吸引力を持っている。それはすなわち、デジタルであること(Being Digital)が、強力な磁場を持っているということだ。そいつにのめり込むことは、サディズムやマゾヒズムといった性的嗜好に溺れることや、睡眠薬に頼らないと眠れなくなるのに似ている。トリップできるってわけだよ。

 

抜粋:: 山川健一. “希望のマッキントッシュ”。 iBooks.

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-08-18 00:25:20

新鮮な読書体験──文学とデジタル

テーマ:イージー・ゴーイング

子供の頃から、誕生日が来ると夏休みになった。
大人になってからは、ずっと小説を書いていたので、夏休みも普通の日も関係なかった。今は大学の教員をやりながら小説を書いていて、教員というのは8月の前半はいろいろ仕事があり、ようやく夏休みに入った。

 

ずっとiPhoneが手元にあり、メールやニュースをチェックしたりゲームをやったり、そしてリリースしたばかりのJacksを読んだりしている。

 

Jacksには自分の本が85冊入っているので、文字通り拾い読みするわけだ。短編小説を読みはじめ、最後まで読んでしまい、結局朝まで他の小説も読んでしまったりする。空海や新選組のことが気になって、単語を検索してその部分を読んだりする。

 

そんな夜を繰り返していると、不思議な感覚にとらわれる。ひとつは、小説やエッセイを読むという行為が、ドラクエやポケモンGOやメールやニュースと同じ地平に存在する気がするということだ。すべてがiPhoneのなかにあるのだから。

 

それからもうひとつは、時代と年齢の感覚が消えるということだ。
これをうまく説明できるかどうか自信がないのだが、23歳の時に書いた小説も33歳の時の作品も、43歳、53歳、63歳の時点の文章もすべて同じひとつのファイルに収録されている。今ではぼくも読者の1人としてそんな複数の作品を瞬時に行き来する。すると、時代と年齢の感覚が消えていることに気がつくのである。

 

大袈裟な言い方をすると、過去、現在、未来へと時間がつづいていくニュートン流の時間感覚が、過去も現在も未来も同時に存在しているという相対性理論的な時間感覚に変容している。

 

すなわち、それがビーイング・デジタルであるということだ。

 

文学とはもっともアナログなもののようだが、脳の機能はハイパーテキスト的である。小説とデジタルは、案外と親和性が高いのだとぼくは思う。

 

※ハイパーテキストについては、明日にでも『希望のマッキントッシュ』の中の文章を紹介します。

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-08-17 00:00:00

ファインダ画面のなかの1ピクセルの孤独

テーマ:イージー・ゴーイング

西新宿の広々とした公園沿いを歩き、横断歩道橋に上ってみる。
街路灯が消え、空は柔らかな光をためて水色に輝きはじめ、ケヤキの樹が風に葉を揺らしている。
こんな時、ぼくはハイパーカードを作ったアップルコンピュータの伝説の人物、ビル・アトキンスのこんな言葉を思い出してみるんだ。
「ぼくらは広大なファインダ画面のなかの1ピクセルにすぎない」
ファインダというのはマック上の机みたいなもので、簡単に言ってしまえばモニタ画面の全体のことだ。ピクセルとは、画像を表示する最小単位のことだ。西新宿の空が、広大なファインダ画面に見える。
Virtual Realityという言葉がある。仮想現実、と翻訳されている。ありもしない現実、といったニュアンスだろうか。だけどVirtualという言葉は、PowerBookG4にインストールしてあるLogoVista EtoJという英和辞書によると、“事実上の現実“という意味なのであって、ありもしない現実、という意味ではない。

 

抜粋:: 山川健一. “希望のマッキントッシュ”。 iBooks.

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-08-16 21:17:24

希望のマッキントッシュ

テーマ:イージー・ゴーイング

最初のマッキントッシュを買ってから、気がつけば8年が過ぎた。オーバーなようだが、マックと出会ったからこそこの8年がきらきらと輝いたのだと思う。長い年月の間には、さまざまなことがあった。出会いと別れ、かきまくった恥の数々、失ったものや手に入れたものや……思い出したくもない出来事だってある。
しかし、である。
いずれにしても、素晴らしい時間の連続であった。そして、この8年間はマッキントッシュなしには考えられない。この話をするとたいがい唖然とされるのだが、ぼくはこれまでに30台以上のマックを手に入れたのである。
考えてみればずいぶん無駄な金を使った気もするが、マックがあったからこそぼくは雨が降る日にも……これはもちろん比喩的に言っているのだが……微笑むことができた。

恋愛に関する本を読んで得られるのが知識で、実際に異性を好きになり喜びを感じたり酷い目にあうことによって得られるのが知性である。それを絵画や音楽や文学で表現した時に、多くの人々が共有できる英知というものが誕生する。
Windowsマシンでも、知識を得ることはできるだろう。知性までいくと、どうだろうか。ま、これはユーザー次第だから断言するのはやめておこう。
だが英知となると、マッキントッシュの独壇場である。マッキントッシュは、スティーヴ・ジョブズが東洋知と西洋知を合体させることのなかから生み出したコンピュータなのだから。

古くからのマックユーザーの間に、こんなジョークがある。
「でもあなたは、アップルのマークが入ったジャンボジェットに乗る気がしますか?」
マックがよくフリーズする、という事実を前提にしたブラックジョークである。
だがOSXはUNIXベースだからフリーズしない。やる気になればターミナルを使い、UNIXにアプローチすることも可能だ。
マッキントッシュを窓口にすると、デジタルは人間に優しく深い。
デジタルの向こうに、温かな未来が見える。

 

 

抜粋:: 山川健一. “希望のマッキントッシュ”  iBooks.
 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-08-14 02:45:29

真夏のニール

テーマ:イージー・ゴーイング
 男はしばらく考えていた。
 沈黙。
 やがて、男は言った。
「いいでしょう。それでは、あのテーブルの上をかたづけて下さい」
 男は、窓際に置かれた丸テーブルを指さした。ぼくは立ち上がり、テーブルの上に置かれたカメラや郵便物、ブルースを吹くためのハーモニカ、ぼくが撮った写真が掲載されている雑誌、パンフレット、銀行からの振り込み通知、カード会社からの請求書などをきれいにかたづけた。男の言葉には、そうさせずにおかない不思議な力がこもっていた。
「明かりを消して下さい」
 ぼくは明かりを消した。ブラインドを下ろしてある部屋は、仄暗くなる。島路大助とぼくは、カシの木で作った丸いテーブルをはさんで向かい合った。
「わたしの手のひらの間を見てください。心を落ち着けて、この世界で最も良きものをイメージするのです」
 男は、今までとは違った静かな調子で言い、左右の手のひらをテーブルの上に、焚火にでもあたるようにかざした。ぼくは彼の手のひらの間を覗きこむ。
「さあ、心を落ち着けて、この世界で最も良きもののことを考えるのです」
 深い湖を覗きこんだ時のように、男の手のひらの間にすいこまれてしまいそうな気がした。やがて、男の手のひらの間がぼんやりと光りはじめる。きらきらした透明な光は、やがてサッカーボールほどの大きさの球になった。
 光の球がテーブルの上に浮かんでいる。透明な光は、中心から、少しずつグリーンに染まっていく。ぼくは息をのんだ。
 よく見ると、輝くグリーンは森なのだった。陽光をいっぱいに浴び、新鮮な葉を風にそよがせる樹木がくっきりと見える。テーブルの上に浮かんだ森が、美しい光を放っているのだ。
「マインドランドです……」
 男の声が、どこか遠くから響いてきた。


真夏のニール


抜粋: 山川健一“真夏のニール.” 株式会社幻冬舎. iBooks.



いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-08-14 02:11:37

山川健一デジタル全集、特別価格は8月31日まで。

テーマ:イージー・ゴーイング
暑い日がつづきます。
8月も既に半ばとなりました。

「山川健一デジタル全集」は、2016年8月31日まで、83作品をすべて100円(税込)、また『山川健一デジタル全集Jacks』は通常価格19,800円(税込)のところ7,800円(税込)の特別価格で販売しています。

まだの方は是非この機会に、iPhoneやiPad、Macで山川ワールドをお楽しみください。

幻冬舎のサイトへ
http://www.gentosha.co.jp/s/yamakawa/
いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-08-09 12:59:40

文芸学科からは、作家や漫画家が続々と在学デビューしています。

テーマ:イージー・ゴーイング
 東北芸術工科大学文芸学科の3期生、うちのゼミのカボちゃ(ペンネーム)さんが、『電撃大王』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)の「第49回新人発掘プロジェクト」で佳作をとりました。「コンマを切って」という作品です。いま学食で会ったんだが、さすがに嬉しそうでした。

電撃大王 2016年 09月号 [雑誌]/KADOKAWA/アスキー・メディアワークス

¥680
Amazon.co.jp


電撃

これで、6年間で8人が作家デビューしたことになります。1期生の荒川匠君は「ガンスミス」(幻冬舎文庫)で、笠原伊織君が「アノヒカラ ジェネレーション」(藝術学舎/幻冬舎)でデビュー。樋口サキさんは 「女子大生に超人気の美術の授業」(有賀三夏著藝術学舎/幻冬舎)の編集とライティングを担当し、卒業後は幻冬舎に入社。

2期生の吉川皓也君は月刊サンデー『ゲッサン』で、53回GET THE SUN新人賞に佳作入選して漫画家デビュー。「ふたりの日曜日」「いい日」「甘い生活」などを発表しています。

同じ2期生の佐藤アスマ君は「天才とはしる」で「アフタヌーン四季賞2016夏のコンテスト」で準入選を受賞しました。コンテストの内容や講評は『月刊アフタヌーン2016年9月号』に掲載されています。

3期生の丸山千耀さんは「星屑のブロンシュ」で第1回文芸ラジオ新人賞を受賞し、作品が『文芸ラジオ』第2号に掲載されました。

そして1期生の大久保開(おおくぼ・ひらく)君が卒業後、第5回集英社みらい文庫大賞の優秀賞を「青に叫べよ」で受賞しました。集英社みらい文庫は小学生&中学生を対象とした児童文学のシリーズで、みらい文庫大賞はその新人賞です。
 
学生に負けてられないよなぁと思う今日この頃です。
いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-08-09 11:17:37

わんぱく小僧の恋愛学講座

テーマ:イージー・ゴーイング
 十代の頃は、素敵な女の子を見ると、彼女はどうやったらスカートを脱いでくれるだろうかということばかり考えていたような気がする。そして、すぐ後に考えるのは、うまく彼女がスカートを脱いでくれて、ぼくらがささやかな目的を遂げた後、どうやったら彼女はもう一度すんなりとスカートをはいてくれ、さっさとぼくの部屋から出て行ってくれるだろうということだった。
 ジョークの一つもまじえながら、それでもそれなりに真剣に女の子に対しながら、ぼくはもう既に逃げ腰になっていたわけだ。
 それが果たして恋愛と呼べるものだったのかどうか、今ではもうよくわからない。恋愛と呼ぶにはあまりにも直接的で、貧しく、独得なイマジネーションに欠けていたような気もする。
 当時の十代の女の子たちはそれぞれによく本を読んでいて、それも特に十九世紀の外国の恋愛小説が専門分野で、ぼくなどもそのうちの何冊かを借りて読んでみたりもしたが、そのたびに考えたことは、この青年はなぜこんなにいろんなことを考えるのかな、ということだった。ああだこうだと考える暇があったら、マディ・ウォーターズのように「やらせてほしい」と一言いえばいいのに、と。
 今は十代のぼく自身に向かって、おいおい君、ただやればいいってもんじゃないんだぜ、と言ってやりたい気がする。ほんとうは、そのことはほんのスタート・ラインにすぎないのだから。しかし、十代の少年には、女の子と寝るということが、あたかもゴールのように見えたのだ。
 だが、いずれにせよ、そうしたいささか滑稽でちぐはぐな、それでも本人たちには輝かしく見えた数々の献身的な努力はやはり恋愛だったのだろう。そう認めてやらなければ、あの頃の十代の少年たちは行き場を失ってしまうではないか。
 学生ズボンの前をふくらませていた少年。クラス・メイトの女の子の裸を思い浮かべながらオナニーしていた少年。公園のベンチで、どうやったらキスできるだろうかということばかり考えていた少年。女の子をベッドに連れこみ、急いでブラウスのボタンをはずしていた少年。彼女が帰ってくれた後、ほっとして煙草を喫いながら、シーツの間に貝殻細工のボタンを見つけて舌打ちしていた少年。やはり、彼らこそは恋愛物語の主人公だったのだ、と言うべきなのかもしれない。
 もちろん、ただやればいいというものではない。しかし、ほんとうは、そんなことはあの頃のぼくらにもよくわかっていたのだ。だが、複雑に見えはじめた世界の中で、せめて自分だけはシンプルでいたいと思っていたのだろう。形而上学的な問題は明日勉強することにして、今はとりあえず自分の精神と肉体を解放してやりたい。そんなふうに、無意識のうちに思っていたのかもしれない。
 性欲と恋愛の輝かしい一致。それこそが、わんぱく小僧達の恋愛学講座の第一章なのであった。

抜粋:: 山川健一 “マギー・メイによろしく”。 iBooks
「わんぱく小僧の恋愛学講座

いいね!した人  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>