表現を、できること。
こころの奥深くから言葉を取り出して伝えたり、
絵や、音楽や、モノで表したりすることは、
生きるよろこびの、ひとつです。
大事な、ひとつ。
伝わる、つながる、誰かと近づく。
表現は、「愛」に向かう行為だからです。
オブラートに包んだ言葉が伝わったときより、
奥深くから取り出した言葉が伝わったときが、
よろこびは深いです。
だからこそ、恐れが出てくるし、
ときに痛みもわくのだろうと思います。
表現することの、最初の一歩は、
くっつけてしまったオブラートや、
鎧を削ぎ落として、
自分の表現を、取り戻すことから。
先日、ララマルセッション
にいらっしゃった
ちりつもさんが、こんなことを、書かれています。
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気付きを実感できたのが、1日たった今日のこと。
やめようと言われたことはやめて、やろうと思うと伝えたことをはじめてみたら
そうか、こういう事かと、開眼の涙がほろほろ。
絵を描くことが好きなのに、楽しんでいなかったな。違和感ばかりダメなところばかり感じて。
私がひとり自分と話してるだけでは見つけられなかったこと。
家族に話したら、良い気付きを得られた事で、
投資して良かったじゃないと言われた。
私も思う。山口さんにお会いして良かった。
すでに終わっているのにずっと描き続けていた絵は、そのままの状態で「完成」です。
もう描かなくて良いんだ。私と違うものを。
>> 記事全文は、ちりつもさんのブログよりご覧ください。
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表現したいことと、
別の形で表現しなければ「ならない」としてしまうと、
どんどん、表現そのものが、イヤになります。
本当は、喜びなのにね。
「~ねばならない」を削ぎ落としたとき、
喜びが、戻ってきます。
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