奏でたい。その意欲が私を駆り立てるのである。この世界を音で満たしたい。まだ聞いていない音を求めて世界中を旅して回りたい。野望は際限なく膨らんでいく。その根底には常に演奏に対する情熱がある。
私は金属製の食器で鉄格子を叩く。刑務所の薄暗い廊下に甲高い音を響かせる。看守に怒鳴られたとしても止めない。まったくもって音が足りない。既に声帯は潰れている。
やがて看守達は私の身体を拘束衣で縛り付ける。演奏したいという情熱にこのような形で応えるとは野蛮な連中である。
無音は堪え難い。私は床に寝転んだまま音を想像する。架空の楽器を演奏する。自動車を正面衝突させる。人々に悲鳴を挙げさせる。鉄格子を叩く。看守達を怒鳴らせる。鼓膜は微動だにしないが、印象はしだいに克明になっていく。意識が優秀な楽器になっていく。どんな音でも鳴らせるのではないかと予感して胸が躍る。
「人」シリーズ
読む人
奏でる人
叫ぶ人
寝る人
目次(超短編小説)