古代から伝わる図形は三を意味するものが多いと思います。先日ご紹介したトリケトラもそうですが、三つ巴、三脚巴、Three Haresなど…。最近新しく発見されたナスカの地上絵でも顔のような三つの小山が描かれていました。
二つではなく三つが意味するもの…、二点を結んでも直線ですが、三点を結べば平面が生まれる…。
二人ではなく三人になれば対話が弾み、アイデアの発想が拡がります。
集団も二つより三つが良いでしょう、二大政党制は人為的であり、普通なら政党は多党になります。
集合体を三つにする…、選択肢を三つにする…、頂点を三つにする…
進化や進歩のためには競い合いが必要ですが、一番を目指す必要はないことも多い…
向上すれば、それで良い場合は多いと思います。
人間は集まると自然に仲間をつくります。
気が合う仲間をつくり、嫌いな人を排除する…
それなのに、無理やり一つにしようとすると軋轢が生じて、和が壊れていきます。
二分してしまっても、第三者がいないため、対立が続く…
人間がつくる集団の境界を流動化し、集団の価値観を混ぜ合わせて、新たな価値観へと進化させるためには、第三集団の存在が必要。
人の心でも同じことでしょう。
正と誤、善と悪、良と不良ではなく、第三の観点が必要です。
第三の目、第三の視点を人々が持つ…、私たちが持つ。
そこから明るい未来が始まります。
三つの視点を誘導する電子ネット構造。
三つの集団に別れ、第三者の仲介やアドバイスが自然に誘導されるシステム。
三つ以上にグループ化していく、三つ以上の選択肢を用意していく…
そんなSNSシステムを創っておく必要がありそうです。