東京芸術大学大学美術館で「コレクション展」を観た! | とんとん・にっき

東京芸術大学大学美術館で「コレクション展」を観た!




東京芸術大学大学美術館で「コレクション展」を観てきました。この「コレクション展」は、2部構成となっていて、Part 1は「 朝倉文夫―朝倉彫塑館所蔵―」、Part 2は、「 芸大コレクション―動物を中心に―」となっています。


まずは「 朝倉文夫―朝倉彫塑館所蔵―」、日本の近代彫塑は朝倉文夫の才能と技術によって飛躍的な進歩を遂げました。現在朝倉彫塑館が長期休館中であり、その所蔵する朝倉文夫の作品が展示されています。朝倉の修業時代から最晩年までの朝倉の仕事の全貌を観ることのできる構成となっています。これほどの数の朝倉作品を、纏まって観られる機会は、今回をおいてほかにありません。


つぎに「 芸大コレクション―動物を中心に―」、名だたる芸大のコレクション、山本芳翠の「猛虎一声」や高橋由一の「鮭」など、近代絵画の名作もぞろぞろ出てきました。また芸大では高野松山(1889-1976)の「静動文庫」を新収蔵品として受け入れたのを機に、松山と同時代に活躍し「静動文庫」に影響を与えた松田権六(1896-1986)の「草花鳥獣文小手箱」と併せて展示されていました。



谷中にある「朝倉彫塑館」は、谷中をぶらぶら散歩するおりには、必ず立ち寄りました。大空間のアトリエには「大隈重信像」「墓守」「時の流れ」「九代目團十郎像」などが常時展示してありました。アトリエ棟の玄関を昇と、かつて東洋蘭の温室として使用していた部屋があります。sこには無類の愛猫家の朝倉がつくった「猫」たちが勢揃い、猫好きの方の聖地でした。屋上へ昇と底は屋上庭園、コルビュジエより早い。オリーブの実をかじったらとても食べられませんでしたが。朝倉の住居だった和室棟、鯉が泳ぐ池を囲んで廊下がめぐり、数寄屋造りのいい和室でした。この住居棟の耐震化で、朝倉彫塑館は休館していると聞いています。いただいたパンフレットに従い、ここではPart 1の「朝倉文夫―朝倉彫塑館所蔵―」についてのみ、以下に載せておきます。


Ⅰ 上京、東京美術学校へ

朝倉文夫は明治16年に大分県で生まれ、明治26年に朝倉家の養子となり、以後朝倉性を名乗ります。明治35年に上京、谷中初音町に住んでいた実兄のもとに奇遇、彫塑と出会います。翌年東京美術学校彫刻選科に入学し、本格的に彫塑を学び始めます。



Ⅱ 文展、華々しいデビュー

明治40年、朝倉は東京美術学校を首席で卒業し、24歳の若さで谷中天王寺にアトリエと住居を構えます。これが今の朝倉彫塑館の礎となっています。翌41年の文展に初出品した「闇」は最高賞(2等・第1席)を、明治43年の「墓守」も2等賞になります。当時、文展で2等賞以上を連続受賞するとヨーロッパ留学の機会を与えられましたが、朝倉にはその機会が与えられませんでした。


Ⅲ 躍進の大正期

大正5年には文展審査員、大正8年には自らリーダーとなって東台彫塑会を結成。大正10年からは東京美術学校で教鞭をとるようになり、朝倉は彫刻界の中心的な役割を担うようになります。しかし、大正3年の第8回文展出品作品「いづみ」は、警視庁が写真撮影を禁止。さらに大正6年の第11回文展に出品した「時の流れ」は、警視庁の命令により一般会場から離れた東京美術学校内に展示されることになります。この事態に朝倉は建白書を草して激しく抗議しました。


Ⅳ 朝倉塾の時代

朝倉は東京美術学校で教鞭をとるほか、自邸においても朝倉彫塑塾を開設し、無償で後進の指導にあたっています。朝倉塾には木内克、福沢一郎ら多くの門下生が学び、巣立っていきました。


Ⅴ 戦後の制作

アトリエ兼住居のあった谷中は戦災を逃れたため、多くの作品が残されました。朝倉は戦後間もない時期の裸婦連作に続き、男性像の連作も試みます。そこには健全さと理想美が表現され、彫刻としてのバランス感と躍動的なモデリングの追求がありました。


Ⅵ 「猫百態展」へ

猫好きの朝倉は生涯猫をモチーフとした作品を作り続けました。気ままな猫の仕事は、朝倉の写実力と相まって、多くの人に親しまれました。晩年には東京オリンピック開催に合わせた「猫百態」を発案、残念ながら実現しませんでした。


Ⅶ 朝倉文夫の油絵

明治37~38年頃、朝倉はデッサンの勉強のため、谷中清水町の太平洋画会研究所に通っていました。僕も初めて知ったのですが、朝倉の平面作品、量塊あふれる作風の人体表現を極めた2点の「裸婦」が出ていました。


「コレクション展」:東京芸術大学大学美術館
Part 1. 朝倉文夫―朝倉彫塑館所蔵―
Part 2. 芸大コレクション―動物を中心に―
この展覧会は、台東区と東京藝術大学のそれぞれのコレクションをまとめた2部構成となっています。
〈Part1.朝倉文夫〉は、保存修復工事のため休館中である朝倉彫塑館が所蔵する朝倉文夫作品の中から、選りすぐりの名品を展示します。日本が西洋化を推し進める明治時代―西洋彫刻の基礎のなかった時代に、日本の近代彫塑は朝倉文夫(1883~1964)の才能と技術によって飛躍的な進歩を遂げました。本展では、修業時代から最晩年までの朝倉の仕事の全貌を通観できる構成とし、日本近代彫塑の基礎を作った朝倉文夫の魅力をわかりやすく解説します。また、朝倉はとりわけ好んで猫の作品を制作しましたが、朝倉彫塑館所蔵の全ての猫(32体)が一堂に揃うこともまたとない機会です。自然から学んだ自由な写実表現に貫かれた朝倉文夫の世界を、ぜひご堪能ください。
朝倉も学び、のちに教鞭をとった東京美術学校、現東京藝術大学の〈Part. 2 芸大コレクション〉では、主に動物をモチーフにした名品を一堂に展示します。明治20年の東京美術学校開校当時から上野動物園が隣接しており、古くから、学生だけでなく教員もまた、動物園の動物たちに慣れ親しみ、動物をモチーフとした作品を数多く創作してきました。動物が作品のメイン・テーマを担う場合もあれば、大きなテーマの中では気づきにくいほど小さく描かれながらも、その作品の重要な要素を担う場合もあります。芸大コレクションの収蔵品より、美術資料として蒐集した古代の動物作品から、動物園でスケッチした学生の卒業制作まで、幅広く紹介します。
この展覧会は、それぞれのコレクションをまとめた2部構成になっていますが、両方をご覧いただくことにより、芸術家の出発点ともいえる―自然から学ぶ取り組み―をいろいろな角度から感じることができるでしょう。この“コレクション展”で自然から学ぶ芸術家の眼や姿勢をお楽しみください。


「東京芸術大学大学美術館」ホームページ


とんとん・にっき-asa0 「コレクション展」

朝倉文夫―朝倉彫塑館所蔵―
小冊子

2010年4月

朝倉彫塑館編










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