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2018-01-26 22:32:55

252回_野中広務元官房長官との思い出

テーマ:ブログ

2018126日、野中広務元官房長官が死去した

 

訃報の知らせをニュースで知って野中元官房長官との「ささやかな思い出」が蘇ったのでそのことを書いてみた

 

野中さんといえば、内閣官房長官(第63代)、沖縄開発庁長官(第38代)、自由民主党幹事長などの要職を歴任した気骨ある政治家であったと思う

 

常に弱い者の味方で、都内に事務所や自宅も持たず、見返りを必ず求められるからという理由で、政治資金を集めるためのパーティも一度も開かなかった政治家である

 

選挙区の京都より、沖縄を隅々まで廻っていたと言われるほど、沖縄への寄り添う気持ちが強かった政治家でもある

 

そんな野中さんと毎週2回ほど、顔を合わせることがあった。野中さんが小渕内閣の時に官房長官をしていた時である

 

僕はその当時、東京の高輪の議員宿舎で青い制服を着て、守衛のアルバイトをしていた

 

受付に座っているだけの仕事なのだが、議員の宿舎には、政治家宛にお中元やお歳暮などが届く

 

届いた荷物を渡して受け取ったサインをもらうのも守衛の仕事であった。ちなみに、後に総理大臣になる小泉純一郎さんは高輪の宿舎で寝泊まりをしていたので、小泉さん宛ての荷物も届いた

 

小泉さんはお中元もお歳暮も一切受け取らないといわれたが、あれは本当である。小泉さん宛てに届いた荷物だけ、仕様が違っていて、荷物は本人に渡さず、全部着払いで、贈り主に返していたからだ

 

他の議員には荷物を渡すのだが、だいたいは受付に荷物を取りに来るのは、家族か秘書の人であった

 

ところが、当時、官房長官の野中さんは2000過ぎに宿舎に戻ってくるのだが、本人が受付に来てサインをする。その時に野中さんとは5cmほどの近さになる。もの凄いオーラを感じ、この時ばかりは緊張したことを覚えている

 

この守衛のアルバイトはシフトで週2回ほど入っていたので、毎週2回、野中さんと顔を合わせていたということだ

 

この守衛の仕事の面白いところは、何かしら用事を頼まれて、議員の部屋に入る機会があることである

 

部屋に入ると、僕は必ず書籍をチェックした。本棚を見ると、その人なりが分ると言われるが、僕はどの政治家がどういう本を読んでいるかを知れることが楽しみであった

 

だいたい、大きな本棚は1つか2つあり。政治や歴史の本が多く、経済を専門としている政治家は経済関係の本、社会保障の専門家は、医療や福祉の本が多かったと思う

 

当時、高輪の宿舎で寝泊まりしている議員では、野中官房長官が一番の大物であったので、どんな本を読んでいるか興味津々。僕は部屋に入る機会をうかがっていた

 

すると、その機会が来た。奥さんから、部屋の電球が切れたので替えてほしいと連絡あったので、「田宮、お前、行ってきてくれ」と職員の人から言われたのだ

 

僕は、ワクワクしながら野中さんの部屋に入った。野中さんといえば、一時は総理候補になり、陰の総理とも言われた政治家である。いったいどんな本を読んでいるのか

 

電球を替えてから、奥さんに怪しまれないように、そっと書籍を探した

 

すると何てことでしょう! 

 

予想外の結末!

 

本棚がない!

 

え、野中さんて、本、読まない人なの? 本読まなくても官房長官になれるのか?

 

拍子抜けしてしまったことを覚えている

 

まあ、本棚がないからといって、本を読まないとは限らないし、たまたま、その時、何か事情があって本棚がなかっただけかもしれない

 

いや、きっと選挙区の自宅には本棚があるのだろうと自分に言い聞かせたことを思い出す

 

すみません。大した落ちではありませが、「ささやかな思い出」なのでお許しいただきたい(笑)

 

ご冥福をお祈りいたします!

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2017-10-01 08:40:46

第251回_模倣はその他多勢から抜け出す方法

テーマ:ブログ

学ぶの、語源は真似(まね)るからくるといわれる。真似るは模倣といいかえてもいいかもしれない。この模倣こそが、その他多勢から抜け出す、唯一の方法ではなかろうか

 

模倣から独創は生まれない。誰かの真似をして、英雄、偉人になった者など歴史上一人もいないはず、と思われる方もいるかもしれない

 

しかし、その他多勢から抜け出した人物を調べると、全ては模倣から始まり、模倣によって育っている。天才と呼ばれる人こそ模倣を恐れることを知らないことが分かる

 

そして徹底的に真似して、自分なりにアレンジしたものがオリジナルとなるのだ

 

世界的な建築家となった、安藤忠雄は独学で建築を勉強し独創的な建築家になったとされる。これは彼が経済的理由で大学にいかなかったのでそう思われるのだろう

 

安藤は幼少の頃から、近代建築の巨匠、ル・コルビュジエの写真集をボロボロになるまで眺めていた。そして20代の時に4年間、世界中の建築物を見る旅に出たが、その時に特にル・コルビュジエの建築をよく観察している

 

安藤は大学で建築を学ばなかっただけの話で、ル・コルビュジエから徹底的に学んでいるのだ

 

成功した企業も同じことがいえる。世界一の小売業ウォルマートの創業者、サム・ウォルトンは「他社から学ぶことこそ成功への近道。私がやったことの大半は、他社の模倣である。私は誰よりも他社を研究した」と告白している

 

独創的な製品を世に送り続けてきた、アップルの創業者、スティーブ・ジョブズも「創造性というのはものごとを結びつけることにすぎない。過去の経験をつなぎ合わせ、新しいものを統合する作業である」という

 

いや、これはジョブズが少しかっこつけているかもしれない。マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツが、こんな面白いことを言っている

 

マイクロソフト社が、新しいOS(ウィンドウズ1.0)を発表した時、アップル社のマックに酷似していた、真似たといってよかった。ジョブズは「盗みやがって」と激怒した。しかしゲイツは平然としていた。もとを正せばジョブズがゼロックスのパロアルト研究所の先進的な成果を製品化したものだといい「ジョブズ、僕ら二人にはゼロックスというお金持ちの隣人がいた。僕がその家にテレビを盗みに入ったら、すでに君に盗まれていた。それだけのことなんだ」

 

ゲイツもジョブズも模倣の天才である(笑)

 

では、人類史上、学ぶことで成功した王者は誰であろうか?私は松下幸之助(パナソニック創業者)ではないかと思う

 

彼が学ぶのは人や企業からだけではない。石や草からも学ぶのだ。そして学ぶ心があって始めて知恵が出てくるという

 

 

「学ぶ心さえあれば、万物すべてこれわが師である。語らぬ木石、流れる雲、無心の幼児、先輩の厳しい叱責、後輩の純粋な忠言、つまりはこの広い宇宙、この人間の長い歴史、どんなに小さいことにでも、どんなに古いことにでも、宇宙の摂理、自然の理法がひそかに脈づいているのである。そしてまた、人間の尊い知恵と体験がにじんでいるのである。これらのすべてに学びたい」松下幸之助

 

 

「どんなことからも、どんな人からも、謙虚に素直に学びたい。すべてに学ぶ心があって、はじめて新しい知恵も生まれてくる。よき知恵も生まれてくる。学ぶ心が繁栄へのまず第一歩なのである」松下幸之助

 

 

 

※著作権侵害はいけません。この記事は著作権侵害を奨励するものではありません

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2017-09-06 22:34:03

第250回_ブログは人脈を開拓する最強のツール

テーマ:ブログ

昨日、東京スカイツリータウンにある郵政博物館に行ってきた。なぜ、行ったかというと、長年、郵政省(現総務省)に勤務し、この郵政博物館の館長も務めた方に会うためである

 

この元館長(現在は公益財団法人通信文化協会調査役)と会うきっかけになったのが、実はこの偉人列伝のブログである

 

私はフェイスブックで一日一回、偉人の名言を呟いているのだが、元館長は毎日、この名言を見てくれて、コメントもしてくれる方であった

 

ひょんなことから、この元館長が、私のブログを前から熱心に読んでくれていたことが最近分かったのである

 

6年前の東日本大震災があった直後に、私は後藤新平(ごとう・しんぺい)という政治家の一代記をこのブログで書いた

 

今から94年前に起こった関東大震災から、いち早く東京が復興出来たのは、この後藤という政治家のリーダシップがあったからに他ならない。後藤は日本ではこの帝都復興で名を残した政治家といっていいだろう

 

また、後藤は台湾総督府民政長官も務めた。台湾では後藤の功績をたたえ、大きな記念館も設立されている。日本人よりも台湾人の方が知っている政治家といってもいいだろう

 

後藤新平の一代記は7話にわたる大作であったが、多くの人が最後まで読んでくれている

 

【アメブロの後藤新平の記事(全7話)を一つにまとめたのが下記】

http://tamiyataku2.blog.fc2.com/blog-entry-35.html

 

 

 

この一代記は、大変反響がり、読者から下記のようなコメントを60件以上頂いた

 

 

「すばらしい話でした後藤新平のこの偉業が後世に伝えられる事は大変すばらしい事です」

 

「毎回、感銘を受けています。総理にも読んで欲しい偉人伝です」

 

「今日の記事も感動して、涙止まらなかった。ありがとうございました。次回も楽しみにしてます」

 

「後藤新平さんの名前は正直知りませんでした。お恥ずかしい。でも読みながら心が熱くなるのを感じました」

 

 

 

60件ものコメントは本当に嬉しかったのだが、昨日お会いした、郵政博物館の元館長からのメールはもっと嬉しいものであった。6年も前に書いた記事が、こんなところで役立っていたとは夢にも思わなかった

 

以下、元館長からのフェイスブックのメッセージをそのまま記す

(※一部、読者が分かりやすいように変更)

 

 

「おはようございます!まずお礼を。私は昨年から台湾旅行準備のためいろいろ資料を読み漁っていましたが、一番参考になったのが田宮さんのブログでした。お礼が遅くなり大変失礼しました!おかげさまで、併読した本などと組み合わせ、後藤新平について参加者に事前説明することができました(中略)今年3月の台湾旅行は大成功でした。旅行した2週間後に中華郵政公司の社長が来日し、来年もどうぞ、と言って帰りました。田宮さんのブログは参加者の台湾旅行の予備知識に大きな影響を与えました。帰国後盛岡に行った帰りに水沢の後藤新平記念館に寄ってきた参加者夫妻もいるくらいです!ビックリでしょう?ありがとうございました。(^_^.)」

 

 

 

岩手県の水沢にある後藤新平記念館にわざわざ立ち寄った人もいるというから驚きである。元館長も、この後藤新平の記事を書いたのが、普段フェイスブックで交流している田宮さんと分かり、相当、驚かれたようだ

 

そして、元館長から、郵政博物館でお会いしませんかとお誘いを頂いた。郵便制度の父と言われる前島密(まえじま・ひそか)の詳細資料も全て揃っているので見せてくれるというのだ。前島密のことは一度、調べようと思ったが、あまり本や資料がなく諦めたことがあった人物である

 

これはもう断る理由は何もないので、郵政博物館に行ったというのが、ことの顛末である

 

元館長との話は、後藤新平、前島密、郵便局の成り立ち、歴史、明治維新など濃密な話が5時間におよんだが、話がつきない。偉人列伝を書くにあたってのネタが満載であった

 

また、定期的に情報交換をしようということで別れた。このブログを通じて思わぬ人脈を得られたことは貴重な財産である

 

 

林元館長とツーショット

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