[ホコリ高き将軍たち]


[ホコリ高き将軍たち] ムバラク以降のエジプトの将来を占い、中東の動向を展望する前に、立ち止まって三十年間のムバラク期の評価を見ておきたい。ムバラクの業績は何か。一九五二年エジプト王制をクーデターで倒し、権力を掌握したナセルは一九五六年スエズ運河を国有化した。その後継者となったサダト大統領は、イスラエルと一九七三年に第四次中東戦争を戦い、そして一九七九年にイスラエルと平和条約を結んだ。だがムバラク大統領は何もしなかった。三十年間、権力にしがみついた。その間に腐敗が体制を浸食し、貧富の格差がエジプト社会を引き裂いた。しかも民主的な政治プロセスを秘密警察が凍結していたので、エジプトの民主化への歩みは長い空白を経験した。こうした評価が一般的であろうか。


あえてムバラクのために論じれば、イスラエルとの間の平和条約を維持し、エジプト国民を三十年にわたり戦争の惨禍から守った。しかしながら、これとてもサダトの路線の踏襲であり、ムバラクの手腕によるものではないとの反論にさらされるだろう。


さてエジプトの将来である。ムバラク辞任後に権力を掌握したのは、軍の幹部が構成する最高軍事評議会である。軍事評議会は、六ヵ月後の議会選挙と、その六十日後の大統領選挙を約している。しかし、軍の幹部はムバラク体制下で最も潤った人々だ。軍は多くの企業を保有しており、幹部は企業の経営者として天下ることで甘い生活が保障されている。エジプトの議会には軍の予算を審議する権限は与えられていないし、メディアは軍に関しては報道しない。軍はエジプトにおける聖域でありブラック・ボックスである。報道はされないが、腐敗の噂も絶えない。叩けばホコリの出る人々ではないだろうか。こうしたホコリ高き将軍たちに民主化が進められるだろうか。エジプトの真の民主化までには、まだまだ一山も二山もあるだろう。


>>次回 につづく


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