ぬるま湯に浸かった状態

城巡りを中心にしたブログです。
『ぬるい』ので入られる方はご注意ください。

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大坂城レポ第3弾です。その2左矢印からリンクしています。

 

 

現存物(移築含む)は青、再現物(模擬含む)は紫、跡地(櫓跡、門跡など)は緑、その他の見所(遺構)はピンクの其々太字にしています。

 

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姫門跡から一瞬、本丸に侵入します。入るとすぐ復興天守が乗る天守台ですが、目の前に立ちはだかります。江戸城には負けますが、かなり巨大です。流石はと感じずにはいられません。
大坂城 天守台

 建物が乗っている天守台を上げるのは久々ですね。

 

 

天守台の隅部。見事な算木積ですなぁ~。
大坂城 天守代

 石が途中で割れているのが気になりますが…。

 

 

この天守台の脇に天守脇仕切門跡の石垣が残存しています。ちなみにこちらが表側で、石狭間が僅かに見えますけど…見えるかなぁ~はてなマーク それにしても見事な切込接の石垣ですな。
大坂城 本丸脇仕切門跡

 もう芸術ですな。

 

 

さて本丸を探索…はせず、再び二の丸へ向かいます。その通過路で塗りつぶしとなりますが、山里丸虎口に。山里門の礎石を見たり…。
大坂城 山里門礎石

 最近、礎石を見るのが楽しいニコニコ

 

 

枡形内の切込接の素晴らしさに感心していました。
大坂城 山里丸虎口

 巨石が各所に散りばめられていますね。

 

 

この虎口を出て、極楽橋を渡ろうとすると、屋根が金ぴかの御座船が佇んでいました。この船…観光船か何かはてなマーク
大坂城 御座船

 でも、なんで岸から離れているのはてなマーク

 

 

復興天守に浮かぶ御座船。絵になりますなぁ~。
大坂城 復興天守

 もう少し明るければ…と思いますけどね。

 

 

二の丸を西に歩いて行くと、ここにも仕切門の石垣がありました。この石垣にも雁木が見られます。
大坂城 仕切門跡

 こんな所でも切込接だわ。

 

 

古図や縄張図などを見ると、ここは喰違いになっていたようですよ。
大坂城 仕切門石垣

 反対側の石垣はなくなっていますが…。

 

 

歩いていると内堀沿いに暗渠を発見ビックリマーク
大坂城 暗渠

 ただ角度が悪いですね。

 

 

横矢が掛かりまくった本丸石垣と復興天守。鉄壁の城という雰囲気を十分に感じずにはいられない絵ですね。
大坂城 復興天守

 内堀の広さも判る絵でもあります。

 

 

二の丸の北隅にやってきました。写真は載せていませんが、二の丸の石垣の背後は土塁になっていますが、この北隅のみ石垣になっています。この石垣上には伏見櫓が乗っていました。伏見櫓という名前だけで優美な櫓だったのではと、江戸城、そして福山城の現存している伏見櫓で想像せずにはいられません。
大坂城 伏見櫓跡

 雁木で登って行った訳ですね。

 
大坂城 伏見櫓説明

 説明

 

 

先程書けなかった二の丸の土塁です。城内が土塁というのは常套手段ではありますよね。
大坂城 二の丸土塁

 今でも石垣の城で土塁を見るのは嬉しいです。

 

 

ここから南に歩いていきます。で、少し期待していた二の丸と西の丸の仕切門を見たかったのですが…残念ながら工事中ガーン 仕方ないので、京橋口の枡形に向かいます。枡形に入る前に雁木を発見。この城は雁木マニア垂涎の城でもありますね。
大坂城 雁木

 かなり改変されていますけどね。

 

 

京橋口の枡形は今までの枡形以上に巨石を利用しています。この巨石は江戸城の比ではありません。
大坂城 京橋口枡形

 讃岐の島々の石もここで使われているのでしょう。

 

 

この京橋口枡形内で最大の石が肥後石です。加藤清正が運んできたと伝わるから肥後石という名前です。時代的には非常にオカシイのですがあせる
大坂城 肥後石

 これでも城内No.2な訳で…。

 
大坂城 巨石説明

 説明

 

 

枡形内には当たりませのように、雁木石狭間が。
大坂城 京橋口雁木

 お約束のようですね。

 

 

京橋門。こちらは渡櫓門だったハズです。
大坂城 京橋門跡

 ここは車も入れるようになっています。

 

 

そして外側は二の門である高麗門があったと思われます。
大坂城 京橋門跡

 枡形内を撮ろうとしている図でもあります。

 

 

京橋口を出て、一旦現在の城域を去ります。
大坂城 京橋門跡

 この構図だけでも、鉄壁と感じますよね。

 

 

その3はここまで。その4に続きますm(_ _)m

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大坂城レポ第2弾になります。その1左矢印からリンクしています。

 

 

現存物(移築含む)は青、再現物(模擬含む)は紫、跡地(櫓跡、門跡など)は緑、その他の見所(遺構)はピンクの其々太字にしています。

 

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山里丸に入りました。山里丸(曲輪)と言えば、風流な曲輪という認識があります。豊臣時代はそうだったようですが、しかし徳川時代は建物が一杯建っていたようですね。ここで失態。山里丸の全景を撮っていない…。
大坂城 山里丸説明

 
大坂城 山里丸説明

 という事で説明だけでご勘弁をm(_ _)m

 

 

刻印マニアの方、お待たせしました。この山里丸には刻印石が展示されています。ただ、僕がそこまで刻印には萌えないので、数点だけの写真ですが、ご堪能下さいまし。
大坂城 刻印

 
大坂城 刻印

 
大坂城 刻印

 でも以前、刻印マニアと言ったような気もしますが…。

 

 

刻印石が多く展示されている場所から山里口門跡を望みます。山里丸の虎口もそうでしたが、スロープが設置され、観光地という感じを受けますね。非常に素晴らしい事だと思います。
大坂城 山里口門跡

 坂虎口となっていますね。

 

 

スロープを登っていきますが、途中で振り返って、北ノ手櫓跡を見ます。
大坂城 鉄砲方預櫓跡

 横矢が掛かっているポジションです。

 

 

再び、山里口門跡を。
大坂城 山里門跡

 奥に見えるのが…。

 

 

姫門跡になります。ここも山里口門が高麗門で、姫門が櫓門だったのでしょう。
大坂城 姫門跡

 この辺りにも人がいらっしゃいました。

 

 

この山里口門と姫門で外枡形を形成しています。この枡形空間はかなり攻撃的で枡形の三方に雁木があり、石狭間が狙い撃ちできるようになっています。
大坂城 山里口

 この絵はかなり壮観だと思います。

 
大坂城 山里口説明

 説明

 

 

上の説明にもあるように、この枡形の西には埋門跡があります。
大坂城 埋門跡

 まさに埋門があったと言わんばかりの状況です。

 

 

埋門跡の礎石も残っていました。
大坂城 埋門跡礎石

 礎石は案外撮っているような気がしますね。

 

 

そして隠門を超えると、さこには隠し曲輪が存在します。硝煙蔵があった時期もあったようですが、名前の通り隠れるには持って来いの伏兵曲輪と言えるでしょうね。
大坂城 隠し曲輪

 大きくない曲輪です。

 
大坂城 隠曲輪説明

 説明

 

 

この隠し曲輪の真上、横矢が掛かった場所。まさに櫓台スポットですが、ここに埋門向櫓跡が乗っていたようです。この櫓台は見事な算木積になっていますよ。
大坂城 具足方預櫓跡

 教科書のような算木積です。

 

 

さて隠曲輪の南側に行ってみると、本丸西面の高石垣と櫓跡を観察できます。まずは櫓台スポットの定石からは外れていますが、写真の中心の石垣の高さが変わる場所に御成門之内櫓があったようです。
大坂城 弓方預櫓跡

 石垣の高い方にあったようです。

 

 

そしてさらに奥にあるのが数寄屋前櫓跡です。
大坂城 具足方預方菱櫓跡

 櫓名は週刊日本の城を参照しています。

 

 

上の写真でも解りますが、数寄屋前櫓跡あたりから内堀水堀から空堀に変貌しています。
大坂城 内堀

 この絵は本丸の石垣の高さを感じさせますね。

 

 

再び、刻印マニアの方々お待たせいたしました。この隠し曲輪にも刻印が見られます。しかも本丸石垣に刻んでありますよ。
大坂城 刻印

 
大坂城 刻印

 
大坂城 刻印

 刻印マニアの方々、堪能頂けましたかはてなマーク

 

 

その2はここまで。その3に続きますm(_ _)m

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やはり、年末の城巡りの余熱というのは続くものです。昨年も年始に念願の天霧城を登ったりしましたが、今年も小さな城を2つ行ったり、少し時間が経ちましたが、大阪出張にかこつけて、巨大な城に行ってきました。これは江戸城の巨大さに触発されたとの原因ですね。しかも改修中の門まどの無料開放もありましたし。大阪出張、巨大というキーワードがあれば、大坂城というのは言わずとも判ると思いますが…。

 

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現存物(移築含む)は青、再現物(模擬含む)は紫、跡地(櫓跡、門跡など)は緑、その他の見所(遺構)はピンクの其々太字にしています。

 

 
大坂城 鳥瞰図

 鳥瞰図

 
大坂城 案内図

 案内図

 
大坂城 建物配置図

 建物配置図

 
大坂城 説明

 説明

 
大坂城 古写真

 古写真

 

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早朝のJR大阪城公園駅。人気が殆どない。そりゃ当たり前。まだ日の出の時間ではないから。それでも散歩する方々は数人ほどいらっしゃいます。そんな方に交じり、外堀沿いを歩きながら、二の丸の石垣をちょろちょろ見ながら歩いて行きます。
大坂城 外堀 二の丸石垣

 こんな薄暗いうちから動くって…重症ですなべーっだ!

 

 

僕がまず向かったのが青屋口。恐らく目の前の石垣の間には高麗門があったものと思われます。
大坂城 青屋口高麗門跡

 散歩している方が不審者扱いのような視線を送っていました。

 

 

そしてその奥にあるのが櫓門である青屋門が存在します。ここでも、マダム達が散歩していたので、なかなか写真を撮る事ができませんでしたあせる
大坂城 青屋門

 先が思いやれますダウン

 
大坂城 青屋門説明

 説明

 

 

この大坂城の鬼門にあたる青屋口。この城の殆どの虎口が内枡形門なのですが、ここは出枡形となっています。
大坂城 青屋口

 マダムが枡形から出ていく図ではありませんあせる

 

 

青屋門を潜り、二の丸に入ります。そこから見えるのは本丸の高い石垣です。日本一高い石垣はこの辺りの事のようです。そんな高い石垣の前に内堀があるのですが、もう攻め手目線から考えるとたまったもんじゃありませんよね。
大坂城

 太陽が照ってきました。

 

 

ここの石垣は横矢が掛かっているのがイイですね。ちなみ目の前の隅部には糒櫓が乗っていたそうです。
大坂城 糒櫓跡

 この上に三重櫓とか、圧迫感ありまくりだったでしょうね。

 

 

低い石垣の隅部は東菱櫓跡になります。
大坂城 菱櫓跡

 菱型の櫓だった訳ですね。

 

 

極楽橋。考えたら凄い名前の橋ですが、そんな凄い名前の橋が大坂城に存在します。ちなみに極楽橋は今はあまり目だない普通の橋ですが、豊臣時代には豪華な屋根付きの橋だったようで、滋賀県の竹生島の宝厳寺唐門がその生き残りと言われています。
大坂城 極楽橋

 背後に復興天守が写る絵になります。

 

 

極楽橋を渡ると山里丸の虎口になります。ここは内枡形となっています。そして橋を渡り切った場所には恒例行事のような高麗門があったようです。
大坂城 山里曲輪虎口

 青屋口より小さな枡形です。

 

 

そして左に折れると、櫓門だった山里門があったようです。
大坂城 山里門跡

 ただ間口は狭い門だったようです。

 

 

おっと刻印を発見ビックリマーク
大坂城 刻印

 刻印マニアの方、次回お楽しみにビックリマーク

 

 

枡形内には雁木もありますし、登り切った場所には石狭間も確認できます。
大坂城 雁木

 江戸城にもこの構図が多用されてました。

 

 

見ていてお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、先程の青屋口の枡形とは違い、この枡形は巨石を使った切込接の石垣になっています。
大坂城 山里曲輪虎口

 さすがは『徳川の城』です。

 

 

その1はここまで。その2に続きますm(_ _)m

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