「気分安定化薬」  の続き



■精神療法


だけど精神療法が大事なんです。

双極性障害を境界例状態に作り上げるためのいちばん手軽な方法は、抗不安薬を多種多様に出すことです、継続的に、ね。


それからもう1つは内省精神療法をやることです。内省精神療法がよくされてるんですよ。やると、患者さんが治療に熱心でしょ。だから「ちょっとしてみようかね」と思ってやると、一生懸命に向こうもついてきますから、どんどんやって、どんどん悪くなります。


それはなぜか。内省精神療法には向かない資質だからです。笠原嘉先生がまだ30代の頃、私が医者になったばかりの頃に、笠原先生たちがこうおっしゃっていました。「躁うつ病は分裂病よりもずっと自閉的だ」と、「ちっとも内省が深まらない」と、言ってたんです。そのときの笠原先生たちがとらえていた現象は正しいんです。不得意なんです、内省が。自閉的なんじゃないんですよ、全然。不得意なだけ。


かといって、双極性障害の人たちは自分の内側をフィールすることが不得意ではないんです。感知して、言語をくっつけて抽出することが下手なんです。向かないんです。フィールしたらそれを行動に結びつけることが、その人たちに適切な生き方なんです、ね。


だから「私はこの人に会ったら、なんか不愉快な気持ちになるな」とか、言葉にするのは不得意なんです。「もう、あっちに行こう」と、あっちに行くのが得意なんです。わかりますか。


それを後で「あなたはあっちに行ったのはどうしてですか?」「そうですね。なんだかあまり気が進まなかったもんですから」「あなたはそのとき不愉快感を感じたんではありませんか?よく考えてみて。不愉快だったでしょ」なんてやってると、だんだんおかしくなるんです(会場笑)。


双極性障害を持っている人は、自分をそういうふうに言語化するような形で観察してはいけないんです。だけど他者を観察する、他者の心を観察したり、推量したりして言語化するのは得意なんです。


この能力は診断のときにも役立ちます。境界例状態で来院した人に、他者の心理を観察・推量させると、実に的確な描写を話してくれて、こちらがびっくりするほどです。自己の内側の描写の下手さとの差の大きさ。これが本物の境界例との鑑別に役立ちます。


だから精神療法をやってもいいから、その人たちの、他者を観察し、他者に対してどう適応したり、操作したりしていくか、という行動について相談を受け、助言する作業の精神療法をする。


だけど、「そのとき、あなたは何をどう感じたんですか」とかいうような、自分の内側に目を向けるようなことをさせると、向かないことをさせますので、だんだんおかしくなります。


私は精神療法に凝っていた頃に、ずいぶんそれでみんなを悪くしたなぁと思って、申し訳なく、なつかしく思い出します。


外を見て、フィーリングを言語に結びつけないで、すっと動くということはとても自然なことです。犬でもしています。人間はいちいちそこに言葉を入れるから、ぎくしゃくしておかしくなるでしょ。


で、言葉が巧みな人は、どうも人間関係がうまくいかないでしょ。内側で言語化する分、タイミングがずれるからです。フィーリングで動いている人は人間関係がうまくいくんです。


双極性障害の人は、社会的に人間関係の中でいきていく能力は、内省して言語化できる人よりもずっと優れてます。だから商売人として優れてるんです。商売人というのは、ファーストフードのお店で「いらっしゃいませ」とか言うのでもいいんです、ラーメン屋でもいいし、いっぱいありますよ。看護職でも介護でも、人に対するサービスをする仕事には絶対向いています。


内省をしなくて、人にいいサービスをして、そして自分のサービスによって、人がにこにこしたりすると自分もハッピーになる、というような人生を送るように指導してあげること。これが双極性障害の人の精神療法のコツです。


この間ね、面白かった。「どうしてもホステスになる」と言って聞かない人がいたの。「ホステスがいっちゃんいい」って言って。で、見たらちょっと美人だったし。だけどお母さんがね、「ホステスになったりしたら、転落の道をたどるんじゃないだろうか」と。お母さんの方から気質を受け継いでなくて、お父さんから受け継いでるもんだから、お母さんが心配してた。


それで私が「あなたはどう見ても、男にだまされるような体質や気質じゃなくて、男をだますような気質のように思うが、どうですか?」って言ったら、ものすごく本人が喜んだんです。やっぱり、自分をわかってくれる人というのはうれしいんです。「そうですよぅ」って言って、そしてホステスの道に行ったら、あっという間にチェーン店を任せられて、部下を5人つけてもらったの。


そして私はリチウム出してたの。そしたら、自分の部下の中にしょっちゅう手を切る人がいて、それを観察してたら、そこが双極性障害の人ですね、じっと観察してたら、いい時期もあって、またうつになって不安定になったりするから、「これはやっぱり自分と同じ病気じゃないかな」と思って、そこからがまた、この手の人なの。自分が神田橋先生からもらっているリチウムを何日か飲ませたら(会場笑)、だいぶ安定したというんで、連れてきました。連れてきたから今、2人とも、私がリチウム出しています。


今まで手を切っていた部下を、手を切ったりせんように、自分がしてやることができた。そしてその部下がとても感謝して、店長を慕ってくるから、幸せなの。


そういうのが、つまり人に何かをしてあげて、自分が何かをしてあげたために人が少しでも幸せになれて、それで自分がうれしい、というのが、双極性障害の人の精神療法の目標です。そういう方向に進むように仕向けてあげることが、いちばんの精神療法で、内省をさせるのがいちばん悪い精神療法。反省させて、自分の中のよくない部分を見つける内省が最悪です。いじめ体験をフラッシュバックさせたり、リストカットさせたりするようになります。そう考えてやってください。


(つづく)







◎ この一連の記事はすべて神田橋先生の了承を得て載せています。