2015年10月5日に「最終合意」に達したとの閣僚声明を、日本では「大筋合意」と報道され、その言葉を真に受けた方々がまだ最終決定ではないようにデマに近い情報を拡散していました。ある意味で、この大筋合意という情報は、TPPに関心を持つ国内の方々の油断を助長させ、その後の11月5日発表の協定条文(英文)発表後も条文解読の意欲を減退させました。民主党を中心とする野党勢力、TPP反対運動団体など、「日本語がどうして正文ではないのか」「日本語テキストを早く開示せよ」という要求を出し、自ら解読する努力を怠っていたのではないかと思わせました。


まつだよしこさん 2016年1月7日
「大筋合意のデマ」
http://asread.info/archives/2920


2015年10月5日 閣僚声明
ニュージーランド外交貿易省、USTRのHPに「成功裏に妥結」と掲載
We, the trade ministers of Australia, Brunei Darussalam, Canada, Chile, Japan, Malaysia, Mexico, New Zealand, Peru, Singapore, United States, and Vietnam, are pleased to announce that we have successfully concluded the Trans-Pacific Partnership.
https://tpp.mfat.govt.nz/assets/docs/TPP%20Ministers%20statement.pdf
https://ustr.gov/about-us/policy-offices/press-office/press-releases/2015/october/trans-pacific-partnership-ministers

TPP政府対策本部HP(日本語)
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/10/151005_tpp_atlanta-statement.pdf


その後、日本政府は、2016年1月7日に協定条文の暫定仮訳を発表、誤記訂正や条項番号の整理などリーガルスクラブを終了し、「正式条文」英文を1月26日、仮訳を2月2日に公表、2月4日にNZで署名を行いました。

昨年11月5日のTPP協定条文公表後も、まともに条文を読む方が少なく、条文とかけ離れた言動をされていました。


堤未果氏の「大筋合意」と医療問題に関する認識
http://ameblo.jp/study-houkoku/entry-12103854659.html
民主党・徳永エリ議員の不勉強(2015年11月11日参議院予算委員会)
http://ameblo.jp/study-houkoku/entry-12100758645.html


一方、一部の団体は、英文条文発表直後まもなく正確な議論をしています。
例えば、著作権分科会のメンバーが2015年11月11日に、正しい条文解釈を行って、審議しています。その審議結果を、2016年3月提出の関連法案に反映させています。それを知らない民主党の緒方議員、玉木議員、福島議員が2月の衆院予算委員会で的外れな質問を行っていたのです。

文化審議会著作権分科会 法制・基本問題小委員会(第7回)
2015年11月11日会議録
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoki/h27_07/

山田正彦元農相を中心とするグループが、市民団体による分析報告「TPP協定の全体像と問題点」初版を発表したのは2016年1月下旬(現在は3月16日発行の3版、発行元PARC)でした。内容的には、条文そのものの解釈は少なく、多くはTPP政府対策本部が発表した「概要」をベースにしています。

この資料の「政府調達」章に関わる解説は、WTO政府調達協定の認識の誤りがあり、TPP協定での政府調達の基本的解釈を間違えています。(山田元農相の誤解につながります)
http://www.parc-jp.org/teigen/2016/TPPtextanalysis_ver.3.pdf


筆者も昨年10月5日以降、政府発表資料を参考にしてきましたが、「概要」は、省略と意訳が多く、明確な理解を得られないので、11月5日以降は英文条文を読んでいました。


そして、2月の衆院予算委員会で、民主党の緒方議員、玉木議員、福島議員などが、TPP協定条文の一部(著作権侵害賠償とISDS)を切り取って執拗に担当大臣を攻めていました。さらに、3月31日民進党は「TPP交渉過程解明チーム」を設立し、交渉過程の非公開資料を何でも良いから出せと政府に要求し、政府は交渉国の守秘義務を守るため黒塗りの資料を出しました。この黒塗りでは審議できないとして、民進党は退場しました。

本来、契約書である「協定条文」の審議を行うべきですが、民進党は本質的な議論を避けたと言わざるを得ません。昨年11月5日英文条文発表から5ヶ月もまともに条文を読んでいないように感じられます。(昨年11月の参院予算委員会および今年2月の衆院予算委員会での質問も本筋から乖離しています。)

4月7日8日衆院TPP特別委員会 緒方議員質問
http://ameblo.jp/study-houkoku/entry-12148693096.html
民進党TPP交渉過程解明チーム・メンバー
http://ameblo.jp/study-houkoku/entry-12153575267.html


おおさか維新の足立議員がこの黒塗り資料の顛末を解説しています。
4月7日衆院総務委員会での質問
http://adachiyasushi.jp/?p=6108
動画17分以降
https://www.youtube.com/watch?v=_fECL59xjDw


要するに、TPP推進の民主党政権(上記民進党解明チーム・メンバー投稿記事)が崩壊し、再度多数派になるためには、本来の理念・政策はどうでも良く、現与党を攻める口実であれば、何でもよいことになること示しました。(野田総理が解散する前提として消費税増税を提起しそれを守った現政権に対しても、増税反対を訴えています。)


5月26日共同通信
民進、政権公約にTPP反対明記 夏の参院選
http://this.kiji.is/108411341668925443


さて、国会外では、TPP反対運動家および団体がTPP協定について意見表明をしています。その内容も不正確さが目立ちます。先ず、議論する対象として、TPP協定条文と附属書、サイドレター(以下まとめて協定書と言います)と各国の公式発表資料です。1月26日の協定書発表、2月4日の署名式声明の後、5月18日発表の米国の国際貿易委員会(ITC)によるTPPの米国に及ぼす影響評価報告書を対象にすべきと思います。

協定書とITC報告書に関して、不正確な理解あるいは誤解に基づく発言が目立ちます。


「山田元農相」(TPP交渉差止・違憲訴訟の会)

Ⅰ.TPP環境章の解釈(漁業助成金)

山田正彦ブログ2016年5月18日(Facebookにも同文投稿)
「TPPで漁業が危ない」
http://ameblo.jp/yamada-masahiko/entry-12161518396.html
「TPP協定環境の章、20第16条に海における捕獲漁業として規定されていました。」
「それによると、政府は、これまでの様に漁船の建造、修理資金、漁港施設の補修、燃費が高騰した時の助成金は出せなくなります。16条6項で過剰な漁獲には一切の漁業補助金は禁止されていて、過剰な漁獲とは最大の持続生産量を維持出来る水準とあります。」


山田先生の上記投稿について、筆者の理解を紹介します。


TPP協定の環境章第20.16条は、漁業資源の濫獲を防止し持続可能な資源管理を行うことを目的とし、国際協定や慣習に違反するIUU漁業を行っている漁船への助成金を禁止したもので、国際的なルールに従って漁業を行っている漁船を対象としていません。そして、適用するルールは、国連条約と国際連合食糧農業機関(FAO)行動計画によると書かれ、TPP協定第20.16条の6では、濫獲につながる助成金の交付5の(a)を禁止したものです。


TPP政府対策本部の訳文条文より抜粋(一部分かり易い表現に意訳)

環境章 第20.16条 海洋における捕獲漁業

1.乱獲、違法業業・無報告・規制のない漁業(IUU漁業)に対し漁業の保存と持続可能な管理の措置を行うこと。

2.不十分な漁業管理と乱獲とIUU業業につながる漁業助成金が貿易、開発、環境に著しい悪影響を及ぼすことを認識し、乱獲の問題と持続可能でない漁業資源の利用の問題に対処するため、個々及び共同の行動が必要であることを認める。
(助成金の原文)
fisheries subsidies that contribute to overfishing and overcapacity,and illegal, unreported and unregulated (IUU) fishing

(IUU漁業の定義:2001年ローマで採択されたFAO「IUU漁業に関する行動計画」)


3.海洋における野生の捕獲漁業を規制する漁業管理のための制度の立案と運用
(a)濫獲及び過剰な漁獲能力の防止
(b)非漁獲対象種及び稚魚の混獲の減少(混獲をもたらす漁具の規制及び混獲が生ずるおそれがある区域における漁獲の規制によるものを含む。)
(c)濫獲された資源の回復の促進の漁業管理の制度は、科学的証拠および国際的に認められた文書によること。
 海洋法に関する国際連合条約(排他的経済水域の内外に存在する魚類資源、高度回遊性魚類資源)
 FAO行動規範(保存・管理のための公海上での遵守、IUU漁業に関する行動計画)

4.さめ類、うみがめ類、海鳥及び海産哺乳動物の長期的な保存の促進
(a)フカヒレのみ採取の禁止(finning prohibitions)
(b)うみがめ類、海鳥及び海産哺乳動物について、混獲の防ぐ手段、保存・管理の措置


5.締約国は、濫獲及び過剰な漁獲能力を防止し、並びに濫獲された資源の回復を促進するために立案される漁業管理のための制度の実施には、濫獲及び過剰な漁獲能力に寄与する全ての補助金の規制、削減及び最終的な撤廃を含めなければならないことを認める。このため、いずれの締約国も、補助金及び相殺措置に関する協定第一条1に規定する補助金(注)であって、補助金及び相殺措置に関する協定第二条に規定する特定性を有するもののうち次のものを交付し、又は維持してはならない。
(a)漁獲に対する補助金であって、濫獲された状態にある魚類資源に悪影響を及ぼすもの
(b)漁船の旗国又は関連地域漁業管理機関或いは取り決めが、国際法に従いIUU漁業を行うものとして一覧表に掲載している漁船に対し、その掲載が行われている間に交付される補助金


6.締約国によりこの協定が当該締約国について効力を生ずる日の前に設けられた補助金制度であって、5の(a)規定に適合しないものについては、できる限り速やかに、かつ、この協定が当該締約国について効力を生ずる日から三年以内(注)に、5(a)の規定に適合させる。
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/pdf/text_yakubun/160308_yakubun_20.pdf


政府の説明資料
Q&A Q5.日本の漁業補助金が制約を受けるのではないでしょうか。
A.TPP協定では、濫獲された状態にある漁業資源に悪影響を及ぼす補助金や違法な漁業に交付される補助金などに限って禁止されています。持続的な漁業の発展や震災復興のために必要な我が国の補助金は引き続き交付することができます。
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/qanda/index.html#q05


Ⅱ.TPP政府調達章の解釈

山田正彦ブログ2016年5月20日(Facebookにも同文投稿)
「TPPで変わる土木建築業界」
http://ameblo.jp/yamada-masahiko/entry-12162236812.html

「第15章公共調達の章では、政府、地方自治体の道路、橋等の公共事業も、いずれ外資企業にも平等に競争入札しなければなりません。市町村も英語と自国語で入札手続をしなければ゙ならなくなります。」


山田先生の指摘は政府調達における公示に使用する言語の問題ですが、WTO協定の政府調達を踏まえていないように感じられます。

問題のTPP協定の政府調達の表記は下記の箇所で、原文も訳文も理解に苦しむところがありますが、WTO協定を踏まえて読み直しますと、締約国の公用語(日本の場合日本語)以外の「言語又は複数の言語」を使っても良いと、理解できます。そして
、「the language or languages」がどの言語を意味するのか考えて見ますとTPP締約国の共通の言語、即ちTPP協定条文の正文として定義されている英語、スペイン語、フランス語であると考えられます


TPP協定・政府資料への入り口
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/index.html

政府調達第15.7条3(f)
訳文
入札書又は参加申請書の作成に用いることが出来る言語(調達機関の属する締約国の公用語以外の言語で提出することが可能な場合に限る)
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/pdf/text_yakubun/160308_yakubun_15-1.pdf

英文
the language or languages in which tenders or requests for participation may be submitted, if other than an official language of the Party of the procuring entity
https://www.mfat.govt.nz/assets/_securedfiles/Trans-Pacific-Partnership/Text/15.-Government-Procurement.pdf


この文章は、下記WTO協定(改正議定書)に全く同じ表現があります。つまり、TPP協定はWTO協定のコピーであることが分かります。(WTO協定条文参照)


TPP協定 第30.8条 正文
この協定は、英語、スペイン語及びフランス語をひとしく正文とする。
これらの本文の間に相違がある場合には、英語の本文による。
TPP協定
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/pdf/text_yakubun/160308_yakubun_30.pdf

WTO協定
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000030480.pdf


具体的には下記の資料で「英語」を用いることを努力目標としています。


内閣府の「TPP協定の章ごとの内容」
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/tpp_kyoutei.html

(15)政府調達 の条文の概要「PDF;89KB」
○調達計画の公示(第15.7条)
 調達機関は、対象調達ごとに、附属書に掲げる適当な紙面又は電子的手段により調達計画の公示をおこなうこと。締約国は、調達計画の公示に
英語を用いるよう務めること等を規定。


WTO協定とTPP協定の違い


日本での政府調達は、WTOの「1994年協定」「2012年改定議定書(2014年4月17日効力発生)」を批准し、中央政府、地方政府(都道府県、政令都市)の調達を解放しています。このWTO協定では、自国語と公用語(英語、フランス語、スペイン語のどれか、日本政府は英語を選択)で調達に関する公示を行うとされています

昨年10月に合意されたTPP協定では、その他の手続きもWTO協定を踏襲することになっています。TPP協定とWTO協定の異なる項目は、「地方政府」の扱いです。


TPP政府対策本部 Q&A
Q12.
地方公共団体の公共事業に外国企業が参入してくるのですか。地方公共団体の基準額等について、3年後に再交渉され、今後更に開放が進むのでしょうか。 


A.TPP協定の政府調達章の我が国の約束内容は、現行の国内の調達制度を変更するものではなく、政令指定都市以外の市町村等、新たな市場を外国企業に開放することを約束するものではありません。そのため、TPP協定により外国企業が現状よりさらに我が国の公共事業に参入しやすくなるわけではありません。
 また、
TPP協定では、州などの地方政府の調達を開放していない国(アメリカ、メキシコ、マレーシア、ベトナム、ニュージーランド)に対しては、日本の地方公共団体(都道府県及び政令指定都市)の調達の開放についても約束をしていません。 なお、政府調達については、TPP協定発効後3年以内に適用範囲を拡大するための交渉を開始する規定が設けられています。しかしながら、この規定は、地方政府をTPP協定の政府調達章の適用対象としていない国の適用範囲の拡大を意図して提案したものです。我が国は、TPP交渉参加国の中では政府調達に関して十分な市場開放を達成していることから、我が国が更に適用範囲の拡大を求められる可能性は低いものと考えられます。
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/qanda/index.html#q12


TPP条文
附属書15-A 日本国の表
第B節 地方政府の機関
2368ページ
マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、アメリカ合衆国及びベトナムに関し、第十五章(政府調達)の規定は、この節に掲げる機関による調達については、適用しない
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/pdf/text_yakubun/160308_yakubun_15-2.pdf


山田先生は上記「附属書15-A」をご覧になっていないことが明らかです。


「WTO・政府調達協定」


政府調達については、日本も含めWTO加盟国が協定に署名し施行されています。
下記外務省の説明の概要で
「改正議定書が2012年3月30日に採択され、2014年4月6日に発効した。日本国は2014年3月17日に受諾し同年4月17日に効力が生じた、この改正議定書の発効によって、締約国の政府調達市場が更に開放されることとなります。 
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/wto/chotatu.html


「WTO1994年政府調達協定」
第七条 公示
3 調達機関は、各調達計画について、調達計画の公示と同時に、世界貿易機関のいずれかの公用語で、公示の概要を容易に閲覧することができる方法で公表する。

「WTO政府調達・改正議定書」
第七条 公示
2(i)入札書又は参加申請書の作成に用いることができる言語(調達機関の属する締約国の公用語以外の言語で提出することが可能な場合に限る。)


「WTO1994年政府調達協定」
第二十四条 最終規定
15 登録
千九百九十四年四月十五日にマラケシュで、この協定の附属書に関して別段の定めがある場合を除くほか、ひとしく正文である英語、フランス語及びスペイン語により本書一通を作成した。

WTO公用語は、英語、フランス語、スペイン語
The three official languages of the WTO are English, French and Spanish.
http://www.wto.org/english/thewto_e/whatis_e/wto_dg_stat_e.htm


外務省 Q&A

Q.6 入札に関する情報はどのように入手できますか
「調達する物品又はサービスの名称及び数量、入札期日並びに契約担当者の氏名及びその所属する部局名はWTO公用語の一つである英語で記載されます」

http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000037387.pdf


上記、市民団体による分析報告「TPP協定の全体像と問題点」の「政府調達」章’74ページ)の分析において、WTO協定の理解が初めから誤っていることに気が付くでしょう。
「1 あらまし
去る2月調印されたTPPの「政府調達」章は、一見地味な定めである。そのモデルはすでに1981年に発効したGPA(政府調達協定)に由来する。しかしながら現在、GPA(2012年バージョン)への加入国がWTO(162カ国)の中の17カ国でストップしていることが物語るように、政府調達は「トゲ」を内包する。」


山田先生は、「米国の悪名高いベクテル社等は、工事を安く請けて、ベトナム人労働者を連れてきて工事させることも考えられます。」と投稿されていますが、結論的には、地方政府を対象としないアメリカ、メキシコ、マレーシア、ベトナム、ニュージーランドの5ヶ国には、日本の地方政府への応札を認めていません。このTPP協定を額面通り解釈しますと、米国籍のベクテル社は中央政府の調達に応札できても、都道府県と政令都市及び市町村の調達には応札できないことになります。


昨年11月5日、TPP英文テキストが発表されてすぐこの政府調達問題を調査し、TPP政府対策本部のQ&Aにも書かれていることを確認しています。
「政府調達の相互主義」2015年11月7日
http://ameblo.jp/study-houkoku/entry-12092948105.html


なお、日本政府と事業者は、技能実習という名目でベトナム人等外国人労働者を既に引き入れ社会的問題になりつつあります。TPP協定とは関係なく既に進行しているのです。詳しくは下記に。

「外国人労働者と移民民労働者」
http://ameblo.jp/study-houkoku/entry-12139588566.html


技能実習制度に対する米国の懸念

毎年6月1日に発表を義務付けられている米国務省の「人身売買報告書」が、TPPハワイ閣僚会合(2015年7月28日~31日)の直前の7月27日に発表されました。マレーシアがTier3の最低ランクにあり、6月29日成立のTPA法に挿入されたメネンデス修正案によりマレーシアがTPP交渉から排除されることになるはずだったのですが、主なエビデンスもなく、米国務省はTier2にグレードアップして、ハワイ会合にマレーシアが参加することを許しました。このメネンデス修正案は、その後成立した税関授権法(2016年2月24日施行)に、昨年7月の国務省の行為を追認する条項を書き入れ緩和しました。
この人身売買報告書の日本に関する報告に「技能実習制度」が強制労働に相当すると指摘しています。


在日米国大使館訳
2015年人身売買報告書(日本に関する部分)
強制労働の事案は、政府が運営するTITPにおいて発生している。この制度は本来、外国人労働者の基本的な産業上の技能・技術を育成することを目的としていたが、むしろ臨時労働者事業となった。「実習」期間中、多くの移住労働者は、TITPの本来の目的である技能の教授や育成は行われない仕事に従事させられ、中には依然として強制労働の状態に置かれている者もいた。技能実習生の大半は中国人およびベトナム人であり、中には職を得るために最高で1万ドルを支払い、実習を切り上げようとした場合には、数千ドル相当の没収を義務付ける契約の下で雇用されている者もいる。この制度の下での過剰な手数料、保証金、および「罰則」契約は依然として報告されている。脱走やTITP関係者以外の人との連絡を防ぐために、技能実習生のパスポートやその他の身分証明書を取り上げ、技能実習生の移動を制限する雇用主もいる

http://japanese.japan.usembassy.gov/j/p/tpj-20150827-01.html


「民進党玉木議員」

ITC評価報告書「コメ」の問題
5月18日公表ITC評価報告書(PDF 792ページ)
https://www.usitc.gov/publications/332/pub4607.pdf


玉木議員ブログ 2016年5月19日
政府はTPPの「密約」を全て開示せよ

http://ameblo.jp/tamakiyuichiro/entry-12162083645.html

「昨年10月の合意では、コメ(主食用米)は、アメリカに無税の輸入枠7万トンを設けるというものであった。
ただ、この7万トンに加えて、従来のミニマム・アクセス米(MA米)の中に中粒種6万トンの輸入枠を設けるとされている。
この中粒種の枠は、必ずしも特定の国に対するものではないが、今回のITCの報告書で明らかになったは、この中粒種6万トンの枠のうち8割の4.8万トンは、「文章化していない約束(undocumented commitments」で、「米国に保証する(guaranteed)」とされている。
これは「密約」と言ってもいい内容だ。」


玉木議員の投稿は、Undocumentedという字面だけを追い、内容の確認をされていない投稿と感じます。問題の箇所は184ページの下記表記です。(その箇所を添付図に、訳文は日本農業新聞による)

Box 3.4: U.S. Rice and Market Access to Japan: Documented vs. Undocumented Commitments
玉木議員は、Undocumented Commitmentsを密約だと言われています。この表記を整理しますと下記になります。




1.TPPによる米国への割当は70,000トン増(日本政府説明済み)
2.70,000トンのマークアップの規定が書面或いは非書面に書かれていますが、輸出国に無税割当量を約束している場合、輸入した米を国内販売業者に下ろす際徴収するので、国内問題であり密約でもない。

3.WTO割当 60,000トン(内米国48,000トン)については、下記の農林水産省の説明資料にある。現在のWTOのMA米77万玄米トンの内、6万トンをTPP締約国に振り向けることであって、日本のMA米輸入量は、WTO:77万トン+TPP:7.84万トンになる。これも、WTO枠77万トンの購入先の選択は買い手の日本政府の判断で済むはず。密約でもない。


玉木議員の下記計算も、二箇所誤りがあることに気が付かれるでしょう。

「なお、これにオーストラリアに約束した8,400トンの輸入枠を加えると、今回のTPPによる主食用米の新たな輸入枠は、11万8,000トン+8,400トン=12万6,400トン≒13万トンになる。」


農水省説明資料
下記本文の1ページ「米・交渉結果」」
(注)※1 国内の需要動向に即した輸入や実需者との実質的な直接取引を促進するため、我が国は、既存のWTO枠のミニマムアクセスの運用について見直しを行うこととし、既存の一般輸入の一部について、中粒種・加工用に限定したSBS方式(6万実トン)へ変更する予定
※2 円滑な入札手続を行うため、透明性向上の観点から、SBSの運用方法の一部について、技術的な変更を行う予定。
http://www.maff.go.jp/j/kanbo/tpp/pdf/h_inehata_2.pdf


TPP協定書
付録A 日本国の関税割当て
第C節 国別関税割当て(CSQ)
1.CSQ-JP1 アメリカ合衆国の米
(a)輸入割当数量
(e)輸入差益(マークアップ)徴収規定
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/pdf/text_yakubun/160308_yakubun_02-4.pdf


マークアップの説明
農林水産省 平成21年3月31日
ミニマム・アクセス米に関する報告書
下記9ページ
http://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/0903/pdf/ref_data2.pdf


日本農業新聞5月20日
「TPP米国産米 数量保証か MA米4.8万トン 農水省は否定」
http://image.agrinews.co.jp/modules/pico/index.php?content_id=37585


「内田聖子氏」(PARC理事)
(市民団体による分析報告「TPP協定の全体像と問題点」発行元)


 内田聖子氏はTwitterでITCのTPP評価報告書の概要を紹介していますが、基本的にデータの読み間違いと思われます。

「TPP・米国ITC報告の衝撃」
https://twitter.com/uchidashoko/status/734301796412182529


【TPP・米国ITC報告の衝撃④】自動車部品では0.3%の雇用減。またTPPは米国の貿易赤字を2032年までに217億ドル増大させる。さらにサービスの輸入70億ドルが48億ドルの輸出増の見込みを圧倒的に上回るので、サービス部門の貿易収支も2032年までに悪化すると予測する。


内田氏が対象としているデータは下記表現から、Chapter 2 Quantitative Modeling ResultsのTable 2.2: Effects of TPP on U.S. trade: Changes relative to baseline in 2032(71ページ)以降のデータと思われます。


「TPPは米国の貿易赤字を2032年までに217億ドル増大させる」


Table 2.2に書かれているのは、Changes relative to baseline in 2032、即ち2032年のベースライン(TPP協定がない場合;21ページのExecutive Summaryに定義)との差分(増減値)です。
TPP締約国とは、輸出増572億ドル、輸入増475億ドル、差し引き97億ドルの貿易収支改善。
ところが、全世界合計では、輸出増272億ドル、輸入増489億ドル、差し引き217億ドルの貿易赤字増。
この全世界(中国などを含む)合計の217億ドル赤字増を、TPP締約国との貿易と読み間違え、絶対値であると、二重に間違えています。絶対値と差分(増減値)の違いの事例を下記に示します。


(例)あるセクター(仮のモデル)
2015年実績
  輸出 A億ドル 輸入 B億ドル 貿易収支 (A-B)億ドル

2032年ベースライン(TPP協定がない場合の過去実績から経済成長などを加味した計算値)
  輸出 1000億ドル 輸入800億ドル 貿易黒字200億ドル

TPPの効果(差分)   
  輸出増100億ドル 輸入増200億ドル 貿易収支影響マイナス100億ドル

2032年TPP実施における輸出入(絶対額)
  輸出 1100億ドル 輸入1000億ドル 貿易黒字100億ドル


内田氏は、上記の「TPPの効果(差分)」を絶対額と理解していることが分かると思います。主要国の経済・貿易の規模の概数が頭にあればこのような間違いは防げる問題です。


「米国の貿易の概数」
現状の米国貿易は、CENSUS発表より、2015年度 輸出2兆2236億ドル、輸入2兆7634億ドル、貿易赤字5397億ドルですから、ITCのTable 2.2が絶対値でないことが理解出来ます。
下記本文1ページ
Exhibit 1. U.S. International Trade in Goods and Services
https://www.census.gov/foreign-trade/Press-Release/current_press_release/ft900.pdf


「さらにサービスの輸入70億ドルが48億ドルの輸出増の見込みを圧倒的に上回るので、サービス部門の貿易収支も2032年までに悪化すると予測する。」


このサービスのデータは。報告書73ページの下記表に書かれていますが、この数字も増減値であり、なおかつ、Output(生産高)の増加を見落としています。(サービス部門は、成長性が高いと表現している。)Table 2.6に詳細が書かれています。
Table 2.3: Broad sector level effects of TPP on U.S. output, employment, and trade: Changes relative to baseline estimates in 2032


「自動車部品では0.3%の雇用減」


この表現は、76ページの表に書かれていて、TPP協定がない場合と比較して、乗用車(Passenger vehicles)の雇用が0.3%増、自動車部品の雇用が0.3%減少と言うことであり、自動車産業全体としてはプラスマイナスゼロになります。
この雇用増減はベースラインの数字(絶対値)との差であることも理解されていない。
Table 2.5: Estimated effects of TPP on U.S. manufacturing, natural resources, and energy sectors: Changes relative to baseline in 2032


【TPP・米国ITC報告の衝撃③】特徴的な産業セクター(農業、製造業、サービス産業等)25 分野のうち16分野で貿易収支の悪化が予測されている。ここには自動車、小麦、とうもろこし、自動車部品、チタン製品、化学製品、繊維・アパレル、コメ、さらには金融サービスまでも含まれている。


この表現は、下記表を参照していると思われますが、数値は増減値であり、輸出入の差だけでは評価できません。むしろOutput(生産高)を評価すべきと思います。個別の分野については、それぞれの章を見なければ分かりませんが、チタン製品の場合は、米国が15%という高い関税を課していて日本が以前より関税引き下げを求めていたこと、主に航空機部品に使われるため、今後日本から米国への部品納入の増大などを考慮していると考えられます。(ITC292ページ)
Table 2.4農産物・食品(75ページ)
Table 2.5製造品・天然資源・エネルギー(76ページ)
Table 2.6サービス(77ページ)


この投稿も、絶対値と誤った認識と思われます
https://twitter.com/uchidashoko/status/734314850365493248

「ITCは、2032年までの米経済成長はわずかな伸び(427億ドル、0.15%)、所得の伸び(573億ドル、0.15%)になると予測している。TPPの成果としての2032年1月1日時点の米国の富は、TPP不成立の場合の2032年2月15日時点の米国の富と同じ程度になるということ。」


原文は、ITC報告書 21ページのMain Findingsであり、2032年のベースライン(TPP協定がない場合)との差分を表しています。
ベースラインに上乗せするTPPの効果(差分)は
実質所得573億ドル(0.23%)増、GDP427億ドル(0.15%)増、雇用はフルタイム換算12万8千人(0.07%)増となる。
米国の(全世界相手の)輸出272億ドル(1.0%)増、輸入427億ドル(1.1%)増である。(そのうちTPP締約国の)新FTA国との貿易では、輸出346億ドル(18.7%)増、輸入234億ドル(10.4%)増と、112億ドルの貿易収支改善に寄与する。

注:全世界合計の貿易収支は217億ドルの赤字増となるが、TPP締約国との貿易収支は97億ドル(新FTA国のみでは112億ドル)改善に寄与するので、TPP協定がない場合のベースラインでは、217+97=314億ドルの赤字増を想定していることになる


The Commission used a dynamic computable general equilibrium model to determine the impact of TPP relative to a baseline projection that does not include TPP. The model estimated that TPP would have positive effects, albeit small as a percentage of the overall size of the U.S. economy. By year 15 (2032), U.S. annual real income would be $57.3 billion (0.23 percent) higher than the baseline projections, real GDP would be $42.7 billion (0.15 percent) higher, and employment would be 0.07 percent higher (128,000 full-time equivalents). U.S. exports and U.S. imports would be $27.2 billion (1.0 percent) and $48.9 billion (1.1 percent) higher, respectively, relative to baseline projections. U.S. exports to new FTA partners would grow by $34.6 billion (18.7 percent); U.S. imports from those countries would grow by $23.4 billion (10.4 percent).


「最後に」
条文や公式資料を良く理解せず間違った投稿をされると、それが一人歩きし、プロパガンダにつながることを私は懸念しています。特に、TPPに関する活動をされているリーダーには、正しい理解をしていただきたい。


なお、著名な保守系のTPP反対運動の方々は、2013年3月の安倍首相のTPP交渉参加表明を見て、運動から手を引いたことを付け加えます。