Dream別れ⑧ | 今日も元気で

今日も元気で

大好きな人やモノについてや、日々の生活の中で感じたことなどについて自由に綴ったり、自作の書き物などを公開しています。

それから、10日。剛の目に光が戻るかどうか。

剛と伸也は不安と戦いながら、包帯が取れる

日を待ち侘びた。そしていよいよ運命の一瞬

が訪れようとしていた。伸也は部屋の時計を

気にして、そわそわとドアの方ばかり見てい

た。瞳子が来るのを待っているのだった。どう

いうわけか、手術の日以来、瞳子は姿を現さな

かった。今日こそは一緒にいてくれると信じて

いたが、そこに瞳子の姿はなかった。伸也は妙

な胸騒ぎを感じていた。“どうして、こんな大事

な日に瞳子は来てくれないのだろう?何かあっ

たのだろうか?”伸也ですら不安な気持ちを抱

えているのだ。剛もあれ以来、瞳子のことを伸也

には聞かなかった。だが、きっと、今は瞳子に傍

にいてしいと思っているに違いなかった。コン

コンとドアを叩く音がした、『瞳子?』

「真咲さん、入りますよ。」

その声の後、看護師と医師が入ってきた。

「これから包帯を取りますからね。」

「はい。」

剛の声は緊張はしていたが、しっかりしていた。

医師の手が、もどかしいほど慎重にゆっくりと

包帯を解いていった。そして、最後に目に当て

ていたガーゼを取り除いた後、

「じゃあ、そっと眼を開けてみてください。」

医師の言葉に、剛は頷いて、ゆっくりと目を開け

た。まるで雛が恐る恐る初めてその羽根を広げ

るように。すると、目の前が徐々に明るくなって

いった。

「どうですか?見えますか?」

初めはぼんやりとしていたが、やがてブレてい

た輪郭がはっきりしてきて、目の前に白衣を着た

男性が座っているのがわかった。辺りを見回すと

傍には看護師、振り返ると、いつもの、見慣れた

顔が心配げにこちらを見ていた。

「伸也・・・。」

それを聞いて、伸也の顔がぱっとほころんだ。

「見えるんだな?」

伸也は興奮気味に剛に尋ねた。剛は頷いて、

「ああ、見えるよ。ちゃんと見えてる・・・。」

医師もにっこり微笑んだ。

「もう、大丈夫です。」

伸也は飛びつかんばかりの勢いで、剛の背中から

片方の腕を回して、もう一方の手でくしゃくしゃっ

と頭を撫でまわした。

「おい、伸也、止めろ。」

「うるせえ。」

伸也と剛はじゃれ合う仔猫のように、全身で喜び

を交わした。

「手術は完全に成功です。あなたは若いし、元通

りの視力に戻るのにそう時間はかからないでしょ

う。ただ、まだ今は、強い光を見ないようにして

くださいね。網膜がやられてしまいますからね。」

「自分の回復を我がこと以上に喜んでくれる伸

「ありがとうございます。」

剛は伸也にガッツポーズをしてから、拳を突き出

した。伸也もまた同じようにガッツポーズをして、

剛の拳に自分の拳を合わせた。剛は伸也の顔を

見ながら、自分が怪我をしてからのことを思い

返した。賑やかで楽しい学生生活、将来の夢、恋、

怪我をする前は当たり前にあったものを一度は

全て諦めかけた。激しい絶望感に襲われた時間。

いっそ、死んでしまいたいとまで思った。だが、

その時、前に進む勇気と、希望ををくれた人たち

がいた。今、こうして蘇生し、再び元の生活に戻

ることができる。そう思うと、剛はその人たちを

一生、どんなことがあっても守っていこうと心

に決めた。2人は喜びを存分に分かちあったが、

自然、ここにいない瞳子のことに意識が向き、
剛と伸也はここに瞳子がいない理由を探した。

「なあ、瞳子ちゃん、なんで来てくれなかったの

かな?」
「きっと、忙しかったんだよ。そうだ、ひょっとし

たら、今こっちに向かってるかも知れない。」


「そうだよな。」

「ああ、そうさ。そうに違いない。だから連絡が

取れないんだよ。」

こんなに嬉しい時に、瞳子がいない。その寂しさ

をかき消したかったが、いくら考えてみても、伸也

と剛にその理由が思いつくはずがなかった。

だが、2人の思いをよそに、瞳子は抗いがたい運命
によって、伸也と剛に、別れを告げようとしていた。

飛行機の小さな窓から、外を見ながら、瞳子が

尋ねた。

「マリウス、剛さんの目は?」

「はい、ご安心ください。無事、光を取り戻された

と、今、病院から連絡がございました。」

「ああ・・・良かった。」

『剛さん、おめでとう!伸也、おめでとう!あな

たたちは勝ったんですね。』

瞳子はそう心の中で叫んだ。できることなら、剛に

直接言いたかった。伸也と手を取り合って喜び合い

たかった。2人の笑顔を間近で見たかった。しかし、

これから旅立とうとする瞳子に、それは叶わぬこと

だった。

「ありがとう、伸也。ありがとう剛さん。」

2人と過ごしたわずかな時間は瞳子にとってかけ

がえのないものになった。瞳子の目にうっすらと

滲む美しい涙を、マリウスは見逃さなかった。恭し

く頭を下げて、

「カリス様、只今から出発いたします。」

瞳子は力強く頷いた。

「帰りましょう。我が祖国へ。」

飛行機のエンジンが動き始め、ゆっくりと滑走路を

進んでいく。

『もうあなたたちのもとへは戻れないんです。でも

あなたたちのことは一生忘れません。さようなら

伸也、さようなら、剛さん。どうかいつまでもお元気

で。』

そう心で一生の別れを告げた瞳子だったが、この

2人と過ごした時間と突然の別れが昭島伸也、真咲

いう二人の人間のこれからの人生を大きく変え

いくことになることを、今の瞳子が知る由もなかっ

た。瞳子を乗せた飛行機の行く手には少なからず、

雲が広がっていたが、飛行機は真っすぐに向かっ

いき、その姿はすっぽりとのみこまれ、跡形もなく消

えた。



                                                           






                 第一部 完