日弁連の養育費・婚姻費用の「新算定表」提言 | 金沢の弁護士が離婚・女と男と子どもについてあれこれ話すこと

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石川県金沢市在住・ごくごく普通のマチ弁(街の弁護士)が,日々の仕事の中で離婚,女と男と子どもにまつわるいろんなことを書き綴っていきます。お役立ちの法律情報はもちろんのこと,私自身の趣味に思いっきり入り込んだ記事もつらつらと書いていきます。

1.

 2016年11月15日,日弁連が,婚姻費用,養育費に関する新算定表,新算定方式の提言を行いました。

 

 「養育費・婚姻費用の新しい簡易な算定方式・算定表に関する提言」

 

です。

 

 日弁連のHPに,次のものがUPされています。

http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2016/161115_3.html

 

(1)提言全文

(2)新算定表のみ

(3)提言補足説明資料Q&A 

 

12月2日,毎日新聞,朝日新聞などで報道されました。

 

毎日新聞

http://mainichi.jp/articles/20161203/k00/00m/040/045000c

朝日新聞

http://www.asahi.com/articles/ASJCZ566FJCZUTIL028.html

 

2.

 いまやすっかり全国の家裁を席巻してしまっている「現算定表・現算定方式」

 裁判所は,それを,「標準算定表」,「標準算定方式」などと呼んでおりますが,私は,「簡易算定表」,「簡易算定方式」という言い方をしております。

 そして,このブログでも,ゴーストタウン化する直前に,「簡易算定表」,「簡易算定方式」の問題点についての記事を書いておりました。

 

簡易迅速~の婚姻費用,養育費の算定表は,母子家庭の貧困といわゆる「貧困の連鎖」を助長している!

 

母子家庭の貧困といわゆる「貧困の連鎖」を司法的に助長する簡易算定表 その2

 

読み直すと,結構,激越な表現で書いたもんだなぁと・・・・。

でも,上記2記事で書いたことは,今も,私は,そのように思っています。それどころか,2年半前にその2本の記事を書いたころよりも,この日本社会は,ボロボロの困った状況が進んでしまったと思っています。

 

3.

 この日弁連の提言と日弁連提言のいわゆる「新算定表」,「新算定方式」が全国の家裁実務に定着していってほしいと切に願います。

 そして,そう切に願うからには,その実務に関わる弁護士としましては,関わる離婚関係事件で,「新算定表」,「新算定方式」を訴えていく必要があるのだろうなと思います。

 もっとも,依頼者本人と方針をよく協議して,あくまでも依頼者自身の選択の上でですけれども。

 

 制度・運用にチャレンジしていくことは大切なことです。

 他方で,個別事件を扱うにあたって,その依頼者の意思,利益を離れて,制度・運用にチャレンジしていくとしたら,それは,専門職弁護士の傲慢というものと思います。

 制度・運用にチャレンジしていくことは,時間もかかりますし,ストレスも大きくなりますし,チャレンジして,そのケースで結果が出るというものでもありません。

 ですから,依頼者自身が,自分の人生の操舵手として,現在の「簡易算定表」,「簡易算定方式」による算定額が低額であったとしても,それを受け入れて,「簡易・迅速」に,結果を早く出したいと決めるのであれば,その依頼者自身の決定は,その人自身の問題状況におけるその人の最善選択です。それに対し,弁護士が,「いや,この社会を変えていくために,世の女性,後に続く人のためにチャレンジしましょう。」なんて言ってそっち方向に引っ張るとしたら,それは,専門職支配だろうと私は思います。さらに言うと,依頼者と話もせずに日弁連提言方式で突っ走る弁護士がいるとしたら,制度・運用の改革のために依頼者の人生を弄ばないでよね・・・・って言いたいです。

 

 なんか,いきなり日弁連提言のいわゆる「新算定表・新算定方式」に冷や水ぶっかける論調になってますが。

 

4.

 この日弁連提言「新算定表・新算定方式」は,定着してほしいと思います。先に述べたとおりです。

 前例もあります。損害賠償におけるいわゆる「青本」と「赤い本」です。

 正式名称は,

 

「青本」は,

 

『交通事故損害賠償算定基準ー実務運用と解説ー』(公益財団法人 日弁連交通事故相談センター)

 

「赤い本」は,

 

『民事交通訴訟 損害賠償額算定基準』(公益財団法人 日弁連交通事故相談センター東京支部)

 

です。

 

公益財団法人 日弁連交通事故相談センターのHPに,「青本」,「赤い本」の紹介ページがあります。

 http://www.n-tacc.or.jp/solution/book.html

 

この両者とも,公益財団法人 日弁連交通事故相談センター発行の一般書式で,法規でもなんでもありません。私的団体が発行している一般書籍です。

でも,全国の弁護士,裁判所が,賠償問題の基準として用いています。

厳密には,機械的に用いるておらず,その事案に即しての判断がなされているのですが,それでも,基準となっていると言ってよい用いられ方をしています。

「青本」は2年に1度,「赤い本」は毎年改訂されています。裁判例や研究・検討結果を反映し続けてて,実務での使用に耐えられる「基準本」の実質を維持し続けているわけですね。

 

他方,裁判所が,「標準算定表」,「標準算定方式」と呼ぶ「簡易算定表」,「簡易算定方式」は,裁判官の私的研究会が発表した後,批判を受けて改訂することもなく,税制や社会の変化を受けて改訂することもなく,判例タイムズ1111号(2003年4月1日)で発表されて以来,ずっとそのまんまでした。

婚姻費用・養育費の算定表~はじめに~とりあえず算定表を前提に考えます。

算定表ってそもそも何?

 

そして,『裁判例からみた面会交流調停・審判の実務』という本のあとがきに一文を寄せている斉藤秀樹弁護士は,こういうことを書いておいででした。

 

 当職が,原則的実施論に危惧するのは,便利なツールができると,みんながそれに無批判に頼ってしまい,思考が停止してしまうからである。養育費・婚姻費用の算定表(判タ1111号,2003年4月)が顕著な悪しき先例である。確かに,実務では圧倒的に手間が省けた。しかし,ほとんど全ての事案で,結果が妥当かどうかの確認作業はなされていない。・・・中略・・・算定表の結論も発想の全て合理的とは言いがたいことはすでに指摘されているところなのに,それでもなお,調停委員会を含む裁判所はもとより弁護士もなかなか算定表を手放そうとしない。理由は明らかである。簡単なツールであることを知ってしまったからである。かつての,複雑な算定方式に戻りたくないのである。算定表を手にしてしまった実務家はみな思考を停止してしまったのである。当職に言わせると,表に数字を当てはめるだけなら,裁判所の仕事ではない。行政の窓口業務で十分である。司法試験に合格したほどの実務法曹がそんな単純作業で職責を果たしたつもりになってもらっては困る。もっと頭を使い,汗をかくべきである。
 当職は,面会交流原則的実施論にも同様の危惧を抱いている。今回の分析で明らかになったとおり,これまで多数の事案で悩みながら判断していたことをあたかも,訴訟の要件事実論のように機械的に判断しようとしているように見えるからである(前掲書324頁)

 

 この文章は,面会交流について書いた記事で紹介しておりました。

 面会交流調停が簡易迅速~でいいのだろうか!? 原則的実施論批判(1)

 

 「簡易・迅速」・・・が行きすぎて,2003年4月1日発表の私的研究結果を改訂もしないまま使い続けてきた裁判所。これって,とんでもない知的怠慢だなぁと思います。

 だからこそ,損害賠償における「青本」,「赤い本」のように,毎年とはいわずとも定期的に検討を重ねて,「標準」,「基準」の名に見合う実質を備えたものになってほしいです。日弁連は,

 2012年3月15日付日弁連意見書

 

の中で,意見の第1として,以下を述べていました。

 

裁判所は,厚生労働省等の養育費実務関係機関及び当連合会とともに研究会提案を十分検証し,地域の実情その他の個別具体的な事情を踏まえて,子どもの成長発達を保障する視点を盛り込んだ,研究会提案に代わる新たな算定方式の研究を行い,その成果を公表すべきである。

 

 2016年11月15日の日弁連提言は,上記意見を踏まえて,日弁連として研究・検討した成果を発表したものと位置づけられます。

 今後,この日弁連提言を叩き台として,裁判所,厚労省等の養育費実務関係機関,日弁連,研究者,民間支援団体等が「標準」,「基準」の名に見合う算定表,算定方式を目指して研究・検討をし,それを実務に反映させ,改訂を続けて行くことが本当に必要なことと思います。そういう作業を地道にやってこそ,「標準」,「基準」として,全国の弁護士,裁判官が妥当性を承認して用いるものになると思います。

その先例が,損害賠償の分野の「青本」,「赤い本」なわけです。

 

5.

 でも,もっと本質的な問題があると思っています。

 現行の「簡易算定表・簡易算定方式」も日弁連提言の「新算定表・新算定方式」も,要するに,夫・妻(婚姻費用の場合),父・母(養育費の場合)の基礎収入合計(可処分所得とざっくり考えればいいです)を,夫ないし父世帯と妻ないし母世帯が分け合うというものです。

 「分け合う」と表現すれば,まあ穏当ですが,私的に表現すると,「限られたパイの奪い合い」なわけです。

 日本の格差拡大,貧困化はさらに進んでいるように思いますが。

 そして,小さくなったパイを,夫ないし父と妻ないし母が,必死になって奪い合う・・・。

 日本において,多くの場合,夫ないし父は,妻ないし母との関係では,相対的に,経済的強者なのでしょう。

 でも,それは,「限られたパイ」を奪い合うように追い込まれた両者において,相対的に強いということです。

 より本質的な問題は,ともに経済的弱者である夫ないし父と妻ないし母がいがみ合い,「かぎられたパイ」を奪うように追い込んでいるこの「ニッポン」のどーしようもない社会のあり方,政治のあり方です。

 

 私は,この国を私なりに愛しております。

 この国・・・共同体を,将来的にも生存していく生命体のようにみた場合,次世代を担う子ども達の健全な成長は,共同体の生命維持にとって不可欠じゃないですか。

 「公民」としての健全な成長です。

 私たちの社会が,どういう社会であってほしいか,どういう社会を形作っていきたいかを引き受ける「公民」

 さて,私たちは,子ども達に引き継がせていくこの社会を,どういう社会にしちゃっているんでしょうね。

 溜息ばかりです。

 

 で,日弁連の「新算定表・新算定方式」の提言は,それ自体は,ようやくキタ~と喜ぶのですが,そこに留まるのではなくて,あらためて,子ども達の健全な成長それ自体が,「公共財」と位置づけて,税金をどかーんと投入する方向に向かわないといかんだろと思うのです。

 

 でも・・・まぁ,「えすたぶりっしゅめんと」さんは,子ども達を「公民」にしたいんじゃなくて,低賃金労働をやりまくり,他国へ行って戦争をする兵士にしたいんだろうな・・・・。

 

これも,本記事2項で紹介した過去記事で書いたとおりです。というよりも,一層,クリアになっていて,ああ,それでも,「美しいニホンを取りモロす」とのたまってこの日本を醜くしまくっているぼっちゃんの支持率が高止まり。

この日本という共同体は,生命体のように見た場合,タナトスに取り付かれているんじゃないかなって暗澹たる気持ちになります。

 

12/3 修正 タイトルを変更しました。