「女の子には出世の道が二つある」と書いたのは斉藤美奈子さんの『モダンガール論』(マガジンハウス)
帯には「社長になるか、社長夫人になるか。それが問題だ」とあるけれど、なれるものなら社長夫人になりたい、と私は思う。
でも、なれないから、しょうがなく、自分が社長になっちゃったというわけだけれど。

私はジェンダーとか、男女雇用均等法とかはあまり得意としなくて、その手の活動家の方たちからすれば「アナタみたいな女性がいるから云々」と言われてしまいそうなのだけれど、

女はブスよりは美人がいいし、
汚いよりはキレイなほうがいい

と思う。
だからといって、着飾ってチャラチャラしているだけというのはいまひとつステキには思えないのだけれど、「颯爽としている美女」っていうのはカッコイイと思う。

ともあれ、斉藤美奈子さんによれば、歴史的に女性は職業的達成(労働市場で自分を高く売ること)と、家庭的な幸福(結婚市場で自分を高く売る)の出世の2パターンの間で常に揺れ動いてきたという。そんな「女の欲望」を歴史的に俯瞰してみようというのがこの本。

ところで、モダンガールというのは、関東大震災の翌年の『女性』(大正13年8月号)に掲載された北澤秀一さんの論文『モダーン・ガール』が初出だそうだ。
「モダーン・ガールは自覚もなければ、意識もない。フェミニストの理想もなければ、サクラジェットの議論もない。彼らはただ人間として、欲するまヽに万事振舞うだけである」
おおっ、なんとカッコイイ!
「人間だと思って奮起した」モダーン・ガールは「理屈もなにも云わずに、男とヽラインへ出て一緒にあるいている」

自分で「負け犬」なんて言って卑下する生き方や考え方は「貧乏くさい」し、かといって、開き直るのもあさましく思える。

「理屈もなにも云わず」「欲するままに万事振舞う」それってステキじゃない?
欲するままに振舞って、思うがままの人生を歩むことができたら、それはとってもシアワセだ。

細木数子さんによると「結婚したら、女には運命はない」という。
結婚後は、男の運命が女の運命になり、女性は常に男性を影で支える役目であるそうな。
中村江里子さん、中井美穂さん、君島十和子さん・・・そして、杉田かおるさん。
セレブの玉の輿も「お飾り」ではないとしたら、結婚も、仕事も、地位も手に入れることができる生き方もある。

しかして、現実的な問題に戻り、シュウカツ中の女子大生は、そうそう能天気な気分ではいられないかも?
「働くギモン」に悩んだら、『女性と仕事未来館』の「女子学生の就職活動お役立ち情報」など参考になるかもしれません。

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