Elis, Essa Mulher/Elis Regina | BLACK CHERRY

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JAZZ, BRAZIL, SOUL MUSIC

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 どんなに技巧的に優れた歌手であっても、声量やハイトーン自慢の、ただ高音でShoutするだけの歌い上げ系は苦手である。Chaka Kahnが大好きな歌手なのは、そこに色気があり、Shoutするだけではない押し引きの美学、Fakeのセンスの良さがあるからである。また、これは完全に個人的な好みによるものだが、こと女性Vocalに関していえば完璧なテクニックよりも、たとえ声量がなくても歌い手の色気や、醸し出す独特のAtmosphereに惹かれてしまう自分がいるのも事実である。本盤はElis Reginaの晩年の作品であるが技巧的で弾けんばかりだったElisが醸し出す成熟した大人の魅力に惹き込まれる名作である。抜群のリズム感によるElisの技巧とバックの演奏陣とが生み出す情感に満ちたAtmosphereが実にイイ塩梅でバランスがとれているのだ。Elisは勿論素晴らしい歌手であり『Elis Regina in London』など音楽史上に残る名作を残している。彼女が偉大なのは、歌手としての才能のみならず、いち早く新進気鋭の優れた才能の持ち主たちを見出し(彼女の周りのスタッフの力が大きいと思うが)新しい感覚の彼らの歌を歌って世に出るきっかけを与えたことである。このような偉大な歌手に対して少々失礼かもしれないが、あくまでも個人的な趣向からすれば、圧倒的な実力と疾走感と個性で飛ばしまくる初期の作品よりも何ともいえない色香が漂うようになってきた60年代後半以降の作品により心惹かれるものが多いことを白状させてもらいたい。それは丁度、ElisのEurope進出、そしてTropicaliaとの邂逅以降の作品である事が興味深い。それらがElisにもたらしたものは一体何であったのだろうか。

 『Elis, Essa Mulher』はElis Regina79年にリリースしたアルバム。邦題は『或る女』。77年作の『Elis』同様、夫であり鍵盤奏者のCesar Camargo MarianoがProduceとArramgementsを担当している。Cesarと結婚後、彼女はより音楽性の幅を拡げていき、晩年はMinasへと接近していったのは興味深い。
冒頭を飾るのはBaden Powell作曲の“Cai Dentro”。イントロのHorn隊、ピアノに続いてElisがキレキレのリズム感で全開モード。このSamba賛歌で生命感間漲るElisの歌唱を聴くと、わずか3年後に起きる不幸が信じられない。
続いてはMinas生まれの天才Songwriter、超絶技巧のギタリストであり優れたSingerであるJoao Bosco作曲による永遠に歌い継がれるべき名曲中の名曲O Bebado e a Equilibrista”。Boscoらしいメロディー、コード進行が最高で、加えてAldir Blancによる歌詞も含めて全てが完璧なまでに素晴らしいこの歌をElisが見事に歌い上げる。邦題は『酔っ払いと綱渡り芸人』。芸術家、表現者、Creatorを弾圧し続けたBrazil軍事政権に対する決して屈する事のない彼らの気高い意思表明が素晴らしい。Brazilでは演奏が始まると必ず合唱が始まる国歌的な存在であるこの曲をElisが歌った意義は大きい。またイントロとエンディングにCircus音楽を挿入したCesarのアレンジも高く評価されるべき。
JoyceとAna Terra共作のタイトル曲“Essa Mulher”。この曲によってViolaoで演奏に参加もしているJoyceの名は高まった。ゆらめくエレピをバックに女性らしいElisの情感をこめた歌唱が素晴らしい。
Cartolaの“Basta de Clamares Inocencia”も演奏陣とElisの表現力に富んだVocalが極上の時間を与えてくれる。
これまたJoao Boscoの美しいメロディーが堪能できる失恋の歌Beguine Dodoi”はBolero調のアレンジでElisが色っぽく歌う。
Joao NogueiraPaulo Cesar Pinheiroの“Eu Hein Rosa!”では一転してノリノリのElisに圧倒される。
CesarのLate70'sなエレピで始まるBalladAltos e Baixos”。Rio de Janeiro出身の優れたS.S.W.(女優でもある)Sueli Costaの作曲。
個人的には本盤のハイライトの一つである、もう一人の天才作曲家であるギタリスト/SingerのGuinga作曲の“Bolero de Sata”。Cauby PeixotoとのDuet。
大好きな『Beto Guedes, Danilo Caymmi, Novelli, Toninho Horta』や77年作のソロ・アルバム『Cheiro Verde』などの名盤を残したDanilo Caymmi作曲の“Pe Sem Cabeca”。
アルバム最後の曲はTunaiSergio Naturezaの共作“As Aparencias Enganam”。しっとりと歌い上げるElisと夫君Caesarのピアノも名演でアルバムは幕を閉じる。
(Hit-C Fiore)