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2017年05月14日 10時06分32秒

席を譲ってはならない話

テーマ:ブログ

私たちはいま、何を感じているか。

心は、どうあるべきか。

ほんとうに大切なものは、何か。

これから、どこに向かうのか。

 

芸術を生み出すこと

芸術に触れることの本質を

平易な言葉にするなら

おおよそ、そんな感じだと思う。

 

もっと簡単に言うと、「魂」だろうか。

 

たとえば、「逸脱」は、「逸脱」という表層ではなく、「逸脱」によって感得される「何か」への「まなざし」にこそ、魂がある。

 

コンテンツ提供者、コンテンツ制作者は、そのような自律する「まなざし」を真ん中に持っているものだと信じている。

 

ビッグ・データに席を譲ってはならない。

マーケティングや調査データなどのパラメータは、あくまでツールであって、上記の代用には成り得ない。永遠に。「欲望に正直」なことを否定する気はないが、「欲望に正直」なだけの社会は、おそらく頽廃・自滅する。ゆえに「本質は売れない」としても、本質を見失ってはならない。

 

***

 

同じ意味で…

 

作家は

 

たとえ書けなくなったとしても、自分以外の何かに席を譲ってはならない。

 

例えば…

・他者からみた自分の増幅イメージ

・借り物の政治的な立場や見解

・他者評価の社会的権威(要するにノーベル文学賞)

 

表現物は、人をどこかに連れていくものだと考えている。

表現物が船なら、表現者は船堂だろう。

 

村上春樹が漕ぐ船は、いったい、どこに向かって進んでいるのだろう。

 

多くの人々を乗せてしまっているその船を、漂流させてはならないはずなのに。

 

***

 

…ということで

 

昨今のデータ偏重型のコンテンツ制作体制への批判とあわせて、村上春樹も批判してみました。

 

 

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2017年04月03日 21時12分10秒

『キカイダーREBOOT』

テーマ:ブログ

『キカイダーREBOOT』やっと観られました。

石ノ森章太郎先生が描こうとしたことの芯の部分を咀嚼・再構築していて、素晴らしい作品だと思いました。
日本の特撮映画のなかで、ここまで真剣度の高いものは、なかなか無いなぁ。

国防大臣が、ギルバート神崎(プロフェッサー・ギル)に対する「彼には思想がない」という評価を、アンドロイドのマリに漏らす部分があります。思想なき故に自分の力を示すことに執着し暴走していくギルの姿は、人間の弱い部分を象徴的に表していると思いますが、私には、いまの日本が思想なき故に滅びの道を一直線に進んでいる気がしており、それはまさに石ノ森章太郎先生が遺した警鐘であると感じるのです。

物語を主導していくテーマは、光明寺博士がつくったアンドロイドのキカイダー(ジロー)に組み込まれた良心回路「ジェミニ(ピノキオの良心を司るコオロギ、ジミニー・クリケットを模したもの)」がもたらす、キカイのココロとヒトのココロの交錯とその行方です。

しかし、「テーマが難しい」との声があるようですね。AmazonPrimeでの評価も、かなり低いようです。
本質は売れないのだなぁと、つくづく。嗚呼、この悲しきチャランポランな世界よ。

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2017年03月24日 20時37分29秒

情報戦とチベット・ウィグルと村上春樹

テーマ:ブログ

チンギス・ハーンの時代から「情報戦」の有用性が認知されていたことを考えると、以前の南京や通州の事件について、当時は凄まじい「情報戦」が展開されていたのだろうから、目の前に転がり込んでくる南京や通州に関する玉石混交情報の信ぴょう性については、疑って然るべきと思います。

 

しかし、本当は、現在起きていることのほうが重要ですね。チベットやウィグルで起きていること。中国共産党による非人道的残虐行為(侵略・略奪・民族浄化)については、ほとんど報道されていなくとも、事実であることが感覚的にわかると思います。この、「ほんとうに起きている」と感覚的に解ることこそが、「情報リテラシー」の真髄ではないでしょうか。

 

「日中記者交換協定」の実際についてはよくわかりませんが、「報道されていないこと」を感知して自ら探索していくと、公開情報のなかからでも、様々な事実が見えてきます。
所謂「陰謀論」には、多くの偏見や嘘が散りばめられていますが、だからと言って「陰謀は無い」というのは、誤った結論だと思います。
世の中を動かしてきた全てが「陰謀」であると考えるのはあまりにも短絡思考ですが、様々な立場による数々の「陰謀」が、歴史のなかに織り込まれていることは、ちょっと考えれば自然に思い当たる事実なのではないでしょうか。

 

さて、村上春樹が、新作で南京大虐殺について中国共産党寄りの内容を書いたことについて。
聡明な彼が、歴史の事実検証について不勉強であることは考え難いのですが、ハッキリとわかることは、ノーベル文学賞を欲しいがためにその一節を書いているということです。読み手を引き込む類稀なる文体と表現の力を持ち、多くの読者ファンを持ち、強大な影響力を持った人が、特定の国の読者や勢力に媚び、自国を蔑むような(おそらくは文脈上不必要な)見解を小説に盛り込んでいることが、どれだけ罪深いことか。彼の従来の小説とは明らかに違うこの意図的要素は、表現物としての純粋性を自ら濁していくものであり、もはや表現者としての「知的劣化」と見做される刻印と言っても過言では無いと思います。


果たして、村上春樹はノーベル文学賞を獲得できるでしょうか。
もし、それが実現するのなら、村上春樹とノーベル文学賞をディスるしかないこの世の虚しさと、私はどんな風に向き合えばよいのだろうかと悲観するばかりです。

 

これは、三島由紀夫と川端康成という二人の文学者の人生の終焉と周辺事情について、彼らの遺した作品とともに、もういちど焦点を当てる契機なのかもしれません。

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