前回述べたとおり、「スーパー雷鳥」は好評を博しましたが、使用車両は国鉄から承継した485系。同系の性能では、これ以上のスピードアップが望めないことから、JR西日本では新型車両の投入を検討し始めます。
平成4(1992)年、新型車両681系の試作車が登場しました。同系はM-Tp-Tの3両1ユニットとして編成の自由度を高めた構成とし、この3両1ユニットを3組つないだ9連で1編成を構成、うち先頭車の1両をグリーン車としています。681系は、踏切のある北陸線でも「600mルール」を遵守できるようブレーキ性能を高め、湖西線区間以外でも130km/h運転を可能とし、さらに踏切がなく線形のいい路線では最高160km/hまでスピードアップが可能な性能とされていました。この高速性能は湖西線では生かされていませんが、後に北越急行ほくほく線を経由する「はくたか」の運用に生かされることになりました。
681系試作車は、登場後は定期列車に投入されることはなく、試運転を重ね、時に臨時列車に充当され、そこで足慣らしを重ねていきました。この列車には新型車両を使用していることが時刻表でも明記され、「ニュー雷鳥」とか「ハイスピード雷鳥」といった表記が見られました。

そして試作車登場から3年後の平成7(1995)年、681系の量産車が登場、「雷鳥」の485系を置き換え始めます。量産車は試作車がM-Tp-T の3両ユニットだったのをM-Tpの2両ユニットに改め、T車はユニットから独立した構成として編成の自由度をさらに上げ、加えて基本6+付属3として分割併合が可能な編成構成となりました。またこのとき、分割併合運用に備え、流線型ではない貫通型の先頭車がお目見えしています。量産車登場に前後して、試作車も量産車と仕様を合わせる改造が施行され、番号を原番号+1000に改めています。この最初の改造のときは、まだ試作編成は9連貫通編成のままで、使用列車を限定していましたが、その後中間車を先頭車に改造し、量産車と同じ6+3の分割編成になりました。
量産車の登場に伴い、681系が本格的に北陸特急の運用に充当されるようになり、同年4月20日から運転が開始された同系使用の列車には、「スーパー雷鳥(サンダーバード)」の名を冠しました。ここで現在につながる「サンダーバード」の愛称が出てくるのですが、本来の愛称にカッコ書きで付加された形態からも分かるとおり、「サンダーバード」は当初は車両としての681系の愛称名でした。
なお、ダイヤ改正が年度初めの4月になったのは、言うまでもなくこの年1月17日に発生した阪神・淡路大震災の影響が甚大だったことにより、ダイヤ改正をこの時期まで延期したからです。東海道・山陽線の神戸地区の復旧は4月8日でしたが、それでも並行私鉄よりは早い復旧でした。
このときの「雷鳥」「スーパー雷鳥」「スーパー雷鳥(サンダーバード)」の本数は、それぞれ11往復・4往復・8往復となっています。

ところで、この「サンダーバード」なる愛称はどこから来たのか。
これは言うまでもなく、「雷鳥」の「雷」(thunder)と「鳥」(bird)を直訳した命名です。本来の「thunderbird」は、ネイティブアメリカンの伝説や神話に登場する想像上の鳥を意味する言葉であり、「雷鳥」を意味する言葉ではありません。生物としての雷鳥(ライチョウ)は英語では「grouse」又は「ptermigan」であり、thunderbirdではありません。
ただ「サンダーバード」といえば、人形劇による特撮テレビ番組が人気を博していたため、その登場人物たちの勇ましいイメージが列車、あるいは681系と重ね合わされたという面もあります。実際、JR西日本では人形劇の「サンダーバード」のオープニングテーマ曲をCMに使用していたそうです。管理人は東京在住なので見たことはありませんが、恐らく関西・北陸地区限定だったのでしょう。
「スーパー雷鳥(サンダーバード)」には、和倉温泉へ直通する運用や、付属編成が地鉄の宇奈月温泉・立山へ直通する運用が登場し、681系の分割併合機能が遺憾なく発揮されました。

平成9(1997)年3月22日、JR西日本は、681系使用列車について「スーパー雷鳥(サンダーバード)」の長ったらしい愛称を止め、「サンダーバード」と単純化されました。このころ、「オーシャンアロー」(新大阪・京都-新宮)や「ソニック」(博多-大分・佐伯)など、車両の愛称がそのまま列車名になってしまう事例が散見されましたが、「サンダーバード」もその例にならったものといえます。
このときの「雷鳥」「スーパー雷鳥」「サンダーバード」の本数は、平成7年の681系本格運転開始当時と同じでしたが、681系編成の和倉温泉・富山分割列車について、従来はグリーン車入りの基本編成6連が和倉温泉へ直通していたのが、富山へ振り替えられ、和倉温泉乗り入れは付属編成3連に改められています。
このときの改正で重要なのが、金沢・福井・和倉温泉と越後湯沢をほくほく線を経由して結ぶ「はくたか」の運転を開始したことですが、この列車については改めて取り上げましょう。
この改正の後に生じた、北陸特急の小さいですが重要な変化として、平成11(1999)年限りで、特急列車の富山地方鉄道(地鉄)乗り入れが廃止されたことにも言及しておかなければなりません。廃止の理由は、当時富山駅の高架化工事が具体化し始めていたことや、地鉄線内で681系を運転すると電圧降下が激しく変電所に負担をかけることなどが指摘されていますが、最大の理由は恐らく、乗車率の低迷ではないかと思われます。かつては急行「立山」などが、そして復活後は「スーパー雷鳥」などが務めてきた地鉄への乗入れは、平成11(1999)年限りで終止符を打つことになりました。

平成13(2001)年には、681系の改良バージョン683系が登場しました。683系は、さらに編成構成の自由度を上げるため貫通型の先頭車の割合を増やし、681系と同じ流線型の先頭形状を有しているのはグリーン車(クロ683)だけで、その他は全て貫通構造とされました。この結果、681系では基本6+付属3での9両編成の両端が流線型だったものが、683系では付属3連の両端が貫通型となり、基本6+付属3+付属3の12連での編成も可能になっています。
683系の登場によって、485系の「スーパー雷鳥」は消滅し、大阪発着の北陸特急は485系使用の「雷鳥」10往復と681・683系使用の「サンダーバード」15往復に分けられました。同時に両列車の運転系統も分け、前者は大阪-金沢間の停車駅の多いタイプの列車に限定し、大阪-富山・和倉温泉間の列車は全て「サンダーバード」とされています。
なお、この改正では、「白鳥」廃止や新潟行き「雷鳥」の系統分割などがありましたが、その話題は追って取り上げることにいたします。

これ以後、北陸特急劇場の圧倒的な多数派だった485系も、徐々に勢力を縮小していくことになります。
次回は、新しい「はくたか」の登場などについて取り上げます。

-その13(№3083.)に続く-