さすらい館

このたびの東北・関東大震災でお亡くなりになられた皆様に対し、謹んで哀悼の意を表するとともに、被災された皆様に対し、心からお見舞いを申し上げ、一刻も早い復興をお祈り申し上げます。

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2012年の新たな連載記事として、関西新快速をフィーチャーした「疾(はや)き者よ」のアップをを開始いたします。


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 ・2007年 

 「A Road is born 」 「国鉄発JR行き列車追跡 」「東京アンダーグラウンド・ストーリー 」 「国鉄通勤型電車の半世紀 」 

 ・2008年

 「ブルトレ50年の栄枯盛衰~あさかぜからカシオペアへ 」「ジョイフルトレインの四半世紀 (※)」「東急8000系と私

※=このテーマだけ目次記事がないので、第1回の記事にリンクを張っています。

 ・2009年

  「光の射す方へ」・「名阪直通特急の半世紀」→ こちら

  「ホイシ9180からマシE26まで」→ こちら

 ・2010年

  「還暦のM・傘寿のS」→こちら

  「参詣の道は世界への道へ」「浪漫一刻値千金」→こちら

 ・2011年

  「Into the Hawaiian-BLUE」「気動車特急・半世紀の咆哮」→ こちら


ひとこと>(時々管理人の気まぐれで不定期に改訂されます)

「疾き者よ」を含めた2012年連載記事の概要は → こちら へどうぞ

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その3(№2093.)から続く

52系・43系が80系に、さらに113系に代わり、利用者数も運転本数も増えた「急電」改め快速電車。
それはいいのですが、快速電車は80系投入直後の昭和25(1950)年と比べても、停車駅の増加により、速達性は薄まってしまいました。当時は京阪間・阪神間でも並走私鉄はノンストップないしそれに近い停車駅とされ、都市間輸送に特化した輸送体系をとっていました。国鉄の「急電」→快速は、当初は並行私鉄の特急と急行の中間くらいの位置づけだったのですが、度重なる停車駅の増加により、並行私鉄の急行クラスの列車になってしまい、都市間輸送に関しては並行私鉄の後塵を拝していた面もあるのは確かです。

そこで、国鉄も京阪神の都市間輸送に打って出ようということで、それまでの快速よりも上位の快速が登場することになりました。
「上位の快速」登場は昭和45(1970)年10月のダイヤ改正のことで、

・運転区間は京都~西明石。途中停車駅は大阪、三ノ宮、明石のみ。
・車両は113系を使用。ただし外板塗色は湘南カラーではなく紺+クリームの「スカ色」。
・グリーン車(←1等車)はなし。
・名称は「新快速」とする。

という内容でした。このころ、大阪万博が終了しダイヤ・車両にも余裕ができたということで、スカ色の113系を新快速に宛てて運転を開始しています(もともと横須賀線用の増備車で、それが新快速に充当されていたとの説もあり)。

途中停車駅が大阪・三ノ宮・明石と、新幹線接続駅の新大阪すら通過するというのは、今にして思うと大変なインパクトがありますし、神戸地区も繁華街の三ノ宮しか停車しないというのは、明らかに京阪神間の都市間輸送に特化したものであることが見て取れます。
その反面、運転本数は非常にささやかなもので、日中僅か6本(6往復)のみ! しかも、需要が見込めないことと加減速性能確保のため、快速には連結されていたグリーン車が連結されなかったなど、戦前の「急電」の華やかさとはまるで異なる地味なものでした。
そして何より残念だったのは、京都-西明石間の複々線の内側線(電車線)を走行したことと、使用車両が113系だったことです。京都-西明石間の複々線は、外側線(列車線)が国鉄本社の管轄で、内側線が大阪鉄道管理局の管轄、外側線を走る列車については本社が優先的にダイヤを組んでいくため、より速達効果の高いはずの外側線を走らせることは無理な相談でした。
そのため、せっかくの新快速も運転本数が限られ、しかも快速・各駅停車のパターンダイヤを崩してしまうという、ダイヤ構成上は率直に言って「お荷物」としか評しようがない存在でしかなかったのです。さらに、使用車両が113系だったことは、同系が何の変哲もない近郊型電車で、乗客の快適性に配慮がないことも問題でした。塗色こそ「スカ色」とされ快速用とは区別されましたが、乗ってしまえば同じ車両。これでは乗客へのアピールも弱くならざるを得ません。
ただ、当時の国鉄をあえて弁護するなら、これらの問題は、国鉄が「全国一律」のサービスを標榜し、車両にしても通勤・近郊・急行・特急の区別を頑ななまでに墨守してきた結果です。しかし、これらの問題は、並行私鉄との競争において、ことごとくマイナス要因として働いてしまいました。この問題は、国鉄の民営化直前まで尾を引くことになります。

実は、ダイヤ改正の直前、この「上位の快速」は、「特別快速(特快)」と仮称されていました。
しかし、「特別快速」は当時既に中央快速線で運転が開始されており、しかも使用車両が101系の10連でした。そのせいかどうか、あるいは東京で既に使われているのと同じ名称を使ってもさしたるインパクトがないと考えたのか、直前になって「新快速」という新しい愛称が採用された経緯があります。
ちなみに、日本交通公社(現JTBパブリッシング)刊(「時刻表」には、新快速相当の列車が「特別快速」ないし「特快」として表示されていますから、時刻表の原稿締め切りの直後に、急遽「新快速」と呼称するように変えられたのでしょう。

ともあれ、昭和45(1970)年10月、ここに関西の雄・新快速が産声をあげました。
運転開始翌年には、新快速は草津へ延伸されます。しかし、流石に京都-草津間がノンストップというわけにはいかなかったようで、途中大津と石山に停車するようになりました。これによって、新快速は早くも滋賀県湖東地区に達します。
しかし、この延伸によって所要編成数が増加してしまい、全ての編成をスカ色で賄うことは不可能になってしまいました。また、当時は特急用など優等列車ばかりでなく、通勤・近郊型にも冷房化の波が押し寄せてきた時期でもあり、113系も新製冷房車投入や従来車の冷房改造が進められ、新快速にはそういった車を優先的に充てるようになりました。そのため、湘南カラーとスカ色の混色編成も多く発生し、編成美という点でも今ひとつだったのは残念です。さらに当時、新快速はヘッドマークを掲げていましたが、それが長方形に「新快速」と書いただけという、80系の急電ヘッドマークとは比べものにならない凡庸さで、それもインパクトを欠く要因となりました。
ただ、当時は既に国鉄内部の労使関係は最悪に近い状態になっており、ヘッドマークの取り付けなどがままならなかった状況もあった中で、デザイン的には「アレ」であっても一応マークが取り付けられたことは、大阪鉄道管理局の意気込みの表れとして受け取るしかないのでしょう。また、混色編成についても、当時の113系は湘南カラーが圧倒的多数だったのですから、予備車を共通化するためには、少数派のスカ色のお守ばかりしていられなかったという事情もあります。

日中のささやかな本数とはいえ、ここに現在に続く「新快速」が産声を上げたことになります。
しかしこのころ、既に並行私鉄はさらなるサービス充実を目指していました。阪急電鉄が京都線特急用の2800系の冷房改造を進め、京阪では特急車の決定版3000系の新造投入を開始しました。阪神間では並行私鉄はロングシートの純然たる通勤車でしたが、それでも特急など上位の列車に優先的に冷房車を充当するなど、サービスアップは進められていきます。
このような状況下では、いくら足が速いとはいえ、本数も僅少では、並行私鉄に対する競争力は維持できません。
そこで国鉄は、新快速に専用車両を用意して、さらなる充実を図るのですが、そのお話はまた次回。

-その5に続く-
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長津田を見た後は、こどもの国線の電車で恩田へ。


いつもの手順どおり、まずは恩田駅ホームから工場側を眺めます。


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1003Fが留置中


前回も確か1003Fがいたような気がするのですが…また、副都心線乗り入れ改造工事が継続中なのか、5165Fの編成がばらされて留置されていました。


そして、工場を見下ろせる高台の上に立つと、そこには…!



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派手車?


↑の全景が収まるように撮影したのが冒頭の写真ですが、ご覧いただくとお分かりのとおり、デヤ7290とデハ7200の通称「派手車」が、東横線用5000系列の車両を1両、サンドイッチしておりました。このような「派手車」ではさむ編成は、東急好きの愛好家の間では「デヤサンド」と呼ばれています。


はさまれている車両・4604のサイドを一発。



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外板の処理方法が4000番代の他車と異なっている


この車両、車号こそ4604と4000番代を名乗ってはいますが、完全新造車の4000番代の車両が、側面のステンレスが艶あり仕上げになっているのに対し、この車両は5000系列初期型の特徴である「窓周り艶消し・その他艶あり」になっていますので、明らかに異なる風貌だと分かります。しかも、写真では分からないのですが、座席も窓越しに見え、その座席モケットの色は青。

ということは、この車両は田園都市線用5000系の転用車ですね。恐らく、他の4000番代車と細かな使用をあわせるため(たとえば、ドア上のLCDモニターにしても大きさが5000・5050系とは異なっている)、改造工事のためにここに連れて来られたのでしょうか。


こどもの国方に連結された、デヤ7290のサイドビュー。



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写真では分かりにくいが「電気検測車」の文字が物々しい


改めてみてみると、随分物々しい雰囲気の車両ですね。派手な色のせいで鈍重な感じはありませんが。


最後に、デハ7200を先頭にした「デヤサンド」の遠景を。



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いつまで活躍が続くのだろうか?


この「派手車」2両ですが、東急では既に代替車の投入がアナウンスされており、退役も時間の問題となっています。かつてのように工場内の入換え用車両が存在したときならば、電気検測車としては退役しても、ここで牽引車として余生を過ごすこともありえたでしょうが、現在は入換え用アントが活躍しています。そもそも、入換え用アントの導入に伴って、旧デハ3450などが引退させられてしまったわけですから、なおさら期待はできないわけですが…。

彼らの余命が後どれだけあるのか、それは分かりませんが、貴重な7200系アルミ試作車の生き残りとして、復元・保存を希望したいですが…無理だろうな。


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ちょっと今回は縦アングルの並びで。

昨日13日、管理人は月に1度の長津田・恩田(東急テクノシステム)を視察して参りました。


いつものとおり、つくし野駅から歩いてJR横浜線の踏切を渡りますと、谷底にいるのは8622Fでした↓



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今日は8622F


これを撮影したら、検車区をまたぐ陸橋で撮影です。



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これが5050系4000番代の第5編成


弱冷房車の位置に注目して見てみましたが、やはり、「弱冷房車」ステッカーが貼ってあるのは9号車・4905。写真ではわかりにくいかもしれませんが…。

この位置は副都心線に乗り入れる西武車やメトロ車と同じですが、相互直通運転開始前後には弱冷房車の位置の変更があるのでしょうね。


また、この日は8500系唯一の幕車・8606Fもお休み中。



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50050系の後ろが8605Fです


この日は、8637Fと8614F「伊豆のなつ」以外の「ネタ編成」は全てお休みでした。2000系第2編成などは、鷺沼の留置線に疎開する始末。なんとも勿体ない気がしますが、2000系はこのまま「飼い殺し」なんでしょうね。


そして陸橋を降りて側道から見てみると、ピンクの帯を貼った5000系列の中間車が留置されていました。



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暫定8連化で抜かれている中間車のようだ


4000番代は現在、第1・第2編成が8連化されて暫定的に東横線で使用されていますが、それらから抜いた中間車がここに留置されていたようです。その他の車両は…元5000系のT車(暫定的に5050系に組み込まれていたもの)でしょうか。車号までは全て確認できませんでした。


最後に。長津田に思いもよらぬ珍客が!



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なぜか5173F(写真一番左)


これから試運転用にメトロや西武、あるいは東武にでも貸し出されるのでしょうか。


これだけ見て、管理人は長津田駅へ。恩田の「東急テクノシステム」視察に向かいました。


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既に都営バス編でお伝えしたとおり、管理人は、2/11に葛西駅前バスターミナルで撮りバスにいそしみました(^^)


ところで、葛西駅前には都営バスのみならず、京成バスも出入りします。その代表格といえるのが、小岩や亀有から葛西を経由し、さらに葛西臨海公園・東京ディズニーリゾートへ向かう通称「シャトルセブン」。車両も専用のラッピングを施した車両が充当されています。



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なかなか派手なカラーリング


これは一般用の「エルガ」なんですけど、やはりインパクトは絶大ですね。

比較の対象として同じ「エルガ」の一般仕様車をどうぞ↓



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こちらは落ち着いた塗装


一般仕様車が白・紺・赤の帯を使った、かなりシックで落ち着いた雰囲気ですから、この両者が同じ会社のバスとは思わない人もいるでしょうね。


ちなみに、日野ブルーリボンノンステを使用した「シャトルセブン」は、こんな顔をしています↓



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窓下のグリル部分にご注目あれ


何と「7」の数字が! これがまさに「シャトルセブン」専用車であることをアピールしております。


ところで、管理人が以前葛西を訪れたとき、京成バスのいすゞキュービックのノンステが存在することに驚きましたが、この日(2/11)は最初撮れませんでした。しかし、夕方になって葛西に戻ってみると、いるじゃありませんか、キュービックノンステが!

その顔立ちと公式側サイドビュー、リアの表情と非公式側のサイドビューを計4点、ノーキャプションでどうぞ。


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いかがでしょうか。

初期型ノンステの特徴として、ずんぐりむっくりなプロポーションを指摘できようかと思いますが、まさにそんな感じですよね。


ここまで撮影して葛西駅前バスターミナルから撤収。新小岩行きの都営バス「新小22」に乗り、「錦27」「墨38」の乗りつぶしを志しました。


※ 当記事は02/12付の投稿とします。


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本業多忙のため、更新をお留守にして申し訳ございません。


2月11日(土・祝)「建国記念の日」は、祭日ということで日章旗を飾った都営バスを撮りたくなり、午後葛西駅前バスターミナルに出かけてみました。


冒頭の1枚は、管理人が清澄白河駅前から乗車してきた「秋26」の臨海営業所の車で、葛西駅到着後なぜか臨海車庫行きに化けたのですが、これなら秋葉原駅から臨海車庫まで通しで運転してもいいのでは…と思うのは管理人だけですかね。


葛西といえば、葛西車庫(現江戸川車庫)が近く、日野車の牙城として勇名を馳せた場所ですが、最近は営業所と車種の関係は完全に切れたようで、江戸川にも三菱車が入るようになっています。


江戸川車庫の三菱W代と、同じ江戸川の日野HR(通称ウナギロングorモヤシロング)の非公式側からのショット2点の計3点、あえてノーキャプションで。



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日野HRって、こうしてみると細長いですね。ただし車幅が狭く、それは最前部の通称「ヲタ席」に座るとよくわかります。


お次は、日産ディーゼル+西日本車体工業(西工)のP代車。「雷」(いかずち)なる難読停留所を通る、葛西と一之江を結ぶ「葛西22」に充当中。

ちなみに、「葛西22」については、当ブログでも乗車記をアップしています(こちら )。




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日の丸が凛々しいですね(*^_^*)


江戸川のW代の写真を正面から。こちらは、船堀を経由して城東の繁華街・錦糸町と結ぶ、隠れたドル箱路線「錦25」に充当されています。



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「錦25」は北の「王40」と双璧のドル箱系統


この後、葛西駅に出入りする京成バスも撮影したのですが、そちらは別の記事で取り上げます。


管理人は、葛西駅での撮りバス終了後、「葛西24」で船堀へ移動し、さらに「船28」で都営バス一般路線の最東端・篠崎駅へ行き、一之江まで戻って偶然、「葛西22」に充当中のCNG中型ノンステ車に遭遇しました。もちろん管理人も乗車し、葛西に舞い戻ってきました。

そんなCNGノンステ・R-G895の姿を3点、ノーキャプションでどうぞ。なお、後の2点は一之江駅前で撮影しております。



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屋根上のコブのようなCNGのボンベが、かなりのインパクトですね。

Gということは、平成11(1999)年度導入ですから、もうそろそろ代替車の声が…という感じもしますが、どうなるのでしょうか。


それにしても、祭日に日の丸を掲げて走っているのは、東京都内では都営バスだけです。

ツイッターのフォロワーさんからの情報によれば、かつては関西のバスでも祭日に日の丸を掲げて走っていた事業体もあったようですが、管理人は見たことがありませんので、今は恐らく掲揚をやめているのではないかと思います。

日の丸を飾ったバスって、何となくかっこいいと思いませんか?


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№891.思えば遠くへ来たもんだ


※ 当記事は02/12付の投稿とします。

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