さすらい館

俄笑うないつか来た道、老害笑うないずれ往く道。私も「老害」呼ばわりされないよう気をつけなければ(^_^;)

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当ブログは、10月30日に開設10周年を迎えました。当ブログをご贔屓にしてくださった皆様のご厚情に、改めて熱く御礼申し上げます。

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ひとこと>(時々管理人の気まぐれで不定期に改訂されます)
当ブログのリンク先に「ゆっくり京急」(管理人 京急久里浜様)を追加いたしました! その名のとおり京急を中心としたブログで、今後に期待大です。

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大阪市営地下鉄は、架空電車線方式の堺筋線、常電導リニアの長堀鶴見緑地線・今里筋線以外の路線は第三軌条方式になっていて、東京の地下鉄のような他の鉄道事業者との相互直通運転は多くありません。

その例外的事例がふたつあって、ひとつは中央線に乗り入れている近鉄けいはんな線と、御堂筋線に乗り入れる北大阪急行。北大阪急行の場合、東京メトロ南北線に対する埼玉高速鉄道とか、同東西線に対する東葉高速鉄道のようなもので、実質的には御堂筋線の延長路線の意味を持つものです。

 

それでも、赤と銀色を基調とする御堂筋線の車両の中に、北大阪急行の車両が交じると、なかなかの存在感を発揮するわけでして。

それがこちらの8000形「ポールスター」です↓

 

 

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塗装車体はインパクトがある

 

8000形はアイボリーの地にマルーンと赤の帯を巻いていますが、これはマルーンが北大阪急行の親会社である阪急の色、赤が御堂筋線のラインカラーを意味しています。

この車両、昭和61(1986)年に登場してから、今年で満30年になります。そのためか、↑の編成には、30周年記念のヘッドマークがついています。

 

せっかくなのでヘッドマークを接写↓

 

 

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シンプルながら高級感のあるデザイン

 

紺色の地を金で囲むというのは、なかなか高級感がありますが、この色使い、一つ間違えるとブルートレイン「北斗星」のヘッドマークも連想してしまいます(^_^;)

 

8000形は平成5(1993)年までに7編成が登場して2000形(大阪市交30系の兄弟車)を置き換え、大阪市交の車両に伍して活躍を続けてきましたが、全編成が出揃った21年後の平成26(2014)年、9000形が登場したことが、8000形に影響を与えることになります。

9000形は予定されている新箕面方面への延伸をにらんで登場した車両で、北大阪急行としては、当初9000形投入による8000形の廃車は考えていなかったようなのですが、結局8000形の制御装置更新に絡み、更新しない編成を9000形で代替することになりました。

現在、9000形は3編成が登場しています。

 

実は管理人が金曜日(2日)の夜、新大阪から淀屋橋にある宿泊先最寄駅まで乗ったのが、この9000形使用列車でした。

 

 

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これまでの9000形とは異なる

 

これまでの9000形は、ステンレス無塗装の車体であり、前面の鉄仮面然とした表情がいかめしくもユーモラスだったのですが、この第3編成はご覧のとおり、8000形に準じたカラーリングでの彩色がなされています。しかし、側面はマルーンの面積が大きくなっており、8000形とは大きく印象が異なるものとなりました。

 

新箕面開業は平成32(2020)年度といわれていますが、そのときにはまた9000形の増備が行われることになりそうです。また、8000形も1編成を除いて制御装置の更新が完了しており、更新済みの編成は新箕面開業後も9000系に伍しての活躍が続くのだろうと思われます。

 

【おことわり】

当記事の写真は大阪市営地下鉄御堂筋線内で撮影したものですが、記事本文が北大阪急行の話題となっているため、記事カテゴリを「その他の鉄道(西日本)」としています。

 

※ 平成28年12月7日、本文を訂正しました。

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本来なら火曜日は連載記事の更新の曜日なのですが、今年の連載記事が全て完結してしまったため、12月の火曜日は当ブログの10周年企画として、「Decade~あれから10年経ちました」をお送りしようと思います。どうぞお付き合いください。

今回はJR編です。

 

当ブログ発足後現在までの10年の間に、JRも随分変わりました。北陸新幹線・北海道新幹線の開業もそうですが、ブルートレインなどの長距離列車が激減したのもそう。10年前は「出雲」がなくなったとはいえ、まだ「富士ぶさ」こと「富士・はやぶさ」は健在でしたし、急行ですが「銀河」も然り。「日本海」は函館発着がなくなったものの2往復を堅持し、「北斗星」も2往復。「あけぼの」「北陸」もまだ走っていました。国鉄時代よりは大幅に減ったものの、それでも主要幹線の骨格では残っていました。

それが、当ブログ開設の2年後に「銀河」が廃止され、さらにその翌年「富士・はやぶさ」も廃止。「富士・はやぶさ」の廃止は、昭和33(1958)年からの九州ブルトレの歴史を閉じるものであったと同時に、東京駅を発着する定期客車列車が消滅したということで、歴史に残るものとなりました。

現在、JR各社はセクショナリズムを強める傾向にあり、新幹線以外の他社乗り入れ列車は、それなりの需要が見込める区間に限られるようになってきています。それがいいことなのかどうかは、ここでの言及は止めておきます。

 

車両の面でもかなり変わりました。

新幹線でも「のぞみ」の主役だった300系が退役し、その後登場した700系も、N700系に追われる形で数を減らしつつあります。JR西日本が西日本区間の乗客をできる限り東へ引っ張るために開発された「走り屋」500系の東海道乗り入れも、平成22(2010)年に見られなくなり、東海道新幹線は現在、700系とN700系の寡占状態が続いています。西日本区間でも、最後の活躍を続けていた古豪0系、短編成になりながら懸命に働いていた100系も、この10年の間に軒並み姿を消しています。

ただし九州新幹線の開業により、西日本区間の列車・車種のバラエティーはかえって増すことになりました。九州直通に特化したN700系の登場により、JR西日本の車両だけではなく、JR九州の車両も西日本区間に入ってきています。そのかわり、かつての「ひかりレールスター」のスジは大半が九州直通の「さくら」のそれに取って代わられ、それによって700系7000番代が「こだま」運用に転身、本来の「ひかりレールスター」として走る機会は激減してしまいました。

東北上越系統でも、国鉄時代からの息の長い活躍を続けてきた200系が退役、山形新幹線用の初代400系も退役、これら車両の退役により、新幹線から直流電動機を装備した車両が消えました。山形・秋田両新幹線でも、前者にはE3系が投入されて400系を置き換え、後者には新たにE6系が投入されてE3系を直通運用から追い出しています。さらに車齢が若いはずのE1系初代Maxも、その大き過ぎる収容力を持て余し、結局退役に追い込まれています。長野新幹線用として登場したE2系も、北陸新幹線金沢開業用に準備されたE7系により、その大半が退役しています。

現在、東北(北海道含む)・上越・北陸は、東北がE5系と山形・秋田直通車、上越がE2・E4系、北陸がE7/W7系が多数を占めています。この10年の間には新青森開業もあったのですが、それ用に増備されたはずのE2系が、現在は新青森に達する定期運用がありません。このことも、新幹線運用の移り変わりの早さを実感する話です。

 

在来線も随分様変わりしました。

首都圏では車輛のほとんどがE231系、E233系とその兄弟車に席巻される状態となり、京浜東北線にあれだけ沢山いた209系も現在は房総に転身しています。201系の中央快速線からの引退により、首都圏では「色を塗った通勤電車」が消えました。

10年前にはちょうど東海道線に残っていた113系が全て211系とE231系に置き換えられました。その211系も、今度はE233系の大量投入により、東北・高崎線用の211系まで含めて置き換えられ、押し出された211系は一時的に房総地区で使用された後、中央線や高崎地区で運用されることになり、当地の115系を置き換えています。新潟地区からも115系が放逐されつつありますが、こちらは211系では耐寒耐雪性能に難があるということか、新型車(E129系)による置き換えが進められています。

房総でも平成22(2010)年までにローカル用の113系が全て置き換えられ、その後中央ローカル用の115系も置き換えられたことから、これによって「スカ色」と呼ばれる紺+クリーム色のツートンカラーが消滅しています。

常磐線では415系などの鋼製車がE531系によって放逐されたのが10年前ですが、そのころから順次E531系編成にグリーン車を組み込む作業が開始され、翌年までに完成、翌年3月のダイヤ改正からグリーン車の営業を開始しています。

東海地区では国鉄型車両がほぼいなくなり、113・115・119系、キハ40系という面々が姿を消しました。西日本でも103・113・115系は着実に勢力を縮小しており、風前の灯となっています。北陸に残っていた475系などの急行型も、新幹線開業という外的要因こそあったものの、大半の車両が退役してしまいました。北海道でも、残っていた711系が退役し、国鉄型電車が北海道から消えました。

電車は着実に置き換えが進んでいますが、キハ40系は現在もなお、東海以外の各旅客会社で多く稼働しています。しかし、これも登場後40年が経過するので、いつまで活躍が続くのか分かりません。

 

以上は通勤・近郊型車両ですが、もっと大きく変わったのは特急車。何といっても特筆すべきは、485系運用の劇的な縮小です。

当ブログの開設当初は、数を減らしたとはいえまだまだ北陸~東北で元気に活躍しており、交流機器を降ろされた183系800番代も京都・大阪発着の北近畿地区の特急として走っていたのですが、その「こうのとり」なども287系投入などにより置き換えられ、「北越」は新幹線開業で列車そのものが廃止、「いなほ」「かもしか」などもE653系などに置き換えられました。最後に残った「白鳥」運用も新幹線開業により消滅、これによって485系の定期特急運用は全てなくなっています。

それでも485系にはまだ新潟-糸魚川間の快速運用が残っていますが、本当に定期運用がなくなったのは183・189系。こちらも新幹線開業により「妙高」が消え、団体・臨時列車用になっていますが、いつまで走るのかは不透明です。気動車でもキハ181系「はまかぜ」運用が消滅し、全車退役に追い込まれています。

こうなると、最後に残る国鉄型車両は何になるんでしょうね?

 

以上、駆け足で見て参りました。10年でこんなに変わったんだと、管理人自身驚かされるばかりです。

 

次回は、大手私鉄編をお送りします。

 

-大手私鉄編に続く-

 

【おことわり】

当記事は「当ブログ10周年企画」であることから、カテゴリを「連載記事(2016年)」としております。

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今回から何回かに分けて、大阪への「出張ついで鉄」シリーズの記事をアップして参ります。よろしくお付き合いのほど、お願い申し上げますm(__)m

 

まずは今回の行き帰り、Nの付かない700系を往復とも「指名買い」。勿論、目的は700系の「葬式」のため。同系は3年後までの退役が決まっていますが、まだ鉄道趣味界が騒がしくない今のうちに、お別れ乗車を済ませようという考えでした。また、「ひかり」「こだま」ではなく「のぞみ」を選んだのは、700系が東京-博多間直通の「のぞみ」でデビューしたという歴史的経緯に敬意を表してのことです(ダジャレではありません)。

 

 

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この顔が見られるのもあと3年(以前の記事から転載)

 

実際に乗ったのは、東京駅19時47分発の「のぞみ417号」。指定席券売機を操作して、喫煙席の選択肢が出てきたので、この列車の指定席を買いました。

帰りは同様に、新大阪駅19時10分発「のぞみ410号」。こちらも同じように喫煙席の選択肢が出てきたので、これは間違いないと思って指定席を買った次第。

 

で、往路の「のぞみ417号」ですが…。

 

 

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確かに700系!

 

このロゴ、今見ても全く古臭くなく、カッコいいんですが、これも見られなくなってしまいます。

室内はこんな感じ↓

 

 

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明朗な室内(往路に撮影)

 

もっとちゃんとした全景はこちら↓

 

 

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全く劣化はしていない(復路に撮影)

 

300系が間接照明を多用していたのですが、これが不評だったのか、直接証明に戻しました。しかしこの明るさはオフィス並み。夜にこれはどうなのかと個人的には思いますが、ビジネスマンの比率が高い東海道新幹線ならこれでいいんでしょうか。

ただ、管理人は700系のブルーを基調とした明朗な色使いは嫌いではありません。300系だとモノトーンで入院病棟みたいな感じがしたので、700系には好感を持っています。

 

こちらは、復路に「のぞみ410号」に乗車した証拠写真。車外と車内からの各1店の2点の写真を、あえてノーキャプションで。

 

 

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往路・復路とも夜間なので、車窓は割愛。

乗っている限りにおいては、非常に快適な乗り心地で、このような快適な車両がN700系に追われて退役するなどということは、にわかには信じ難い印象がありました。

しかし、700系がN700系に決定的に劣っているウイークポイントがあります。それは、座席にコンセントがないこと。

現在、モバイル機器の爆発的な普及に伴い、コンセントの需要が増大、N700系はグリーン車の各座席、普通車の窓側にコンセントを設置しています。もっと徹底しているのがE7/W7系で、こちらは普通席も全席コンセント装備で、新幹線としては初の全クラス全席コンセント装備となっています。

これに対して700系は、コンセントはあるにはあるのですが、普通車・グリーン車とも車端部の席だけ。この仕様が仇となり、700系は乗客には選択されにくくなってしまいました。

 

それと、もうひとつの問題が、最高速度。N700系は山陽区間では300km/h運転が可能になっていますし、加速度も通勤電車並みに高く、それだけトップスピードで走れる時間が長くなっていますが、700系はそこまでのことはなく、最高速度が285km/hに抑えられること。これが山陽区間ではダイヤを構成する上での足枷となるものと思われます。いや、700系だって、0系や100系に比べたら、走行性能は比べ物にならないほど向上しているのですが、N700系がその上を行っているものですから、現在のスペックではいかんともしがたいものがあります。

 

接客設備。走行性能。そして使用年数の問題。

これらがあるために、700系は置き換え対象になっています。

鉄道車両の場合、物理的寿命の他に社会的寿命、技術的寿命などがありますが、700系はもしかしたら、物理的寿命の前に社会的寿命が来ているということかもしれません。それだけ、新幹線の運用が過酷であり、車両に要求される水準が高いということでもあります。

 

700系が消えると、行先表示が幕の新幹線車両、座席で喫煙できる新幹線車両が消えることになります。完全に消えるまではまだ3年ありますが、最後まで元気に走ってほしいものです。

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皆様こんばんは。

 

管理人は先の土日、仕事で大阪に行っておりまして、そのついでに、久方ぶりの「出張ついで鉄」を敢行して参りました。

色々ネタを拾って参りましたので、順次アップしていければと思います。どうぞお楽しみに。

 

しかし南栗橋のファンフェスタ、行きたかったなあ(´・ω・`)

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今回は東急のデハ3500を取り上げます。

3450、3600、3650、3700、3800と来て、3500を取り上げないのも画竜点睛を欠く気がしてきましたので、ブログナンバーとは何の関係もありませんが、今回取り上げることにいたします。以前のブログナンバー3500のとき、東急ではなく京成の3500を取り上げたのですが、「東急の3500じゃないのか」というコメントを頂戴したことがありますが、やはり東急3500を取り上げればよかったと思っています(^_^;)

 

デハ3500は、東急の前身・東京横浜電鉄のモハ1000形として、昭和14(1939)年から全22両が投入されました。メーカーは全車川崎車輛(現川崎重工)。両エンドに片隅式運転台を備えた両運転台・非貫通というスタイルは、先輩格のモハ510(→デハ3450)と同じですが、こちらは窓が大きくなり、より軽快なスタイルになったことが異なります。モハ1000形は、窓が大きくなったことでモハ510形よりも軽快なイメージとなり、まだリベットは残るものの、戦前における電車のひとつの完成型ということができます。

モハ1000形の特徴は、将来的な狭軌→標準軌への改軌を見越し、長軸台車を導入したこと。これは、京浜電鉄(現京急本線)に直通して浦賀方面へ直通する計画があったからですが、小田急・京浜・東横が合併した「大東急」時代においても、その後戦争へ突入したこともあるのか、その計画は実現しないまま、「大東急」は分割されてしまいました。

結局モハ1000改めデハ3500は、22両全車が「大東急」分割後の新生東京急行電鉄に残り、その後デハ3450と同じように、運転台の全室化・片運転台化が行われ、さらに中間にT車を挟んだ3連を組成するために、偶数車が方向転換されています。運転台のある側の全面は、1両(3508)を除き非貫通。そのため、デハ3450ほど形態の差異はなく、趣味的にはあまり面白い車両ではなくなっています。

それでもネタはあるものでして…。

 

1 塗装試験車

戦後、緑色(先代5000系青ガエルや、現役末期の3000系列の緑よりも濃い色だった)の外板塗色を明るいものにしようと、デハ3500に2種類の試験塗装が施されたことがあります。試験塗装は2種類。1つはグリーン+オレンジという湘南電車に類似したもの、もう1つは銀色に赤い帯という、現在の東急バス一般路線車の塗装にそっくりなものでした。

結局のところ、いずれも採用されることはなく、昭和28(1953)年にデハ3800・クハ3850が紺色に山吹色のツートンカラーを纏って登場していますが、その後デハ3500をはじめとした従来車も、その紺+山吹色のツートンカラーに塗り替えられています。

 

2 唯一の前面貫通車デハ3508

この車両だけは本当に不思議な車両で、昭和54(1979)年ころまでは、3600系の車体載せ替え車と同じ「東急標準車体」となっていました。同じように、デハ3450の一員であるデハ3472も東急標準車体になっていますが、あれは道路併用橋時代の二子橋でトレーラーと衝突事故を起こし、車体が再起不能のダメージを負ったから。それではデハ3508は…とずっと不思議でした。

後で知ったのですが、デハ3508は戦時中に発生した火災により、電装を持たないクハとして復旧され(クハ3657)、その後再電装され原車号に復した経験を有する車両です。もしかしたら、このとき車体が火に巻かれていたためダメージが甚大であり、それ故に車体を載せ替えたのでは…と思われます。

後述するとおり、デハ3500形は2回の更新を経て、現役最末期は「海坊主」と呼ばれる独特の風貌になっていますが、他の車両が「海坊主」化した後もしばらくの間、このデハ3508と、コンビを組むデハ3507は、最後まで「海坊主」化がなされないままの姿を保っていました。

ちなみにこのデハ3508、「海坊主」化がなされた後も貫通扉を堅持していたという…。

 

3 2度の更新工事

デハ3500も、窓のアルミサッシ化、内装のアルミデコラ化などの更新工事を経ていますが、昭和51(1976)年からの工事はさらに徹底したもので、張上げ屋根にした上、前面の「おでこ」をつるつるに磨き上げたようにも見える、一種独特の風貌で現れ、当時の鉄道趣味界では大変な話題となりました。この工事によって、見かけは確かに近代化したものの、原型の面影が殆どなくなってしまったとあって、落胆する人も多くいました。

ただ、今思えば、結局平成元(1989)年まで活躍したのですから、いっそ冷房装置を搭載してしまえば、もっと寿命が延びたような気もしないでもないですが。

それでも、昭和50年代に入って「海坊主」化という、ある程度大掛かりな更新修繕を行ったことは、東急の吊り掛け駆動車としては最後まで残るであろうという、会社としての判断があったことは、想像に難くありません。

 

4 池上線に入ったデハ3500

末期のデハ3500は、中間にT車を挟んだ3連を組み、専ら目蒲線(当時)で使用されました。これは、専ら池上線で使用されてきたデハ3650とは対照的です。

3000系列吊り掛け車の淘汰が本格化してきたのは昭和60(1985)年ころですが、このころ、デハ3500の3連が池上線にトレードされ、しばらく同線で営業運転に入っていました。ただ、後にデハ3650の3連が目蒲線にトレードされたときほどには、このときは鉄道趣味界では話題になっていなかったような。

 

懸命の活躍を続けてきたデハ3500も、流石に昭和60年代になると、サービスレベルに難があることが指摘されるようになってきました。その主なものは、吊り掛け駆動故に騒音が大きいこと、乗り心地がカルダン駆動車に比べて劣ることなどですが、最大の難点は冷房がないことでした。冷房がない、うるさい「走るサウナ」では、もはや利用客の満足は得られないということです。

そのため、22両全車が揃って活躍してきたデハ3500は、遂に平成元(1989)年3月、全車退役することになります(実際には3連1編成が予備車として同年夏ころまで残存)。モハ1000として生を受けて、ちょうど60年を経過した年のことでした。

 

デハ3500はデハ3450及びデハ3650と共に、東急戦前型の「三兄弟」として語られることが多いのですが、50両と両数が多く個体ごとの差異も多いデハ3450や、6両と両数こそ少ないものの、当初はクハとして落成し数奇な変遷をたどったデハ3650にくらべると、デハ3500は22両という勢力であり、しかも個体ごとの差異も少ないとあって、鉄道趣味界の注目度はこの両形式に比べると、率直に言って一歩譲るところはありました。しかし、平成元(1989)年3月の東急線からの吊り掛け駆動車完全撤退まで全車現役を貫き、他社に移籍したものも1両も出さないまま、60年の人生(車生?)を全うした。このことの偉大さは、いくら強調してもし過ぎることはありません。

 

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