その1(№2003.)から続く

今回は日本国内におけるVVVF車の実用化の過程を取り上げます。

前回取り上げたとおり、営団地下鉄(当時)の6000系試作車を使用した現車試験が昭和53(1978)年に行われましたが、その2年後、日立製作所に東急のデハ3552号が搬入され、VVVF装置の現車試験が行われます。同じころ、東洋電機製造では、相鉄のモハ6305・6306の2両を改造し、現車試験を行っています。
その後、大阪市営地下鉄の100形106号を使用した現車試験も行われ、こちらは将来の「ミニ地下鉄」(現在の長堀鶴見緑地線や都営大江戸線などの方式。ただし、当時の時点では、リニア方式は必ずしも前提とされていなかった)への採用を視野にいれ、小型の装置による試験が行われ、100形の床下にさらに板を吊り下げ、その板に機器を取り付けるという方法を取っています。
大阪市営地下鉄の試験では、この時点でVVVF装置の開発をリードしていた日立のほか、東芝や三菱製の装置も搭載され、3社の装置が比較検討されています。この成果が後の20系に生かされることになります。
また、昭和57(1982)年には、阪急でも1601号に東洋電機製造の装置が搭載され、現車試験に供されています。
大阪市でも阪急でも共通しているのは、退役が間近い古い車両を使用して装置の試験を行っていることですが、余剰車両として融通しやすかったというのが理由なのでしょうね。

以上の各事例は、工場内の試走や営業線内でも深夜帯の試験運転といったもので、いずれも実際の営業運転を行いながらの試験ではありませんが、遂に昭和57(1982)年、営業運転に供される日本初のVVVFインバーター制御の電車が世に出ます。それは、路面電車である熊本市交通局の8200形でした。8200形は2両が投入され、独特のパルス変調音を響かせながら、熊本の街の中を走り始めました。この車両は、日本で初めてVVVFインバーター制御を採用したことが評価され、翌年度に鉄道友の会のローレル賞を受賞しています。

さて、これでVVVFインバーター制御の普通鉄道における実用化に道筋がつけられました。
とはいえ、最初の採用例が路面電車だったのは、路面電車の場合は普通鉄道と異なり、軌道上に微弱電流が流れないため、誘導障害(駆動装置から発する電磁波により、信号その他の軌道回路に影響する)を考慮する必要がなかったことが理由です。
その後、昭和59(1984)年には、地下鉄用として大阪市営地下鉄にVVVFインバーター制御装置を搭載した20系が登場し、中央線で活躍を開始します。この車両のVVVF装置は日立・東芝・三菱の3社が製造して同一編成に搭載され(第1編成のみ。したがって第1編成はJRでいう『900番代』のような位置づけともいえる)、比較検討されました。ただ、この方式では性能のばらつきがあるため、第2編成以降の量産車では、1編成あたり1社と統一されています。
20系の登場によって、路面電車以外の高速鉄道でのVVVFインバーター制御の採用となりましたが、実際の営業運転は東急9000系や近鉄1250系(→1420系)が営業運転を開始した後になったようです。これは、大阪市が「ミニ地下鉄」への採用を視野に入れていたことから、そのための技術の開発が必要だったこともあり、普通鉄道への採用だけを考えていた他の大手私鉄とは異なる事情があったようです。

ともあれ、路面電車と地下鉄とでこの制御方式が採用されたことで、普通鉄道での採用も時間の問題とみられるようになってきました。

ところで、大手私鉄の中でも、東急は西の近鉄とともに、比較的早期にVVVFインバーター制御を採用した鉄道事業体として著名ですが、東急における第一歩は、初代6000系の改造による現車試験でした。
具体的には、デハ6202に日立製の装置を取り付けるのですが、昭和57(1982)年の年末に長津田へ回送されて工事を受け、翌年4月から構内での各種試験を開始、同年5月26日深夜、遂にVVVFインバーター制御車両の本線走行が実現します。なお、ユニットを組んでいたデハ6301は電気的な接続を切り離し、事実上の付随車となりました。
誘導障害への対応を取りながら、深夜の本線走行はこの年の12月まで続きました。
その後、東急はVVVFインバーター制御の実用化に一定のめどがついたとして、昭和59(1984)年6月から、昼間の大井町線で走行試験が重ねられ、その年の7月25日から、我が国の1500V電化区間の普通鉄道の路線では初の、VVVFインバーター制御の電車による営業運転が行われています。この営業運転は、デハ6202-デハ6301に続けて、未改造の6000系4両をつないだ6連で行われましたが、大きなトラブルもなく、この年の9月まで続けられました。
このころになると、日立製に続き、東芝・東洋電機も試作品が完成しましたので、これらの試験を行うことになり、東芝製はデハ6302、東洋電機製はデハ6002にそれぞれ設置改造を施し、これらの車両だけで編成を組むことができるようになりました。

←二子玉川園(当時) 6202-6301-6302-6201+6002-6001 大井町→

※ 太字の車号の車両にVVVFインバーター装置を搭載

VVVFインバーター装置を搭載しなかった6201と6001は、6301と同じように、事実上の付随車として扱われ、実質的に3M3Tの編成を組めたことになります。
この編成が、昭和60(1985)年7月1日から、大井町線で営業運転に投入され、各種試験が続けられました。それも同年11月に終了、大任を果たした6000系は退役し、VVVFインバーター制御の試験に供されなかった車両のうち、一部が弘南鉄道に譲渡された他は廃車となっています。

東急における一連の試験や営業運転では、不具合を改善すれば量産が可能と判断されましたが、この当時は当然のことながらVVVF装置のイニシャルコストがべらぼうに高く(一説によると当時は1セット4000万円とも)、これをいかに下げるかという、企業にとっては切実な課題が残されたことになります。

東急は、これでVVVFインバーター制御の実用化について、技術的な問題はクリアすることができました。
そこで、東急は次なるステップとして、遂にVVVFインバーター制御の車両を量産することになります。それが、現在でも活躍が続く9000系ですが、次回と次々回は、9000系にフォーカスを当てて、お話を進めていこうと思います。

その3(№2034.)に続く