「看護師爪ケア事件・逆転無罪判決の経過と真相」(「医療労働者」より) | 労働組合ってなにするところ?

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2008年3月から2011年3月まで、労働組合専従として活動しました。
現在は現場に戻って医療労働者の端くれとして働きつつ、労働組合の活動も行なっています。

あまり知られていない労働組合の真の姿(!?)を伝えていきたいと思います。

日本医療労働会館が発行している「医療労働者」1月号に、「看護師爪ケア事件・逆転無罪の経過と真相」という記事が掲載されていました。この事件に、逮捕直後から逆転無罪判決を勝ち取るまで尽力された弁護士、東敦子さんによる記事です。


この記事を拝読して、再度この事件について考えようと思い立ち、裁判所の判例検索システムを使って控訴審の判決文を読んでみました。総合検索で、事件番号「平成21年(う)228号」を入力して検索するとすぐに表示されます。判決文は全部で22ページでした。

この判決文を読みますと、一審で被告人の行為が「爪剥ぎ」ではなく「爪切り」であったことが認定されたにも関わらず、捜査段階での自白を根拠に「爪切り」の目的が個人の楽しみであり、患者の痛みや出血への配慮がなかったという断定がされ、有罪判決に導かれてしまったことがわかります。その捜査段階での自白の信用性が疑わしく、客観的な事実と合致しないものであり、控訴審では採用できないと判断されたことも明らかになっています。



裁判所:判例検索システム

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0010?action_id=first&hanreiSrchKbn=01


平成21年(う)228号

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101025111429.pdf


爪ケア事件については改めて詳述する必要ないとは思いますが、初めて読むという方は過去のエントリーをいくつかあげておきますので参照してください。



緊急報告「爪ケアを考える北九州の会」からのアピール

http://ameblo.jp/sai-mido/entry-10310539150.html


爪ケア事件、逆転無罪判決!(毎日新聞などより

http://ameblo.jp/sai-mido/entry-10650909443.html


検証「なぜケアは虐待とされた?」(連合通信・隔日版より)

http://ameblo.jp/sai-mido/entry-10655649768.html


「爪切り事件」で福岡高検が上告を断念(CBニュースより)

http://ameblo.jp/sai-mido/entry-10664820108.html



さて。弁護士の視点から事件を振り返っているこの記事を読み、最初に問題として浮かび上がってくるのがマスメディアの報道姿勢です。

東弁護士も正直に書かれていますが、「それまで「爪はぎ、虐待」と連日報道されていたこの「事件」。私は「そんなひどい看護師がいるのか」と受け止めていました。」(「医療労働者」1月号40ページ)とありますように、事件について殊更悪質性を強調するような報道がされており、しかもそれが繰り返されていました。そのことは、その後の県警の捜査方針にも影響を与えたことは想像に難くありません。


こうしたマスコミの過剰反応を誘発した責任は、上田さんが勤務していた病院にもあります。病院は、上田さんから十分な聴き取りを行なわずに、突然記者会見を開いて「看護師が爪を剥いだ、虐待をした」(「医療労働者」1月号40ページ)と発表しました。病院責任者がフットケアが高齢者看護の常識だと理解していれば、このような軽率な発表は行なわなかったでしょう。その後、病院が作成した爪実態報告書では、「7割以上が変形・異常爪、爪の自然脱落は日常茶飯事で、気が付いたら出血していたという事例も多数」(「医療労働者」1月号41ページ)あったそうです。上田さんの爪ケアは、他の看護師に理解を求める努力が不十分であったとはいえ、むしろ患者さんの療養の向上に資する行為であり、そうした行為に学ばない他の看護師こそ病院は問題にすべきだったと思います。


次に、捜査機関による自白の押し付けの問題があります。

近年、冤罪事件についての報道が増加し、無実の人が追い詰められてやってもいない犯行を”自白”してしまうケースが多々あることが認識されてきています。この事件もそうしたケースの一つだったと言えます。東弁護士によりますと、「日本よりも、いくらかマシな制度だと言われている米国でも、逮捕から48時間以内には無実の人のほとんどが自白していますというデータが出ています」(「医療労働者」1月号41ページ)ということです。

この事件でのそのような虚偽の”自白”は、一審では見逃されてしまいましたが、控訴審においては捜査官の誘導によってつくられた”自白”であった可能性が高いことから、”自白”の信用性は否定されています。

裁判では通用しないような”自白”を取ることに無駄な労力を割く捜査機関のやり方は、改善されなければならないと思います。


一審は、爪剥ぎではなく爪切りだと認定してにも関わらず、「爪切り行為を客観的に評価することをせずに、上田さんが捜査段階でとられた自白調書だけを根拠に、あたかも、自分の楽しみを追求するだめだけの、やましい気持ちでの爪切り」(「医療労働者」1月号42ページ)であると判断し、有罪判決を下してしまいました。

控訴審では、上田さんの爪ケアをリアルに再現し、2007年当時の爪ケアのスタンダードと照らして正当な看護行為であるということを立証することに弁護団が尽力しました。結果、弁護側の提出した鑑定書を、「控訴審の裁判所は「もっとも信頼できる」と評価し」(「医療労働者」1月号43ページ)、「上田さんの爪ケアは看護師としての正当な業務行為である」(「医療労働者」1月号43ページ)と認められました。

看護師としての正当な業務行為と認められれば、その態様が傷害行為であっても、違法性が阻却される、すなわち傷害罪には問われないことになります。


また、東弁護士は今後の課題についても書かれています。

無罪判決が勝ち取られましたが、病院は上田さんの懲戒解雇を取り消さず、報道機関に対して「あってはならないことだった」(「医療労働者」1月号43ページ)とコメントしているそうです。つまり、病院側は上田さんの爪ケアを「爪剥ぎ、虐待」だと発表したことの誤り、その認識に基づく懲戒解雇という判断の誤りを認めていないということになります。

北九州市も、「上田さん本人に何の事情も聞かずに、病院から報告書を出せた形で「高齢者虐待防止法上の虐待」と認定し」(「医療労働者」1月号43ページ)、無罪判決後は「市長が「無罪判決は重く受け止めている」とコメント」(「医療労働者」1月号43ページ)しているものの、認定は取り消されていないそうです。

こうした誤った判断、認定を正し、上田さんの名誉を回復することがこれからの課題です。


最後に、東弁護士は次のように書いていらっしゃいます。


「 この事件は、ケアのあり方、看護など専門分野についての捜査のあり方、医療労働者の権利など様々な分野から光をあてて考えることのできる事件です。いろんな方々に共感いただく部分もあいますし、問題点を共有しながら、発展させていける部分もあるかと思いますので、この事件の教訓をそれぞれの現場でいかしていただけたら、上田さんの苦労も報われるのではないかと思います。」(「医療労働者」1月号43ページ)


上田さんにも、家族への説明が適切でなかったことなど、まったく問題がなかった訳ではありません。ですが、それは現場の業務改善として正していく問題であって、刑事事件にしなければならないような問題ではありませんでした。

それが刑事事件に発展し、何年も裁判に費やさなければならなくなってしまった原因が何処にあるかを考え、同じようなことが起こらないように現場を改善させていきながら、もっと大きな問題への取り組みにもつなげていくべきではないかと思います。