検証「なぜケアは虐待とされた?」(連合通信・隔日版より) | 労働組合ってなにするところ?

労働組合ってなにするところ?

2008年3月から2011年3月まで、労働組合専従として活動しました。
現在は現場に戻って医療労働者の端くれとして働きつつ、労働組合の活動も行なっています。

あまり知られていない労働組合の真の姿(!?)を伝えていきたいと思います。

爪ケアをめぐる北九州市での事件で、福岡高裁で上田看護師の逆転無罪判決が下されてから、多くのメディアでこの問題が取り上げられています。

当ブログでのこれまでの主張や収集した情報については、下記エントリーにまとめてあります。


爪ケア事件、逆転無罪判決!(毎日新聞などより)

http://ameblo.jp/sai-mido/entry-10650909443.html



そして、「連合通信・隔日版」でこの事件の経緯を振り返り、なぜケア、通常の療養上の世話が虐待と見なされたり傷害罪で起訴されたりしてしまったのかの検証を行なっているのでご紹介したいと思います。引用部分は青で表記します。




〈検証〉 なぜケアは虐待とされた?

女性看護師の「爪きり事件」 福岡高裁が逆転無罪判決

連合通信・隔日版  2010年9月18日付  No.8372  p10~11



(前略)



 なぜケアは虐待とされたのか。控訴審判決や上田さんを支援した市民団体「爪ケアを考える北九州の会」の声明などから読み解く。



 病院の誤解で告発



 八幡東病院は高齢者の入院が中心で、巻き爪や厚みを増すなど変形した爪を持つ患者も多くいた。職能団体の日本看護協会によると、患者の爪を状態に応じて切除して清潔にする行為は「フットケア」と呼ばれ、高齢者看護では常識になりつつある。

 新任の看護課長だった上田さんは、経験を生かして爪を切除したが、患者の出血を見た同僚の一部が虐待と誤解して内部告発をはじめ、患者の家族の不信を高めた。病院側は内部調査をしたが、病院長らの意向を無視して虐待と結論付け、上田さんを刑事告発した。


 警察・検察が自作


 警察や検察は上田さんを傷害容疑で逮捕し、100日以上も拘置した。捜査は病院の内部調査の域を出ず、高齢者の爪の特性やフットケアについて十分調べずに「ストレス解消や快楽目的で爪をはがした」と判断。長期間拘置された上田さんに対し、ストーリーに合うように供述調書を作成した。控訴審判決は調書について「捜査官の意図を押し付けられ、誘導された疑いが残る」と信用性を否定した。


 行政や報道も節穴


 マスコミは上田さんの逮捕前後から病院や捜査機関の発表をもとに「爪はぎ事件」と名付けて連日報道。関係者や専門家への裏付け取材も十分になされず、上田さんを「爪はぎ看護師」とするレッテル張りに貢献してしまった。

 指導官庁だった北九州市は、やはり病院側の作成報告をもとに第三者機関の委員会に諮り、上田さんの行為を「高齢者虐待」と認定した。委員会には専門家も入っていたが病院報告は吟味されず、審議はわずか3週間で2回だけだった。



 引きずられた地裁



 一審の福岡地裁も事件の流れに引きずられるように、上田さんを有罪とした。

 出廷した当時の看護部長が「ケアだった」と証言。裁判官は検察側の主張を疑うべきだったのに、判決では「爪切りは看護として行うことがある」と認めながらも「上田さんは患者の痛みや出血に配慮せず、楽しみで行った」とした。捜査段階の供述調書を鵜呑(うの)みにしたと思われても仕方ない。



 「もう名誉を奪うな」


 控訴審で、弁護側はフットケアの文献などを使って上田さんの行為が看護であることを立証し、無罪判決を勝ち取った。日本看護協会の久常節子会長は「刑事事件になったことは今も受け入れがたい。フット桁に従事する看護師は、高齢者看護の質向上をお願いしたい」とコメントした。

 市民団体「北九州の会」は「善良な看護師の時間と名誉を奪い、3年余の間、刑事被告人であることを強いた」と検察を批判。「もうこれ以上、上田さんに苦しみを与えないで」と上告断念を求めている。

 


一つ一つ検証を深めていきましょう。

まずは病院の問題についてです。

上田看護師の爪ケアが「高齢者虐待」にされてしまった原因の一つとして、同僚の一部が積極的に外部に「虐待である」という情報発信を行なったことが挙げられます。

私の記憶が確かならば、遅くても2006年には当法人に所属する病院にフットケア外来ができていましたので、フットケアが看護行為として知られるようになったのはそれ以前のことだと思います。ですから、看護師が高齢者の爪が切除されているのを見て即座に「虐待だ」と思ったのだとしたら、その看護師が不勉強であったと言わざるを得ないと思います。(当法人の職員でしたら、2006年の段階では確実にフットケアを看護現場での常識としてとらえていたと思います)

もしも、フットケアが看護行為だということを知っていて、それでも「虐待だ」と思ったのだとしたら、よほどその職場は職員間のコミュニケーションが取れておらず、職員同士の信頼関係がない職場であったのだろうと推察せざるを得ません。普通にコミュニケーションが取れている職場だとしたら、もしも疑惑を抱いたとしてもまずは本人に正すことから始まり、”虐待である”ということが確定してから初めて、ご本人やご家族への謝罪という形で表に出していくことになったと思います。

また、病院が内部調査を行なって刑事告発を行なったということですが、その際に上田看護師本人に弁明の機会を与えたのかどうか疑問です。大病院なのでしたら当然、職員就業規則が整備されていると思うのですが、職員の起こした問題に何らかの対処を行なう場合について定めた懲戒規程はなかったのでしょうか。懲戒規程があったのだとしたら、その中に職員に弁明の機会を与える条文はなかったのでしょうか。ないとしたら非民主的、専制的な職場だと言わざるを得ません。

ともあれ、刑事告発をする前に病院としてやるべきだった十分な調査、本人の弁明聴取などを怠っていたことが、この件が刑事事件として起訴されるに至ってしまった原因の一つであることは否めないでしょう。


次に、警察、検察の問題です。

警察・検察がつくり上げたストーリーに沿って事実と異なる供述調書がつくられてしまったということに関しては、これまでの様々な冤罪事件と同様のことなので、改めてここで論ずるまでもないことでしょう。

この件での特徴としては、警察・検察が看護の専門家に確認をとっていれば無意味な起訴をすることはなかったということが指摘できるでしょう。また、警察・検察の中に高齢の家族の介護に関わった経験がある人がいれば、高齢者の爪を素人が処理しようとするのは危険であり、看護師などが看護行為として爪切りを行なうことがあるという知識から、この件は傷害罪を適用するようなものではないということに気が付いたかもしれません。そうしたブレーキがかからなかったということは、警察・検察には高齢の家族の介護に関わるような人がまったくいなかったか、いたとしても一度ストーリーをつくってしまったからには少数者の意見など聞かないという組織体質があるかどちらかなのでしょう。


次に、報道の問題です。

以前、「爪ケア事件を看護・介護労働者が考える意義 」というエントリーの中で、「月刊国民医療」2010年7月号に書かれていた弁護士がこの件の詳しい経緯を説明した講演の内容をご紹介しましたが、この件が大きく報道されることになったきっかけは、病院内の誰かが患者さんの足の写真やカルテを持ち出して新聞社に持ち込んだことにあるそうです。(患者さんご本人やご家族、そして病院の責任者の許可を得ていなかったとしたら、これこそ大問題だと思いますが、許可の有無までは書かれていませんでした)

そして、その新聞社が病院に取材に来て、スクープを恐れた病院が会見を開くことになります。その当時のことを説明する弁護士の言葉を引用します。引用部分は青で表記します。


新聞社の取材の時点で病院側が毅然とした対応をすればよかったのですが、新聞社のスクープを恐れ動揺した病院側は、その日の夜7時に急遽記者会見を開きます。記者会見では、院長、看護部長、事務長の事情説明に対して記者が「何を言っているのかわからない」「被害者がいるのだろう」と恫喝を行い、病院側がおろおろする中で、病院の役員(医療関係者ではない)が「虐待があったこととして対応する」と発表してしまったのです。(「月刊国民医療」2010年7月号4ページ)



病院としての共通見解を固めないままで記者会見に臨んでしまったことや、病院役員が独断で記者会見の場で「虐待があったこととして対応する」と発表してしまったことも問題ですが、”虐待ありき”の姿勢で臨んだと思われる報道関係者の姿勢もまた問題だと思います。

その後、報道は”虐待”という方向で加熱していくこととなり、”爪を切った”ということが”爪をはがした”ということに転換されてしまったことにも報道がつくり出したイメージが加担しているのではないかと思います。

また、報道関係者の中に高齢の家族の介護に関わっ経験がある人がいれば結果は違っていたかもしれないということは、警察・検察の項で指摘したことと同様に言えることです。そうした経験がないとしても、医療関係の報道に携わる人間には医療についての勉強をしてもらいたいものだと思います。


次に、行政についてです。

第三者機関の委員会の審議は3週間でわずか2回しか行なわれなかったということですが、爪ケアを”爪をはがした”と最初に同僚看護師が問題にしたのが2007年6月15日、記者会見が行なわれたのが同年6月25日です。ですから、たとえ第三者機関の委員会の設置が6月16日だったとしても、その審議にはマスコミの報道の影響が大きかったことが推測できます。

また、専門家も入っていたということですが、その専門家が医師などの医療の専門家だったのか、医師だとすると高齢者医療の経験のある医師だったのか、看護の専門家は入っていなかったのかなどの疑問があります。もし医師や看護師が専門家として入っていたとしても、その人の専門分野と経験によって、本当にこの件にふさわしい専門家だったかどうかはわかりません。行政がそこまで考えて第三者機関をつくっているのかどうか、検証が必要だと思います。


次に、地裁についてです。

地裁で証言した当時の看護部長は、最初に問題が起こった際に上田看護師に事情を聴いた人物であり、実際に患者さんの状態を確認した人物でもあります。その看護部長の証言が認められず、検察側の主張を地裁の裁判官が認めたことには疑問を感じざるを得ません。地裁の裁判官がどのような根拠を持って「患者の痛みや出血に配慮せず、楽しみで行った」と断定したのか、検証が必要だと思います。

地裁の判決文を読むことは前々からの宿題になっていたのに果たせずにいるのですが、この事件が注目されたからには地裁の判決文も裁判所のホームページに掲載されるようになるのではないかと期待しています。


最後に、検察に上告断念を求めることについてですが、「爪ケアを考える北九州の会」にはホームページがないようで、検索してみたのですが具体的な行動提起がされているのかどうかはわかりませんでした。

裁判所の「刑事事件Q&A」にも、検察側が上告を行なう場合についての手続きの記載はありませんでした。

http://www.courts.go.jp/saiban/qa/qa_keizi/qa_keizi_36.html


なので、どこに意見を送ればいいのかわからないのですが、たぶん福岡高等検察庁が担当機関になるのではないかと思いますので、そこに問い合わせメールを送ってみようかと考えています。福岡高等検察庁のホームページからメールが送れます。


http://www.kensatsu.go.jp/kakuchou/h_fukuoka/h_fukuoka.shtml



返事が来るかどうかわかりませんが、もし来たら内容をご報告します。


以上で検証を終わります。




2010.9.22 22:00 追記 

福岡高等検察庁のホームページをよくよく確認してみましたら、個別の返答は行なっていないということでした。



続いて、「ユニオン」と「労働ニュース」アーカイブ様からの情報提供です。


http://mainichi.jp/area/mie/news/20100818ddlk24040157000c.html

労働相談会:非正規や外国人ら対象 9月毎週土曜 /三重
日時 9月の毎週土曜日(4、11、18、25日)、10~15時
場所 ▽松阪市上川町の市労働会館▽伊賀市ゆめが丘1のゆめぽりすセンター▽四日市市日永東1の市勤労者・市民交流センター東館、
弁護士と社会保険労務士各1人とポルトガル語とスペイン語の通訳が待機
事前申し込みが必要で、実行委員会事務局(059・225・2855)まで。
主催 「勤労者地域安心緊急サポート実行委員会」