3代目「特許翻訳の世界」 > 通訳翻訳ジャーナル連載「翻訳さんぽみち」
> 「翻訳会社vs.翻訳者」-2000年3月号
復刻シリーズです。
※小見出しは、2000年当時『通訳翻訳ジャーナル』での掲載時に編集部で付けて下さったものをそのまま使います。
「翻訳会社vs.翻訳者-(1)」からの続きになります。
待遇が悪いと こうした会社にもそれぞれ何らかの事情はあるのでしょうが、待遇に問題がありすぎるとせっかくの良い翻訳者までが離れていってしまうことにもなりかねません。
仕事を得ることばかり優先させたり翻訳を片手間の副業にすると さて、翻訳会社ばかりをやり玉にあげるような記事になりましたが、翻訳業界にこのような流れが生じている背景には、発注側だけでなく受注する側にもいくつか問題があります。クライアントから提示される翻訳料や訳文の品質とは無関係に、とにかく仕事を得ることを最優先させるケースなどがこれにあたります。翻訳を片手間の副業としか考えず、学生アルバイトよりも安い料金で仕事を受注する翻訳者が増えることで、結果として全体のレベルが下がるわけです。最近は、無料で翻訳しますという個人翻訳者の広告すら見かけます(インターネット上をまわっていると、機械翻訳ではなく人間が作業するという前提で無料というところが1つ2つではありません)。
現在のスタイル改善を求む 以上、厳しいことをいくつか書きましたが、最終的には考え方の問題だと思っています。翻訳という作業をどう捉えるか、自分自身あるいは自社の立場と価値をどう見るか。品質を無視した低価格競争はいずれは破綻します。物を製造する場合のように、製造原価を下げる工夫をすればある程度の価格までは落とせる業界もありますが、翻訳は人間が携わる分野です。人海戦術に大規模な製造原価の引き下げは有り得ません。翻訳会社は、価格を下げれば品質が悪くなることをエンドユーザーに理解してもらうよう努力し、適正な価格を維持する。翻訳者は相応の品質を維持し、エンドユーザーの満足度を高められるよう努力する。こうした互いの努力と協力があってこそ、本来の正しい形が維持できるのではないでしょうか。
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【2017年の目線から】
前回、この記事の前半をアップしたときに、「17年前と比べて翻訳業界がどうなっているかといえば悪化しているとしか言えない印象を拭えない」ということを、添えました。
これは主に翻訳会社に対する目線での話でしたが、翻訳者のほうも、悪化している側面は、確実にあると思います。
先に事情のほうをあげておくと、特許翻訳業界の色が変わった要素のひとつとして、リーマンショックがありました。
このとき、IT分野の翻訳に極端な値崩れが発生し、ITだけでは食べていくことのできなくなった翻訳会社が、いくつも特許に参入しているからです。
たとえば、「特許だけは絶対に手を出さないつもりでいたけれど、そうも言っていられなくなって…」とおっしゃっていたIT系翻訳会社の社長。
リーマンショックのあと、こういう話をいくつも耳にしました。
統計をとったわけではありませんが、本来は特許翻訳と非常に相性が悪いはずのTRADOSを、いち早く特許翻訳に取り入れはじめたのも、おそらくはITに強い翻訳会社だろうと思います。
特許翻訳をするには、(1)外国語、(2)科学技術、(3)法律的な知識が必要です。
そして、以前に「特許翻訳者に商標法や意匠法は必要か」でも書いたように、商標や意匠も無関係ではないと思いますが、百歩譲って最低でも日米欧の基本的な法律、施行規則、審査基準は「知らない」ではすまないはずなのです。
ところが、生き延びるために他分野から参入してきた翻訳会社(あるいは翻訳者)は、このあたりを軽視している印象があります。
きちんと特許を扱っている翻訳会社であれば、コーディネータのレベルでも、この単語をこう訳すと36条で・・・といった会話が成立するのに、見よう見まねの参入だと(ほぼ)できない会話・議論ですから、少し話せば何を重視してどこを観ているのかだいたい予測がつくわけです。
以上は一例ですが、翻訳会社・翻訳者の別を問わず、教育・学習・研鑽などに時間やお金を投資すれば、一定以下に単価を下げることは困難になります。
逆に、こうした要素をすべて削れば、単価を下げること自体は可能でしょう。
翻訳者サイドからも、「2桁の単価に乗っていれば、一応食べていける」という声があります。
2桁つまり1ワード10円を超えていれば、という意味ですが、「食べていける」かどうかと、十分な学習時間を確保できるかどうかは、別問題。
食べていけるかどうかと、「職人」として適正な扱いを受け、プロ意識を持っているかどうかも、別問題です。
たとえば、プロ野球のイチロー選手が、日本円換算で年俸1500万円もあれば「食べていけるから」と、低価格契約の交渉に応じると思いますか?
そんなことを試してみようと考える球団があるのかどうかもわかりませんけれど、仮にあるとして、そして実際にそういう交渉をしたとして、メディアが報じたら周囲の反応はどうなると思います?
たぶん、相当な批判が出るでしょう。
イチロー選手クラスの人と比べてどうする、という主張もあるかと思いますが、程度の差はともかくとして、「発注側」がスキルを適正に評価することや、「受注側」がプロとしての自覚を持ってスキル向上の努力を怠らない意識・姿勢でいることは、職人仕事の最低ラインではないかと思うのです。
翻訳は、機械で大量生産できる工業生産品では、ありません。
人間の翻訳者が担う、職人仕事です。
発注側、受注側の両方に、こうした意識が欠落しすぎていることが、17年前と比べて悪化しているとしか言えない状況を生んだ一因・・・・・ではないかなと。
その意味ではどっちもどっちなのですが、あえてどこに最も原因があるかといえば、おそらく翻訳会社だろうと思います。
翻訳会社にとって、翻訳者は命綱。
企業生命を維持するために絶対に欠かすことのできない、生命線でもあるわけで、その翻訳者の利益を守るためのクッション役としての役割を果たせずに、低価格路線に迎合するような形になっているのは、どう考えても専門企業なのだという「プロ意識」が欠けている・・・・。
ただし、こういう翻訳会社の声を実際にヒアリングすると、元請け企業の理解のなさが浮き彫りになるという事情も、少なからず存在します。
10社に聞くと、8~9社から同じような不満(?)が、出てきますし。
そして元請けになるような企業の知財部に聞くと、それはそれで言い分があるわけです。
いわゆる「失われた20年」の構図と非常に似ているというか、この20年+αの間に、たとえば労働法制が後手後手になったしわ寄せが2017年の現代に噴出しているのと同じで、翻訳業界も、重要なことが後手後手になってきた結果なのではないかなと。
こうなると、もはや誰が悪いとか何が悪いとかいう問題では、なくなりますよね。
「翻訳会社vs.翻訳者-(1)」でも書いたように否定や批判をしても始まりませんし、これから先をどうするかということを真剣に考え直さなければならない「転機の時期」に、さしかかっているように思います。
17年前にどうだったかを客観的に見て、確実に「悪化した」部分から優先して立て直しをしていく必要が、あるのでしょうね。
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