PRINCESS MAZE 1 | 夢の浮橋~夢と現世の狭間~

夢の浮橋~夢と現世の狭間~

気の向くままに書いているので、時と共に、主に書いているテーマが変わります。

更新休止中。
小説はpixivにて一部更新しています。

https://www.pixiv.net/users/5742786

アメンバー記事だったものも一部ですがこちらには出ていますので、よかったら

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ルトムント国の国境沿いにある街クロット。
隣国ヴェリーネ国との間に先々代アンリ国王の御代に不可侵同盟が結ばれ、長かった領地争いに幕を閉じた。その名残に残る、高い要塞の塀は今でも土地の記憶を伝え続けている。
今では、両国の間の地に互いの特産物を扱う市場が定期的にたっている。クロットで一番賑やかな場所といっても過言ではない場所だ。その分、大小様々な問題も抱えているのも事実だった。
クロットの街の北に隣接するフォルティア伯爵領、南に隣接するのがラグレーン子爵領。主に、この両家が中心となり役人の手の届きにくいとされるクロットの治安を維持していた。
クロットと他の街との間には2つの大きな山脈が横たわっており、山脈の山中には山賊が住むとさえ言われ、クロットはいわば陸の孤島、忘れ去られた街と揶揄するものも多かった。


そんなクロットに住む少女、ラシェル。
これでもフォルティア伯爵家の長子、ヨアンの息女で、18歳になる。母親譲りのプラチナブロンドの長い髪に翡翠色の瞳、整った顔だちは街に出ると人目を引くのだが困ったことに、本人はあまり気にはしていないのだった。


 
今日は、市場の立つ日、フォルティア伯爵家当主である父、ヨアンの仕事の手伝いでラシェルは市場に出かける。ヴェリーネ国に駐在するヨアンの知人に会いに。彼は市場の立つ日にやってくる。ラシェルが出向くのは彼の指名で、手紙を複数預かるだけの仕事。その中身はラシェルは知らない。
長い、薄汚れた外套を纒い、いつも出入りする食堂で昼食を軽く取る。街の人も普通に食べにくる場所柄、ラシェルは多少浮いて見えるのだが、幼なじみと小さい頃から出入りしているため落ち着く場所の一つ。ラシェルを知るものも少なくなく普通に挨拶してゆく人もいる。そんな場所。
市場が立つ日なのか今日は客はいつもより多い。
その客の中に、ラシェルの目をひく男が一人。横掛けのカバンから覗くお金の入った袋。ここでそれはスリの餌になる意味を示す。
視線だけで周りを見回すと複数のスリがそのカバンを狙う。
(だよねぇ……仕方ない助けるか)
ラシェルはフードを被ると男の横に掛ける。
「お兄さん、そんなんじゃお金なくなるよ」
「……えっ……」
突然、ラシェルに話かけられたことに男は驚く。薄汚い店にはそぐわない美少女。なのに場馴れしているという矛盾。
「周り、スリに囲まれてるよ。いいの?」
男は我にかえり、カバンを手元に引き寄せる。
「だめです。これは……大事な……」
「大事なら、場所考えることね。じゃあね。クロットではね、お金は身につけて持つものよ。さよなら」
「まっ……待って、まだお礼を………………」
男は咄嗟にラシェルの外套を捕まえた。反動でラシェルのフードが外れてしまう。
「…………あ………何してくれんのよ。あんた」
ラシェルが軽く睨むと、男はすくむ。
「ごめんなさい、ごめんなさい。わざとじゃ、なくて」
「もういいわよ。どうせ、みんな私だって知ってるし。離して。お礼とか、いらないから。」
「ごめんなさい。ありがとう」
男の手が外套から離れる。
「どういたしまして。買い物楽しんでね。じゃあね」
ラシェルは、仕事をすべく、店を後にした。


乗ってきた愛馬は、知り合いの所に預けたままに、ラシェルは市場の開かれている、城門の前まで徒歩で移動する。10分ほど歩くと高い城壁が見えてくる。中に入るには、複数の武装した門番の立つ門をくぐらないといけない。
ある間隔ごとにある城壁、その前に立つ門兵の横を通り過ぎてそこは、ルトムントとヴェリーネのあいなかに存在する自治領。
ここでは独自の法律が適応されるため、注意が必要となる。
ラシェルは、慣れた様子で門の奥へと躊躇なく歩いてゆく。歩く度カチャカチャと腰に下げた長剣が音を立てる。
天幕いっぱいに両国の商人がいろんなしなを並べている。ルトムントの言葉もヴェリーネの言葉も混じり合う、異質な空間だ。
ラシェルの目的は決まっているが、それだと怪しまれるから、他の店を見ながら移動した。それを見て、盛大にため息をつくラシェル。
(安くて相場の2倍なんて、アホらし。買う気がしない)
結局、何も買うことなく、目的の天幕へと行き着く。
『こんにちは』
ラシェルは少しだけ外套のフードを持ち上げた。天幕の奥の彼、サクラも日焼けした顔に笑顔を浮かべる。ラシェルが話しているのはルトムント語ではなく、ヴェリーネ語だ。
『相変わらず、アコギな商売してるわね。こんなに法外の値段ふっかけられて買う人いるの』
『ひどいな。このじゅうたんは一級品なんだよ。これ以上は安くできないよ。これだから、価値のわからないルトムント人は困るよ』
サクラはあからさまに嫌な顔をする。サクラの指の先、光に反射して銀細工の髪飾りが光る。髪止めだと思う。
『指の先の髪飾りはいくら?』
『200だよ』
『100にまけて』
『150』
『50』
『……何でまた減らすの、お嬢さん。無理だよ。せめて100が限界だよ』
『80』
しばらく値切り交渉は続き。結局サクラが折れる。
『もういいよ50で。ただし、次も来るから来てよね』
サクラは髪飾りを紙袋に突っ込み、ラシェルの渡した硬貨と交換する。
『うん。またくる』
わずかに笑みを浮かべる。
『君には負けたよ。約束だからね。君に会えるの楽しみにしてるよ』
渡された、紙袋は髪飾りだけ入っているにしてはやけに四角に固かった。手紙が入っているのだ。ラシェルは3通の手紙と髪飾りを確認すると、外套の下のカバンにしまう。
『中身は間違いないかい?』
サクラはラシェルを意味あり気に見て、問うてくる。
ラシェルも正面から見返して、笑顔を作った。
『うん。あってる。ありがとうまた今度』
『……ああ』
周りには、手紙の交換は見られてはいけない。あくまでも自然にしないといけないと、言われていた。
(……やっと終わった。帰ろう。長居は無用だ)




「……おや、ラシェル?また、派手に値切り交渉してたね」
通りすがりにラシェルは、露店の店主に話かけられる。外套であまり顔は見えないはずだが、何故わかるのか、ラシェルはいぶかしむ。フードは外した記憶はなかった。
「うん、見られてた?」
とはいえ、すぐに笑顔を形作ると、ラシェルは人当たりのいい笑顔を店主に向ける。
「あそこの店はあまりお薦めしないけどね。ぼったくりに合わなかったかい?」 
「………あそこ、確かにぼったくりだけどたまに掘り出し物あるのよね」
「それはわかるけどねぇ……お気をつけよ。」
「おばさん、心配してくれてありがとう」
「それはそうと聞いたかい?明後日、王都の視察団が来るそうだよ。何十年ぶりかね、正式な視察なんて」
「うん、知ってるよ。父様、それでてんやわんやだもん」
「ごめんよ。聞く相手間違えたね。
次期伯爵様になるんだ、知ってて、当然だよね」
「………」
その一言にラシェルは頭が真っ白になる。
(……私が………?)
他人に言われて気づく、自分の立ち位置。ラシェルは正直深く考えたことはない。
「違っていたらごめんよ。でもね、私は役人の左遷の場でしかなかった不遇な街がヨアン様が来たことによって、過ごしやすくなったんだよ。クロットの街をろくに知らない役人よりあんたか継いでくれた方があたしらとしては嬉しいけどね」
「……私は……そんなに偉くはないよ。父様みたいには………なれない」
そんな感傷に浸るラシェルの気をそぐ、怒鳴り声にラシェルは我にかえった。
目の前の天幕ではヴェリーネ人の女店主が、客を怒鳴り散らすという光景がひろがっている。まぁ、自治領内ではめずらくはなかった。ラシェルのように、外国人相手に同等にやりあえる人物は少ない。
ラシェル達からは相手が外套を羽織っているため女店主が誰に怒っているのかはこちらからは見えない。
「かわいそうにね。スーマンは近くにいないわね」
「そうみたいね」
店主の言うスーマンは街の人の格好をして街を護っている警備の役人のことで、市場にも紛れ喧嘩の仲裁や通訳、あらゆることを総合的にこなすプロ集団だったのだが、この周囲にはいないようだ。 
その間も目の前の騒動は終息を知らず、怒鳴る露店主に、あたふたとルトムント語をぶつぶつとつぶやく男(らしい)の2つの声が響くだけだ。
騒ぎの周りには小さな人だかり。傍観を決め込む街の住人。ラシェルには見慣れた光景だ。ラシェルも傍観者の一人ではあるのだが。渦中の男が不憫に見えて、ラシェルは溜め息ついて近寄る事にした。
「あんたが無理して出る必要もないはずだよ。これだけの騒ぎだし、じきにスーマンが来るよ」
店主のが心配そうにラシェルに静止の声をかけるが、もうラシェルには聞こえていなかった。
彼らに近付くと、ラシェルは露店主に問う。
『どうかしたの?通訳しようか?』 
『あんたいい子だね。頼むよ。言っとくれよ、この優男に。ばばあだと思って舐めとる。値切りには応じんと。ヘラヘラしおって腹が立つたらありゃしないよ』
『伝えるね』
どっちが悪いなんて、ラシェルにはわからない。ただ、言葉が通じなくて起きてるトラブルらしいことはわかる。ラシェルは優男と呼ばれた男性に視線を向ける。
紫の瞳、綺麗な顔立ちの若者だった。諦め悪いからラシェルはもっとおじさんかと思っていた。男も、ラシェルを見て一瞬固まるもすぐに笑顔になる。
「彼女は、値切りしようとしたから、怒ってるだけだと。値切りには応じないそうよ」
「私は、ただ値段聞いているだけですよ。そしたら、彼女が怒りだして、意味わかりませんよ」
「………はい………?」
「値切りなんて高度な技出来ませんよ。ましてや、ヴェリーネ語話せませんしね」
「だったら、どうして話通じないって、諦めて店から離れないのかな」
「あれがほしくて」
男の指す先には、楕円の翡翠の飾りだった。服につける物だろうか、男物なのか女物なのかすら、ラシェルにはわからない。
「わかったから少し待ってて」とラシェルは店主を見やる。
『おばさん、その翡翠の飾りいくら?』
『銀貨で100だよ』
すぐに女主人はなぜだかまくし立てる。全く周りが見えていないらしい。しかも、喧嘩ごしだし。
『なんだい、値切りには応じないよ』
『聞いただけでしょ』
何でもかんでも喧嘩越しにこられたのでは迷惑以外の何物でもない。だが、この前この婆さん見たことある気がしてラシェルは思わず凝視する。既視感に記憶を辿る。
そして思い出す。この前も1人捕まえていちゃもんつけていた。あまりに何回もスーマンの厄介になるから最後通告を出されたおばさんだ。ぎゃあぎゃあと騒いでたから覚えていた。まあ、余罪は山ほどありそうだが、不確定のため起訴できないだろう。確か……名前は………。
いくらぼったくりが横行している市場でも、限度はある。
ラシェルはその瞳に色を混ぜると別のスイッチが入る。
『買うのかい?』
『私じゃないよ。でも、いいのかな。あなた、あと1回騒動起こしたら、出入り禁止なんじゃなかったかしら。カミーラ=バズさん。これも、1としてカウントするのよね』
とたんに、店主の顔が青くなる。ビンゴだったらしい。
『あんた……スーマンなのかい?』
『違うけど………似たようなもん、かな』
『お金はいい……いいからさ。譲るから。見逃してくれないかい。足りないなら………』
明らかに今までの勝ち気な態度が一転し女主人が動揺している。
カミーラは品物見渡し、翡翠の飾りの綺麗な首飾りを焦った様子で手に取る。翡翠の飾りと首飾りを丁寧に紙の袋へ詰める。
『………』
『これもつけるからさ……それとも他のがいいなら選んでくれていいよ。出入り禁止だけは………頼むよ』
カミーラは、ラシェルには紙袋を押し付けるように渡す。思わず、手に取ってしまい困る。
『……確かに、私はスーマンじゃないしね。』
『……話のわかるお嬢さんで助かったよ』
カミーラは終わりとばかりに、奥に引っ込む。
そこに、本物の商人の格好のスーマンがやっと来て、ラシェルを認め、目線をラシェルにあわせて伏せ、目立たぬように少し頭を下げるようにする。
商人らしからぬ威圧感からラシェルは武官だとすぐ気づく。
「何かありましたか?」
天幕の奥に冷や汗かきながらカミーラがラシェルの言葉を待つのがわかる。
「いいえ。何もありませんよ。値切ってて……。お恥ずかしい所見られてしまいましたね」
「いえ……よい、お買い物を楽しみください」
スーマンは、何事もなかったかのように去る。カミーラ深いため息が聞こえた気がする。
ラシェルは、いまだに呆然とする元凶の男の腕を掴むと、市場の外に連れ出した。無言で男はついて来る。
ラシェルは、門をでて、高い城壁沿いに歩いて、街の外れの路地に入り、しばらく歩きやっとラシェルは止まる。周りは日中もあまり日がささないのか、どこかしら薄暗い。
「あなたはどこまでゆくつもりですか?」
「人気のないところまでよ」
「散々目立っといてそれはないでしょ。元が綺麗なんだから十分目立ちますよ」
「同じ台詞返すわ。あんたも充分目立つわよ」
寡黙な男かと思えば、そうではなかったらしい。露店での態度と今との雰囲気の差にラシェルは違和感を感じる。今は露店で見たしおらしさは全くなく、我の主張のしっかりできる男という印象がある。
「それはどうも」
男は、ラシェルの外套のフードを唐突に外す。男が被っていたフードは天幕を走る途中で外れたためラシェルは既に男の顔を見ていた。
「何するのよ!」
睨むラシェルに、ただ男は笑顔を崩さない。
(なんか、むかつくわ。この男)
「私だけあなたの顔見れないんじゃ、不公平でしょう」
ラシェルは外套のポケットから、さっきの紙袋を出すと、男の胸に押し付け、すぐに手を離してしまう。
「あなたのよ。」
男は落ちそうになった紙袋をすんでで拾う。
「あなたのも入ってるでしょう。首飾りなんて、私は着けませんよ」
あんなじゃらじゃらした飾りなんてラシェルは欲しくなかった。多分、安い物ではないのは宝石に詳しくないラシェルにもわかる。中心を陣取るひときは大きな翡翠一つで高額なのに、周りには翡翠と水晶なのか交互についているのだ、安くはないはずだ。だけどそんな高価な宝石もラシェルには興味が全くない。
「奥さんにでもあげれば?私はそんなじゃらじゃらしたのはいらない。売るなり、捨てるなりお好きにどうぞ。次にあなたがぼったくりにあっていても絶対に助けないから。じゃあね。もう、行く」
男は、ラシェルの手をつかもうとしたが、ラシェルは軽々とその手を避けた。
「……ちょっ……なんなんだよ。あれ………ちょっと…待って」
そのまま後ろ振り向かず、ラシェルは歩き出す。
お互いに名前聞かなかったことに気づいたのはずいぶん後になってのことだった。






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