沖縄道中記② | Retreat

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ほぼお出かけ記録。

アアアアアア……
薫かわいい!!!!!

と萌え滾った翌朝、しっかり朝ごはん食べて沖縄道を一気に南下。
最初の目的地は海中道路。
初めて沖縄来た時にこの道を走りたくてレンタカー借りたら、ナビが進化途中の時代だったためサトウキビ畑の間の未舗装農道を延々走らされ、サトウキビの隙間から横を見たら広い幹線道路が通ってて「そっちならそっちって早く言えよ!!」とブチ切れた思い出の地。




海の上を走るような感覚、やっぱり気持ちいいですね。

続いて向かう先は平和祈念公園。
陽が高くなってきて、日陰の無い公園をさ迷い歩いていたら今年第一回目の日焼けをした。特に首筋がダメージ大で、痛痒くて仕方ない・・・お天気悪いって聞いてたから油断しまくってたのが敗因。季節・天気問わず、南の島に行くときは日焼け止めちゃんと持っていきましょうね、ワシ。

戦況が悪化し、多くの方が身を投げたという断崖。




平和の礎。




どんなに美しい場所でも、無残に命を奪われた一般市民の方、自分の生まれた地で永遠の眠りにつきたかったであろう兵士の方のことを思うと、むやみやたらとカメラを向ける気にならずここで撮ったのはこの2枚のみ。

資料館の中は、、、広島・長崎と行った中で一番衝撃が大きかったですね。
戦時中の画像・映像を使ったおでぃるのPVに規制がかけられたこともありましたが、見せたくないものに蓋をすることで、現実に起きた出来事にまで蓋をしてしまうようでなんだかなーと思ってた、その気持ちが一層強くなりました。
戦後だいぶ経って生まれたワシら世代は、知らずに育った戦争のことを忘れないでいることはできにくいけど、今からでも知ることはできるはずなんすよね。

決して見世物にするとかじゃなく、事実を事実として伝え続ける必要もあるんじゃないかと思った戦後70年目。
ここで見た多くの写真と同じ景色が、自分の目の前で起きる現実とならないよう願うだけじゃなく行動も起こしていかなきゃいけない気がした。

ひめゆりの塔にも行く予定してたけど、ここの資料館だけで脳ミソも心も破裂寸前だったのでまた改めて出直すことにしました。
ごめんなさい。

心の消耗が激しかったので、とりあえずお腹を満たして復活を待つことに。だからと言って、沖縄まで行って大戸屋に入ることはないんじゃないの?と自分でも思いつつ、鉄火丼が美味かったのでそれはそれで良しとする。

お昼食べた後は、気持ちを切り替えて首里城へアタック。

公園入口にあったアンデレ教会。



アンデレ・・・
この系列の教会にイェーイ十字が架けられているのか?
ワシが通ってた幼稚園はごく一般的なプロテスタント教会だったから、ごくごく一般的な十字架 ←この十字架だったんですよね。







築24年の首里城・・・我が自宅より新しいやないかい・・・・。

散策路のど真ん中で寝転がってたおヌコ様。


「モフらせていただいてよろしいですか?」と声をかけたら、よきにはからえ的にゴロンとお腹見せてくれたので遠慮なくモフモフさせていただいた。モッフモフ!モッフモフ!!

夜は国際通りに流れて公設市場うろうろしたり、ハブBOXでTシャツ漁ったり、晩飯に美ら海マグロ食ったり、最後の沖縄の夜を満喫して宿に帰ろうと思ったんだけど、免税店があることを思い出して一人別行動。
Tギャラリアでロクシタンに突撃!
通常4100円する化粧水が3200円、
3000円するハンドクリームが2300円。
消耗品が1円でも安く買えるとかありがたみしかない。
自分へのお土産、これしか買ってない気がするけどまぁいいや。

翌4日目は朝起きて帰るだけ。
前夜から雨風が強く、機内アナウンスでも「大きく揺れることが予想される」と言われ、機長も「乗務員も各種最終チェック終了後着席せよ。3分間待ってやる。」とかムスカみたいなこと言い出すし、どんだけ荒れるのかと思ったら5分ほどタマヒュンタイムがあっただけで比較的穏やかなフライトとなりました。
なんだよ、脅かすなよ。

雲の切れ間から桜島とか、霧島連山とか見えて楽しかった。

桜島。


中央のクレーター3つ、お分かりいただけるだろうか。



次は13年も間開けず、なんなら年1回ぐらいの勢いで沖縄を再訪したいものです。来年いっぱいは身動きとれなさそうだけど。
DIRさん、ツアーで沖縄行ってみない??