マウス以外の種におけるマウスES細胞様ES/iPS細胞の樹立(その2) | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

マウス以外の種におけるマウスES細胞様ES/iPS細胞の樹立(その2)

マウス以外の種におけるマウスES細胞様ES/iPS細胞の樹立 」の続きです。


(10年7月5日追加)

ホワイトヘッド研究所、マサチューセッツ工科大学(MIT)のMaisam Mitalipova、Rudolf Jaenischらのグループにより、生理的な酸素濃度下で培養することによって、X染色体不活化前のマウスES細胞様のヒトES細胞を樹立したという論文が発表されました。


Cell. 2010 May 12. [Epub ahead of print]
Derivation of Pre-X Inactivation Human Embryonic Stem Cells under Physiological Oxygen Concentrations.
Lengner CJ, Gimelbrant AA, Erwin JA, Cheng AW, Guenther MG, Welstead GG, Alagappan R, Frampton GM, Xu P, Muffat J, Santagata S, Powers D, Barrett CB, Young RA, Lee JT, Jaenisch R, Mitalipova M.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20471072


Mitalipova、Jaenischらは、大気中の酸素濃度(20%)下で樹立・維持されているヒトES細胞を、低酸素条件下で培養することにより、核型異常の蓄積の減少、自発的な分化の抑制、クローニング効率の促進などの保護的な効果が認められること、低酸素条件下ではiPS細胞の樹立が促進されること、大気中の酸素濃度下で胚を培養すると、胚盤胞形成率・細胞増殖が減少することが様々な動物種において報告されていることから、低酸素条件下でヒトES細胞を樹立することで有益な効果が認められるのかどうかについて調べました。

まず、凍結していたIVF由来8細胞期胚を融解して5% O2下で胚盤胞期まで発生させ、生理的な酸素濃度(~5%, pO2, 36mmHg)および従来の大気中の酸素濃度(~20%, pO2, 142mmHg)の培養条件下でヒトES細胞の樹立を行い、それぞれ3株(WIBR1, 2, 3)、1株のヒトES細胞株を樹立しました。

前者それぞれの細胞株は最初の継代時に、半分は5% O2下のまま継続して培養、半分は20% O2下に移して培養しました。

また、凍結保存していた胚盤胞期胚からも同様に3株(WIBR4,5,6)のヒトES細胞を樹立し、二つの条件下で培養しました。

なお、これらの細胞株は、正常な核型を維持していること、OCT4, SOX2, NANOG, SSEA4, TRA-1-60陽性であること、テラトーマ形成および胚葉体形成により三胚葉に分化できることが示されています。


次に、高酸素培養で誘導される遺伝子発現の変化を解析したところ、急性(72時間)の20% O2曝露は、グローバルな遺伝子発現に劇的な変化をもたらし、低酸素およびHIF経路に関連する遺伝子の顕著な抑制が起こることが分かりました。

一方、慢性的に20% O2に曝すと、これらの変化の多くは維持されず、ベースライン(5%)に至ることが分かりました。

これと一致して、階層クラスタリングでも、慢性的な20% O2もしくは5% O2のいずれでも、O2環境よりもヒトES細胞の遺伝的バックグラウンドに基づいて遺伝子発現プロファイルがクラスタリングされました。

なお、慢性的な20% O2曝露後でも発現変化を維持している遺伝子も198個同定されています。

また、コア多能性遺伝子であるOCT4, SOX2, NANOGの発現には有意な変化は認められなかったのに対し、神経外胚葉、栄養外胚葉、中胚葉、胚体外内胚葉、臓側内胚葉遺伝子が、慢性的な20% O2曝露後に誘導されることが分かりました。

これより、20% O2曝露は、多能性を有意に損なうことはないが、一部の細胞の分化を促進することが示唆されました。

次に、GFPを発現するMEF上で8日間継代なしにヒトES細胞を培養し、自発的分化を誘起したところ、慢性的な20% O2曝露と同様、急性(72時間)の曝露後にWIBR1とWIBR2においてSSEA4とOCT4を発現する細胞の比率が減少したのに対し、WIBR3では大半が影響を受けないままであり、全ての培養条件下で90%以上がOCT4陽性を維持できることが分かりました。


次に、バイサルファイト処理したDNAのMALDI-TOF質量分析解析により、いくつかのインプリンティング遺伝子のDNAメチル化状態を解析したところ、5%もしくは20% O2培養下の間で、PEG3遺伝子座だけは慢性的な20% O2曝露後CpGメチル化の増加が見られたものの、その他DLX5, H19, KCNQ1, NDN, PLAG1, SLC22A18, SNURF遺伝子座においては、メチル化に有意な差は見られないことが分かりました。

次に、二つの女性細胞株(WIBR2, 3)におけるX染色体不活化(XCI)の状態を調べました。

ヒトのES細胞はマウスエピブラストステムセル(EpiSC)と同様で、マウスのES細胞とは異なり、今まで調べられた全てで、部分的、もしくは完全なXCIを示しており、これは、ヒトES細胞はICM由来のマウスES細胞と発生学的に等価ではなく、より成熟したXCI後のエピブラスト由来のEpiSCと一致するという仮説と一致します。

また、これらの多くは不活化X染色体(Xi)上を覆っているXISTを未分化状態で欠いており、分化の過程でXIST遺伝子発現が再活性化しないことが知られています。

そこで、XIST RNAを可視化するためにFISH解析を行ったところ、WIBR25%とWIBR35%の両方でXIST陽性細胞が見られず、XIST遺伝子発現が検出されませんでした。

上記のように、樹立したヒトES細胞株はXCI後不可逆的にXISTがサイレンシングされることが知られていますが、WIBR25%とWIBR35%が分化の過程でXISTを活性化する能力があるか調べたところ、20% O2下で樹立・培養されたヒトES細胞と異なり、両方とも分化の過程でXIST遺伝子発現を活性化しXi上でXIST cloudを形成することが分かり、これらのヒトES細胞は二つの活性化X染色体を持つことが示唆されました。

また、これは、X連鎖性転写産物のFISHにおいて、細胞中に二つの点が観察されることからも確認されました。

一方、WIBR320%は高レベルのXIST RNAを発現しており、67%の細胞においてXiをコートするXIST cloudが認められ、残りの細胞では分化に従ってXCIを起こしていました。

また、X連鎖性転写産物のFISHにおいて、細胞中に一つの点しか観察されないことからも一つのXiを持つことが確認されました。

これより、20% O2下で培養した細胞は、これまでに報告されてきたヒトES細胞と同様、早発性のXCIを起こしていることが示されました。

なお、WIBR220%は、XIST発現もしくはXIST cloudを示さず、分化の過程でもXISTが活性化されないことも分かり、この細胞株は、以前に報告されたいくつかのヒトES細胞と同様、XCIが欠損していることが示唆されました。

次に、XCI状態とXIST発現を、XISTプロモーターのメチル化と関連付けるために、XIST転写開始地点周辺の二つのCpGアイランドを含むバイサルファイト処理したDNAのMALDI-TOF質量分析解析を行ったところ、男性の細胞株WIBR1と同様、WIBR25%とWIBR35%のXISTプロモーターは90%以上がメチル化を示すことが分かり、XIST発現の欠損と一致することが分かりました。

(なお、メスのマウスES細胞では、約50%しかメチル化を受けていません。)

また、WIBR320%では、XISTプロモーターのメチル化は50-60%にまで減少しており、シークエンシングしたところ、プロモーターは完全にメチル化を受けていないか、高度にメチル化されているかだったことから、この細胞株は活性化XISTアレルを一つ持つことが示唆されました。

なお、WIBR220%は、中間レベルのメチル化を示しており、早期のXIST発現とXIST遺伝子サイレンシングが付随するXCIを反映していると考えられました。

この可能性を探るため、継代初期のWIBR220%でFISHを行ったところ、ほとんど全ての細胞にXIST fociが見られることが分かり、継代初期の間にXCIが起こり、長期培養の間に、Xi上でXIST発現のサイレンシングとXIST cloudの損失が引き続いて起こったことが確認されました。


次に、SNP-Chipと質量分析に基づいた発現解析により、アレル特異的な遺伝子発現を測定するために、WIBR2とWIBR3間でX連鎖性のSNPsを同定しました。

WIBR2とWIBR3の最初のSNP-Chip解析により、5% O2培養下では、ほとんど全てのX連鎖性SNPsが両親性の発現を示すことが示され、二つの活性化X染色体(XaXa)を持つことと一致しました。

しかし、20% O2培養下では、WIBR2は31%(14/45)のSNPsで片親性の発現を示したことから、XIST fociの残存はないものの、XCIを経験していることがさらに示唆されました。

また、WIBR320%は、73%のX連鎖性SNPsが片親性の発現を示したことから、このラインもXCIを経験していることが示唆されました。

次に、質量分析を介したアレル特異的遺伝子発現の定量により、WIBR25%とWIBR35%の両方が、両方のX染色体から同じレベルの転写産物を発現していることが示されました。

また、WIBR320%(XaXi, XIST positive)では、X連鎖性遺伝子のほぼ完全な片親性発現が示されたのに対し、WIBR220%(XaXi, lacking XIST foci)では、大多数のX連鎖性転写産物が単一アレルから発現していることが示されましたが、putative Xiから有意な発現が検出されたことから、XIST発現とXIST cloudの欠損の結果、Xi上の遺伝子の部分的な脱抑制が起こっていることが示唆されました。


樹立されたヒトES細胞において見られる片親性X連鎖性遺伝子発現は、20% O2培養下で誘導される早発性XCIと、それに続くいくつかの細胞のクローナルな選抜によって説明できることから、WIBR35%をin vitroで2週間(XCIを起こすには十分だが、クローナル選抜を経験するのは十分でない)分化させることにより、ヒトES細胞がランダムXCIを起こすか直接的に検定しました。

すると、分化後、両方のX染色体に由来する転写産物が容易に検出され、ヒトES細胞はマウスES細胞と類似した様式でランダムXCIを起こすことが確認され、XaXi ヒトES細胞の長期培養で見られる片親性のX連鎖性遺伝子発現はクローナル選抜の結果であることが示唆されました。


次に、20% O2培養下での女性ヒトES細胞におけるXCIは不可逆的なものなのか、20% O2曝露がX染色体サイレンシングの誘導に十分なのか調べるために、WIBR2とWIBR3を、5%から20%もしくは20%から5%へのいずれかへ2週間切り替えたところ、WIBR2, WIBR3の両方で20% O2への切り替え後XIST発現の発現上昇とXIST fociの形成が始まり、度々二つのXIST fociが形成されることが分かり、これらの細胞は一つの特定のX染色体の恒久的なサイレンシングにまだコミットしていないことが示唆されました。

逆に、20%から5%への切り替えでは、WIBR320%におけるXiを戻せず、WIBR220%でも影響がありませんでした。

また、2週間の20% O2曝露後のWIBR35%のアレル特異的発現解析により、ランダムXCIと一致して、X連鎖性転写産物の両親性発現が示され、ヒトES細胞において不可逆的なXCIを起こすのには大気中O2曝露だけで十分であることが示されました。

さらに、2個か3個のみのコロニーしかリカバーできなかったWIBR25%の特定の融解において、ほとんど全ての細胞でXIST fociを持ち、XISTを高発現し、XISTプロモーターの脱メチル化を伴うようなXCIが起こったことが示され、少ないヒトES細胞コロニーにおいて粗い凍結融解を繰り返すことによる細胞ストレス反応によっても早発性のXCIが起こることが観察されました。

そこで、一般的に細胞ストレス反応がXIST活性を誘導するのに十分であるのか調べるために、様々な細胞ストレス誘導化合物の存在下でWIBR25%を培養してみたところ、proteosome, HSP90, gamma-glutamylcysteine synthetaseの阻害や有機過酸化物処理の全てが、5% O2下でもXIST遺伝子発現を活性化することが分かりました。


次に、いくつかの抗酸化剤、HIF1α安定剤(20% O2下ではHIF経路の抑制が見られるから)、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤(ヒトES細胞においてHDAC阻害はXIST発現を抑制するから)を、20% O2曝露に先立ってWIBR25%の培地中に添加する影響を調べたところ、20% O2培養下に移してから24日後、ほとんど全ての化合物は、XIST発現を抑制することができ、いくつかの抗酸化剤では、XISTが検出されず、5% O2培養下の元のものと変わらないことが分かりました。

なお、処理なしの20% O2培養下ではXIST cloudが存在することが確認されたのに対し、抗酸化剤処理培養下では、XIST fociが見られないことも分かりました。

これらより、酸化ストレスの阻害が、大気中のO2曝露後の早発性XCIからヒトES細胞を守るのに十分であることが示されました。


次に、ヒストン修飾の活性化マーカー(H3K4-me3)および抑制マーカー(H3K27-me3)に関して、ゲノムワイドに調べてみたところ、常染色体におけるこれらのヒストン修飾の分布は、O2濃度の変化によってほとんど影響を受けないことが分かりました。

しかし、WIBR220%とWIBR320%のXiにおいて、H3K27-me3の劇的な蓄積が認められたのに対し、5% O2培養下で維持しているものや男性ヒトES細胞株WIBR1ではこのような現象は認められないことが示されました。


最後に、20% O2培養下で胚盤胞期まで培養し凍結された胚由来のいくつかのヒトES細胞株(WIBR4,5,6、4,5は女性由来、6は男性由来)を5% O2下で培養した時のXCI状態をFISHで調べたところ、WIBR4はXaXaだったのに対し、胚盤腔の拡張に失敗した胚由来のWIBR5ではXCIが起こっていることが分かり、胚盤胞期で凍結保存された胚からでもXaXaヒトES細胞を得ることができることが示されました。





同様の実験は過去にもやられていると思うのですが、目の付け所の勝利ですね。

今後への影響は大きいと思います。





(10年7月5日追加)

ハーバード大学のNiels Geijsenらのグループにより、マウスES細胞様状態はヒト多能性幹細胞において遺伝子改変と相同組換えを促進することを示した論文が発表されました。


Cell Stem Cell. 2010 Jun 4;6(6):535-46.

A murine ESC-like state facilitates transgenesis and homologous recombination in human pluripotent stem cells.
Buecker C, Chen HH, Polo JM, Daheron L, Bu L, Barakat TS, Okwieka P, Porter A, Gribnau J, Hochedlinger K, Geijsen N.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20569691?dopt=Abstract


Geijsenらは、LIF存在下でヒトiPS細胞を樹立する可能性を探るために、「薬剤誘導系によるヒトiPS細胞の樹立 」で紹介した論文で用いられた、ドキシサイクリン誘導レンチウイルスシステムでOCT4, SOX2, NANOG, c-MYC, KLF4の5リプログラミング因子を発現する“secondary”ヒト線維芽細胞を、ドキシサイクリンおよびLIF存在下で培養したところ、出現後数日で劣化してしまう一時的で不規則な形態をしたコロニーとより小さくて密接につまったコロニーの2種類が現れることが分かり、後者の個々のコロニーをピックアップして以後のクローナル解析に用いました。

これらのコロニーは、偏平な二次元コロニー形態を示すヒトES細胞と対照的に、マウスES細胞の特徴を持っており、密接につまった、光沢のある、ドーム型の形態を示し、これらの細胞は、ヒト LR5-iPS細胞(hLR5)(human LIF + the constitutive expression of 5 reprogramming factors)と名付けられました。

まず、細胞表面マーカーの発現を確認したところ、hLR5細胞は、ヒトES細胞マーカーであるTRA-1-81が陰性な一方、マウスES細胞マーカーであるSSEA1を発現していることが示されました。

なお、異なった遺伝的背景のヒト線維芽細胞のダイレクトリプログラミング由来の4番目の細胞株は、TRA-1-81発現も欠いているが、SSEA1の発現レベルも低いことが分かり、異なった遺伝的背景のhLR5細胞株間で、SSEA1発現レベルに不均一性があることが示唆されました。

また、hLR5細胞は、TRA-1-81に加え、SSEA3, SSEA4, TRA-1-60も発現していないことが示されました。

さらに、hLR5細胞はトリプシン消化によって増殖でき、単一細胞に解離後も約22%(マウスES細胞の場合、~30%)が増殖できること、ヒトES細胞やiPS細胞よりも高い増殖率を示し、細胞倍化時間が約22時間であること(ヒトES細胞は平均約36時間、マウスES細胞は約16時間)が示されました。


次に、hLR5細胞におけるLIFの影響とそのシグナリング経路について調べてみたところ、LIF依存的な様式でSTAT3リン酸化が強く刺激され、STAT3が核内に局在するようになり、これでSTAT3自身, SOCS3, LIF receptorを含むSTAT3下流標的遺伝子の活性化が起こることから、hLR5細胞においてLIF刺激に反応してこの経路が機能的に活性化されることが示唆されました。

また、hLR5培養培地からLIFを除去もしくは置換によりSSEA1発現が衰退すること、コロニー形態が変化することも示しました(外来因子発現のせいか分化はしなかった)。

次に、JAK/STATシグナリングもしくはMAPK/MEKシグナリング経路の特異的阻害剤を用いて、hLR5細胞におけるこれらの経路の役割を調べてみたところ、Jak-inhibitor I を用いたJAK/STAT経路阻害により、SSEA1の顕著な減少が見られた一方、PD98059, PD184352, PD0325901を用いたMEK/ERK1/ERK2経路阻害は細胞表面マーカー発現に影響を与えないことが分かりました。


次に、hLR5細胞は外来性のリプログラミング因子なしでも安定的に増殖できるのか調べるために、ドキシサイクリンを除去してみたところ、コロニー形態が急速に失われ、3日以内に全ての細胞が線維芽細胞様の形態を示すようになることが分かりました。

そこで、hLR5細胞における内因性の多能性遺伝子発現について調べてみたところ、KLF4の発現はヒトES/iPS細胞と同レベルであったものの、SOX2とc-MYCは低く、OCT4とNANOGの再活性化は起こっていないことが分かりました。

また、H3K4me3とH3K27me3のChIP-qPCR解析により、hLR5細胞では、OCT4, NANOG, REX1のプロモーターにおいてH3K27me3が見られ、これらの遺伝子の内因性発現が見られなかったのと一致した一方、SOX2, DNMT3b, SALL4のプロモーターは、両方のマークが見られるBivalent domainであることが分かり、これらの遺伝子が低レベルで発現していることと一致しました。

また、bisulfite sequencingにより、hLR5細胞においてOCT4のプロモーター領域のDNAメチル化は、元となったBJ線維芽細胞と比べ、低メチル化状態にあることも分かりました。


次に、外来性のNANOG発現の存在・非存在下でのhLR5細胞樹立について調べてみたところ、bFGFを含む従来型のヒトES細胞培地を使うと、外来性のNANOGの有無に関わらずヒトiPS細胞コロニーが形成されたのに対し、LIFを含むhLR5細胞培地を使うと、コロニー形成は外来性のNANOG発現に依存することが分かり、hLR5細胞の新規樹立にはNANOGが必要であることが示されました。

さらに、hLR5細胞培地中での、ヒトiPS細胞中にあるリプログラミング因子を再活性化した時の外来性NANOG発現の影響を調べるために、STEMCCA レンチウイルス(「単一ベクターによるiPS細胞樹立 」を参照)で樹立されたヒトiPS細胞を用い、ヒトLIF存在下で外来因子発現を誘導し、外来性のNANOG発現の有無の影響を調べたところ、NANOG発現存在下では、2-3継代後に典型的なhLR5形態を示すコロニーが現れた一方、外来性のNANOG発現なしでは、hLR5培養条件においてヒトiPS細胞コロニーが急速に劣化することが分かりました。

しかし、ヒトiPS細胞に直接由来するhLR5細胞は、不均一なままであることが分かり、ヒトiPS細胞からhLR5細胞への直接的な変換は不完全で、より長期の継代and/or選択が必要とされることが示唆されました。


次に、成長因子環境の変化によって、hLR5細胞を安定的な多能性状態に変換できるのか調べるために、クローナルなhLR5細胞株を、ヒトLIFおよびドキシサイクリンを含む培地を用いて5000 cells/cm2でまき、次の日にドキシサイクリンを除き、bFGFのみの存在下でさらに培養してみたところ、外来リプログラミング因子の除去によりほとんどのhLR5細胞が急速に分化するものの、7-10日後、メカニカルな継代を必要とし、典型的なヒトiPS細胞様のコロニー形態を示す安定的なコロニーが出現することが分かりました(この細胞をhLR5-derived (LD-)ヒトiPS細胞と命名)。

なお、hLR5細胞からLD-ヒトiPS細胞への変換効率は、約0.01%であり、マウスのmetastableなiPS細胞からstableなEpiSC-like iPS細胞への変換と同様であることが分かりました。

そこで、LIF and/or 小分子阻害剤が、hLR5細胞の変換にポジティブな影響を及ぼすのか調べてみたところ、LIFもしくはMEK阻害剤PD98059の添加のみでは変換効率をわずかにしか増加させないのに対し、これらを組み合わせるとFGFのみと比べて8倍近くも変換効率を増加させることが分かりました。

また、LD-ヒトiPS細胞は、核型正常であること、多能性遺伝子が発現しており、H3K4およびH3K27の修飾状態もそれに一致すること、TRA-1-60, TRA-1-81, SSEA4陽性である一方、SSEA1は陰性であること、hLR5細胞からLD-ヒトiPS細胞への変換でE-Cadherinが誘導されること、グローバルな遺伝子発現がLD-ヒトiPS細胞はヒトES/iPS細胞と高度に類似しているのに対し、hLR5細胞はこれらとは離れたクラスターを形成すること、胚葉体およびテラトーマ形成により三胚葉に分化できることが示されています。


ヒト多能性幹細胞は、ヒトの発生や疾患のモデリングに応用することが期待されているものの、外来遺伝子を導入することが難しく、大きな障害となっています。

一方、hLR5細胞は、マウスES細胞の多くの特徴を示したことから、標準的なエレクトロポーレーションを用いた外来遺伝子挿入がより成功しやすいのではないかと考え、赤色蛍光タンパク質(tdTomato)とpuromycin選抜カセットを恒常的に発現する10kbのベクターとISL1プロモーター制御下でtdTomatoとhygromycin選抜カセットを発現する20kbのベクターそれぞれのトランスフェクション効率を調べたところ、薬剤選抜後、hLR5細胞は、ヒトES細胞と比べ、200倍以上のコロニーが得られることが分かりました。

最後に、ジーンターゲティングの効率も向上しているのではないかと考え、hypoxanthine phosphoribosyltransferase(HPRT)遺伝子座を標的にしてターゲティング効率を測定したところ、約1%であることを示しています。





遺伝子導入効率や相同組換え効率が高いことは、マウスES細胞様に標準化する大きな利点の一つだと思われます。

今後、いかにして外来因子発現なしにこの状態を維持できるようにするのかがポイントになるでしょう。





(10年9月27日追加)

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のKathrin Plathらのグループにより、女性ヒトiPS細胞はマウスメスiPS細胞と異なり不活化X染色体を保持していること、リプログラミングの間にも再活性化することはなく、元となった線維芽細胞の不活化X染色体を維持している一方、X染色体不活化開始期のクロマチン状態を示すこと、継代を続けるとXIST発現が減少するものも出てくるがX染色体不活化は維持されていることを示し、また、これを利用し、デュシェンヌ型筋ジストロフィー原因遺伝子の女性キャリアー由来の線維芽細胞から疾患モデルiPS細胞を樹立した論文が発表されました。

どこに詳細記事載せるべきか迷いましたが、マウスiPS細胞とヒトiPS細胞の大きな違いの一つに焦点を当てており、また、上記のMaisam Mitalipova、Rudolf Jaenischらのグループによる論文と合わせて読むとおもしろいので、この記事に追加させて頂きました。


Cell Stem Cell. 2010 Sep 3;7(3):329-42. Epub 2010 Aug 19.

Female human iPSCs retain an inactive X chromosome.
Tchieu J, Kuoy E, Chin MH, Trinh H, Patterson M, Sherman SP, Aimiuwu O, Lindgren A, Hakimian S, Zack JA, Clark AT, Pyle AD, Lowry WE, Plath K.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20727844?dopt=Abstract


Plathらはまず、胎児由来のもの1つ、様々な年齢の女性由来のもの3つを含む、4つの正常線維芽細胞株に、恒常的EF1αプロモーターの制御下でOct4, Klf4, Sox2, c-Mycをコードする単一ポリシストロニックレンチウイルスベクター(STEMCCA-vector(「単一ベクターによるiPS細胞樹立 」をご参照下さい。))を感染させ、5日後にフィーダー細胞上にまき、d6からbFGFを含むヒトES細胞培地で培養して出てくるヒトES細胞様コロニーをd14-21でピックアップしてヒトiPS細胞を樹立(STEMCCA-ヒトiPS細胞株と命名)、また、成人女性線維芽細胞集団の1つから、ヒトのOCT4, SOX2, KLF4, c-MYCおよびGFPを2Aで繋ぎ、puromycin耐性遺伝子をIRESで繋いだ新しいポリシストロニックレトロウイルスベクター(MIP-vector)を用いて、同様に(d3-d4でpuromycin選抜をかけ、d21-30でピックアップする点だけ異なる)、ヒトiPS細胞を樹立しました(MIP-ヒトiPS細胞株と命名)。

なお、複数のSTEMCCA-およびMIP-ヒトiPS細胞株(トータル30株)は、安定的に増殖し、ヒトES細胞様の形態を示すこと、NANOG, TRA-1-60陽性であること、内因性のOCT4, SOX2およびNANOG, ZFP42, LIN28, GDF3, TDGF1, c-MYC, KLF4を発現していること、NANOGとOCT4のプロモーター領域が脱メチル化されていること、導入遺伝子がサイレンシングされていること、核型正常であること、ゲノムワイドな遺伝子発現パターンがヒトES細胞に高度に類似していること、胚様体およびテラトーマ形成を介して三胚葉分化できることが示されました。


次に、XIST RNAの発現と局在を調べてみたところ、それぞれのヒトiPS細胞株においてNANOG陽性細胞の約88%でXIST RNAでコートされた染色体が一つ見つかり、最初の女性線維芽細胞集団で見られたのと非常に類似していることが分かり、発現アレイによって全ての女性ラインで高レベルのXIST発現が確認されました。

また、NANOG陽性細胞において、X染色体連鎖性遺伝子であるATRX転写産物の単一の核スポットが大部分の細胞で見られ、両アレルからの発現は一貫して見られないこと、ヒストンH3のK18アセチル化、K4メチル化修飾およびPolymerase IIが、XIST RNAによって占有される領域から除外されていることも示されました。


次に、2つのX染色体のうちどちらが不活化されているか、ランダムなのかクローナルなのか知るために、SNPsを利用して解析したところ、期待通り、最初の線維芽細胞集団では、XIST, PDHA1, ATRXの両アレルからの転写産物が検出され、ランダムなX染色体不活化が起こっていることが示されたのに対し、ヒトiPS細胞株では、単一アレルからのXIST, PDHA1, ATRX転写産物のみが検出され、ヒトiPS細胞中の全ての細胞で2つのうち1つのX染色体が排他的に発現していることが示唆されました。

また、おもしろいことに、同じ線維芽細胞集団由来の異なるヒトiPS細胞株は、逆アレルのXIST, PDHA1, ATRXを発現することから、不活化を示すX染色体が異なることがあることが分かり、個々のヒトiPS細胞株は、断続的な不活化X染色体の再活性化なしに、ドナー細胞集団中の単一線維芽細胞に由来し、ヒトiPS細胞株におけるX染色体不活化状態は、最初の線維芽細胞のX染色体不活化状態を反映していることが示唆されました。

さらに、p53の恒常的ノックダウンにより不死化した線維芽細胞から、allele 2のPDHA1を持つX染色体だけが発現するクローナルな線維芽細胞株を単離し、これからiPS細胞を樹立するリプログラミングの過程で、不活化X染色体に局在するallele 1のPDHA1が発現するのか調べ、allele 1からの転写産物は検出されないことも示しました。


次に、未分化ヒトiPS細胞で見られたX染色体不活化のランダムでないパターンが分化誘導によって維持されるのか調べるために、神経前駆細胞に分化誘導したところ、未分化状態で見られたのと同じランダムでないパターンを示すことが分かり、同様のことが、線維芽細胞への分化でも確認され、ヒトiPS細胞の分化は、未分化状態でのX染色体不活化パターンを変えないことが示されました。


次に、不活化X染色体における、PRC2サブユニットのEZH2の状態を調べたところ、期待通り、93%の線維芽細胞が、H3K27トリメチル化に富んだ不活化X染色体を持つが、それらの不活化X染色体のうち約2%だけがEZH2を蓄積していたのに対し、ヒトiPS細胞株では、NANOG陽性細胞の平均88%において、EZH2の不活化X染色体濃縮を一貫して示すことが分かり、リプログラミングは、不活化X染色体を、X染色体不活化の開始期に似た状態に戻すことが示唆されました。

なお、おもしろいことに、不活化X染色体におけるEZH2の濃縮は、リプログラミング過程においてNANOG発現上昇の後にのみ起こったとのことです。

また、線維芽細胞とヒトiPS細胞とで、それぞれ43% v.s. 89%がmacroH2A1の不活化X染色体様蓄積を示し、3% v.s. 10%が強いH4K20モノメチル化を示すのに対し、活性型のヒストンマークの排除は、線維芽細胞とヒトiPS細胞株とで同じ度合いで起こることも示されました。

さらに、EZH2の発現レベルが、転写レベル・タンパク質レベルで、線維芽細胞よりもヒトiPS細胞で高いこと、ヒトiPS細胞におけるRNAiによるEZH2のノックダウンにより、不活化X染色体様濃縮の維持下で、約50%の細胞でEZH2タンパク質レベルの減少が見られること、逆に、EZH2-GFP融合タンパク質の強制発現により線維芽細胞におけるEZH2レベルを上昇させても、タンパク質の不活化X染色体様濃縮が起こらないことを示し、異なる発生段階における異なるEZH2タンパク質レベルが、単純に線維芽細胞とヒトiPS細胞間のEZH2の不活化X染色体蓄積における違いによって説明できないことも示しています。


次に、上記の結果は、passage 4-10で得られたものであり、より後の継代時、もしくは変化した培養条件下では、不活化X染色体が維持される一方、ヒトES細胞の長期培養で見られるようにXIST発現が消失するのか、再活性化されたままなのか調べるために、passage 22で再度、不活化X染色体マーカーを調べたところ、いくつかのヒトiPS細胞株では、不活化X染色体におけるXIST RNA発現とEZH2濃縮が大多数の細胞で維持されていましたが、なかには、ほとんどの細胞で、核のXIST RNA濃縮が欠損したX染色体不活化状態を示すように変わり、XIST転写産物レベルが劇的に減少しているラインも見られることが分かりました。

また、XIST陰性ヒトiPS細胞コロニーにおいて、ATRXが単一のX染色体のみからの発現を維持していること、PDHA1も単一アレル発現を維持していること、RNA polymerase IIが2つのX染色体のうち1つでのみ検出されることが示され、XIST RNAコーティングなしでもX染色体の不活化状態が保存されていることが示唆されました。

さらに、XISTのプロモーター領域のDNAメチル化を調べたところ、不活化X染色体からのXIST発現を欠損している細胞では、完全にメチル化されていた一方、女性線維芽細胞や継代初期ヒトiPS細胞のように、不活化X染色体からXISTが発現している細胞では、細胞株の50%が脱メチル化されていることが分かり、また、ヒトiPS細胞における不活化X染色体からのXIST RNA欠損は、EZH2, macroH2A, H4K20me1の不活化X染色体蓄積の欠損を伴うことも分かり、XISTと無関係なクロマチンマークが、XIST発現を欠損した細胞においてX染色体の不活化を維持していることが示唆されました。


最後に、女性ヒトiPS細胞におけるランダムでないX染色体不活化は、X染色体連鎖性疾患の研究に利用できるのではと考え、DYSTROPHIN遺伝子の変異で起こるX染色体連鎖性劣性遺伝子疾患であるデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の女性キャリアーから、DYSTROPHINの野生型もしくは変異型のどちらかを発現するヒトiPS細胞を樹立しています。





ヒトiPS細胞樹立過程でのリプログラミングでは、X染色体の再活性化が一度も起こっていないという点がおもしろいですね。

従来のbFGFコンディションでのリプログラミングでは、一度ICM様の状態までリプログラミングされてからやや分化してEpiSC様の状態で落ち着くのではなく、外来遺伝子発現と培養コンディションが相まって、EpiSC様の状態に直行するのではないかと思います。


ちなみに、抗酸化剤の添加や低酸素培養条件を用いても、X染色体が再活性化されたヒトiPS細胞は樹立できなかったとのことです。