薬剤誘導系によるヒトiPS細胞の樹立
今回紹介する論文は、ハーバード大学のChad CowanとKonrad Hochedlingerらのグループおよびマサチューセッツ工科大学(MIT)のRudolf Jaenischらのグループによって報告された、ドキシサイクリン誘導レンチウイルスベクターを用いたヒトiPS細胞樹立に関する論文です。
Cell Stem Cell. 2008 Sep 11;3(3):340-345.
A High-Efficiency System for the Generation and Study of Human Induced Pluripotent Stem Cells.
Maherali N, Ahfeldt T, Rigamonti A, Utikal J, Cowan C, Hochedlinger K.
Cell Stem Cell. 2008 Sep 11;3(3):346-353.
A Drug-Inducible System for Direct Reprogramming of Human Somatic Cells to Pluripotency.
Hockemeyer D, Soldner F, Cook EG, Gao Q, Mitalipova M, Jaenisch R.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18786421?ordinalpos=1&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_DefaultReportPanel.Pubmed_RVDocSum
これらの論文以前に報告されたヒトiPS細胞はすべて(論文中ではそう書かれているが、「難病患者からのiPS細胞樹立
」で紹介したGeorge Q. Daleyらのグループによる論文中のLNSc由来のiPS細胞は除きます)、レトロウイルスか、薬剤誘導でないレンチウイルスをベクターとして用いています。
iPS細胞の樹立においては、導入したリプログラミング誘導因子がサイレンシングを受ける必要がありますが、レトロウイルスや薬剤誘導でないレンチウイルスを用いた場合、サイレンシングを制御することができないという欠点があります。
特にレンチウイルスベクターはサイレンシングを受けにくいということが知られており、iPS細胞の樹立には適さないと言えます。
よって、レンチウイルスを用いる場合は、ドキシサイクリンの有無により導入遺伝子発現を制御できるドキシサイクリン-テトラサイクリン誘導レンチウイルスベクターが有用となります。
「iPS細胞樹立に必要な導入遺伝子発現時間の解析
」
「Bリンパ球・すい臓β細胞からのiPS細胞樹立
」
で紹介した論文は、この技術が応用されているのですが、今回の論文はその技術をヒトに応用し、遺伝的に均一なヒトiPS細胞を樹立し、今後の解析に生かそうとするものです。
CowanとHochedlingerらは、まず、リバーステトラサイクリントランスアクチベーター(rtTA)をユビキチンプロモーターの制御下で恒常的に発現するレンチウイルスとともに、OCT4, SOX2, cMYC, KLF4の4遺伝子、もしくはNANOGを加えた5遺伝子を、ドキシサイクリン誘導レンチウイルスベクターを用いて、新生児線維芽細胞(BJ細胞)もしくはケラチノサイトに導入しました。
遺伝子導入後、MEFフィーダー上に継代し、ヒトES細胞の培養条件で、ドキシサイクリンを添加して培養しました。
線維芽細胞を用いた場合、ドキシサイクリン添加後、約2週間でヒトES細胞様でないコロニーが現れました。
これらのコロニーは、Oct4とMycのみが導入されており、ドキシサイクリンを除くと増殖できなくなりました。
30日培養を続けると、ヒトES細胞様のコロニーが現れ、これらのコロニーはすべて、ヒトES細胞特異的表面抗原であるTra-1-81を発現しており、ドキシサイクリンを除いても増殖できることが分かりました。
4遺伝子を用いた場合も、5遺伝子を用いた場合も、~2.5×10の5乗の線維芽細胞から、4つのiPS細胞コロニーが得られました。(~0.002%)
ケラチノサイトを用いた場合、ドキシサイクリン添加後、1週間以内にヒトES細胞様でないコロニーが現れ、3週間以内にドキシサイクリン非依存的に増殖できるヒトES細胞様のコロニーが現れました。
~3×10の5乗のケラチノサイトから、7つのiPS細胞コロニーが得られました。
(効率は線維芽細胞と同じ~0.002%)
これらの実験で得られたiPS細胞コロニーは、OCT4, Tra-1-81を発現し、内在性の多能性遺伝子が発現しており、導入した遺伝子の発現は見られませんでした。
また、線維芽細胞由来のiPS細胞において、NANOGとOCT4のプロモーター領域の脱メチル化が確認され、グローバルな遺伝子発現もヒトES細胞に類似していることが確認されました。
線維芽細胞由来、ケラチノサイト由来の両者のiPS細胞は、胚様体形成により、神経、心筋、骨格筋細胞、上皮系への分化能が確認されました。
また、線維芽細胞由来のiPS細胞は、テラトーマ形成により三胚葉分化能が確認されました。
次に、iPS細胞を得るには最短で、どれだけの間、遺伝子発現誘導を行えばいいのかを調べました。
ケラチノサイトを用いた場合、線維芽細胞を用いた場合よりも早くiPS細胞コロニーが得られることが分かったので、ケラチノサイトに、OCT4, SOX2, cMYC, KLF4, NANOGの5遺伝子を同様の系で導入して検証したところ(d30のコロニー数で検定)、10日間のドキシサイクリン添加で、18日後に初めてヒトES細胞様のコロニーが現れることが分かりました。
また、ドキシサイクリンの添加時間が長いとリプログラミングの効率が落ちることも分かりました。
次に、得られた線維芽細胞由来のiPS細胞から胚様体を作製してディッシュに接着させ、アウトグロースしてきた線維芽細胞様の細胞をピックアップし、最低3回継代して、多能性マーカー遺伝子発現が完全に消失した分化細胞を得ました。
この細胞に、再びドキシサイクリンを添加して導入遺伝子を再活性化させ、“第二世代”ヒトiPS細胞を樹立できるか調べたところ、1%~3%の効率でiPS細胞コロニーが得られることが分かりました。
ただし、導入遺伝子の再発現が起こらないラインや、再発現が十分ではないラインもありました。
これらの第二世代ヒトiPS細胞は、“初代”ヒトiPS細胞やヒトES細胞と同様の遺伝子発現・分化能を持つことが確認されました。
第二世代ヒトiPS細胞の樹立においても、初代の時と同様に、ドキシサイクリン添加の最短時間を決定する実験を行ったところ(d25のコロニー数で検定)、6日間のドキシサイクリン添加でコロニーが現れ始め(1コロニー)、ドキシサイクリン添加が長いほどコロニー数が増加し、16日間のドキシサイクリン添加で最大(~2%)になりました。
第二世代ヒトiPS細胞の樹立においては、初代の時に現れるような粒状のコロニーは現れませんでした。
これらのバックグラウンドコロニーが出ないお陰で、リプログラミングの詳細な解析が可能となります。
そこで、iPS細胞樹立時の、個々のコロニーの形態変化を観察したところ、ヒトiPS細胞様に変化する前に、一時的にヒトES細胞様でない形態をもつコロニーを経ることが示されました。
また、すべてのコロニーが完全にヒトiPS細胞になるわけではないことも分かりました。
うまくリプログラミングされなかったコロニーは、ドキシサイクリンを除いてから2日後には線維芽細胞様に戻り始めたのに対し、iPS細胞が樹立できたコロニーでは、ドキシサイクリンを除くと一時的に同様の退行が見られるが、ヒトES細胞様のアウトグロースが徐々に現れて、安定したiPS細胞株が樹立されることが示されました。
Jaenischらは、rtTAを恒常的に発現するレンチウイルス(FUW-M2rtTA)とともに、マウスもしくはヒトの、Oct4, Sox2, Klf4, c-Mycの4遺伝子もしくはc-Mycを除いた3遺伝子をドキシサイクリン誘導レンチウイルスベクターを用いて線維芽細胞に導入し、ドキシサイクリンの存在下で培養しました。
4遺伝子の場合はドキシサイクリン添加後約4週間で、3遺伝子の場合は約8週間後にヒトES細胞様のコロニーが現れました。
これらのコロニーから安定したiPS細胞株が樹立され、ドキシサイクリンの非存在下で30回以上の継代を経ても安定に維持することができました。
すべてのiPS細胞株は、ヒトES細胞様の形態を示し、Tra-1-60, SSEA4, OCT4, SOX2, NANOGを発現しており、核型も正常でした。
また、テラトーマ形成により三胚葉分化能が確認され、DNAフィンガープリンティングにより線維芽細胞由来であることも確認されました。
サザンブロッティングにより、個々のiPS細胞株におけるレンチウイルスの挿入部位の違いが明らかにされ、また、3遺伝子を導入したiPS細胞において、マウスiPS細胞と比べて非常に少ない挿入部位しか持たないものもあることがあることが分かりました。
樹立されたiPS細胞におけるサイレンシングを調べるためにドキシサイクリンを添加したところ、3ラインのうち、2ラインでは線維芽細胞で発現させた場合と同程度かもしくはそれより高い発現が見られましたが、1ラインではほとんど発現が見られなかったことから、サイレンシングを受けているiPS細胞もあることが示唆されました。
次に、得られたiPS細胞を胚葉体形成を介して分化させ、線維芽細胞の増殖コンディションで継代を繰り返し、線維芽細胞様の細胞を得ました。(以後、これを第二世代線維芽細胞と表記します。)
また、テラトーマ形成を介しても同様に、第二世代線維芽細胞を得ました。
第二世代線維芽細胞は、NANOG, OCT4を発現しておらず、これらの遺伝子のプロモーター領域では、線維芽細胞と同様のメチル化が見られることを確認しました。
第二世代線維芽細胞をドキシサイクリンで処理すると、48時間後にはOCT4, SOX2, KLF4ポジティブになりましたが、一部の細胞は再活性化に失敗し、サイレンシングを受けていることが示唆されました。
4遺伝子が導入されている第二世代線維芽細胞では、ドキシサイクリン添加後、約8日でヒトES細胞様でない粒々のコロニーが現れましたが、3遺伝子が導入されたものでは現れませんでした。
ドキシサイクリン添加後、20~25日後に、ヒトES細胞様のコロニーが現れ始め、これらのコロニーから第二世代iPS細胞が樹立されました。
8つの異なった第二世代線維芽細胞から第二世代iPS細胞が樹立され、これらはドキシサイクリン非依存的に維持でき、Tra-1-60, SSEA4, OCT4, SOX2, NANOGを発現していることが確認されました。
異なったラインの第二世代線維芽細胞からの第二世代iPS細胞樹立効率を、ドキシサイクリン添加後20日もしくは28日でのSSEA4/Tra-1-60ダブルポジティブコロニーの数を指標に算定したところ、0.26%~2.0%でした。
また、このライン間の効率の差は、ドキシサイクリン添加後の導入遺伝子発現の強さと概ね相関することも分かりました。
次に、第二世代線維芽細胞にドキシサイクリンを添加し、異なった時間後に染色して多能性マーカーの発現を調べました。
Tra-1-60の発現は、C1というライン(3遺伝子導入、リプログラミング効率 2.04%)では6日後、A2というライン(3遺伝子導入、リプログラミング効率 1.34%)では8日後に初めて見られた一方、NANOGの発現は11日後に初めて見られました。
また、Tra-1-60ポジティブなコロニー数はドキシサイクリン添加が長いほど増えることが分かりました。
次に、どれくらいの期間ドキシサイクリンを加えたら導入遺伝子発現に関係なくリプログラミングを進行できるかを調べました。
A2とC1の2つの第二世代線維芽細胞ラインにドキシサイクリンを様々な期間処理した後、ドキシサイクリンなしで培養を続け、ドキシサイクリン添加後20日目に染色して検定したところ、C1では8日間、A2では14日間のドキシサイクリン添加で、ヒトES細胞様のコロニーが得られることが分かりました。
これは、Tra-1-60とNANOGがポジティブな細胞が現れてから数日後までの期間と言えます。
これらのコロニーからは、SSEA4, Tra-1-60, OCT4, SOX2, NANOGを発現する第二世代iPS細胞が樹立できました。
アルカリフォスファターゼ染色もしくはTra-1-60ポジティブ細胞の定量により、ドキシサイクリンの処理時間が長いほどリプログラミングされた細胞が増えることも分かりました。
また、おもしろいことに、20日目におけるリプログラミングされたコロニーの数は、ドキシサイクリンを除いた時点でのTra-1-60ポジティブ細胞の数と似ていることから、この時点でのTra-1-60ポジティブ細胞が、多能性細胞になることが示唆されました。
遺伝的に均一であってもリプログラミングに差が出ることから、リプログラミングにはエピジェネティックな因子が深く関わっており、確率論的に進行するものであることが明確に分かりますね。
それにしてもやはり、iPS細胞をvitroで分化させた細胞から再度iPS細胞を作る実験では、細胞に多能性の名残がある可能性があって、初代培養細胞を用いた実験と全く同じであるとは言えないと思います。
まぁ倫理的な面からキメラヒトを作って、その細胞を使うということはできないので、こうするしかないんですけどね。
この点さえクリアーしていれば、この系はリプログラミングの解析に当たって非常に有用で、今後もこの系を利用したメカニズム解析の報告が出るのではないでしょうか。