低酸素培養によるiPS細胞樹立効率の改善 | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

低酸素培養によるiPS細胞樹立効率の改善

京都大学の山中伸弥教授らのグループにより、低酸素培養することでマウスおよびヒトのiPS細胞樹立効率を改善したという論文が発表されました。

低酸素培養によるiPS細胞樹立の効率化は、「p53,RB経路によるiPS細胞樹立の抑制 」で紹介したHochedlingerらの論文でも示されていますね。


Cell Stem Cell, 27 August 2009
Hypoxia Enhances the Generation of Induced Pluripotent Stem Cells
Yoshinori Yoshida, Kazutoshi Takahashi, Keisuke Okita, Tomoko Ichisaka, and Shinya Yamanaka
http://www.cell.com/cell-stem-cell/fulltext/S1934-5909(09)00385-3


山中先生らは、低酸素培養により、神経堤細胞や造血幹細胞の生存性が高まり、ヒトES細胞の分化が阻害されるということ、また、哺乳類胚のエピブラストは生理学的に低酸素状態にあるということに注目し、これをリプログラミングに応用できないかと考えました。

まず、Nanog-GFP-IRES-Puro rカセットを持つMEFに、Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Mycの4遺伝子もしくはc-Mycを除いた3遺伝子をレトロウイルスで導入し、4日後にSTOフィーダー上に継代し、d5からd14まで21%, 5%, 1%の酸素条件下で培養したところ、d10-14でGFPポジティブなコロニーが現れ始めることが分かり、d21とd28でGFPポジティブコロニーの数を計測しました。

すると、5%の酸素条件下では21%と比べて、4遺伝子を用いた場合、d21で7.4倍、d28で3.1倍、3遺伝子を用いた場合、d21で20倍、d28で7.6倍、GFPポジティブなコロニー数が増加することが分かりました。

さらに、3遺伝子を用いた場合でも、4遺伝子を用いた場合でも、トータルのコロニー数のうちのGFPポジティブなコロニー数の割合も増加することも分かりました。

また、低酸素培養下で得られたGFPポジティブコロニーは、形態やサイズが通常培養で得られるものと変わらないこと、低酸素培養下ではアルカリフォスファターゼポジティブなコロニー数も増えることを示しました。


次に、低酸素条件下ではGFPポジティブコロニーがより早く得られるのかを調べるために、4遺伝子を導入したMEFを21%もしくは5%の酸素条件下で、かつ、VPAの有無で分けて、d5からd9まで培養し、d9でGFPポジティブな細胞の割合を計測したところ、コントロールでは0.01%だったのが、4日間低酸素培養もしくはVPA添加することで、それぞれ0.40%、0.48%まで増加し、両方合わせた場合は、2.28%まで増加することが分かりました。


次に、「化学的・遺伝学的手法を組み合わせたiPS細胞の樹立 」で紹介した論文で示されたように、小分子化合物を用いることで、Oct3/4とKlf4の2遺伝子だけを導入したMEFからiPS細胞を樹立できることが知られており、低酸素培養により同様のことが可能なのか調べてみたところ、5%の酸素条件下で培養することにより、Oct3/4とKlf4の2遺伝子だけを導入したMEFからのGFPポジティブコロニーの出現が増加し、iPS細胞(MEF-2F-iPS)を樹立できることが分かりました。


なお、低酸素培養により、2遺伝子、3遺伝子、4遺伝子を用いてMEFから樹立されたiPS細胞はそれぞれ、ES細胞様の形態を示すこと、正常核型を持つこと、ES細胞様の遺伝子発現を示すこと、テラトーマ形成により三胚葉分化できること、キメラに寄与できること(ジャームライントランスミッションは未確認)が確認されています。


次に、「ウイルスを使わないでiPS細胞を樹立 」で紹介したプラスミドベクターや、「piggyBacトランスポゾンを利用したiPS細胞の樹立法 」で紹介したpiggyBac(PB)トランスポゾンを用いたシステム(PB-TET-MKOSを使用)でも低酸素培養がリプログラミングを促進できるのかを調べてみたところ、低酸素培養により有意にGFPポジティブなコロニー数が増加し、PBを用いた場合では、d5で2.9倍、d10で4.0倍GFPポジティブなコロニー数が増加することが分かりました。


次に、低酸素培養が、細胞の増殖、生存性、遺伝子発現に与える影響を調べたところ、マウスES細胞および4遺伝子を導入したMEFにおけるannexin Vポジティブなアポトーシスを起こしている細胞の割合は、低酸素培養下でも変わりませんでした。一方、細胞増殖はマウスES細胞においては影響がないのに対し、4遺伝子を導入したMEFでは、低酸素培養により増殖が有意に促進されることが分かりました。

また、MEFを10日間低酸素条件下で培養することにより、ES細胞特異的遺伝子の57.2%が活性化し、MEF特異的遺伝子の67.5%が抑制されることが分かり、4遺伝子を導入したMEFでは、d1からd4まで低酸素培養することにより、ES細胞特異的遺伝子の73.2%(765/1045)が活性化し、MEF特異的遺伝子の85.8%(980/1142)が抑制されることが分かりました。

さらに、4遺伝子を導入したMEFでは、3日間の低酸素培養により、内因性のOct3/4およびNanogの発現がそれぞれ3.4倍、2.1倍上昇することが分かりました。

あと、STOフィーダーなしでも低酸素培養によりGFPポジティブなコロニー数が増えることから、低酸素培養によるリプログラミングの促進はSTO細胞を介したものではないことが示唆されました。


次に、低酸素培養がヒトiPS細胞の樹立も促進するのかを調べるために、成体由来のヒト皮膚線維芽細胞(HDF)にレトロウイルスで4遺伝子を導入し、6日後にSTOフィーダー上に継代し、5%の酸素条件下で、7日間(1w)、14日間(2w)、21日間(3w)、33日間(Long)培養し、d24、d32、d40でヒトES細胞様のコロニー数を計測したところ、14日間および21日間の低酸素培養により、それぞれd24で4.2倍、3.6倍、d32で2.8倍、3.0倍、d40で2.6倍、2.5倍増加することが分かりました。


これらのコロニーから樹立されたヒトiPS細胞は、ヒトES細胞様の形態を示し、アルカリフォスファターゼポジティブであり、多能性関連遺伝子を発現しており、SSEA3, SSEA4, Nanogポジティブであり、胚様体形成およびテラトーマ形成により三胚葉分化能を持つことが示されました。


低酸素培養はリプログラミングを促進することが分かりましたが、一方で細胞毒性を引き起こすことが知られており、1%の酸素条件下でのMEFとHDFに対する細胞毒性を調べたところ、HDFでは増殖が阻害され、数日以内に細胞死を起こしてしまったのに対し、MEFでは増殖に対して少ししか影響を与えないことが分かりました。

なお、MEFに4遺伝子もしくは3遺伝子を導入して、1%の酸素条件下で培養しても、GFPポジティブコロニーの数に有意差は見られなかったみたいです。





どのような機構でリプログラミングと関連しているのか、今後の進展が楽しみですね。

アポトーシスの率に変わりがなかったという点がひっかかりますが、p53経路との関わりがおもしろそうです。


それにしても、遺伝子導入しなくても低酸素培養するだけで線維芽細胞の遺伝子発現がES細胞様に変化するというのは驚きですね。。

hypoxia inducible factor (HIF) との関連が気になります。





(10年7月5日追加)

ホワイトヘッド研究所、マサチューセッツ工科大学(MIT)のMaisam Mitalipova、Rudolf Jaenischらのグループにより、生理的な酸素濃度下で培養することによって、X染色体不活化前のマウスES細胞様のヒトES細胞を樹立したという論文が発表されました。


Cell. 2010 May 12. [Epub ahead of print]
Derivation of Pre-X Inactivation Human Embryonic Stem Cells under Physiological Oxygen Concentrations.
Lengner CJ, Gimelbrant AA, Erwin JA, Cheng AW, Guenther MG, Welstead GG, Alagappan R, Frampton GM, Xu P, Muffat J, Santagata S, Powers D, Barrett CB, Young RA, Lee JT, Jaenisch R, Mitalipova M.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20471072


生理的な酸素濃度下におけるX染色体不活化前のヒトES細胞の樹立

マウス以外の種におけるマウスES細胞様ES/iPS細胞の樹立(その2) 」をご参照下さい。