独バイエル社ヒトiPS細胞論文詳細 | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

独バイエル社ヒトiPS細胞論文詳細

ヒトiPS細胞:バイエル薬品先に作成 山中教授抜く

ヒトの万能細胞作製、バイエル薬品が先行の可能性

iPS細胞に関する報道への記者説明およびコメントについて

ヒトiPS、バイエル先行 特許の行方、混とん

山中教授、バイエル薬品より早く人のiPS細胞作りも成功

など、特許の問題で話題になったバイエル薬品 神戸リサーチセンターの桜田一洋さんらのグループによるヒトiPS細胞樹立に関する論文について解説したいと思います。
やはり日本人が書いた論文は読みやすいですね。すらすら読めました。


Stem Cell Research in press
Heterogeneity of pluripotent marker gene expression in colonies generated in human iPS cell induction culture
Hideki Masaki, Tetsuya Ishikawa, Shunichi Takahashi, Masafumi Okumura, Noriko Sakai, Megumi Haga, Katsuya Kominami, Hideyuki Migita, Fiona McDonald, Fumiki Shimada and Kazuhiro Sakurada
http://www.sciencedirect.com/science?_ob=ArticleURL&_udi=B8G43-4RR1P10-1&_user=119230&_coverDate=01%2F31%2F2008&_rdoc=6&_fmt=high&_orig=browse&_srch=doc-info(%23toc%2341811%239999%23999999999%2399999%23FLA%23display%23Articles)&_cdi=41811&_sort=d&_docanchor=&_ct=8&_acct=C000009380&_version=1&_urlVersion=0&_userid=119230&md5=9f51b5562e10bebd64c77cfb22db50d0


まず新生児皮膚由来細胞に、げっ歯類のみに感染するエコトロピック(狭宿主性、同種指向性)レトロウイルス受容体であるmCAT1を、アデノウイルスで導入しています。
この細胞にOct3/4、Sox2、c-Myc、Klf4の4遺伝子をエコトロピックレトロウイルスを用いて導入した17日後に、未分化マーカーの一つであるアルカリフォスファターゼ(AP)の活性を持つコロニーと持たないコロニーを多数単離し、遺伝子発現を調べました。
Nanog、TDGF1、Dnmt3b、Zfp42、FoxD3、GDF3、CYP26A1、TERTの8遺伝子の発現を調べたところ、すべてポジティブなのは0.0005-0.0015%であることが分かりました。
また、Nanog、TDGF、Dnmt3bといった典型的な多能性幹細胞マーカーは多くのコロニーで発現しているが、特異性が低いマーカーであるCYP26A1やTERTは一部のコロニーでしか発現していないことが分かりました。
さらに17日目に観察されたコロニーではOct3/4とc-Mycの導入遺伝子が高発現していることも分かりました。(Kathrin Plathらのグループによる報告(「ヒトiPS細胞の樹立 」を参照)と同様の結果ですね。)
以後、上記の8つの遺伝子が発現しているコロニーと同様な形態(細胞のサイズが小さい、核の比率が多い、扁平な単層のコロニー形成)を示すコロニーを、遺伝子導入後17日~33日の間でピックアップし、継代を繰り返すことでヒトES細胞様の細胞株を樹立し、これらをヒトiPS細胞として解析しました。
ヒトiPS細胞の樹立効率は0.001-0.01%であり、遺伝子導入後17日目に8つの遺伝子がポジティブなコロニーの形成率と矛盾しませんでした。
これらのiPS細胞は、フィーダーフリーで培養可能、ROCK阻害剤により効率的な継代が可能、P33以上の長期培養可能、倍化時間48.5h、核型正常、表面抗原SSEA-3・SSEA-4・TRA-1-60・TRA-1-81・CD9・CD24・Thy1の発現、ヒトES細胞マーカーNanog・Oct3/4・Sox2・TDGF1・Dnmt3b・GABRB3・GDF3・TERT・Sall4・Zfp42・CYP26A1の発現、導入遺伝子のサイレンシング(d94)が確認されました。
また、マイクロアレイを用いてグローバルな遺伝子発現を調べたところ、ヒトES細胞と非常に類似しており、その違いはヒトES細胞株間の差よりも小さいことが分かりました。
(実はここで山中先生らが樹立した成人由来iPS細胞とも比較していて、類似性を示しています。)
さらに、Oct3/4とNanogの遺伝子発現調節領域の脱メチル化、テラトーマ形成による三胚葉分化を示しています。
遺伝的解析としては、サザンブロットとゲノムPCRにより導入遺伝子を確認、SNP解析によりDNA変異率が変わってないことを確認、HLAジェノタイピングにより由来とする細胞とのHLAの一致の確認をしています。
考察では、遺伝子導入後、Nanog、TDGF、Dnmt3bといった典型的な多能性幹細胞マーカーは発現しやすいが、特異性が低いマーカーであるCYP26A1やTERTは発現しにくいことについて、①後者のマーカー遺伝子発現を誘導するような因子がヒトiPS細胞誘導を刺激している、②ヒトiPS細胞の元である皮膚由来細胞には幹細胞、前駆細胞、体細胞が含まれているので、この細胞の不均一性がコロニーの不均一性をもたらしている、③増殖中の培養のコンディションによってエピジェネティックな変化を生じ、コロニーが不均一化するという三つの可能性を提示しています。


手法としては、今までで発表されたもののうち、山中先生らの手法(「ヒトiPS細胞の樹立 」を参照)とよく似ていますね。
山中先生らの手法では、エコトロピックウイルス受容体(今回と同じmCAT1)をレンチウイルスを用いて導入していますが、今回の手法ではアデノウイルスを用いています。
RNAウイルスであるレンチウイルスを用いると、導入遺伝子が染色体に挿入されて、ずっと残ってしまいますが、DNAウイルスであるアデノウイルスは、導入遺伝子を染色体に挿入することなく、一時的に発現誘導させることができます。
ヒトiPS細胞でエコトロピックウイルス受容体が発現していてはまずいので、アデノウイルスを用いる手法の方が現実的ですね。(もちろんエコトロピックウイルス受容体自体、使わないに越したことはないのですが。。)
ただ、山中先生らの報告では成人の細胞が使われていますが、今回の論文では新生児の細胞でしか成功していないようです。
もっと格上の雑誌に掲載されてもおかしくない論文だというのが正直な感想です。