ヒトiPS細胞の樹立 | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

ヒトiPS細胞の樹立

2007年11月20日、京都大学の山中伸弥教授らのグループとウィスコンシン大学のJames A. Thomsonらのグループによって同時にヒトiPS細胞の樹立に関する報告がなされました。


Cell. 2007 Nov 30;131(5):861-72
Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors.
Takahashi K, Tanabe K, Ohnuki M, Narita M, Ichisaka T, Tomoda K, Yamanaka S.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18035408?ordinalpos=11&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum
Science. 2007 Dec 21;318(5858):1917-20
Induced pluripotent stem cell lines derived from human somatic cells.
Yu J, Vodyanik MA, Smuga-Otto K, Antosiewicz-Bourget J, Frane JL, Tian S, Nie J, Jonsdottir GA, Ruotti V, Stewart R, Slukvin II, Thomson JA.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18029452?ordinalpos=12&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


山中先生らは、まず、げっ歯類のみに感染するエコトロピック(狭宿主性、同種指向性)レトロウイルスのヒト細胞への感染率を向上させるために、エコトロピックウイルス受容体をヒトの細胞へ導入しました。

こうやって前処理を施した(こうすることで遺伝子の導入効率と実験者の安全性を同時に高めることができます)ヒト体細胞に、ヒトのOCT3/4、SOX2、KLF4、C-MYCの4遺伝子をエコトロピックレトロウイルスを使って導入して培養し、6日後にフィーダー細胞上へ継代、さらに1日後にヒトES細胞の培養に用いられるbFGFを含む培地に交換し、25日目あたりに出現するヒトES細胞様の形態を示すコロニーを30日目にピックアップし、継代を行うことでヒトiPS細胞を樹立しました。

こうやって樹立されたヒトiPS細胞は、遺伝子発現、DNAメチル化、ヒストンの修飾(H3K4とH3K27に同時にメチル化が入っている遺伝子が多数存在するなど)、テロメラーゼ活性、指数関数的な増殖能、胚様体形成による三胚葉分化能、神経および心筋への分化誘導、テラトーマ形成による三胚葉分化能など、これでもかと言わんばかりにヒトES細胞との類似が示され、ほぼ同じ細胞であると結論付けられました。

また、これらの実験では、36歳女性の顔の皮膚から単離された線維芽細胞であるHDFからヒトiPS細胞が樹立されているのですが、さらに、69歳男性由来の線維芽細胞様滑膜細胞であるHFLS、および新生児包皮由来の線維芽細胞であるBJ細胞からも、同様なヒトiPS細胞が樹立できることも示しました。


Thomsonらはまず、ヒトES細胞に、OCT3/4で発現を制御されるネオマイシン耐性遺伝子を相同組換えにより導入し、そのノックインES細胞を分化させました。そうやって作り出した分化細胞に、レトロウイルスの一種であるレンチウイルスで候補遺伝子を導入し、薬剤選抜して、薬剤耐性を獲得するかどうかを判定することで、iPS細胞の樹立に必要な遺伝子をスクリーニングする系を用いています。

Thomsonらは2006年に、骨髄前駆細胞をヒトES細胞と融合させることで初期化する論文を発表しています。


Stem Cells. 2006 Jan;24(1):168-76
Human embryonic stem cells reprogram myeloid precursors following cell-cell fusion.
Yu J, Vodyanik MA, He P, Slukvin II, Thomson JA.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16210403?ordinalpos=19&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


そこで、骨髄前駆細胞とヒトES細胞とで異なって発現している遺伝子を調べ、ヒトES細胞で高発現している遺伝子をリストアップしました。これらの遺伝子のうち、多能性の確立・維持への重要さで優先順位をつけ、計14遺伝子をスクリーニングの対象としました。

(OCT3/4(POU5F1), SOX2, NANOG, FOXD3, UTF1, STELLA, REX1, ZNF206, SOX15, MYBL2, LIN28, DPPA2, ESG1, OTX2の14遺伝子。)

その結果、OCT3/4、SOX2、NANOG、LIN28の4遺伝子が重要であることが示されたのです。

(スクリーニングに用いた細胞は完全に分化しているわけではないので断定はできないのですが)

次に、胎児肺由来の線維芽細胞であるIMR90に、レンチウイルスでOCT3/4、SOX2、NANOG、LIN28の4遺伝子を導入して培養しました。すると、12日目にヒトES細胞様の形態を示すコロニーが現れ始め、20日目にそれらのコロニーをピックアップし、継代を行うことで、テロメラーゼ活性を示し、ヒトES細胞に遺伝子発現が類似し、胚様体形成およびテラトーマ形成をするヒトiPS細胞が樹立できることが示されました。

さらに、新生児包皮由来の線維芽細胞からも同様にヒトiPS細胞が樹立できることを示しました。

しかし、これらの新生児細胞由来のiPS細胞では胚様体形成やテラトーマ形成において、分化の偏りがあることも確認されています。


Thomsonらの報告では、胎児および新生児由来の細胞が使われているのに対し、成人の細胞が使われているという点や、データ量の多さ、導入遺伝子のサイレンシングの具合といった点では、山中先生らの報告の方が一歩進んでいると言えます。一方、ガン遺伝子であるC-MYCを用いていないという点では、Thomsonらの報告が進んでいると言えます。


山中先生らは、7月にはヒトiPS細胞を作製し、年明けに発表を予定していましたが、米国滞在中の10月に、Thomsonらが論文を投稿したうわさを耳にし、予定を変更されたそうです。

なお、論文の提出はThomsonらの方が早かったのですが、山中先生らの方が数日だけ早く受理されました。

まぁ、あれだけのデータのつまった完璧な論文を投稿されたんですから当然でしょう。

発表に関しては、Thomsonらの論文が掲載されたサイエンスの記事が11月23日にオンラインで発表予定だったのを前倒しして、同じ日の発表となったそうです。

アメリカンパワー恐るべし。。


さらに約1ヶ月後には、早くもハーバード大学のGeorge Q. DaleyらのグループがヒトiPS細胞の続報を報告しました。


Nature. 2008 Jan 10;451(7175):141-6
Reprogramming of human somatic cells to pluripotency with defined factors.
Park IH, Zhao R, West JA, Yabuuchi A, Huo H, Ince TA, Lerou PH, Lensch MW, Daley GQ.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18157115?ordinalpos=6&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


この報告では、Oct3/4-GFP-neo r ES細胞から分化させた細胞、胎児肺由来の線維芽細胞、新生児包皮由来の線維芽細胞、成人男性由来の間葉系幹細胞に加え、ボランティアの成人男性の手のひらから直接採取した皮膚細胞からも、OCT3/4、SOX2、KLF4、C-MYCの4遺伝子に、hTERT、SV40 large Tを加えた6遺伝子を、種に関係なく感染できるパントロピック(汎親和性, VSV-Gでシュードタイピング)レトロウイルスによって導入して培養することにより、ヒトiPS細胞が樹立できることを示しました。

市販されている培養細胞からではなく、直接採取した皮膚細胞からもヒトiPS細胞が樹立できたことから、患者一人一人に対するオーダーメード再生医療の実現へ向けて一歩進んだ結果と言えます。

なお、この研究では、新生児由来の線維芽細胞、成人由来の間葉系幹細胞、成人男性の手のひらから直接採取した皮膚細胞からは、上記の6遺伝子を用いた時のみ、iPS細胞が樹立できるが、胎児由来の線維芽細胞では4遺伝子、ES細胞から分化させた細胞では4遺伝子からKLF4もしくはC-MYCのどちらかを除いた3遺伝子を用いるだけでiPS細胞が樹立できることを示しています。


恐ろしいほどの競争です。

しかし、山中先生は「私はマウスを治療したいわけではなく、患者の治療に技術を生かしたい。競争は激しくストレスにもなるが、技術の進展のスピードアップにつながるので、 患者の人には良い状況といえる」とおっしゃられています。

すごい。。ほんま尊敬します。。





(3月4日追記)

2008年2月にさらにもう1報、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のKathrin PlathらのグループによりヒトiPS細胞を樹立したという発表がなされました。


Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Feb 26;105(8):2883-8
Generation of human induced pluripotent stem cells from dermal fibroblasts.
Lowry WE, Richter L, Yachechko R, Pyle AD, Tchieu J, Sridharan R, Clark AT, Plath K.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18287077?ordinalpos=4&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


この報告では、新生児包皮由来の線維芽細胞に、従来の4遺伝子、OCT3/4、SOX2、KLF4、C-MYCの他に、山中先生が発見された未分化細胞マーカー遺伝子であるNANOGを含めた5遺伝子を、多くの哺乳類に感染できるアンフォトロピック(広宿主性、両種指向性)レトロウイルスで導入しています。(アンフォトロピックウイルスは感染率が低いので、3日間×2回感染させています。また導入効率の確認のためGFPも導入しています。)

感染後、14日目でコロニー形成が見られるのですが、この細胞はOCT3/4とC-MYCだけが導入されたものでした。(この細胞はヒトES細胞様の形質を示しませんでした。)

さらに待つと、21日目に、ヒトES細胞で発現している表面抗原であるTRA-1-81、TRA-1-61、SSEA-4を発現するコロニーが現れました。

そこで、28日目に、TRA-1-81を発現しているコロニーをピックアップして継代すると、ヒトES細胞様の形態をしたコロニーが現れました。

これらの細胞株を解析すると、OCT3/4、SOX2、KLF4、C-MYCの4遺伝子が導入されていたことが分かった一方、NANOGの導入は必須でないことが分かりました。

ヒトES細胞で発現している表面抗原であるTRA-1-81を発現していることから、これらの細胞はヒトiPS細胞であるとし、さらに解析したところ、これらの細胞株では導入した4遺伝子のサイレンシングの具合はまちまちだが、すべての細胞株で、内因性のOCT3/4、SOX2、KLF4、C-MYC、NANOGが活性化されており、他のヒトES細胞マーカー遺伝子も発現していることが示されました。

また、DNAフィンガープリンティングにより、このヒトiPS細胞はヒトES細胞のコンタミではなく、新生児線維芽細胞由来であることが確かめられ、核型解析により、染色体に異常がないことが確かめられました。

さらにマイクロアレイによるグローバルな遺伝子発現解析の結果、ヒトES細胞に類似していることが示されました。

胚様体形成による分化誘導実験の結果、三胚葉への分化が確認された一方、導入した遺伝子のサイレンシングが進んでいない細胞株では、胚様体形成しにくいことも分かりました。

テラトーマ形成実験や、特定の組織への分化誘導実験は行っていません。


TRA-1-81の発現でコロニー選抜を行うということを提案していて、ここがみそだと思うのですが、現時点では山中先生らやDaleyらが用いている手法の方がiPS細胞の質は良さそうですし、成人の細胞を用いてもできるという点で、圧倒的に有利です。

ただ、4遺伝子の他にも遺伝子を入れている部分がどう評価されるかは問題です。


さて、将来、誰がどうやってこの問題を乗り越えるのでしょうか。期待して待ちましょう。





(6月23日追記)
2008年4月には、中国科学院のLei XiaoらのグループからもヒトiPS細胞樹立に関する論文が発表されました。
上記の4報と、「独バイエル社ヒトiPS細胞論文詳細」で紹介した論文に次いで、これでヒトiPS細胞の第6報となります。


Cell Res. 2008 May;18(5):600-3.
Enhanced efficiency of generating induced pluripotent stem (iPS) cells from human somatic cells by a combination of six transcription factors.
Liao J, Wu Z, Wang Y, Cheng L, Cui C, Gao Y, Chen T, Rao L, Chen S, Jia N, Dai H, Xin S, Kang J, Pei G, Xiao L.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18414447?ordinalpos=1&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


Xiaoらは、山中先生らが用いたOCT3/4、SOX2、C-MYC、KLF4の4因子と、Thomsonらが用いたOCT3/4、SOX2、NANOG、LIN28の4因子を組み合わせた、OCT3/4、NANOG、SOX2、LIN28、C-MYC、KLF4の6因子を用いています。
これらの6因子を新生児線維芽細胞にレンチウイルスで導入、24時間後にMEF上にまいて、ヒトES細胞培地で培養しました。
Thomsonらの4因子を用いた場合、遺伝子導入してから12日後にヒトES細胞様のコロニーが現れるのに対して、これらの6因子を用いた場合は、7日後にヒトES細胞様のコロニーが現れました。
17日目にアルカリフォスファターゼ活性を調べたところ、6因子の方が4因子に比べて10.4倍も多くアルカリフォスファターゼポジティブのコロニーが得られることが分かりました。
6因子を導入して現れるコロニーを17日目にピックアップして継代し、ヒトiPS細胞を樹立しています。
樹立されたヒトiPS細胞は、ヒトES細胞と類似した形態を示し、アルカリフォスファターゼ, SSEA-3, SSEA-4, Tra-1-60, Tra-1-81を発現し、胚様体形成により三胚葉分化できることも示されました。
また、DNAフィンガープリンティングにより新生児線維芽細胞由来であることも確かめています。


将来的に、レトロウイルスやレンチウイルスを用いない手法でiPS細胞を樹立する際には、遺伝子導入効率の低下を、リプログラミング効率の向上によって補うことがキーとなるのではないかという趣旨の論文です。
詳しいメカニズムについて全く触れられていないのが残念ですね。