いつも殺られる現象に[血尿編] | 『真理と道理・人と神』

『真理と道理・人と神』

あの世とこの世のことから人の心や魂や家系の先祖、そこからの道理と常識の大切さを書いています
また先祖や神からの気付きや言いたいこと乗せてます

よく、
寝てはおらんけど目を閉じてボーとしていると


真っ暗闇の中にいろんなものが見えてくる

 

そこには職場の人も出てくる


『世界の 戸口は開けれんで高宮さん♬』


と、昨日職場の人が霊体で現れて楽しそうにランランとしてこの一言をゆうて、奥へタタタっと走っていった。


現実でも霊感の高い勘の鋭い人はよく霊界へ出てきてこうしてなんらかを喋る
本人の潜在意識ながやろう。


時には霊の方が職場の人の姿をワザと借りて出てくる
まあ、それでもなぜその人の姿形を選んだかには深い意味があって現れてくる。
 

 
なぜ戸口が開かないのかは今の自分に理由があるがやけど。
 
 
なぜに人生とは楽しいことが無いのか?と思う


昨日も嬉しい事が何ヶ月かぶりにあった
思わぬプレゼントを人からもらったのだが
その時刻に電話が職場からかかり、血尿で高熱の人が現れたときた。


しまった、喜んだ瞬間に油断が生じた!と思うたけど。
 

夜間待機のある日に嬉しい事があってパッと喜んだりしたら、突然体調不良になる人が現れる。


これは毎回の流れ。
やけん隙をつくらんように時間を過ごさんといかんがやけど。


でも、なぜか自分の人生って、パッと喜んだ瞬間にブチ落とす流れが射し込む。


私は人が何かをしてくる時でも、それを動かしてくる何者かが後ろにおると思うちょる。
それは生きたものではなく、霊的な何かがおると。


 
ほんまにイライラするで。


誰が悪いわけでもない、その運気の流れを起こす何者かに相当頭にくる。

 
じゃあ、いつ幸せになればええがか?と思う。

 
 
36年間物心がついて、人生が楽しいと思うたことはない。
 

 
どうすることが楽しいのか?
何が楽しいのか?
楽しいとはどんな事をゆうのか?
くそ真面目に考えながら仕事をこなしていると


利用者さんから「あんたね、人生を楽しむ道はあるから」と、突然声をかけられた。
わしは年寄りやけど、あんたより何倍も人生長くいきてるから、あんたよりわかることはあるはずやから暇な時に話においでと、突然何も言ってないのに声をかけられたわ。

 
 
よっぽど暗い顔をしちょったもんよ。
人に悟られるぐらい考え込んだもんよと、声をかけてくれた人に申し訳なかったけど。
 

 
先祖にも言われる
道を探せと
人に天道を教えろと
王道を外れるなと


 
そんな自覚した事がないものを、ああせえこうせえと言われたち。
  
 

何もしない事は楽におれるけど、楽しいわけではない。
 
 

本当に喜んだら喜んだ分トラブルがくる。
思わぬラッキーはトラブルがくる。 
 

 
プラスにもマイナスにも持っていかさん動きが著明にあらわれる。
 
 

隙をつくらんと人生やれってゆうても
じゃあ何をどう楽しめばええわけ?と


最近考えよったけど、自分はまるっきりこの世が理解できてないのではないかと
ドラマが面白いのは現実とかけ離れているからじゃないかと思い出した。

 
 
何もない日常を過ごしていても、こんな疑問は浮かんでこん。
やはり、難題がつきつけられんと考えもせんことよ。
 

 
このまま行けば後9年後には癌になって死ぬるといわれたね。
今は『命は任せろ』と、何があっても死なんように命を繋いじょるけん心配するなと言われよるけど。


山を乗り越えろうにもただではいかん。
 

  
いっつも死にかけよる死にかけよると言われるけど
一体自分は何に直面してどういったことが自分に起きているのか、見えんがやけど、と思う。

 
 
いっつも先祖は命が危ない危ないというけど、自覚ないがやけど。