「ティア!よけろ!」
「え?」
味方の叫び声に振り返ろうとした瞬間。
身体が突然、魔王のほうへ引き寄せられた。
「……い…った…」
そのまま彼の背後に引かれ、あまりの衝撃に、受け身を取る事も出来ずに倒れこんでしまう。
そして、振り返った瞬間に目の前に飛び込んでくる……。
「う…そ、でしょ?」
魔王の……。『カイル』の、姿。
ゆっくりと膝をつき、床へと倒れ込む彼をただただ、茫然と見つめた。
「いやぁぁ!!」
叫んで駆け寄ろうとした。でも、うまく立つことができない。
倒すべき相手。憎むべき敵。
光の勇者として、この世から葬り去ること。それだけを真実だと思い、走ってきたこの旅路。
この瞬間は、これから始まる光溢れる世界への喜びの時になるはずだった。
そう疑うことなく進んできたのだ。
なのに……。
「……っ…ティ…ア…」
苦しげに、でも弱く微笑んでくれる『魔王』を前に、涙しか出てこない。
―――こんなの、光の勇者として、間違っている…―――
『ティア』は高潔な人間だ。争いのない、平和な世界を夢見てきた。皆が笑顔で、誰もが幸せになる世界を作るためにここまできたのだ。
これは喜ばしい結末。
『魔王』は倒れ、世界は光に溢れる時がくる。
「魔族は…力のあるものに…従う…。だから、その首魁…である、俺、を…倒した…君達に、これ以上の…戦いは…仕掛けて…こな…い」
『カイル』が願っていたのも同じ光の世界。自身がこの世からいなくなることで、望む世界を手に入れようとしている。
二人が同じ想いで描いた結末は、互いにとって願った通りの世界になるはずだ。
なのに。涙が、止まらない。抱きしめる男の頬に落ち続ける涙を、止めることができない。
ここは、笑わなきゃダメなのに。
『カイル』が望んだ世界は、『ティア』が望んだ世界でもあるの。だから、光の勇者である『私』は、皆が幸せで、笑顔の溢れる世界を誰よりも望まなきゃいけないの。
「ティア、目が霞んで…君の顔が見えないんだ…近くに…もっと…近くで…顔を見せて…」
「これで…いい?カイル…っ!!」
穏やかな笑顔は、いつもの優しい『カイル』と敦賀さんを思い出させる。
死の淵にあるのに、幸せそうに微笑む彼の顔を、私こそが滲んだ視界で全然見えない。だから、ちゃんと彼の顔を見たくて近付いた。