「はい、カット~~~!!オッケ~~~!!」
黒崎監督の声が聞こえて、ハッと我に返る。
その瞬間に、全身から血の気が引いていくのが分かった。
「監督っ!!あの……っ!!」
「あ~~…言いたいことは分かる。だが、今ので『OK』だ。」
「休憩入りま~~す」という呼び声に、スタッフの皆さんがセットの移動を始め、役者陣は全員思い思いにすごし始める。
「でも、私っ!!」
「この話自体がマルチエンディングだからな。『終わり』が定まっていないということは、途中経過も色々なケースがあるということだ。だから、お前さんの『ティア』も『あり』だ。俺も気に入ったし、撮り直しはしない。」
「でもっ!!」
あの場は。
魔王を倒しに行くと決意を新たにするあの場面は、あんな感傷を持ってはいけない。あそこで『カイル』を思い出してはいけないのだ。
なのに私は、愚かにもあの場にいない『カイル』を想ってしまった。
「敦賀君のほうも相当力が入っていたしな。あれだけ『カイル』が主張していたら、奴の事を微塵も思い浮かべねェほうが不自然だ。」
「監督っ!!」
「ほらほら、もうすぐ休憩終わるぞ。お前さんもちょっと水分補給しておけ。殺陣ばっかりで疲れているだろ?」
監督は、話は終わったとばかりに私の肩を叩いて去って行ってしまった。
……納得が、いかない。……
例え監督が「OKだ」と言ったとしても、周囲の誰ひとりとして先ほどのシーンを否定しなかったとしても、私は絶対に納得できない。
だって私は……
「…………。」
「あれ?どうしたの、京子ちゃん?顔色が悪いけれど……。」
「いっ、いえ!!何でもありません!!」
ロッド役の俳優さんが気遣わしげに声をかけてくれた。私は何とか『京子』として立て直し、笑顔を浮かべて応える。
「そう?結構体力がいるからね。休憩が取れる時には取っておきなよ。」
「はいっ!!ありがとうございます!!」
ポンポン、と頭を撫でてくれる先輩俳優が「はい。」とお茶を手渡して去った後、私はいただいたお茶を一口飲む。
ふとめぐらせた視線の先に、今回は声あてのみで参加している敦賀さんを中心に談笑をする人たちの輪が見えた。楽しそうに話をする輪の中央には、彼のマネージャーである社さんの姿もある。
でも、私はその中にどうしても入っていけなかった。
……さっきの撮影で、『カイル』を思い出していたのは『ティア』じゃない。『私』だ……
『彼』が…あまりにも優しく声をかけてくれるから。傍にいるよと、想いを届けてくれるから、私は『ティア』に集中できなかった。かけてくれるその声に、『私』が縋ってしまった。
こんなの……『女優』として、最悪の演技だ。
それでも何とか切り替えて、私はその後の撮影に臨んだ。
「カット!よーし、じゃあ、この次は魔王の本拠地でのシーンな!セット直し等少し時間があるから、各自好きなように休憩しててくれ」
そして訪れた長い休憩時間。
私は急いでスタジオを抜け出すと、人気のない非常階段へと向かった。